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2章

2-⑱走れ森を、切り裂け光を

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 暗い色をした隊服に身を包んだ少女が、イゼイヴで一番高い場所に立つ。
 
 ここは教会の時計塔だ。この街の時計塔がここまで立派なのは、魔装ティタニスを扱う技師が多いというこの街の特性上、時間の正確性が求められたからかもしれない。

 時計塔の大鐘による時間の知らせがないと、技師たちはいつまで経っても魔装を弄り、昼だろうが夜中だろうが騒音をまき散らすからだ。

 しかし、今日はその大鐘が夕刻を知らせる音が響いても、街の喧騒は収まるどころか増していた。

 少女は指で輪っかを作り、遠くの様子を見る。すると、その瞳は傍から見てもわかるほどに、大きく収縮した。

 
「えぇ! もう、すぐにおるそこやん!」

 
 輪っかの先に見えた光景に、独特の訛りのある言葉を吐く。少女の目には森を踏みつぶしながら走る四つ足の古代兵器が見えていた。

 たまに家の壁に張り付いている微精霊に似たようなものがいるが、問題はその大きさだ。

 古代兵器は四つ足の関節部を、胴体よりも上に位置させる動き方をしているが、その足だけでも魔装ティタニスの背丈と同等だ。

 
 そんな足が俊敏に動いて森を駆け抜けてくるのだからたまらない。
 
 
 少女は鳥の羽根のような毛髪をかき上げて通声器イヤーカフを手で押さえる。
 
「レネゲードゼロスリーよりクラウトモアツーツー! おい、ほんまにコレ間に合うんか!? もうウチの目で直に見えてんで! 街のみんなももう気づいてる! ガラクタ持ち出してなんやしようしとるんやけど!」

