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第45話 孤児院の裏庭にて

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 孤児院に戻った俺は真っ先にユリアーナとロッテとの情報交換をし、その後、彼女たち二人と孤児院の子どもたちを伴って裏庭へと来ていた。
 ロッテや子どもたちとの距離を確認したユリアーナが明後日の方を向いたままささやく。

「今夜、助祭のところに忍び込むか、或いは、こちらの姿を見せずに助祭と会話したいんだけどできる?」

「どちらも問題ない」

 忍び込むなら、助祭以外の教会の人間すべてを錬金工房に取り込んでから助祭の部屋を訪れればいい。
 助祭と会話するだけなら遠距離通話の魔道具を作れば済むことだ。

「頼もしいわね。それじゃ、後者でお願い」

「分かった。詳細は後ですり合わせよう」

 ユリアーナとの会話を切り上げてロッテに話しかける。

「裏庭と言っても随分と広いんだな」

 改めて見回すと小学校のグラウンドくらいの広さがある。

「今は教会の敷地に市場が立ちますが、昔はこの敷地を使っていたそうです」

 ロッテが言うには、今日見た中央通りの盛大な市場は二ヵ月に一回、五日間開催され、出店するのには商業ギルドの出店許可証が必要となる。

 ひるがえって、教会の敷地を利用しての市場は十日毎に立ち、商業ギルドの出店許可書が不要のため、一般の家庭で作られた手料理が並んだり、不要になった衣類や家具が並んだりする。
 また、裁縫が得な主婦などはその場で繕いものをするなど、販売されるものも多岐に渡っているそうだ。

「中央通りの市場は他の市や町から大勢の商人が来るので賑やかですし、外国の珍しい商品も並ぶから見ていてとても楽しいですけど、あたしは教会の敷地に立つ市場の方が落ち着いていて好きです」

 そう語ったロッテの笑顔はとても幸せそうだった。
 美少女の笑顔というのはいやされる。

 ユリアーナとの会話でギスギスしていた心が、ロッテの純朴な笑顔で急速に和らいでいく。

「次に教会に市場が立つのはいつなんだ?」

「三日後です」

 ターゲットの司教はここから三日の距離にあるグラの村に滞在している。教会の敷地に立つ市場を楽しみながらターゲットの司教をゆっくりと待つことにしよう。

「三日後にみんなで教会の市場に行こうか」

 後ろに付いてきた孤児院の子どもたちを見回しながら言うと、ロッテと子どもたちが驚きと期待のこもった目で俺を真っすぐに見つめた。
 俺はロッテと子どもたちに向けて、笑顔でもう一度同じ言葉を告げる。

「三日後にみんなで教会の市場に行こう」

「うっ、あ、ありがとうございます」

 ロッテが泣き出し、子どもたちには驚きの表情と笑顔が広がる。

「え? いいの? 本当?」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「俺たちも? 本当に連れてってくれるの?」

 口々に確認を求める声や歓喜の声が入り混じって上がり、それは瞬く間に子ども特有の甲高い歓声に変わった。

「俺、みんなに知らせてくる!」

 一人の男の子が孤児院の建屋に向かって駆けだした。

「それで、今度は裏庭で何をするつもりなの?」

 先程まで殺伐とした会話をしていたユリアーナが子どもたちに交じって女神のような見惚れるような微笑みを浮かべた。

「これだけの広さの土地を荒れ地にしておくのはもったいないだろ。裏庭すべてを畑に帰る」

「え? 裏庭全部をですか?」

 ロッテが驚きの声を上げた。

「問題ない、院長の許可はもらった」

 先程、『裏庭に畑を作りたい』と院長へ願い出たら快く承諾してくれた。
 広さには言及していなかったが問題ないだろう。

「広い畑を作って頂いても世話をする人手が足りないので、維持するのが難しいと思います……」

「問題ない」

 俺は不敵な笑みを浮かべて言い切る。

 続いて、地上から二メートル程のところまで裏庭の土を錬金工房へと収納した。
 突然、子どもたちの眼前から見覚えのある荒れ地が消え、替わって、二メートル程掘り下げられたくぼ地が現れた。

