蒼き魔装《ティタニス》の侍女騎士 〜メイドですがお嬢様を守るためにロボに乗ります〜

阿澄飛鳥

文字の大きさ
上 下
14 / 15

第13話 おかえりなさい

しおりを挟む
 黒に染まった視界の中心で、淡く青白い光が灯った。その光はしばし瞬きを繰り返す。そして、光は硝子玉を砕いたように視界いっぱいに散らばり、自分と自分の周囲の情報を映した。

 ウィナはゆっくりと瞼を開く。

 見慣れない天井は、普段の自室よりも高く豪奢な装飾が施してあった。

 脱力感を纏う体をベッドから起こすと、全身が針金で出来ているかのように軋む。随分長く寝ていたのだろうか。ゆっくりと首を回せばバキバキと小気味良い音が響いた。

 周囲を見回す。ここは自室ではない。しかし、同時に既視感のある風景に眉をひそめた。

 しばし考えて、ああと思い当たる。

 ここは来客用の寝室だ。何度も掃除をしているはずなのに、いざ自分がベッドに寝てみるとわからないものだ。

 薄手の寝巻に身を包んだ自分の姿を見る。左腕の袖が滑り、そこにしっかりと腕輪が嵌め込まれていることを確認した。

 脳裏に鮮やかな記憶が蘇る。死にかけて、ラグナに乗って、フィロメニアを助けた。ウィナの人生において恐らく最も長い一日だった。刻まれた恐怖と高揚は、それが夢ではないことを訴えている。

 ウィナはブランケットから抜け出てベッドから降りて、扉に向かった。

 体が重い割に頭がはっきりとしていて、目に映るものすべてが鮮明に見える。

 妙な感覚を不思議に思いつつも、ふらふらと館の廊下を歩いていくのだった。





「うわぁ……」

 館のバルコニーでウィナは街の変わり様にため息を漏らす。

 記憶が途切れたその後に街がどうなったのかを確認するため、ここに来た。

 かつては横一線に高さを揃えていた外壁は凸凹とした不恰好な輪郭を晒し、規則正しく並んでいたはずの家屋は歯の抜けたのように所々が倒壊している。特に教会周辺は被害が大きく、多くの建物が獣の引っ掻き傷のように鋭く抉られていた。

