上 下
42 / 53

第42話 筆記試験

しおりを挟む
 図南と紗良の筆記試験は執務棟の一室にある会議室で行われた。
 部屋には図南と紗良の他に責任者であるクラリッサ司祭と四人の試験官が同席した。四人の試験官はそれぞれ、大陸共通語と外国語、四則計算で二人ずつとなる。

 会議室に静かな時間が流れる。

 図南と紗良が眼の前に置かれた用紙に迷いなくペンを走らせる。紙の上を走るペンの音が静かな部屋に微かに響く。
 クラリッサ司教は眼前で展開される出来事をただ茫然と眺めていた。

 神殿長から二人の学力が突出しているとは聞いていた。
 だが、彼らの話を聞いたときは、その神聖魔法の優秀さに心を奪われ、学力について思を巡らせることはなおざりになっていた。

 その後、実際に二人と会話をし、学力に留まらず、深い教養と広い知識を持っているであろうことは伝わってきた。
 だが、それはあくまでも十代半ば――、成人したばかりの年齢にしては優秀なのだろうと思い込んでいた。

 それがどうだ。

 いま二人が解答しているのは大陸共通語だけでなく、国交のある近隣五カ国の言語が設問に盛り込まれている。
 大陸共通語の問題を解く速度でさえ驚異的なのに、外国語を、それも互角国もの言語をまるで母国語の様にスラスラと解答していく。

(この国の文字や言葉が分かるだけじゃなく、外国の文字や言葉まで勝手に翻訳してくれるのは助かる)

 複数の文字と言語が理解できることはカッセル市への道中で確認済みだった。
 二人とも不安の色一つない。

 図南などは『もしかしたら、この異世界にあるすべての文字と言語が理解できるのはないだろうか』。などと考えながら解答用紙を埋めていく。
 図南と紗良の試験の様子を茫然と眺めていたのはクラリッサだけではなかった。

 四人の試験官も同様である。
 いや、彼らの方が重傷だった。眼前で展開している現実を受け入れられないような思いで図南と紗良が解答するさまに息を飲む。

 ◇

 読み書きの試験の後に行われたのは四則計算の試験だった。
 クラリッサ司教と四則計算の試験官が図南と紗良が解答する様子を見つめるなか、国語と外国語を担当する二人の試験官が採点をする。

 だが、四則計算の試験が始まるとすぐに、採点をする者たちの手が止まった。
 図南と紗良が解答用紙を埋めていく速度に目を奪われる。

 その場にいる誰も声を上げることを忘れたように、二人のペンの動きをただ目で追っていた。
 図南と紗良の解答するさまはクラリッサ司教たちの常識を打ち砕く。

 その驚異的な速度は、計算式を見ただけで解答が浮かび上がるスキルでも持っているのでは、と彼女たちを錯覚させた。
 出題された四則計算の問題は、日本の小学生高学年程度の問題である。

 県内有数の進学校に合格したばかりの図南と紗良にとっては、手が止まるような問題はない。
 図南と紗良がほぼ同時にペンを置いた。

 何か問いたげに彼らを見つめるクラリッサ司教に図南と紗良が静かに告げる。

「終わりました」

「すべて回答し終えました」

「ええ、そのようね……」

 クラリッサ司教は内心の動揺を表に出さないようにするのが精一杯だった。
 彼女とは対照的に動揺しきった試験官が互いに譲り合うようにして図南たちに近付く。

「あの、では、添削を……」

「そ、そうですね」

 二人の前から問題用紙と解答用紙を回収しようとする二人の試験官にクラリッサ司教が問う。

「必要あるかしら?」

 二人の試験官が互いに顔を見合わせると、静かに首を横に振った。
 その反応がすべてを物語っている。

「試験はこれでお終いよ。結果は……、明日はお休みだったわね。明後日、ここで試験結果についてお話をしましょう」

「分かりました」

 図南が時計を見ると間もなく昼になろうとする時間だった。
 午後から騎士団に顔を出すことなっている図南にクラリッサが言う。

「騎士団長には少し遅れるとあらかじめ断ってあるから時間は気にしなくても大丈夫よ」

「まだ大分かかると言うことでしょうか?」

「次は神聖魔法の試験ですよね?」

 図南と紗良が聞いた。

「神聖魔法の実地試験で時間を取らせることはないから安心していいわ」

 神殿長が彼らの神聖魔法を語るとき、年甲斐もなく興奮していた姿がクラリッサ司教の脳裏をよぎっていた。

 二人の能力の限界を調べるのは別の機会に改めて時間をとることにしよう。
 クラリッサ司教はそう思いながらほほ笑んだ。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

異世界巻き込まれ転移譚~無能の烙印押されましたが、勇者の力持ってます~

影茸
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界に転移することになった僕、羽島翔。 けれども相手の不手際で異世界に転移することになったにも関わらず、僕は巻き込まれた無能と罵られ勇者に嘲笑され、城から追い出されることになる。 けれども僕の人生は、巻き込まれたはずなのに勇者の力を使えることに気づいたその瞬間大きく変わり始める。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

良家で才能溢れる新人が加入するので、お前は要らないと追放された後、偶然お金を落とした穴が実はガチャで全財産突っ込んだら最強になりました

ぽいづん
ファンタジー
ウェブ・ステイは剣士としてパーティに加入しそこそこ活躍する日々を過ごしていた。 そんなある日、パーティリーダーからいい話と悪い話があると言われ、いい話は新メンバー、剣士ワット・ファフナーの加入。悪い話は……ウェブ・ステイの追放だった…… 失意のウェブは気がつくと街外れをフラフラと歩き、石に躓いて転んだ。その拍子にポケットの中の銅貨1枚がコロコロと転がり、小さな穴に落ちていった。 その時、彼の目の前に銅貨3枚でガチャが引けます。という文字が現れたのだった。 ※小説家になろうにも投稿しています。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...