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第3章 蠢く陰謀

14.隠れアーデン心奉者

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 華々しく王都を出発した遠征軍は、西方国境までほぼ五日の行軍の半分を、表立っては問題無く消化していた。この間多少は揉めかけた事があったものの、大して実害無く過ごしていたエリーシアは、馬に揺られながら独り言を呟く。

「平和だわ……」
「国境に到達する前に、一悶着あったら困るな」
 いつの間にか馬を並べて進んでいたらしいシュレスタが、笑いを堪える表情で口を挟んできた為、色々面倒をかけている自覚のあったエリーシアは、素直に頭を下げた。

「……すみません」
「確かに、大事の前に小事を片付けたい気分ではあるがな」
 好奇心を含んだ視線を向けてくる周囲の者を彼はじろりと睨み付け、相手を怯ませてから忌々しげに呟く。それを見たエリーシアは、再度頭を下げた。

「シュレスタさんには、この間ご迷惑をおかけしてます」
「迷惑と言う程の事では無い。年寄りに多少睨まれた位ですごすご引き下がるなら、最初から絡まなければ良いものを」
 そう言って苦笑したシュレスタだったが、エリーシアはしみじみと考え込んだ。

(でも副魔術師長のガルストさんは三十代半ばだし、サイラスは元敵国人で問題外だから、シュレスタさんが睨みを利かせているお陰で、ここまで揉め事が最小限……と言うか、表立ってはトラブルは生じていないのよね)
 そう再認識してから、エリーシアはキョロキョロと辺りを見回し、ガルストとサイラスが近くにいないのを確認してから、慎重に声をかけた。

「あの、シュレスタさん。ちょっと失礼な事をお尋ねしても良いですか?」
「何かな?」
「シュレスタさんは、父さんと一緒に働いた事がありますか?」
 その問いに、シュレスタは怪訝な顔をしながらも答える。

「アーデンは十五年程王宮専属魔術師として働いたから、同じ期間は一緒に仕事をしたな」
「十五年? え? あれ? 何か計算が合わない様な……」
 首を捻ったエリーシアを見て、彼は驚いた様に話を続けた。

「まさか知らないとか? アーデンが王宮専属魔術師として初めて出仕したのは、十六歳の時なんだが」
「十六!?」
 声を裏返らせた彼女の反応を見て、シュレスタが思わず嘆息する。

「知らなかったか……。当時の周りの人間も驚いたが、実際の能力を目の当たりにして、私も二度驚いたクチだ」
(父さん! なんて規格外な人間だったのよ!?)
 唖然として声が出なかったエリーシアだったが、そんな反応を見てさもありなんと言う様に、シュレスタが頷きながら続けた。

「因みに彼が王宮専属魔術師長に就任したのが、確か二十九の時で、その二年後に出奔したな。あの時は、いきなりの辞任に驚いたものだ」
「……そうでしょうね」
 その時の事情を知っているエリーシアは反射的に顔を引き攣らせたが、シュレスタはそれに気づかないまま話し続けた。

「その後を引き継いだクラウスは、アーデンより五歳年長だったし、アーデンの魔術師長最年少就任記録は破られていないな」
「はぁ……、そうなんですか」
「しかしアーデンも水臭い。幾ら陛下の命で、ひっそりとシェリル姫を養育する為とは言え、完全に連絡を絶ってしまうとは。確かに少々思い込みが激し過ぎる所はあったが、後からクラウスから連絡が付いたと言われてホッとしたぞ。『本人からそっとしておいて欲しいと言われた』と説明されて、追及するのは止めたが」
 若干腹立たしそうにそんな事を言われて、エリーシアは密かに冷や汗を流した。

(当時本当に、急に消息を絶った父さんの心配をしてくれたんですよね? すみません。失踪理由があんなヘタレな理由で)
 エリーシアがもの凄く居心地の悪い思いをしていると、シュレスタが口調を改めて言い出す。

「それでその後、職を辞したアーデンの手を煩わせるのは申し訳無かったが、王宮専属魔術師内で解決困難な事例があると、クラウス経由で時々相談していたんだ。その都度見事に問題を解決して、独創的な術式を編み出していてね」
「そうでしたか……。全然知らなかったです」
「肩書きなどに固執する男では無かったから、周囲に煩わされない環境で、魔術の真理を探求したかったのだろう。あれこそ真の魔術師だ」
「ええと……」
 真顔で力説したシュレスタに、エリーシアは思わず遠い目をしてしまった。

(ここにも居た……。隠れアーデン信奉者が。ひょっとして父さんと面識がある年長者の面々は、人数は少ないけど残らずそうなの!? この前、今後世間の荒波に揉まれるロイドは現実を知っておいた方が良いと思って本当の事を教えたけど、近々引退予定のシュレスタさんや他の皆さんに知らせるのは……)
 密かに彼女が悩んでいると、シュレスタが不思議そうに声をかけてきた。

「エリーシア。急に黙り込んで、どうかしたのか?」
「いえ、何でもありません」
「そういえば、話が逸れてしまった様だが、何を聞きたいんだい?」
 そう問われて、エリーシアは慌てて聞きたかった事を口にした。

「あ、そうでした! その……、シュレスタさんは父さんや魔術師長よりも年長で、勤続年数も長いんですよね? それなのに魔術師長として自分の上に立たれるのって、腹が立ちませんか?」
 サイラスが聞いたら「無神経な事を聞くな!」と怒鳴られる事確実だったが、シュレスタは何回か瞬きしてから、感心した様に口を開いた。

「これはまた、率直に聞くな」
「すみません。野次馬根性旺盛で」
「いや、ここまで真正面から聞かれたら、怒れはしないさ。勿論、嫉妬したよ?」
「そうなんですか?」
 とてもそう思っている風には聞こえなかった為、若干戸惑いながらエリーシアが問いを重ねると、シュレスタは更に真面目な顔付きになって答えた。

「だがそれ以上に、私は彼らの能力を認めていたからね。自分が、それ位の理性と分別を保持していた事に感謝したな。詳しくは言えないが、同僚の中には短気を起こして自滅した奴もいるから」
「そうですか……」
 なんとも物騒な話になりかけて、エリーシアが曖昧に頷く。シュレスタもそれ以上踏み込んで説明する気は無かったらしく、話題を変えた。

「だが今になって思えば、王宮専属魔術師の中で、自分が最も能力が高い人間で無かった事に感謝しているかな?」
「どうしてですか?」
 エリーシアが不思議そうに尋ねると、苦笑しながらの答えが返ってくる。

「私が辞めても、全く不安は無いからさ。クラウスは魔術師長としてまだまだ頑張れるだろうし、ガルストも若いがしっかり彼を補佐している。それに何と言っても、エリーとサイラスが入って来てくれたし」
「私とあいつ、ですか?」
「ああ。できればもう少し一緒に働きたかったが、君達のお陰で後顧の憂いなく、新しい人生を歩めそうだ。私がアーデンを尊敬しているのは、君の様な優秀な魔術師を育成した為でもあるんだよ?」
「ありがとうございます」
「だから最後まで、できるだけ君達が働きやすい環境整備に努める位、お安い御用さ。遠慮無く老人をこき使いなさい」
「宜しくお願いします」
 ここは変に遠慮しないで頼るべきだろうと判断した彼女が頭を下げると、シュレスタはしわの目立ち始めた顔を綻ばせ、今後の行軍の行程などについて語り始めた。
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