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第46話 神聖石、二つ目
しおりを挟む「いやー、大漁大漁」
「色々と仕入れられたわね」
スラムの出口へと向かう俺とユリアーナの会話が弾む。
「スラム街に潜んでいる悪人も意外と色々なスキルを持っていたな」
スラム街とは暗殺や盗賊などをはじめとしたさまざまな犯罪に手を染めた者たちが集まる危険地帯だ。その危険地帯で生き残っているのだから、何の力も持たないってことはないだろうとは思っていたが、予想以上に芸達者な悪人が多かった。
なかでも驚いたのが光魔法の使い手が多かったことだ。
そして、その光魔法のスキルをできるだけ集めて欲しいとユリアーナから指示があった。
「最大の収穫は光魔法ね。これで憂いが一つ消えたわ」
「何か憂いていることでもあったのか?」
「失礼ね、これでも悩み事をたくさん抱えているのよ」
「光魔法のスキルを集めたのはロッテの光魔法を強化するためかと思っていたが違うようだな?」
「それはそれで早いうちに何とかしたいと思っているわ。でも、もっと優先すべきことがあるから――」
話の途中でユリアーナの笑顔が曇った。
「どうした?」
「油断したわ」
その瞬間、左手の路地の奥からナイフが飛来し、俺の足元へと突き刺さった。
「チンピラか」
「魔力感知を怠った途端このありさま。スラムって本当油断ならないところね」
ため息を吐く俺たち二人をよそに路地裏から人相の悪い男たちが姿を現す。
人数は五人。
何れもナイフや抜き身の剣を手にしている。
「よう、怪我はなかったか?」
「ここいらは物騒だからな。気を付けねえと奴隷商人に攫われちまうぜ」
威嚇をしているつもりなのか、本気でこの状況を楽しんでいるのかは分からないが、男たちは口元に薄ら笑いを浮かべて余裕の足取りで近付いてくる。
「右側の路地からも四人近付いてくる」
ユリアーナのささやきに小さくうなずき、そちら側の路地から近付く連中には気付かない素振りで姿を現した五人の男たちを正面に捉える。
「最初の一撃をわざと外すなんて余裕じゃないか」
小ばかにしたような俺の口調に男たちが警戒の表情を浮かべた。
「兄ちゃんこそ余裕じゃねえか……」
「スラム街を二人きりで無警戒に歩いているんだ。それがどういう事か分かならいほど頭が悪いのか?」
ユリアーナも抜けているところがあるし、魔力感知の魔道具を早めに創った方がよさそうだな。
「何だとこの野郎!」
凄んでみせる投げナイフを手にした男に向かって言う。
「ナイフは返すよ」
セリフと共に足元に突き刺さったナイフを錬金工房に収納すると、すぐさま投げナイフを手にした男の左膝にナイフを出現させる。
「ギャーッ!」
ナイフを手にしていた男が悲鳴を上げて地面に転がった。
「どうした!」
「いてー! 膝が、俺の膝にナイフが!」
「畜生! テメエ、何をしやがった!」
一際大柄な男が俺を睨みつけて大声を上げると同時に、背後から複数の人間が駆け寄る音が響いた。
「バカが! スラム街をなめすぎなんだよ!」
「嬢ちゃんに傷を付けるなよ!」
「兄ちゃん、てめえは手足の一、二本は覚悟しな!」
「たっくん、後ろよ」
男の得意げな声とユリアーナの落ち着いた声とが重なった。
「問題ない」
俺は身体を九十度捻ると、右手側から迫る四人を視界に収めると同時に錬金工房へと収納する。
傍目には路地から飛びだしてくる寸前で四人の男たちが忽然と消えたように映ったことだろう。
勢いよく迫る五人の男たちの動きが止まった。
「てめえ、何をしやがった……」
「何で……?」
「消えちまった、だと……?」
「魔術師かよ……」
警戒と畏怖のない交ぜとなった眼差しが俺に向けられた。
「どうした? 掛かってこないのか?」
挑発するように武器も持たずに両手を広げてみせる。
「後ろのヤツらに何をした?」
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愛らしい笑顔が返ってきた。
「何かやべえよ、こいつら」
「逃げた方がいいんじゃ……」
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大柄な男がそう叫ぶと、ナイフが突き刺さった膝を抱えている男を除く四人が一斉に背を向けた。
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「な、なんだ!」
「うわ!」
人間同士がぶつかり合う音と悲鳴が混じり合って路地裏に響き、逃走しようとした男たちに更なる恐怖を与えた。
「化物だ!」
「ひぃ!」
「で、でたー」
叫び声を上げて転がるように逃げる五人の男たちを錬金工房へと収納する。
残ったのは錬金工房から吐きだした四人の男たち。
そんな彼らに冷たい視線を向けたユリアーナが、
「さっさと眠らせちゃいましょう」
そう口にして状況がつかめずに混乱する男たちを睡眠の魔術で眠らせた。
彼女に倣って、たった今取り込んだ五人の男たちを錬金工房から吐きだし、睡眠の魔術でまとめて眠らせる。
「さて、それじゃ、教会へ向かうか」
俺たち二人はスラム街を後にして教会へと向かった。
◇
教会の周囲に巡らされた塀の上から敷地内にある建屋の一室を指さすと、
「あの二階の角の部屋よ」
ユリアーナが例の助祭がそこにいると断言した。
「助祭の他には?」