 仲間に情報を伝えている今も、眼下では街の入口に技師と冒険者が集まっていた。

 技師たちが持ち出したのは整備用の魔装ティタニスだ。大きさも半分しかなく、背中に魔石を充填して動かす魔導具の類だ。

 それと冒険者たちの魔法で対抗しようというのだろう。
 
『ダメっ……無茶です! 急いで避難させないと! 四つ足の砲撃は対城兵器並みの威力があります! もし間に合わなければ大勢の死者が出ます!』
 
「無理言ぃなや! ここの連中の頭硬いんはジブンも知っとるやろ!」

 通声器イヤーカフから返ってくる声に少女は叫び返す。このままでは間違いなく彼らは死ぬ。そんなことはわかっていた。

 だが、少女に与えられている任務は避難誘導でも勧告でもない。その卓越した視力と洞察力で、その場所の状況を伝えるである。

 ましてや戦闘などもっての外だ。自分より重たいものは持てない細腕では足手まといになるだけだ。

「ウチも危うなったらすぐ逃げんで!」
 
『そうしてください。けど……きっと間に合います! あの二人なら……!』

 祈るように話す相手の声に時折、振動のような響きが混じっている。彼女も今、敵との戦闘中なのだ。

 フェアファクス家も手際が悪い。見栄を張って近隣から十分な戦力を借りず、自分たちの手柄を優先したツケが回っているのだろう。


 どいつもこいつも貴族ってやつは傲慢だ、と少女は舌打ちした。


 懐から出した手帳に現在の状況と時刻を記す。
 
 これが後に事実と認められることを願いながら、少女は傍観者であることを貫くのだった。


 
             ◇   ◇   ◇
               ・   ・
             ◇   ◇   ◇

 
 巨大な足が大地を砕き、その鉄の体を持って木々をなぎ倒しながら疾走する。

 俺はニグルムから返ってくる体感覚を頼りに、森の中をイゼイヴに向けて進んでいた。
 
「木が邪魔で早く走れねぇ!」

 いかに魔装ティタニスといえど、鬱蒼とした森の木々すべてに正面からぶつかれば当然速度が落ちる。

 なるべく木が少なく、幹の細い針葉樹を抜けているものの、適切なルートを見つけられずにいた。
 
「いま地形情報を収集してるから待って!」

 リアナが複数のモニターを見比べながら叫ぶ。

 その時、俺の通声器イヤーカフから聞きなれない声がした。
 
『こちらカラベル。イゼイヴへ急行中の騎士、聞こえるか』

「は? だ、誰だ……?」

 返事をしようにもニグルムの操縦中では通声器イヤーカフに触れられない。助けを求めるように後ろを見ると、リアナが小首を傾げた。


 どうやら俺にだけ聞こえているようだ。

 
 何かを察したリアナが通声器イヤーカフに触れ、魔法陣を展開したところを見て、俺は操縦に集中する。

 聞きなれない声は返事を必要としていないようで、そのまま話を続けた。
 
『今から我々の情報を送る。それで最適な経路を割り出せるはずだ。君の魔装ティタニスであれば――』
 
 声を邪魔するように、ザラついたノイズのような音が混じる。後ろで「あーあー、てすてす~」と暢気な声がして、通声器イヤーカフからも同様の響きが聞こえた。
 
「ねぇ、ミレイ。アタシの騎士と勝手にしゃべんないでくれる?」
 
 どうやらリアナが会話に横入りしたようだ。気まずい空気が通声器イヤーカフの奥から流れてくるのがわかる。
 
『……【ヘルキャット】。ものの数秒で帯域と暗号鍵を特定されては秘匿通信の意味がない。私のこともカラベルと呼んでほしい』

 無機質だった声が明らかに不満げだ。

 そりゃまぁ、わざわざ俺だけに話しかけたはずが、リアナお得意の力技っぽい何かで台無しにされれば腹も立つだろう。
 
「普通に嫌。あとアタシのこと馬鹿にしてるでしょ。その呼び方」
 
『いや、これは貴方を的確に表していると満場一致で――』
 
「いいから早くよこしなさい」

 
 リアナがそう言うと、先ほどより大きなノイズを最後に通信が切れた。
 
 ひでぇ会話だ。相手ももう少し顔色を読めばいいのに、地獄の猫ヘルキャット呼ばわりはさすがに怒る。
 
 リアナが強引に通信を斬った後、軽い電子音が鳴った。

 
 後ろで素早くキーを叩く音がする。

 
 すると、モニターに映し出されていた光景に、誘導するような青い線が現れた。その線を辿った遥か先に、四角く何かが強調され、距離と思われる数字が据え置かれる。

 それを見て、リアナが歯噛みした。

「ユーリ! 今の速度じゃ間に合わない! このルートなら全力で走れる! 飛んで!」

 それを聞いて、俺は青い線の軌道へ乗るためにニグルムを跳躍させる。ひときわ重い衝撃に下を見ると、俺は予想以上の高さにいた。

 そこから着地までの浮遊感に、声を出さずにはいられない。
 
「うっ……おおおぉ!」

 たとえ衝撃を足で吸収したとしても、巨体がこの高さを着地すれば中の人間はただではすまないと思うのだが、予想よりもコックピットへの衝撃は軽かった。

 古代の超技術か、それとも魔法の効果か。だが、これならば多少乱暴な動きをしても俺の体は持つはずだ。

 俺はフットペダルを踏む力を強める。

「もっと! もっとやって! 強く踏んで!」

「お前言い方……! わかったよ!」
 
 勘違いされそうなリアナの物言いに引っかかりつつ、言われた通りすると、地面から伝わってくる振動が激しいものになった。

 俺の体もシートに押し付けられ、胸や額を像か何かに踏まれているような圧迫感が来る。血が逆流によるものか、一瞬のめまいを覚えて、俺は全身に力を入れた。

 周囲の風景がとんでもない速度で駆け抜けていくのを見て、俺は恐怖を感じる。

「こ、こんな速くて止まれんのかあぁぁ!?」
 
 魔装ティタニスは馬車や自動車とはわけが違う。全身を金属で覆われた巨人がオーバーランで転倒すれば、それだけでどんな建物も積み木のようにバラバラにできるだろう。
 
 だが、リアナは俺の座るシートを蹴って怒鳴る。
 
「通り過ぎたら歴史に刻まれる笑い者よ! ――ビビってないでベタ踏みしろ!」
 
「鬼かよ!」

 恐怖を押さえつけて完全にフットペダルを踏み切ると、リアナがレバーを押し込む音が聞こえた。反応したニグルムの背部でエンジンのような低い重低音が始動し、それが音の高さを上げていく。そして――。

