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第53話 カール・ロッシュ、再び

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 事件が落着したので証拠品として騎士団が預かっていた、第一部隊に横取りされた盗賊からの押収品の返却をする。
 ついては騎士団の詰所まで来て欲しいとの連絡を受けたのが昨夜。

 騎士団の第一部隊と第二部隊が揃って捕縛されていから五日後のことだった。

『意外と早かったですね』、とは孤児院の医院長』、『騎士団だからこそ、厳しくしなきゃって、ってのはさすがだよね』、とは宿屋のおかみさんの言葉だ。
 街中の噂話に耳を傾けても、現職の騎士団に対して、速やかに厳しい裁定を下した代官のカール・ロッシュに対する評価はうなぎ登りだ。

「ロッシュ代に恩を売り過ぎたかしら」

 騎士団の詰所に向かう道すがら、すれ違いざまにカール・ロッシュを褒めそやす声を耳にしたユリアーナが苦笑した。

「大丈夫じゃないか? あの代官のことだ、お膳立てしたのが俺たちだなんてもう忘れているさ」

「それもそうね。都合の悪いことはさっさと忘れるタイプだったわ」

「それどころか、押収品の受け渡しのときにわざわざ出てきて恩着せがましいことを言いそうじゃないか?」

 あれは、借りた金のことはすぐに忘れても、貸した金のことは返済後も忘れないタイプだ。

「恩着せがましいことを言ったらガツンと言ってやりましょう」

「ロッシュも立場があるだろうし、騎士たちもいるだろうから、そこは適当に濁して伝えるくらいの配慮はしよう」

 俺とユリアーナの会話を聞いていたロッテが心配そうに口を開いた。

「穏便にお願いしますね、穏便に」

「やーねー、あたしは慈愛に満ちた女神よ。敬虔《けいけん》な信者や協力した者に不利益なようなことはなるべくしないわよ」

 何とも微妙な言い回しだな。
 ロッテもその微妙なニュアンスを理解したか乾いた笑いを力なく漏らすと、懇願するような顔を俺に向けた。

「シュラさん、くれぐれもよろしくお願いします」

「分かってるって」

 最後は俺を頼る当たり、可愛らしいじゃないか。

「証拠の捏造《ねつぞう》を頼まれてもやっちゃダメよ」

 ささやかな幸せに浸っている俺にユリアーナの冷ややかな一言が浴びせられた。

 騎士団捕縛事件の夜だけでなく、ロッシュからは何度も証拠の捏造ができないかと問い掛けられた。
 それも巧妙なことに捏造という言葉は使わないし、こちらから証拠品の捏造を持ち掛けやすいよう、言葉巧みにだ。

 ユリアーナ曰く。
『あたしたちが証拠品の捏造をする、或いは、簡単にできると証明されれば、ロッシュはあの鏡の魔道具に記録した自白を捏造だと主張するつもりよ』

 ロッシュの口車に乗って、迂闊《うかつ》に証拠の捏造を申し出ようとした自分が恨めしい。

「分かってる」

「目的も悟られないようにお願いね」

「慎重に対応する」

 ロッシュの目的は押収品の受け渡しとロッシュの自白が記録されている鏡の魔道具が表にでないようにとの念押し。
 あわよくば鏡の魔道具を入手するなり、記録された自白の信憑性《しんぴょうせい》に疑いが生じる言質を俺から取ることだろう。

 こちらの目的は新たに赴任してくる司教の排除にロッシュが自発的に動くようにけしかけること。最悪でも排除に協力させることだ。
 盗賊からの押収品の受け取りは口実でしかない。

「あ、第三部隊の騎士様ですよ」

 詰所の門の前で待っていた騎士にロッテが笑顔で手を振った。

 ◇

 俺たち三人は騎士団の詰所の一室に通された。
 対応するのはカール・ロッシュ一人。

「押収品の返却が遅くなってしまい申し訳なかった」

 人払いを済ませたその部屋でロッシュが書類の束をテーブルの上に置くと、

「押収品の目録だ」

 と告げた。

「わざわざ目録まで作成くださったんですね。ありがとうございます」

「書類の確認はいいのか?」

 目録の確認をせずに錬金工房へと収納するとロッシュが驚いた顔をした。押収品はそれなりの金額になる。当然確認すると思っていたのだろう。

「第一部隊に掠め取られたのは盗賊のアジトに放置してきた品々です。私たちにとっては大した価値はありません」

「なるほどな。あれだけの魔道具を気前良く献上するくらいだ、盗賊の盗品程度には価値を見出せないと言うことか」

「そこでご提案があります」

「提案?」

 ロッシュがたちまち警戒する表情を浮かべた。
 鏡の魔道具を使って騙し討ちのように自白させたんだから警戒もするか?

『そう警戒しないでください』と前置いて話を切り出す。

「押収品ですが、この街の住人の品物、遺品と分かる代物については無償で返却いたします」

「何を企んでいる?」

 狡猾そうに目が輝く。
 記憶にある罠を眼の前にして、どうやってエサのニワトリだけを取ってやろうかと、思案しながら罠の周りをうろつく狐のような目つきだ。

「それを赴任してきたばかりのフランツ・オットー助祭の嘆願に心を打たれた私たちが聞き入れた、とう体で実現させたい。ロッシュ代官にはその仕切りをお願いしたいのです」

「益々意味が分からないな」

 ロッシュが探るように俺からユリアーナ、ロッテへと視線を巡らせる。
 ロッテの表情からも何も読み取れなかったのだろう、諦めたような顔をみせると視線で俺に先を促した。

「フランツ・オットー助祭はとても評判がいいようですね」

 赴任して直ぐは神聖石を使って『女神の奇跡』と噂になるほどの治癒魔法を使っていた。富裕層にはそれなりの金額を請求するが、貧困層に対しては無償で対応していた。
 それは神聖石を返してもらう代わりに、女神の祝福の名の下、彼の持つ光魔法と魔力の底上げをした今も変わらずに行われていた。

「最初こそ富裕層から少なくない反発はあったが、今では富裕層も理解を示しているよ」

 助祭は、スラムや貧困層の住民が疫病にかかり、そこから街全体に蔓延することの方が恐ろしいのだと言うことを、中流層を中心に説いて回った。

 そしてその成果が現在では富裕層にまで広がってる。
 陰ながら後押しをしたのが代官のカール・ロッシュなのだが、見事に素知らぬ顔を決め込んでいた。

「彼のような人材が教会内で力をつけ、発言力を持ってくれるのは、ご領主様や代官様としても望ましいでしょうね」

「陰から応援したくなる人材ですよね」

 俺に続くユリアーナの笑みで、

「そう、だな……」

 ロッシュの警戒心がマックスになった。

「逆に今度赴任してくる司教。名前は忘れてしまいましたが、彼のような人物が教会の上層部に居座ると苦労しそうですよね?」

 俺の言葉にロッシュの顔が歪んだ。
 司教もオットー助祭同様、『女神の奇跡』を行えると人々の口の端に上っている。

 為人に問題があっても高い治癒能力と政治力を有しているとなれば、赴任後ほどなく教会内での地盤が固まり強大な発言力を有するのは想像に難くない。

「その司教の力を削ぐことができるかもしれないと言ったら……?」

「その手の苦労はやむを得ないと心得ている。だが、しなくていい苦労なら避けたいとも思っている」

 ロッシュの顔から警戒心が薄れ、初めて会った夜に見せた爽やかな笑みが戻ってきた。

「詳しいお話を――」

「聞こうか」

 ロッシュが身を乗り出した。
 司教を排除ないしは失脚させる提案を持ってきたと受け取ったようだ。
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