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第3章 起死回生一発逆転
5.一人と一匹
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明らかに目に付く全身黒装束の三人は、ジーレスによって施された目眩ましの術で、何人かのすれ違った者にも特に訝しがられる事もなく、無事ルーバンス公爵邸に到達した。そして塀の側に馬を寄せ、反対側に並ぶ貴族の屋敷を確認して、今現在の位置関係を把握する。
「さてと、図面で事前に検討していた位置だと、忍び込むならこの辺りからでしょうか?」
そう見当を付けたソフィアに、周囲を見渡したオイゲンが頷いた。
「そうだな。あそこの角を曲がると、正門に設置してある防御術式に引っかかるし、反対側のあそこより先は、向こうの屋敷の門からの視界に入る」
「それにここからの方が、ルセリア嬢が暮らしている西棟に、最短とは言わないまでも、結構早く行けるな。上に上がるのが、少々厄介だが」
若干難しい顔になったジーレスが口にすると、ソフィアは抑えた口調ながらも、公爵家の人間に対しての怒りを露わにした。
「本当に、れっきとした公爵令嬢として貴族簿に記載されている人間を、屋根裏部屋で生活させているとは何事よ! 手元にお金が全然無いって訳では無いでしょうに、恥を知りなさい!」
本気で憤慨しているソフィアを見て、オイゲンは思わず溜め息を吐く。
「彼女の場合、そこそこ目鼻立ちが整っていたのが、不幸だったな。後ろ盾が無い上に、あまり容姿に恵まれなかった兄弟姉妹その母親に、余計に疎まれたってところだろうな」
「本っ当にこの家って、ろくでもない人間の集まりだわ!」
「ソフィア、静かに」
「すみません……」
再度声を荒げて吠えたソフィアを、ジーレスは冷静に窘めた。それから塀を見上げて、彼は何やらブツブツと呟いていたが、少しして塀の上が帯状に淡く光り出した。それを見た彼は難しい顔になって、ソフィアに冷静に言い聞かせる。
「やはり塀の上にも、防御術式が展開されているな。ルーバンス公爵家お抱えの魔術師に察知されない様に、一時的にそれを解除するから、少し待っていなさい」
「お願いします」
ソフィアが神妙に頭を下げてジーレスの作業を見守っている間に、オイゲンが最終確認を入れてくる。
「侵入経路は、頭に叩き込んだな? もしもの時の最短逃走ルートもだが」
「はい、大丈夫です」
力強く頷いたソフィアに、オイゲンも常には見せない真剣な顔で念を押した。
「目くらましの術をかけ続けていると、屋敷の防御術式に反応して察知されるかもしれないが、かと言って何もせずにここにずっと居たら、さすがに王都警備担当近衛兵の巡回に遭遇して、不審に思われる可能性もある。お前が敷地内に入ったら、俺達は北側に移動しているからな」
「分かりました」
「よし、ソフィア。行けるぞ」
ジーレスのその声に、ソフィアは素早く鞍の上に立ち上がり、腰に括り付けてある特製のロープを手に取った。
「はい。じゃあちょっと行ってきます」
「気を付けろよ」
それに無言で頷いたソフィアは、手にしたロープを腕の長さほど手から垂らすと、それを数回ふり回したと思ったら、躊躇わずに上空に放り投げた。するとその先端の鍵爪部が、塀の内側にある大木の枝をしっかりと捕らえ、ソフィアは引っ張ってその手応えを確かめてから、塀に足を付きつつそのロープを伝って、危なげなく上り始める。
「大丈夫ですかね? あいつ、ここ暫くの王宮勤めで、勘と身体が鈍っていなければ良いんですが……」
ソフィアが塀を登りきり、更に大木の方へと移ったのを確認してから、オイゲンがつい懸念を漏らすと、防御術式を元通りに戻そうとしていたジーレスは、解除されている箇所をちゃっかりと利用するべく、サイラスが猫の姿のまま魔術で浮き上がったのを、視界の隅に捉えた。
「大丈夫だろう。それに……」
「それに、何だ?」
サイラスはオイゲンの背後から上り始めた為、彼はその存在に気付かなかった。それを見たジーレスが、笑いを堪えながら言葉を継いだ。
「万が一、私達が見つかったらファルス公爵のご迷惑になるから付いて行く事はできないが、頼もしい同行者はいるみたいだからな」
その台詞に、オイゲンが疑わしそうな顔付きになる。
「同行者? そんな奴がどこに?」
「さあ……、そんな気がしただけだ」
そんな会話をしているうちに、サイラスが塀を上りきったのを確認したジーレスは、予定通り塀上の防御術式を復活させ、ソフィアが乗ってきた馬の手綱を引いて、ゆっくりと移動を開始した。
一方のサイラスは問題なく塀を乗り越え、敷地内に無事着地すると、周囲の様子を注意深く観察した。
(ジーレスさんが防御術式を解除しているのを利用できて、手間が省けて助かった。さて、ソフィアを追わないといけないが……)
注意深く魔術で自分の周囲を探査してみると、思った通り夜でもある事から、敷地内の警戒度は昼間の比では無かった。取り敢えず回避しなければいけない物を確認しつつ、サイラスはこれからの行動について考える。
(確かに厄介だが、回避するのは無理って程度では無いな。予めここの屋敷の見取り図を、こっそり見ておいて助かった。焦らなくても目的地に向かえば、自然にソフィアと遭遇できるだろう)
