猫、時々姫君

篠原 皐月

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第3章 シェリルのお披露目

8.対応策

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「あの偽ラウール殿下の周囲に、変な魔力の気配を感じるんです」
「確かにそれは、私も感じたが……。ラミレス公爵が後ろに付いているし、防御魔法の類を施していてもおかしくないと思うが。君も姫の装飾品に、色々細工しているだろう?」
 訝しげに応じたクラウスに、エリーシアが溜め息混じりに首を振ってから告げる。

「クラウスおじさん、あれはそんな可愛い物じゃなくて……。強いて言えば、シェリルに施されていた物と同系統です。あれよりは簡単な術式だと思いますが」
「姫の物と同系統……、って、まさか姿替えの術式!?」
 シェリルが驚きで目を見張り、クラウスが顔色を変える中、エリーシアは皮肉っぽく顔を歪めながら淡々と続けた。

「あくまでも私見ですが。それを解除できたら、どんな姿が拝めるんでしょうね? 麗しき貴公子どころか、百戦錬磨のヒヒジジイかもしれませんよ?」
「…………」
 思わず静まり返った室内で、シェリルが義姉の袖を再度軽く引きつつ小声で囁く。

「……エリー、何か楽しんでいない?」
「楽しむ? 楽しむどころか、怒り狂っているわよ。シェリルの偽者が堂々と現れたのに、王家の体面を慮って反論も出来ないなんて」
 憤懣やるかたない様子で、ボソボソと文句を言うエリーシアをよそに、クラウスは険しい表情になって問題点を上げた。

「それは、別な意味で由々しき事態だな……。エリーの勘が正しければ、ラミレス公爵の背後にかなり優秀な魔術師が付いている事になる。更に姿替えの術式を周囲に悟らせず、安定させる力量の持ち主となると……、この国にもそうは居ない。最悪、他の国の思惑が絡んでいる可能性もある」
 彼がそう口にした途端、動揺を隠せない周囲からざわめきが生じた。

「何と……」
「益々面倒な事になりましたな……」
「どう考えても、傍観できない事態です」
 そこで五月蠅くなってきた室内で、全員に聞こえる様にエリーシアが声を張り上げた。

「それで、一つ提案なのですが!」
「なんですか? エリーシア」
 ミレーヌが応える声と共に再び室内が静まり返ると、エリーシアは慎重に話し出した。

「当然、王宮から偽王子の調査に人を派遣されますね?」
「勿論です」
「その表向きの調査隊とは別に、秘密保持ができて腕が立つ人間を何人か付けて、私をハリード男爵及びライトナー伯爵の領地に、内密に派遣しては貰えませんか?」
「エリー!? どうしてそんな事を?」
「どうしてお前が?」
 いきなり話が飛んだ為、シェリルとレオンは驚いて彼女の真意を問いただすと、エリーシアは冷静に言ってのけた。

「これから王都では、偽第一王子様と勝手に後見人を気取っているラミレス公爵に、貴族達が群がって騒々しくなるでしょうから、主だった面々はそちらの調査と牽制で忙しくなる筈です。しかも相手に割と凄腕の魔術師の影がある以上、それに対抗できる人間を調査に派遣する必要があるかと思いますが、王都内の警護や怪しい人物の監視で、従来の王宮専属魔術師の方々は手一杯では?」
「まあ、確かにそうだな……」
 思わず渋面になって応じたクラウスに、エリーシアが多少茶化す様に述べる。

「ですが、最近義妹の七光りで王宮お抱えになったばかりの新米女魔術師が1人不在だからって、怪しむ人も目くじらを立てる人間も、そうそう居ないでしょう。ちょっと行方をくらまして、ハリード男爵とライトナー伯爵。ついでにラミレス公爵との関係と、どこの国が背後で糸を引いているのか探ってみます。これも勘なんですが、あの場で薄笑いする様な迂闊なライトナー伯爵なら、調べれば突破口が開けると思うんです」
「あっさり言うがな、エリー……」
「ですから、少数精鋭で使える人材をお貸し願えれば、と」
 益々難しい顔になったクラウスに、エリーシアは一見にこやかに要求を繰り出す。そこで殆ど話に付いていけず、聞き役に徹していたシェリルが、我に返って声を上げた。