 
 ――ドン、という破裂音と共に、速度がさらにもう一段階上がった。

 
「うおっ……!」

 モニターを見れば背部の推進器スラスターが火炎を噴き出して、ニグルムをさらに前へと押し出している。

 首を持っていかれそうな圧力に、速度を緩めたくなる欲求に駆られる。さすがのリアナでもこの加速度は堪えるだろう。

 そう思ったのだが――。

 
「あっはっはっはっは! すっごい速いじゃん! 楽しい! 楽しいねぇ! ユーリ!」


 ――上がったのは愉快そうにはしゃぐ声だった。
 
 
 楽しそうだ。というか心の底から楽しんでいるのが伝わってくる。
 
「お前……余裕過ぎだ……ろっ……!」
 
 殺人的な加速度を受けて娯楽施設にでもいるように笑えるのはお前くらいだよ。ジェットコースターみたいに乗らないでほしい。
 
 そうツッコミを入れたいが、加速度でうまく舌が回らない。下手をすると舌そのものが喉奥に引っ込んでしまいそうになる。
 
 潰れそうな体をなんとか保ち、丘を越えると、再び短い電子音がなった。
 
 
「見えた!」


 リアナの声に四角い強調表示へ目を向ける。

 そこには敵の姿がしっかりと映っていた。

 四つ足だが蜘蛛に近いフォルムを持ち、背の高い木もその巨大な足で蹴飛ばすように突進している。

 その時、コックピット内に何かを検知したような音が響き、モニターに大きく表示された。
 
 それは四つ足の向かう先――イゼイヴの街の入口に立つ技師と冒険者だ。小さな魔装ティタニスと複数人で発動しているらしい防御魔法で敵を待ち構えている。

 
 無茶だ。あれなら白旗でも振っていた方がまだ可能性がある。

 
 四つ足の目と思しき赤い点模様が瞬くのを見て、俺はレバーを引いた。

「うおおぉ!」

 俺はニグルムを街と四つ足の間へと滑り込ませる。大地を腕で引っ搔いて、激しい振動が来るが無理やり制動をかけた。
 
 大量の土煙を上げて、ニグルムが四つ足の前に立つ。
 
「止まれたな……!」

「止まっただけなのよね」
 
 そう。やっとたどり着いたが、ただそれだけだ。

 赤い点が正面で妖しい光を増していく。それを見ながら、俺はゆっくりと息を整えた。
 
「まぁ、なんとかなるだろ」

「そりゃそうよ」

 
 俺が長剣アンスウェラーに手をかけるのと、リアナが懸下の固定を外すのはほぼ同時だった。

 
 片手で上段から切っ先を垂れさせるように構え、刃の腹に左手を添える。

氷羅縛硬刃セラ・ヴェス・グラディウス……!」

 長剣アンスウェラーの表面にこれ以上ないほど押し固められたような結晶が現れた。あまりの密度に結晶同士が干渉し、剣を持つ手に振動が伝わってくる。
 
 四つ足の目からどんな攻撃が来るか、俺は知らない。さっきの一つ目でさえプラズマがどうとか言ったいたんだから、もっとヤバい何かが飛んでくるのは確実なんだろう。

 
 だが、どんなものでも防いでみせる。それだけの力を俺は持たされた。

 
 街にはロランがいて、エルマンのおっさんがいて、大勢の名前も知らない人たちがいる。
 
 そして、俺のすぐ後ろには――。
 
「――アタシもいるんだから」

 こんな時なのに、俺はふっと笑ってしまった。

 
 眩い光が視界を埋め尽くす。
 

 長剣アンスウェラーと付与された防御魔法は敵の攻撃を受け流していた。だが、ニグルムと感覚を共にする腕に、足に、全身に、強烈な圧力がかかる。
 
「ぐっ……うおおおあああぁぁぁぁ!」
 
 四つ足の放った破壊の奔流が弾かれ、細い線となって後方へ流れていく。それは周囲の山や森を切り裂くが、街には当たってない。

 背部推進器スラスターの推進力を持ってしても、後ろに押し込まれそうな威力だ。

 剣も赤熱し、防御の結晶が次々と砕け散ってゆくのがわかった。
 
「あぁぁぁぁぁ!」

 リアナが叫ぶ。俺の体すら包むほどの巨大な魔法陣がコックピット内に展開された。

 ニグルム全体からも魔法の発動により、世界の理を歪める響きが聞こえる。あたかも、ニグルム自身が吠えているかのようだ。
 
 リアナの強烈な意思が、叫びと共に俺に伝わってきた。
 
「行って! ユーリィィィィ!」

 リアナの編み上げた魔法が、ニグルムの背後で暴風を生み出す。同時に、増幅された推進器スラスターの火炎が爆炎となり、力の拮抗からニグルムの体を解放する。

 大量の魔力消費とニグルムからの容赦のない反動に、体も悲鳴を上げていた。

 
 だが、俺は吠える。

 
「うおおおあああぁぁぁぁぁぁ!」
 
 破壊の奔流を縦一直線に切り裂きながら、ニグルムは光の発生源に肉薄した。
 
 敵がこちらを近づけさせまいと、さらに光の強度を増すが、関係はない。俺の魔力、リアナの魔法、そしてニグルムの膂力を持って、剣を押し込む。

 赤熱した刃が敵の装甲に容易く滑り込んだ。

 
「でやああぁぁぁあぁあ!」
 
 俺とリアナがレバーを全力で押し込む。

 
 長剣アンスウェラーは天へと一気に振り抜かれ、四つ足の胴体を光ごと切り裂いた。
 
 敵が放っていた光は最後まで刃に反射され、見ていた者には幻想的な光景に映っただろう。

 それは直上の雲に爪痕を残し、やがて残像のように消えていった。
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