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第3章 蠢く陰謀
24.勘働き
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ろくな装備も無いまま、敵国内に入り込んで三日目のエリーシア達だったが、この間何回か小競り合いは生じたものの大した被害を受けずに敵を撃退し、逃走を続けていた。
さすがにアクセスが腕に覚えのある人物を厳選したと言うだけの事はあり、皆が技量に加えて胆力も十分で、いまだに意気軒昂な彼らにエリーシアは感心する。
「さて、なんとか振り切れたか?」
「大丈夫だと思いますけど。しかし皆さん、相変わらず元気ですね」
並んで馬を走らせながら、しみじみとそんな感想を述べたエリーシアに、アクセスは面白そうな顔つきになって問い掛けた。
「うん? 元気一杯じゃおかしいか?」
「そうじゃなくて、もう少し意気消沈しててもおかしくないんじゃありません? 特に当てもなく彷徨って、三日目なんですから」
「そりゃあそうだが、何と言ってもこっちには、用心深くて目端がきいてて腕の立つ魔術師様が二人も付いてるしな」
「まあ、確かに、むざむざと敵に捕まる様な真似はしたくありませんけどね」
そう言って小さく溜め息を吐いた彼女に、アクセスが急に真顔で尋ねる。
「いい加減、現状打破したいか?」
「それは、そうですが……」
「ちょっと考えている事があるんだ」
「考えている事ですか?」
「ああ。もう一回、広域探査をして貰う必要があるが」
「それは幾らでもしますが……」
正直、行動範囲が徐々に狭まっている状況であり、エリーシアは怪訝な顔になった。すると上着のポケットに入れておいた魔導鏡から、注意を促す鋭い声が響く。
「エリー! 追い付かれて応戦中だ! 他の方向から来ないか、確認してくれ!」
「了解!」
短く叫ぶと、彼女は迷わずに右手の人差し指から小指まで、嵌めていた指輪を一個ずつ外し、空中に放り投げた。
「ガジェス・ラン・シュアー!」
彼女が呪文を唱え終わると、四個の指輪は四方に飛び散り、そのうちの一つが空中でキラリと光ったと思ったら、地上に向けて複数の雷撃を放った。途端に複数の悲鳴と呻き声が微かに伝わると同時に、木々をなぎ倒しながら鋭い気流が突き出てくる。それを咄嗟に防御しながら、彼女は注意を促した。
「アッシー、二時の方向! 約三十!」
「分かってる。突っ込むぞ!」
あっさりそんな事を言われて、さすがにエリーシアは顔色を変えた。
「ちょっ、冗談! 挟み撃ちになるわよ?」
「この地形なら、混戦に持ち込んだ方が、敵味方の狙いが付けにくくて、魔術の影響は少ない筈だ。敵もまさか、突っ込んで来るとは思わない筈だしな」
「分かりました。出来るだけフォローします」
「頼む」
ここは戦闘のプロの判断に任せようとエリーシアが腹を括ると、アクセスが斜め後方に顔を向けて指示を出した。
「グエン! エリーと場所を替われ」
「突っ込みますか。了解です!」
そして走りながら器用に二人の馬の位置を入れ替えた直後、新たな火炎魔術攻撃を浴び、その向こうにレストン国の国旗を手にした敵兵の姿が垣間見えた。
「正面、いました! バルシャ・キル・タン!」
「おら! 後ろから来てる連中共々、きりきり舞いさせてやれ!」
「はい!」
「任せて下さい!」
怒号と悲鳴が飛び交う中、その場は剣と魔術が入り乱れる混戦模様になったが、地の利は無くとも常に一歩先を読んだアクセス率いるエルマース軍が、前日までと同様、その日も辛くも逃げ切る事に成功した。
「はぁ~。今日もなかなかきつかったですねぇ……」
「これでまだ一人も死者を出してないってのが、奇跡だよな」
「無傷な人間もいないがな。ま、それは仕方がないだろ」
周りで部隊の殆どの者が、粛々と食事や寝る場所の確保に動き回っている中、アクセスを初めとする主だった面々は、車座になって話し込んでいた。
その中にレオンも神妙な顔付きで混ざっていたが、このまま世間話で終わるわけが無いと考えていると、負傷者の手当てを終えたエリーシアとサイラスが戻って来た所で、アクセスが手招きする。
「ご苦労さん。ちょっと良いか?」
「はい」
「何ですか?」
そして二人が輪の中に混ざって座ると、アクセスが指示を出した。
「悪いんだが、早速探査魔術で判明している、敵の部隊の動きを出して貰えるか? 勿論俺達や、主力軍の動きもだ」
その指示に二人は無言で頷き、早速行動に移した。エリーシアは袖を捲って露わにしたブレスレットの石の一つを地面に向け、近辺の地図を表示させ、サイラスは呪文を唱えながら指先から出した色鮮やかな光線で、そこに軍勢の動きを重ねていく。