「エリー! ちょっと待って! そんなの危ないわよ!! それにエリーにだけ色々させる訳には」
「あら、勿論シェリルにも、やって貰う事は色々あるのよ?」
「え? な、何をするの?」
 平然とそんな事を言われたシェリルは面食らったが、エリーシアは含み笑いをしながら説明を始める。

「欲の皮の突っ張った、狸や狐のお相手。危険性は落ちるけど、下手したら私のする事より厄介よ?」
「……どういう事?」
 首を捻ったシェリルに、エリーシアはいきなりいつもの勉強時間の様に問いを発した。

「ここで問題です。偽第一王子様を推す連中は、まず彼が第一王子だと認めて貰う事に血道を上げますが、認めて貰った後に何を目指すでしょうか?」
「認められる筈ないけど……、認めて貰ってそれで終わりじゃないの?」
「そんなわけないわよ。どう考えても王太子位の奪取を目論むわね」
 平然と言われた内容に、シェリルは仰天して言い返した。

「何でそうなるの!? だってレオンはれっきとした王太子じゃない!?」
「第一王子はレオン殿より十日程早く産まれていた事になってるし、生母のアルメラ様の実家は、レイナ様の実家より格上。ですよね?」
 そこで目線で同意を求められたレオンは、同席しているファルス公爵をはばかる様にチラリと視線を向けてから、頷いてみせた。

「……ああ。ファルス公爵家はあの騒動以降、率先的に社交界で存在を誇示する事はしていないがな」
「そうなると、一般的にはどう考えても、王太子就任に関しては第一王子側の方が有利よね」
「そんな!? だって陛下はそんな事認めないでしょう!?」
 思わずシェリルが叫んで、未だ自覚に乏しい父親に視線を向けると、ランセルは眉間に皺を寄せて如何にも不愉快そうな表情を見せていた。その心情を分かり過ぎる位分かっていたエリーシアは、シェリルに強く言い聞かせる。

「当然でしょう。何が何でも認める訳にはいかないわ。だけど今夜の夜会には隣国の大使とかも出席してたし、事が余計に厄介になってるの。短期間で円満に解決しないと内紛の兆しありとか思われて、周辺国に付け込まれかねないわ。それで問題その2、第一王子の王太子就任を望む連中は、どういう対策を取ろうとするでしょうか。二つ答えなさい」
「ふ、二つと言われても……。全然分からないんだけど?」
 再度唐突に問われて口ごもったシェリルに、エリーシアは容赦の無い見解を述べた。

「一つ、手っ取り早く現王太子を亡き者にします。二つ、シェリルに取り入ります」
 あっさりと二つの答えを提示され、シェリルは本気で焦りまくった。

「ちょっと待って! 何それ!?」
「だってどう考えてもレオン殿下は邪魔者でしょうが」
「そ、それはそうかもしれないけど! 何も本人の前で言う事は無いでしょう!? レオン、ごめんなさい!」
 慌ててレオンに向かって頭を下げたシェリルだったが、相手はさほど気にした様子は見せず、寧ろ真面目な顔で考え込んだ。

「いや、シェリル、本当の事だから構わない。そうか……、うっかりしてたな。俺の命が狙われるのは十分想定内だったが、シェリルに纏わり付く輩が出てくる可能性もあったか」
「そう言う事。一応準備はしておくけど、そちらの方でも警護の人員を考えてくれるとありがたいわ」
「分かった。早急に手配する」
「宜しく」
 二人が真顔で話を進めているのをシェリルは呆然と眺めていたが、一区切り付いた所で尋ねてみた。

「あの……、二人とも? どうして私なんかに取り入ろうとする人が出て来るの? 私は王宮に来たばかりだし、役職とかも無いのよ?」
 シェリルとしては尤もな事を言ったつもりだったのだが、エリーシアは残念そうに首を振った。
「それは、シェリルの後見人に、子供が居られない王妃様が付いたからよ」
 その彼女の説明にレオンが合いの手を入れる。