「助祭一人。他の人の魔力は感じないわ」
時間は真夜中、ほとんどの人が寝静まったころだ。
助祭が起きていてくれると話が早いのだが、まあ、普通に考えて寝てるよな。
俺は街で売られていた女神・ユリアーナの像に双方向の通話機能を付与した魔道具を錬金工房から取り出した。
端的に言えばトランシーバーのようなものだ。
「それが例の魔道具?」
「ああ、機能は保証する」
「片方を錬金工房の中から助祭の枕元に転移させる。もう片方から話しかければ通話が可能だ」
俺は一方の像を助祭の枕元に転移させ、もう一方をユリアーナに差し出した。
「先ずは助祭を起こすところからね」
彼女はそう言いながら像を受け取ると、厳かな口調で像に語りかけた。
「フランツ・オットー、聞えていますか?」
ユリアーナの手にした像から微かな寝息が聞こえた。
「フランツ、フランツ・オットー。目を覚ましなさい」
返事はない。
聞えるのは寝息だけである。
「もしかして、名前が間違っているんじゃないかしら?」
助祭の名前を調べたのがロッテなので、その可能性はあるが、この場合名前の間違い何て些細な問題だろう。
「いま、助祭を起こしてやるから待ってろ」
「何をするつもり?」
「女神様っぽいことだ」
錬金工房内の赤ワインを一滴、助祭の額に落とした。
反応がないのでさらに一滴落とす。
「う、ん……」
ユリアーナの手にした像から助祭の声が聞こえた。
すかさずユリアーナが像へ語り掛ける。
「フランツ・オットー、目を覚ましましなさい」
「どなたかいらっしゃるのですか?」
落ち着いた声が返ってきた。
「私の名はユリアーナ。この世界の創造神にして、あなたの信仰する女神です」
「それを私に信じろとおっしゃるのですか?」
神官だから神の声を聞くことができたと歓喜すると思ったが……、意外と疑り深いな。
「あなたが手に入れた石。それは神聖石と言って創造神である私の力の一部を封じ込めた神界の石です」
「何のことをおっしゃっているのか分かりません」
「神聖石を返してもらいに来ました」
「ですから、何のことを――」
尚もとぼける助祭の言葉を遮ってユリアーナが言う
「あなたと会話することなく神聖石を取り上げることもできるのですよ」
「お待ちください」
助祭が初めて狼狽の色を見せた。
「神聖石を返してくれますね」
「この石。……神聖石というのですか。この神聖石を今しばらくお貸し頂くわけにはいきませんでしょうか?」
「理由を聞きましょう」
「神聖石の力をお借りすることで大勢の怪我人や、病に苦しむ人々を救うことができました。私は……、さらに大勢の人々を救いたいと願っております。ユリアーナ様を信仰する者たちのために何卒お力をお貸しください」
「本当に人々を救いたいという気持ちだけですか?」
「もちろんです」
即答だ。
迷いのない力強い答えが返ってきた。
ユリアーナが満足げに微笑む。
「もう一度問います。神聖石があれば本当に人々を救うことができるのですね?」
「よろしい。その力、貸し与えましょう」
「感謝いたします」
「ただし、貸し与えるのは力だけです。神聖石はこの場で返してもらいます」
「どういうことでしょう……?」
「あなたに祝福を授けましょう」
「ありがとうございます」
助祭がお礼の言葉を述べた瞬間、ユリアーナから合図が出された。その合図に従って神聖石ごと助祭を錬金工房へと取り込んだ。
「よし、成功だ」
俺は助祭が所持していた神聖石だけを取り出してユリアーナに渡す。
「間違いないわ。これで二つ目」
「じゃあ、次のステップに移るぞ」
「お願い」
神聖石を抱きしめてユリアーナが小さく首肯した。
俺はスラム街で悪人たちから強奪して集めた光魔法のスキルを、錬金工房内にいる助祭に幾重にも付与して、彼の光魔法の強化を図る。
神聖石がなくても助祭がこれまで通りかそれ以上に住民たちのために力を振るえるようにする。
それがユリアーナの計画だった。
ユリアーナ曰く『善行を積む敬虔な信徒には女神の祝福を与えないとね』
予想外にまともなところがあるのに驚いたのは内緒だ。
「よし、これで神聖石の力を借りるのと同等の光魔法が使えるようになったはずだ」
「次は魔力をお願い」
俺は無言で首肯すると早速作業に取り掛かった。
同じようにスラム街で強奪した魔力をやはり幾重にも付与して助祭の魔力量の増大を図った。
「スラム街で出会った元神官の十倍の魔力量まで増やすことができたぞ」
自分で口にした魔力量がどの程度のものなのか正確には分からないが、少なくとも基準となる神官の魔力量ですらスラム街の悪人たちの三倍以上あった。
つまり、規格外の魔力量であることは容易に想像がつく。
「ありがとう。これで怪我や病気で苦しむ信者たちを救うことができるわ」
「いいのか? 一人の人間をここまで優遇しても?」
「問題ないわ。彼は選ばれた人間だった、というだけよ。それに彼には悪徳司祭を排除するのにも一役かってもらうから」
「何か企んでいるなら教えてくれ。カヤの外じゃ協力はできないからな」
「もちろんよ。たっくんはあたしの助手なんだから」
文字通り、女神のような笑みだ。
だが、一瞬垣間見た小悪魔のような笑みは気のせいじゃないよな……。
俺は若干の後悔を胸の奥に仕舞い込んでユリアーナから悪徳司祭排除の計画を聞くことにした。
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