「サイラス。悪いがこの動き、三日前から時間を追って表示できるか?」
「具体的にはどれ位の間隔ですか?」
「半日おきでいい」
「分かりました。それなら大体こうなります」
怪訝な顔をしながらも、サイラスが把握しているだけの動きを半日おきに表示して見せたが、アクセス以外の皆は要領を得ない顔付きのままだった。
「副官殿、どういう事です?」
その場の全員を代表してミランが尋ねると、アクセスはいつの間にか掴んでいた小枝で、地図を投影させている地面の何ヶ所かをガリガリと削りながら、説明を始めた。
「この何日か、考えていたんだがな……。この間ジェリドの奴が、あいつらしくない用兵をしていると思う」
「うちの司令官の考えを読もうなんて、無謀な事をしたがる人間はいませんよ」
「副官殿は酔狂ですね」
ガスパールにも遠慮の無い事を言われ、アクセスは思わず溜め息を吐いた。
「読めねえと、収拾がつかなくなるだけだ」
思わず愚痴ってから、アクセスは説明を続ける。
「つまり、十分兵力を保持しているこの状況なら、幾ら第五軍の連中が使えねえクズ野郎の集団でも、丸め込んで騙くらかしてこき使って、こういう多方面作戦を敢行する筈なんだ。敵の向こうに王太子殿下が居るって分かってるわけだからな。公表はしていない筈だが」
サラリと酷い事を言ったのを聞かなかった事にして、皆はアクセスの書いた線に意識を集中した。
「それでエルマース軍がこう動いた場合、推察されるレストン軍の動きがこう。だが、こちらにこう回り込んで来ていると言う事は、エルマース軍が多方面展開していなくて、無駄に兵力を小出しにしている可能性すらある」
ひたすらガリガリと地面に線を描きながら説明するアクセスに、エリーシアが真っ先に音を上げた。
「すみません、あまり意味が分かりません。だからそれが何なんですか?」
「つまり、だ。ジェリドの野郎、使えない第五軍丸ごとをでっかい囮にして、王太子殿下の救出する為の別動隊を、こちら方面から密かに回り込ませているんじゃないかと思う」
真顔でそう言いながら新たな線を引いたアクセスに、その場が静まり返った。少しして呆然自失状態から回復したエリーシアが、恐る恐る問いかける。
「あの……、因みにその根拠は?」
「単なる勘だ」
キッパリと言い切られてしまい、エリーシアは深々と溜め息を吐いた。
「……さすが、あの腹黒の副官」
「おい、エリー。失礼だろうが」
「ああ、サイラス。いいから」
「そうそう。第四軍では、上になる程苦労が多いんだよね。勘が良くないと生き残れないから」
ボソボソと周囲が囁き合う中、レオンがゆっくりと口を開いた。
さすがにアクセスが腕に覚えのある人物を厳選したと言うだけの事はあり、皆が技量に加えて胆力も十分で、いまだに意気軒昂な彼らにエリーシアは感心する。
「さて、なんとか振り切れたか?」
「大丈夫だと思いますけど。しかし皆さん、相変わらず元気ですね」
並んで馬を走らせながら、しみじみとそんな感想を述べたエリーシアに、アクセスは面白そうな顔つきになって問い掛けた。
「うん? 元気一杯じゃおかしいか?」
「そうじゃなくて、もう少し意気消沈しててもおかしくないんじゃありません? 特に当てもなく彷徨って、三日目なんですから」
「そりゃあそうだが、何と言ってもこっちには、用心深くて目端がきいてて腕の立つ魔術師様が二人も付いてるしな」
「まあ、確かに、むざむざと敵に捕まる様な真似はしたくありませんけどね」
そう言って小さく溜め息を吐いた彼女に、アクセスが急に真顔で尋ねる。
「いい加減、現状打破したいか?」
「それは、そうですが……」
「ちょっと考えている事があるんだ」
「考えている事ですか?」
「ああ。もう一回、広域探査をして貰う必要があるが」
「それは幾らでもしますが……」
正直、行動範囲が徐々に狭まっている状況であり、エリーシアは怪訝な顔になった。すると上着のポケットに入れておいた魔導鏡から、注意を促す鋭い声が響く。
「エリー! 追い付かれて応戦中だ! 他の方向から来ないか、確認してくれ!」
「了解!」
短く叫ぶと、彼女は迷わずに右手の人差し指から小指まで、嵌めていた指輪を一個ずつ外し、空中に放り投げた。
「ガジェス・ラン・シュアー!」
彼女が呪文を唱え終わると、四個の指輪は四方に飛び散り、そのうちの一つが空中でキラリと光ったと思ったら、地上に向けて複数の雷撃を放った。途端に複数の悲鳴と呻き声が微かに伝わると同時に、木々をなぎ倒しながら鋭い気流が突き出てくる。それを咄嗟に防御しながら、彼女は注意を促した。
「アッシー、二時の方向! 約三十!」
「分かってる。突っ込むぞ!」
あっさりそんな事を言われて、さすがにエリーシアは顔色を変えた。
「ちょっ、冗談! 挟み撃ちになるわよ?」