 その中心で膝をつく青色の魔装ティタニスを見て、鼓動が高く脈打つ。

 ふと気配を感じた。視線を横に投げる。そこには手すりに腰掛けるように浮遊するミコトの姿があった。

『おはようございます。ウィナフレッド』

「おはよ。寝過ごしちゃった。もう日が高いや」

 頭上を仰ぎ見ると、すでに太陽は真上に近い。

『はい。ウィナフレッドは六十三時間四十八分の間、睡眠状態にありました』

「寝過ごしたどころじゃなかった!?」

 大袈裟に驚くと、ミコトは口元を抑えて笑う。

 どうりで調子がいいわけだ、とウィナは体を伸ばした。

「あの後どうなったの?」

『ウィナフレッドが気を失った後、非敵性勢力が到着。彼らにより残存していた敵性体は撃破されました』

 問われたミコトが軽く手を振ると結晶板が現れる。そこには外壁上を走り回る、見慣れない魔装ティタニスの姿が映っていた。

 非敵性勢力というのは隣の領地などからの援軍だろう、と思い至り、胸を撫で下ろす。

『現在、領民は都市機能の復旧作業に追われていますが、意欲的な雰囲気であると当方は感じました』

「……そっか。そうだよね。落ち込んでばっかりいられないもんね」

 ウィナは手すりに肘を置いて、街を眺めた。

 すると、疑問を表するような短音が鳴り、ミコトの顔が目の前まで近づいてきた。小首をかしげて、心配そうにこちらを見つめてくる。

 どうしてそんなに悲しそうなのだ、と問いかけられている気がした。

「街を見てたらなんだか悲しくなっちゃって」

 言葉にすると視界がわずかに霞み始めてしまい、ウィナはゴシゴシと目を袖で拭う。

「ラグナに乗って忌獣を倒せば、ハッピーエンドにできると思ってたんだ。けど、やっぱり死んじゃった人もいて、壊れちゃった家もいっぱいあったから」

 正面からミコトの顔が退いて、黒髪が後を追った。肩に暖かい感触があって、抱きかかえられたのだとわかる。

「だから、お父さんとお母さんなら上手くできたのかなって。そう思ったんだ」

 言い終えたウィナは鼻水を啜った。

 死力を尽くしても、奇跡のような出会いがあっても、守れなかったものがある。そして、心のどこかで割り切れと思う自分がいる。

 それが悔しかった。

 回された腕に力が入り、耳元で無機質な声が響く。

『街の意欲的な雰囲気の一端は、ウィナフレッドの行動により被害が最小限に抑えられたことによるものと、当方は推測します』

「慰めてくれてる」

 下手に視線を動かすと涙が零れてしまいそうで、ウィナは前を向いたまま苦笑をもらす。

『はい。ウィナフレッドが自身で確認することを推奨します』

 そう言い残して、ミコトの温もりがふっと消えた。同時に、背後で扉を開ける音がして振り向く。

「ウィナ」

「メイド長……」

 そこにはこの館を取り仕切る、落ち着いた佇まいの女性が立っていた。





「どうして玄関へ行くのに庭を通るんです?」

「静かだからです」

 メイド長に問うと、そう短く答えが返ってきた。出迎えがあると連れ出され、着替えも必要ないとのことで、着の身着のまま彼女に従う。

「……カルメラさん」

 花に囲まれた道をゆっくりと歩きながら、ウィナは恐る恐る昔の呼び方で話しかけた。なぁに、と返事があって、ほっとして続ける。

「アタシ、これからどうなるんだろう?」

「さぁ――ここが世界の全てである私には想像がつかないわ」

 柔らかな手が頭を撫でる感触。もうそんな子供ではないが、その懐かしさにカルメラの思うままにさせた。

「実は私自身は大して驚いてはいないの。貴女が魔装ティタニスに勝手に乗って、色々と破天荒なことをしてきたと聞かされてもね」

「なんかアタシがやらかしたみたいになってるよ」

「良い意味でです。やり方が派手すぎるところが、本当にそっくり」

 昔に思いを馳せるような言い様に、ウィナは首を傾げる。誰に、と聞こうとして玄関の前で歩みが止まった。

 扉の前には二人のメイドが待ち受けていて、こちらに向けて静かに頷く。肩を掴むカルメラの手に力が入るのがわかった。

「ウィナフレッド。この先、何が貴女を待ち受けるのかは私にはわかりません。けれど、常に胸を張りなさい。顔を上げて、前を見続けるのです」

「はい。メイド長」

 微かに声を震わせるカルメラにはっきりと答える。すると、背中をとんと突き放すように押された。しかし、ウィナは歩みを止めず、振り向かずに扉へと向かう。

 メイドたちによって恭しく扉が開かれる――その間際、ウィナは己の背中に向けられた声を聞いた。

「おかえりなさいませ。私たちの騎士様」

 それは出迎えの言葉だった。カルメラはずっと待っていたのだろう。何年も前に見送った騎士の背中を。

 彼女の声をかき消すように――扉の先で嵐のような打音がウィナを包む。

 玄関ホールはたくさんの人で埋め尽くされていた。館に勤めている使用人たちと、兵士たちも混じっている。彼らはその手を鳴らして、微笑みや涙を浮かべていた。

 視線の先である者は頷き、ある者は頭を垂れ、ある者は労いの言葉をかけてくる。

 そこにいる人たちは皆、ウィナを迎えてくれていた。

 ――ウィナフレッドが自身で確認することを推奨します。

 ミコトの言葉を思い出す。

 悲しいことばかりではない。辛いことばかりではない。だからこそ、カルメラは胸を張れと言ったのだろう。幾度も両親を見送り、出迎えた彼女が故に。

 階段から一人の少女が降りてくる。

 銀の髪できらびやかに日を照り返す少女を、ウィナは仰ぎ見た。人々は静かに道を開ける。

 導かれるように階段を登ると、踊り場で待つ少女は手を差し出した。

 その仕草をウィナは愛おしく思う。幼い頃から何度もその手を取った。友人として、侍女として。しかし、今度は違う。

 ウィナは騎士として主の手を取った。

 暖かくて、柔らかい体が腕の中に納まる。

「フィロメニア」

「ウィナ」

 噛み締めるように名を呼んだ。それ以上の言葉はいらない。

 言ったとしても聞こえなかったかもしれない。ひときわ大きな喝采が自分たちを包んでいたのだから。
 
 かつて幼い自分も小さな手を鳴らして加わった出迎えの音。それはここにいる人たちの思いだ。

 自分が鈴を鳴らしたように、みんなが自分のために心を鳴らしてくれている。

 ウィナは祈った。

 ――アタシの神様。ずっと見守っていてください。アタシが守りたい者を守り切るその日まで。

 左腕に揺れる鈴が、しゃらんと揺れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔人R

モモん
ファンタジー
 冥界の縁で手に入れたスキル”吸収”。単なる肉の塊として転生した主人公が、手に入れたスキルで夢想していくストーリーになると思います。……多分。不定期更新です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...