有能侍女、暗躍す

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
49 / 52
第4章 何事も程々に

4.高い理想

しおりを挟む
「サイラス、これはスパイスが効いてて美味しいわよ?」
「そうなのか? じゃあそれ、取って貰って良いか?」
「良いわよ」
 そして二人分が盛られた皿から、料理を小皿に取り分けたソフィアがそれをサイラスに手渡しながら、世間話の様に言い出す。

「ねえ、サイラス」
「何だ?」
「自分の事、趣味が悪い人間だと思わない?」
「は? 何で?」
 食べる合間に問い返したサイラスだったが、ここでソフィアが事も無げに言った台詞に、食べていた肉の塊を見事に喉に詰まらせた。

「だって私の事、好きでしょう?」
「ぶっ、ぐっはっ!! げはっ! ごふぁっ!!」
「ちょっと、サイラス! 何いきなりむせてるのよ! 大丈夫!?」
 フォークを取り落とし、喉を押さえながら苦悶の表情になったサイラスを見て、流石にソフィアは慌てた。その騒ぎに、近くを通っていたオリガが目を丸くしながら、素早く水を入れたグラスを彼の前に差し出す。

「お客さん、大丈夫かい? ほら、お水飲んで落ち着いて!」
 すかさずそれを受け取って、何とか喉に詰まっていた物を飲み下したサイラスは、額に僅かに汗を浮かべながらオリガにグラスを返した。

「……どうも。お騒がせしました」
「本当に大丈夫かい? 無理するんじゃないよ?」
 心配そうに言ってオリガがその場を離れてから、ソフィアはやや不満そうにサイラスに告げた。

「何もそこまで動揺しなくても良いんじゃない?」
 しかしそれに、サイラスがぐったりしながら言い返す。

「食べてる最中に図星を指されて、動揺しない奴がいたらお目にかかりたいぞ……」
「まだまだ修行が足らないわね」
「俺は魔術師なんだ。妙な修行はやらないからな」
「それで? 思いっきりさっき尋ねた事を肯定しちゃったみたいなんだけど、そこのところは自覚している?」
 真顔でそんな事を言われたサイラスは、穴を掘って埋まりたくなった。

「……たった今、自覚した」
「それは良かったわ」
 苦笑いしたソフィアに、サイラスは黙り込む。

(俺的には良くないが。いや、話の流れ的には悪くは無いが、ここからどうやって俺が話の主導権を握る流れに持っていくべきなのか……)
 そんな風に悶々としているサイラスには構わず、ソフィアは再び口を開いた。

「私の尊敬する最上の主君って、アルテス様なんだけど……」
 そう言ってから、頬杖をついて面白く無さそうに黙り込んだ彼女に、サイラスは何故そんな分かり切った事を改めてここで言うのかと訝しく思いながら、話の続きを促した。

「ソフィアが、ファルス公爵の忠臣なのは分かっているさ。それが?」
「それで、頭領がファルス公爵家の裏部隊、デルスの取り纏め役なのは知っているわよね?」
「勿論、知っているが?」
 微妙に話が逸れた様に感じて眉根を寄せたサイラスだったが、ここでソフィアが爆弾を投下した。

「私の理想の男性って、実は頭領なのよ」
「ああ、そう……、はぁああ!?」
 相槌を打ちながらグラスを取り上げたサイラスは、それを乱暴にテーブルに戻しながら素っ頓狂な声を上げた。それは店中の客の視線を集めた上、ソフィアから軽く睨まれる羽目になった。

「……失礼ね。そこまで驚かなくても良いじゃない」
「いや、でも、何歳年上だ!?」
 かなり動揺しながらサイラスが尋ねると、ソフィアはちょっと考えてから告げる。

「ええっと……、十七歳違い、かな? 本当に公爵様や頭領と出会った頃は、私って思い込みが激しくて、身の程知らずの怖い者知らずの小娘だったわよね。どうしてもデルスに入りたくて、公爵家の中の仕事を手当たり次第やらせて貰った上で、どれもこれもわざと惨憺たる結果になる様にして。結構大変だったわ」
 しみじみとそう語った彼女に、(そう言えばイーダリスがそんな事を言っていたな)と思い返したサイラスは、半ば呆然としながら問いを重ねた。