「この地形なら、混戦に持ち込んだ方が、敵味方の狙いが付けにくくて、魔術の影響は少ない筈だ。敵もまさか、突っ込んで来るとは思わない筈だしな」
「分かりました。出来るだけフォローします」
「頼む」
ここは戦闘のプロの判断に任せようとエリーシアが腹を括ると、アクセスが斜め後方に顔を向けて指示を出した。
「グエン! エリーと場所を替われ」
「突っ込みますか。了解です!」
そして走りながら器用に二人の馬の位置を入れ替えた直後、新たな火炎魔術攻撃を浴び、その向こうにレストン国の国旗を手にした敵兵の姿が垣間見えた。
「正面、いました! バルシャ・キル・タン!」
「おら! 後ろから来てる連中共々、きりきり舞いさせてやれ!」
「はい!」
「任せて下さい!」
怒号と悲鳴が飛び交う中、その場は剣と魔術が入り乱れる混戦模様になったが、地の利は無くとも常に一歩先を読んだアクセス率いるエルマース軍が、前日までと同様、その日も辛くも逃げ切る事に成功した。
「はぁ~。今日もなかなかきつかったですねぇ……」
「これでまだ一人も死者を出してないってのが、奇跡だよな」
「無傷な人間もいないがな。ま、それは仕方がないだろ」
周りで部隊の殆どの者が、粛々と食事や寝る場所の確保に動き回っている中、アクセスを初めとする主だった面々は、車座になって話し込んでいた。
その中にレオンも神妙な顔付きで混ざっていたが、このまま世間話で終わるわけが無いと考えていると、負傷者の手当てを終えたエリーシアとサイラスが戻って来た所で、アクセスが手招きする。
「ご苦労さん。ちょっと良いか?」
「はい」
「何ですか?」
そして二人が輪の中に混ざって座ると、アクセスが指示を出した。
「悪いんだが、早速探査魔術で判明している、敵の部隊の動きを出して貰えるか? 勿論俺達や、主力軍の動きもだ」
その指示に二人は無言で頷き、早速行動に移した。エリーシアは袖を捲って露わにしたブレスレットの石の一つを地面に向け、近辺の地図を表示させ、サイラスは呪文を唱えながら指先から出した色鮮やかな光線で、そこに軍勢の動きを重ねていく。
「サイラス。悪いがこの動き、三日前から時間を追って表示できるか?」
「具体的にはどれ位の間隔ですか?」
「半日おきでいい」
「分かりました。それなら大体こうなります」
怪訝な顔をしながらも、サイラスが把握しているだけの動きを半日おきに表示して見せたが、アクセス以外の皆は要領を得ない顔付きのままだった。
「副官殿、どういう事です?」
その場の全員を代表してミランが尋ねると、アクセスはいつの間にか掴んでいた小枝で、地図を投影させている地面の何ヶ所かをガリガリと削りながら、説明を始めた。
「この何日か、考えていたんだがな……。この間ジェリドの奴が、あいつらしくない用兵をしていると思う」
「うちの司令官の考えを読もうなんて、無謀な事をしたがる人間はいませんよ」
「副官殿は酔狂ですね」
ガスパールにも遠慮の無い事を言われ、アクセスは思わず溜め息を吐いた。
「読めねえと、収拾がつかなくなるだけだ」
思わず愚痴ってから、アクセスは説明を続ける。
「つまり、十分兵力を保持しているこの状況なら、幾ら第五軍の連中が使えねえクズ野郎の集団でも、丸め込んで騙くらかしてこき使って、こういう多方面作戦を敢行する筈なんだ。敵の向こうに王太子殿下が居るって分かってるわけだからな。公表はしていない筈だが」
サラリと酷い事を言ったのを聞かなかった事にして、皆はアクセスの書いた線に意識を集中した。
「それでエルマース軍がこう動いた場合、推察されるレストン軍の動きがこう。だが、こちらにこう回り込んで来ていると言う事は、エルマース軍が多方面展開していなくて、無駄に兵力を小出しにしている可能性すらある」
ひたすらガリガリと地面に線を描きながら説明するアクセスに、エリーシアが真っ先に音を上げた。
「すみません、あまり意味が分かりません。だからそれが何なんですか?」
「つまり、だ。ジェリドの野郎、使えない第五軍丸ごとをでっかい囮にして、王太子殿下の救出する為の別動隊を、こちら方面から密かに回り込ませているんじゃないかと思う」
真顔でそう言いながら新たな線を引いたアクセスに、その場が静まり返った。少しして呆然自失状態から回復したエリーシアが、恐る恐る問いかける。
「あの……、因みにその根拠は?」
「単なる勘だ」
キッパリと言い切られてしまい、エリーシアは深々と溜め息を吐いた。
「……さすが、あの腹黒の副官」
「おい、エリー。失礼だろうが」
「ああ、サイラス。いいから」
「そうそう。第四軍では、上になる程苦労が多いんだよね。勘が良くないと生き残れないから」
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