有能侍女、暗躍す

篠原 皐月

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第3章 起死回生一発逆転

8.サイラスの告白

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「居たか?」
「いや、何も不審な所は無い」
「もっと良く探せ!」
 予め打ち合わせていた時間に屋敷の北側にやって来たジーレス達は、塀越しに微かに聞こえる敷地内の声を聞いて、難しい顔で今後の事について相談していた。

「頭領、どうやらソフィアの奴、見つかったらしいが、どうする?」
「探った限りでは、賊が捕まったという話にはなっていない」
「しかし、このままここで待っている訳にもいかないぞ?」
「そうだな……」
 しかし眉間に皺を寄せてジーレスが考え込んだところで、いきなり空中から声が降ってきた。

「頭領、すみません! 騒ぎになってしまいましたが、こちらの身元を明らかにする様な、失態まではしておりませんので!」
 全く予想していなかった所からの声に、二人は瞬時に夜空を振り仰いだ。

「ソフィア?」
「お前、どこに居るんだ?」
 しかし見上げても誰の姿も見えない為、二人は益々警戒しながら辺りを見回し、それを見たソフィアは己の更なる失態を悟った。

「あ、うっかりしてた。ちょっと下ろしてよ」
「あ、ああ……、悪い、忘れてた」
 何やら誰かとのやり取りの後、自分達の目の前に唐突にソフィアが現れた為、さすがに魔術師であるジーレスには、ソフィアが魔術師、恐らくサイラスの手を借りて姿を消し、空中を浮遊して塀を乗り越えて来たのが分かった。

「ソフィア、どういう事だ?」
 しかし一応確認を入れてみたジーレスに、ソフィアは如何にも面目なさそうに頭を下げてから、誰もいない様に見える空間を手で指し示しながら説明する。

「その……、へまをして発見されそうになった所を、王宮専属魔術師のサイラス・ランドールに助けて貰いまして」
「……どうも、はじめまして」
 そして声だけで挨拶してきたサイラスに、漸く状況を悟ったオイゲンが不思議そうに尋ねる。

「ひょっとして姿を消しているのか? だが、どうして消えたままなんだ?」
「何だか分かりませんが、彼、今裸みたいなんです。だから姿を消したままで失礼します、という事らしいのですが……」
 自分でも納得しかねる顔つきでソフィアがそう告げると、ジーレスは無言で頭を押さえ、オイゲンは益々変な顔になった。

「はぁ? お前、ルーバンス公爵家の女の誰かに入れ込んでて、そいつの部屋にしけこんでたのか? 趣味悪りぃなぁ……」
「ああ……、なるほど。そういう事なのね」
 そこでソフィアが納得した様に頷いた為、サイラスは慌てて否定した。

「違う!! なんでそうなるんだ!?」
「だって何の騒ぎかとベッドから抜け出て様子を見に来て、私と遭遇したんでしょ?」
「ソフィア……、まかり間違っても、こんな奴に引っかかるなよ?」
「師匠、あんまり人を見くびらないで欲しいんだけど」
「だから、それは誤解だっ!!」
「煩い」
 ジーレスの声は、この場にいた誰のものよりも小さくて低かったが、それに込められた殺気は本物だった。それを察知できない人間などこの場には存在せず、瞬時に静寂が戻る。するとジーレスは自らが纏っていたマントを外し、それをサイラスがいると思われる方向に向かって差し出しながら、指示を出した。

「屋敷の連中に見つかる前に、さっさと撤収する。サイラスはこれを腰に巻いておけ。姿は消したままで構わない。そしてソフィアの馬はサイラスが使え。ソフィアは私と相乗りだ。急ぐぞ」
「はっ、はい!」
「了解」
「……分かりました」
 無表情で淡々と矢継ぎ早に指示を出したジーレスに逆らえる者などいる筈も無く、サイラスは受け取ったマントを腰に巻いて騎乗すると言う、かなり間抜けな格好でステイド子爵邸に戻る事になった。しかも馬に乗る直前、「せっかく見逃してやっていたのに。何をやっているんだ、馬鹿者が。しかも一度術式を解除したら、元に戻れないとは何事だ」と小声でジーレスに叱責され、更に落ち込む事となった。

「お帰り、姉さん! ジーレス殿もオイゲンさんもお疲れさまです。……って、あれ? どうしてジーレスさんのマントが、そんな変な形になってるんですか? 何か新しい魔術の研究中ですか?」
 出かけていた三人を玄関で出迎えたイーダリスは、珍妙な形で空中に浮いている様に見えるマントを認めて、怪訝な顔になった。そんな彼にジーレスが咳払いしてから、ちょっとした頼み事をする。

「その……、イーダリス殿。申し訳ないが服を一式貸して貰えないだろうか? 下着も付けて」
 その申し出に、イーダリスは不思議そうに首を傾げ、キョロキョロと辺りを見回す。

「はい? 誰か着替えが必要な方が、居るんですか? それかこれからいらっしゃるとか」
「そんな所ですまあな。詳しい話は後でしますが、背格好もイーダリス殿とそれ程違わないので、大丈夫だと思いますし」
「分かりました。少々お待ち下さい」
 その間、ソフィアとオイゲンは、何とも言い難い目で円筒形になっているマントの辺りを眺めていたが、イーダリスから着替えを受け取ったジーレスが無言で透明のままのサイラスに差し出し、それを彼が受け取って何処かへ姿を消すと、マントや服が勝手に空中を動き出した様にしか見えなかったイーダリスは、限界まで目を見開いた。
 それから少しして全員が居間に集まった時には、借りた服を着込んで姿を現したサイラスが、その中に交ざっていた。

「イーダリス殿、こちらが王宮専属魔術師の、サイラス・ランドールだ」
「はぁ……、そうですか。初めまして」
 改めてジーレスがサイラスを紹介すると、イーダリスは戸惑いながらも初対面の挨拶を述べた。それにサイラスが、硬い表情で応じて頭を下げる。

「こちらは初めてではありませんが、今後とも宜しくお願いします」
「はい?」
「いいから、そこを退きなさい、イーダ」
 益々要領を得ない顔付きになったイーダリスだったが、ここでソフィアが割り込み、彼が止める間もなくサイラスはソフィアによって絨毯の上に正座させられた。

「それで? 一体どう言う事なのか、説明して貰おうじゃない。黙っているなら、あそこの屋敷の女に入れ上げているものと見なすわよ?」
「分かった。正直に、洗いざらい話すから……」
 目の前で仁王立ちになった彼女に、早速追及される羽目になったサイラスは、年長者達が興味津々で事態の推移を見守る中、変な誤解をされるよりはと、完全に諦めて白状する事にした。

「実は……、俺は少し前からこのステイド子爵家に、猫のサイラスとしてお世話になっているんだ」
 その告白に、ソフィアもイーダリスも揃って目を丸くした。

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