「加えてシェリルは、王宮に引き取られたばかり。どう考えても、誰よりも御し易いと思われるだろうな」
「つまり、王妃様の保護下にあるシェリルを味方に付ければ、王妃様にシェリルと同様に第一王子の後押しをして貰えると、短絡思考の奴は考えるって事」
「下手をすると、俺を推す第二側妃側と、第一王子を推す王妃側で後宮内が真っ二つ、って寸法だな」
「絵に描いた様な光景だけど、是が非でもそういう状態に持ち込みたいんでしょうね」
「もっと他の有意義な事に労力を使えよ」
「激しく同感だわ」
 そう言ってレオンとエリーシアが乾いた笑いを漏らすと、思わず不安になったシェリルが確認を入れた。

「でも……、実際にはそんな事は起こらないでしょう?」
 それにレオン達が答える前に、ミレーヌが強めの口調で割り込む。
「勿論です。でもシェリル。この際、そんな浅はかな連中の企みに乗って欲しいと言ったら怒りますか?」
「え? 王妃様?」
「つまり、甘い汁を吸おうと群がってくる人間の相手をして、誰がどんな人間と繋がっているのか、それとなく探って欲しいのよ」
 ミレーヌの台詞の意味をエリーシアが分かり易く解説すると、予想に違わずシェリルの悲鳴が室内に轟いた。

「え……、えぇぇぇぇっ!! ちょっと待って、エリー! そんなの無理! やった事ないし!」
「それは私が一番良く分かってるわよ。主だった所はカレンさんに差配して貰うわ。だからシェリルはニコニコ笑って相手をして、でも変な言質は取られず、かといって相手を失望させないで、ほのかに期待させる程度にあしらっていれば良いんだから」
「良いんだからって、そんな簡単に言われても!」
 狼狽著しいシェリルだったが、ここでエリーシアは彼女の両肩をしっかり掴みながら、真顔で言い聞かせた。

「無理でもなんでも……、やって貰うわよ、シェリル。悪党共の陰謀を叩き潰す為に、ここにいる皆さんは、これからきりきり舞いする筈なんだから。まだ実感は無いかもしれないけど、ここはあなたとあなたの家族が暮らす場所なの。得体の知れない人間の侵入なんか、絶対に許しちゃ駄目なんだから」
 口調は抑えてあるものの、真剣極まりない声と顔付きのエリーシアの言葉に、その場にいる全員の顔が引き締まる。それはシェリルも同じ事で、何とか心の中の不安を抑えながら頷いた。

「……うん、分かった。カレンさんに協力して貰って、頑張ってみる。でもエリーも気を付けてね?」
「大丈夫、そんなに心配しないで」
 そこでミレーヌは、微笑したエリーシアからタウロンへと視線を移した。

「それでは宰相殿、表向きの調査団とは別に、エリーシア殿に付ける人員の選定を今夜中に済ませて下さい」
「分かりました。早速取り計らいます」
「ありがとうございます。準備が整い次第出立しますので、後の事はお願いします」
「ええ、姫の事はお任せ下さい」
 そしてミレーヌの隣で、ランセルも険しい顔のまま指示を出す。

「グラント伯爵、近衛軍は王宮内及び王都内の警護体制を見直すと共に、第二級警戒態勢を当面の間堅持する事を、各将軍に伝達する様に」
「既に司令官に召集はかけてありますので、早速全軍に通達を出します」
「それからファルス公爵、夜会で王妃が依頼したが、改めて後見人としての名目で彼の身辺調査と監視を頼む。さぞかし周囲が騒がしい事になると思うが……」
 ここでランセルが申し訳無さそうに声をかけると、当初から全く発言していなかったファルス公爵が、ここで小さく頷いてから初めて口を開いた。

「私の役目は心得ております。それから王宮内での人手も不足するかと愚考しますので、こちらから信用の置ける人材を何人か、離宮と後宮に入れる許可を頂きたく存じます」
「タウロン、聞いたな。至急そちらの手続きも頼む」
「畏まりました」
 そのやり取りが解散の合図だったかの様に、そこで誰も何も言わずとも円卓を囲んでいた全員が静かに立ち上がり、自分の職務を全うするべく、それぞれ移動を開始した。
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