 驚きのあまり声も上げられず、息を飲む音だけが辺りに響く。
 子どもたち、いい反応だ。
 お兄さんは君たちの期待を裏切らない反応に、モチベーションが一気に上がったぞ。

 特にロッテ。
 大きな目を見開き、愛らしい口を大きく開けた顔は実にチャーミングだ。

「へー、これだけ広範囲の空間を一気に収納できるんだ。ここから端まで三百メートルくらいありそうね」

 ユリアーナが錬金工房の収納限界距離や効果範囲に関する情報を更新したようだ。

「これが第一段階、続いて第二段階だ」

 錬金工房内に取り込んだ石や岩をレンガ程の大きさに成型し、敷地を格子状に区分けして作業用の通路を造成した。

 成型した石や岩を利用して、縦四区画、横五区画の二十区画で、格子状に区分されるように元の地表の高さまでの石の壁を造成した。
 壁の幅は一メートル。

「第二段階の終了だ」

 続いて第三段階に移る。
 各区画を森の中で収納した土や腐葉土で埋めていく。

 こげ茶色の畑に格子状に走る、石で出来た白い通路が柔らかい陽光を淡く反射していた。

「これで第三段階が終了。そして取り敢えず畑ができたわけだ」

 振り返ると、ユリアーナを除く全員がかつて裏庭だった場所を放心したように眺めていた。

 子どもたちの眼前には、二十区画に整然と区分けされた畑が広がり、石の壁はくぼ地に土が入れられることで作業用の通路となっていた。

「……凄い、……お兄ちゃん、凄い!」

 静寂を打ち破ったのは五、六歳の少女。

「これ、畑だよね……?」

「俺、こんなの初めて見た!」

「魔法で畑を作った……」

 幼い子どもたちほど我に返るのが早いようだ。

 驚きと称賛の声は次第に年長者へと伝染でんせんしていく。そしてその驚きと称賛は『次は何をするのだ?』という期待と憧憬どうけいの念へと変わる。
 年長者は自主的に口をつぐみ、年少者は周囲の雰囲気にのまれて押し黙った。

「あんまり期待するなよ、次の作業は大したことないんだからさ」

「え、そうなの?」

 錬金工房内で強化ガラスを錬成しながら言うと、目をキラキラと輝かせた少女が少しだけ残念そうな表情をさせた。
 俺は少女に微笑みながら、

「見た目は派手だけど、やっていることは大したことないのさ」

 ビニールハウスならぬ強化ガラスハウスを、それぞれの区画を覆うようにして出現させた。
 これで第四段階終了。

「宝石のお家……?」

 かろうじて言葉になって俺の耳に届いたのはその一言だけだ。
 他の子どもたちは驚きのあまり言葉にならないか、言葉すら出せずにいた。

「子ども相手に何を得意になっているのよ、と言いたいところだけど……、これは凄いわね……」

 ユリアーナの頬を汗が伝う。
 俺の口元が綻ぶ。

「だろ? でも、まだ続きがるんだぜ」

「いちいち驚くのも疲れたし、驚く子どもたちを見るのも飽きたわ。そろそろ、終わりにしない?」

「安心しろ、こいつを設置して一先ず終わりにする」

 俺は水魔法を付与したスプリンクラーの機能を備えた魔道具を彼女の眼の前に差し出した。
 だが反応したのは幼い少女二人。

「なになに? 今度はなに?」

「お兄ちゃん、それなあに?」

「これ? これはな、毎日の水まきを皆の代わりにやってくれる魔道具だ――――」

 子どもたちに魔道具の説明をしながら、強化ガラスハウスの一つに設置して、試験運転を始めた。
 散水が始まると子どもたちの間から歓声が上がる。

「うわー、凄ーい」

「虹だ!」

「お家の中に虹ができた」

 無邪気でいいね、子どもは。

「残り十九個はどうするつもり?」

「スラム街もあったし、水魔法が使える悪人の十九人くらいいるんじゃないか」

 俺は彼女に、夕食後のスラム街散策計画をささやいた。
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