そう段取りを立てたサイラスは、既に見失っていたソフィアと合流すべく、慎重にルーバンス公爵邸の庭を走り出した。
「さてと、図面で事前に検討していた位置だと、忍び込むならこの辺りからでしょうか?」
そう見当を付けたソフィアに、周囲を見渡したオイゲンが頷いた。
「そうだな。あそこの角を曲がると、正門に設置してある防御術式に引っかかるし、反対側のあそこより先は、向こうの屋敷の門からの視界に入る」
「それにここからの方が、ルセリア嬢が暮らしている西棟に、最短とは言わないまでも、結構早く行けるな。上に上がるのが、少々厄介だが」
若干難しい顔になったジーレスが口にすると、ソフィアは抑えた口調ながらも、公爵家の人間に対しての怒りを露わにした。
「本当に、れっきとした公爵令嬢として貴族簿に記載されている人間を、屋根裏部屋で生活させているとは何事よ! 手元にお金が全然無いって訳では無いでしょうに、恥を知りなさい!」
本気で憤慨しているソフィアを見て、オイゲンは思わず溜め息を吐く。
「彼女の場合、そこそこ目鼻立ちが整っていたのが、不幸だったな。後ろ盾が無い上に、あまり容姿に恵まれなかった兄弟姉妹その母親に、余計に疎まれたってところだろうな」
「本っ当にこの家って、ろくでもない人間の集まりだわ!」
「ソフィア、静かに」
「すみません……」
再度声を荒げて吠えたソフィアを、ジーレスは冷静に窘めた。それから塀を見上げて、彼は何やらブツブツと呟いていたが、少しして塀の上が帯状に淡く光り出した。それを見た彼は難しい顔になって、ソフィアに冷静に言い聞かせる。
「やはり塀の上にも、防御術式が展開されているな。ルーバンス公爵家お抱えの魔術師に察知されない様に、一時的にそれを解除するから、少し待っていなさい」
「お願いします」
ソフィアが神妙に頭を下げてジーレスの作業を見守っている間に、オイゲンが最終確認を入れてくる。
「侵入経路は、頭に叩き込んだな? もしもの時の最短逃走ルートもだが」
「はい、大丈夫です」
力強く頷いたソフィアに、オイゲンも常には見せない真剣な顔で念を押した。
「目くらましの術をかけ続けていると、屋敷の防御術式に反応して察知されるかもしれないが、かと言って何もせずにここにずっと居たら、さすがに王都警備担当近衛兵の巡回に遭遇して、不審に思われる可能性もある。お前が敷地内に入ったら、俺達は北側に移動しているからな」
「分かりました」
「よし、ソフィア。行けるぞ」
ジーレスのその声に、ソフィアは素早く鞍の上に立ち上がり、腰に括り付けてある特製のロープを手に取った。
「はい。じゃあちょっと行ってきます」
「気を付けろよ」
それに無言で頷いたソフィアは、手にしたロープを腕の長さほど手から垂らすと、それを数回ふり回したと思ったら、躊躇わずに上空に放り投げた。するとその先端の鍵爪部が、塀の内側にある大木の枝をしっかりと捕らえ、ソフィアは引っ張ってその手応えを確かめてから、塀に足を付きつつそのロープを伝って、危なげなく上り始める。
「大丈夫ですかね? あいつ、ここ暫くの王宮勤めで、勘と身体が鈍っていなければ良いんですが……」
ソフィアが塀を登りきり、更に大木の方へと移ったのを確認してから、オイゲンがつい懸念を漏らすと、防御術式を元通りに戻そうとしていたジーレスは、解除されている箇所をちゃっかりと利用するべく、サイラスが猫の姿のまま魔術で浮き上がったのを、視界の隅に捉えた。
「大丈夫だろう。それに……」
「それに、何だ?」
サイラスはオイゲンの背後から上り始めた為、彼はその存在に気付かなかった。それを見たジーレスが、笑いを堪えながら言葉を継いだ。
「万が一、私達が見つかったらファルス公爵のご迷惑になるから付いて行く事はできないが、頼もしい同行者はいるみたいだからな」
その台詞に、オイゲンが疑わしそうな顔付きになる。
「同行者? そんな奴がどこに?」
「さあ……、そんな気がしただけだ」
そんな会話をしているうちに、サイラスが塀を上りきったのを確認したジーレスは、予定通り塀上の防御術式を復活させ、ソフィアが乗ってきた馬の手綱を引いて、ゆっくりと移動を開始した。
一方のサイラスは問題なく塀を乗り越え、敷地内に無事着地すると、周囲の様子を注意深く観察した。
(ジーレスさんが防御術式を解除しているのを利用できて、手間が省けて助かった。さて、ソフィアを追わないといけないが……)
注意深く魔術で自分の周囲を探査してみると、思った通り夜でもある事から、敷地内の警戒度は昼間の比では無かった。取り敢えず回避しなければいけない物を確認しつつ、サイラスはこれからの行動について考える。
(確かに厄介だが、回避するのは無理って程度では無いな。予めここの屋敷の見取り図を、こっそり見ておいて助かった。焦らなくても目的地に向かえば、自然にソフィアと遭遇できるだろう)
そう段取りを立てたサイラスは、既に見失っていたソフィアと合流すべく、慎重にルーバンス公爵邸の庭を走り出した。
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