「どうしてデルスに入る前に、色々な仕事をしたんだ?」
 それに対するソフィアの答えは、実に簡潔明瞭だった。

「年端のいかない小娘を、最初からデルスに放り込む様な非人道的な事を、アルテス様が許すわけないでしょうが」
「……それはそうか」
「とことんやってどれも駄目って言われて、どっぷり落ち込んだ演技をして、アルテス様とフレイア様に『可哀想だから、一応気が済む様に訓練させてみたら』と言って頂いたのよ。作戦勝ちね」
(何だよ、その計算高さは!? それに大人が揃いも揃って騙されるな!)
 ちょっと得意気に言われて、サイラスは心の中で当時彼女の周りに居た人間達を罵倒した。しかしそこでソフィアは、急にしんみりとした口調になって話を続ける。

「だけどね……。私が少しでも頭領のお役に立とうと思って、訓練の傍ら仕事に勤しんでいる間に、頭領は九つ年上の訳あり子持ち未亡人とさっさと結婚しちゃってさぁ。本当に早業だったわね。仕事以外で、変な手腕を発揮しなくても良いのに……。それで一時期、やさぐれたわ」
「やさぐれたって……」
 愚痴っぽく零された内容に、思わず絶句したサイラスだったが、ソフィアは律儀にその内容を語った。

「道行くバカップルを見る度にイラッとして、細刃のナイフを投げて靴のつま先を地面に縫い付けて転ばせたり、投石弓を使ってカチカチの泥団子をぶつけたり、真っ赤な染料を木の上からぶちまけたりして。それが頭領にばれて『何を考えている! 無関係の人間に無差別に嫌がらせをさせる為に、色々仕込んだわけじゃないぞ!』とこっぴどく怒られた上、公爵ご夫妻には『反抗期か? それともデルスの仕事に係わらせたのが拙かったか』ともの凄く心配されて、危うくデルスから抜けさせられそうになったわ」
 それを聞いたサイラスは、思わず両手で頭を抱えた。そして項垂れながら聞いてみる。

「因みに、それっていつ頃の話なんだ?」
「十五の時よ。それからは両親とかアルテス様達が持ってくる縁談を蹴散らしつつ、仕事に邁進して来たわ。ええ、裏も表も、一切手抜き無しでね」
「……うん、それは良く分かった」
 真顔で自分の仕事に対する姿勢を語ったソフィアに、サイラスは疲れた表情で頷き、盛大な溜め息を吐いた。するとソフィアが真面目な顔のまま問い掛けてくる。

「今までの自分の事をかなり包み隠さず語った上で、一つ聞きたいんだけど」
「何だ?」
「サイラス。あなた、頭領を越えられる? それなら考えてあげても良いわ」
 それを聞いたサイラスは、「何を?」などと問い返す間抜けな真似はせず、勢い良くテーブルに突っ伏して呻いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

虐げられ令嬢の最後のチャンス〜今度こそ幸せになりたい

みおな
恋愛
 何度生まれ変わっても、私の未来には死しかない。  死んで異世界転生したら、旦那に虐げられる侯爵夫人だった。  死んだ後、再び転生を果たしたら、今度は親に虐げられる伯爵令嬢だった。  三度目は、婚約者に婚約破棄された挙句に国外追放され夜盗に殺される公爵令嬢。  四度目は、聖女だと偽ったと冤罪をかけられ処刑される平民。  さすがにもう許せないと神様に猛抗議しました。  こんな結末しかない転生なら、もう転生しなくていいとまで言いました。  こんな転生なら、いっそ亀の方が何倍もいいくらいです。  私の怒りに、神様は言いました。 次こそは誰にも虐げられない未来を、とー

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

処理中です...