上 下
56 / 65

第56話 入札

しおりを挟む
 シンプルな入札方法を取った。
 こちらの用意した紙に各自が名前と金額を書いて箱に入れる。全員が入札を終わったところで、その紙を俺が開封していくというものだ。

 各自が名前と金額を書く間、俺たち関係者は部屋の外で待機することにした。
 部屋のなかは入札者のみ。

 これなら不正も可能だ。
 特に談合にはうってつけのシチュエーションである。

「うわー。案の定、あのいけ好かない執事が談合を持ち掛けたわ」
 扉の外で聞き耳を立ててたユリアーナが満面の笑みを浮かべた。

 その隣でユリアーナに盗み聞きを止めるように涙ながらに諭すロッテ。ときおり、俺に助けを求める視線を向けるが、俺もユリアーナを説得する自信はない。
 必然的に目を逸らすことになる。

 因みに、オットー助祭はというと。
 何も見なかったことにしようというのか、壁に向かって何やら祈りを捧げていた。

 その祈りを捧げている相手が、扉に耳を付けて盗み聞きをしているとは夢にも思っていないんだろうな。
 何だか、女神・ユリアーナを信仰するこの世界の人たちが気の毒に思えてくる絵面だ。

「たっくん、終わったようよ」

 瞳を輝かせたユリアーナが扉を指さした。
 獲物を見つけた肉食獣の目のように思えるのは気のせいだと思いたい。

 ◇

「それではこれより入札の結果を発表いたします」

「勿体付けるな。どうせ全員、最低価格なのだろ? さっさと価格を下げてやり直せ」

 下級貴族に仕える執事が意地の悪そうな笑みを口元に浮かべた。
 お前が主人である貴族の名前を臭わせて、他の入札者たちに最低価格で入札するよう圧力を掛けたことを女神様は知っているぞ。

 女神・ユリアーナが盗み聞きした不正の内容は、全員が最低価格で入札し、価格を下げさせて再入札に持ち込もうというものだ。
 だが、残念ながらお前の企みに乗ってくる人はいなかったようだな。

 皆の眼の前で全ての紙を開封した。
 入札価格の下限を書いたのは執事だけだ。誰一人として彼の企てに加担するものはいなかった。

「ギルベルト商会のオイゲン・ギルベルト様が落札されました」

 落札者は早々に競売への参加を承諾した大手商会の商会長。紙には上限の落札価格が記されていた。
 オイゲン・ギルベルト商会長がホッとした様子で椅子の背もたれに体重を掛ける。その様子から自分と同じように上限価格で入札してくる者が他にもいると心配していたようだ。

「バカな!」

 執事が椅子を倒して勢いよく立ち上がると、彼の指示通りに動かなかった入札者を次々と睨み付け、その視線はギルベルト商会長のところで止まった。
 だが、睨み付ける執事など意に介さず、ギルベルト商会長が言う。

「では、このブレスレットは私の弟が所有者であった、と言うことでよろしいかな?」

「お好きなように主張なさってください」

 俺がそう言うと、全ての決着が付いたことを察した農場主が口を開いた。

「どうも私の勘違いだったようです」

 続いて、ライザー商会の若旦那と問屋の主が互いに苦笑いを浮かべる。

「世の中にはよく似た品がありますからね」

「まったくです」

 だが、一人だけ納得していない者がいた。
 執事である。
 彼は理解できないと言った様子でギルベル商会の会長を見る。

「何故こんなバカげた金額を……」

「信用と評判を買ったと思えば安いものですよ」

 商会長の言葉に執事を除いた他の参加者が顔をしかめた。してやられた、と言った表情だ。
 執事派と言うと憤りを隠さずにギルベルト商会長に噛みつく。

「提案通りの額で入札していれば最低価格を下げざるを得なかったんだぞ! そうすればお前の言う信用と評判はもっと安く買うことが出来たんだ!」

 俺のことを指さすと、

「こんな小僧に無駄金を払うなど、どうやらギルベルト商会の商会長も評判ほどのやり手ではないようだな!」

 ギルベルト商会長に向かって吐き捨てた。
 だが、当のギルベルト会長は執事に憐れみの視線を向けるだけだ。予想外の反応に執事が地団太を踏む。

「本当に分からないの? 知能が足りないようね」

 ユリアーナが煽るように溜息を吐く。
 隣で蒼ざめているロッテとオットー助祭が気の毒になってくる展開だ。

「何を言っているんだ?」

 執事の矛先がユリアーナに変わった。

 放っておいたら何を言い出すか分からない。
 俺は背後からユリアーナの口を押え、彼が納得できるよう説明することにした。

「皆様方と同じようにご自身、或いは肉親や知人の所有物だった、と盗品の返還を求める方々が外に溢れています。それこそ、皆様と同じように一つの品物に複数の方が返還を求めているのです。なかには、勘違いなどではなく、嘘を吐いている方もいらっしゃるかもしれません」

 俺が一拍おいたタイミングで、突然、ギルベルト会長が核心を突く。

「嘘つきは他者も嘘吐きだと決めて掛かるものだよ。つまり、名乗りを上げておいて品物を持ち帰らなかったら……、さて、嘘吐きたちはそんな者たちをどんな目で見るかな?」

 いや、どんな目で見るか、もないだろ。あんた、『嘘つきは他者も嘘吐きだと決めて掛かる』。って最初に言ったじゃないか。

「それは……」

 執事の顔がみるみる曇った。

「理解できたようだな」

 ギルベルト商会長はそう言うと、ブレスレットを手に立ち上がった。そして俺たちと他の入札差に軽く会釈をすると出口へと向かう。

「待て! いや、待ってくれ! 倍だ! 倍の金額を出す。それを譲ってくれ!」

 執事がギルベルト商会長に追いすがるようにして部屋を出て行った。

 ◇

 入札者全員が退出すると、オットー助祭が誰にと話に沈痛な面持ちでつぶやく。

「果たしてあそこまでする必要があったのでしょうか?」

「そうですね、少しやり過ぎたかもしれませんね」

 オットー助祭に同情したのか、入札者たちに同情したのかは分からないが、ロッテも悲し気な表情を浮かべた。
 だが、そんな二人をユリアーナが一蹴する。

「嘘を吐く方が悪いのよ」

「ですが、これであの人たちが街に住めなくなったりしたら、それはそれでかわいそうじゃないですか」

「嘘つきが減って街もよくなるんじゃないかしら」

 間髪容れずにユリアーナが返した。
 話が逸れたので元に戻すか。

「さた、次の盗品の所有権を主張する人たちに入ってもらおうか」

「また同じことをするんですね」

 肩を落としたロッテに言う。

「もう、入札は行わない」

「え?」

「どういうことですか?」

 茶番が繰り返されると思っていたのだろう、ロッテとオットー助祭の顔から陰鬱とした表情が消え、期待で頬が好調している。

「真実の鏡が嘘を暴いたところから、入札、悔しがる執事までの一連の出来事を事前に説明してから、改めて所有権を主張するか聞くから揉めることもないと思うぞ」

「えええー!」

「冗談ですよね?」
 ロッテとオットー助祭の驚きの声が返ってきた。そんな彼らの様子をユリアーナが面白そうに見ている姿を俺は視界の片隅で捉えていた。




■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
        あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有

『女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません』

https://www.alphapolis.co.jp/novel/896143584/543356948

上記、新作です。
こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

少し下のフリースペース部分にリンクが貼ってあります。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

処理中です...