藤宮美樹最凶伝説

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
47 / 57

美樹十八歳、世知辛い戦い

しおりを挟む
「それでは試合開始の宣言を、会長にお願いします。藤宮会長、どうぞ」
 そこで茂野の背後に控えていた美子は、促されて前に出てマイクを受け取り、一礼してから試合開始を宣言した。

「その……、皆様、ご苦労様です。明日以降のお仕事に差し支えない程度に、頑張ってください。……それでは、試合開始!」
 その宣言と共に、菅沼は予め仲間の女性社員と打ち合わせていた通り、近くにいた新人の男性社員に襲いかかった。

「よっしゃあー! 田野崎、覚悟!」
「うわっ! ちょっと待ってください、菅原先輩! 岸田先輩も何なんですか!?」
 半ばパニック状態で攻撃を防ぎながら訴えた後輩に、彼女達は微塵も容赦なく前後左右から攻撃を繰り出す。

「悪いわね!」
「こういう場合、強いのから潰すのがセオリーよ!」
「ぐはっ! ちょっと!」
「しかも若くて」
「経験も浅い!」
「……げはっ!」
「ストップ! 田野崎、脱落!」
 みぞおちにまともに拳がめり込んだ田野崎は、身体を丸めて畳に転がった。それを見た審判のひとりがな慌てて駆け寄り、続行不能を宣言する。

「よし! 危ないからそれ、運び出しておいて!」
「次は狩野、お前だ!」
「逃げるな!」
「ひいぃぃっ! 勘弁してください!」
 体力が有り余り、勤務年数が浅くて咄嗟に連携を取れなくて孤立しそうな若手の男性社員を、彼女達は狙い撃ちにしながら、着々と畳に沈めていった。その様子を眺めていた桜が、感心したような声を出す。

「女の人達が、本当にいきいきしているわねぇ」
「女性社員も働きやすい職場作りを、常々心がけていますから」
「やっぱり美樹がトップだと、下の人達の意識も変わるわねぇ」
「私が敢えて色々言わなくても、そうみたいですね」
(いや、それ、明らかに違うから)
 護衛達は心の中で盛大に突っ込みを入れたが、桜達の会話に水を差すような真似はしなかった。

「ぐほぉっ……」
「よし! これで三人!」
 美久は試合開始直後から誰とも組まず、同様に一人でいる社員達を各個撃破していったが、三人目を戦闘不能にしたところで、聞き覚えの有りすぎる声がかけられた。

「おう、頑張ってるな、美久」
「一人だけの奴を狙って、確実にしとめていく辺り、さすがだな」
「……寺田さん、清野さん、ご苦労様です。俺一人に、二人がかりで来てくれるわけですか。光栄ですね」
 ゆっくり油断無く振り返りながら、公社の武道場で稽古をつけてくれている師匠達に対して軽く皮肉で返すと、男二人は渋面になった。

「嫌みを言うな」
「俺達だって、好き好んで二人がかりでやるわけじゃないぞ」
「そうですよね……。空気を、と言うより殺気を感じる事のできる人間が、好き好んであのバミューダトライアングルに侵攻しようとは思いませんよね……」
 父親達の方を横目で見ながら、美久が達観したように告げると、二人は苦笑の表情になった。

「バミューダトライアングルとは、言い得て妙だな」
「しかしお前も、難儀な事だな。社員でも無いのに」
「『高校生になったばかりなのに、175cmもあって生意気よ。大人並の体格をしてるんだから、大人並みに働きなさい』と姉さんに難癖を付けられまして。弟に見下ろされるのは、我慢ならないそうです。見下ろしてはいても、見下してはいないのですが」
「……本当に不憫な奴」
「だが、手加減無しでいくぞ!」
「望むところです!」
 その宣言通り、2対1での激しい攻防戦が始まると、美久の奮闘ぶりを目にした桜が、感心した声を出した。

「美久君も、頑張っているわねぇ。あんな小さかった子があんなに戦えるようになったなんて、本当に感慨深いわ」
「あれ位できないと、政界を渡っていけませんから」
「そうね。やっぱり男の子には、試練が必要よね」
(今の台詞……。ある意味、男女差別だよな)
 護衛達は密かにそう思ったが、間違っても口には出さなかった。

「ちょっと! 飯島先輩!」
「何であの三人を無視して、女ばかりのこっちに来るんですか!?」
「平塚さんも、第一線で低オッズの人が楽しようなんて!」
「恥ずかしく無いの!?」
 試合が進むにつれて、当然残っている参加者が少なくなり、防犯警備部門でも一、ニを争う実力の持ち主である二人が、次に女性四人組と相対した。途端に非難の声を浴びせてきた彼女達に、二人がムキになって言い返す。

「そうは言うがな!」
「それならお前達、あの三人の中に割って入れるのか!?」
「……無理ですね」
「嫌です」
「だろう!? そういう訳だから、いくぞ!」
「ちいっ! もう少し粘れるかと思ったのに!」
「こうなりゃ、とことんやってやるわよ!」
 そんな混戦模様を眺めながら、桜は首を傾げた。

「ねぇ、美樹。さっきから会場のど真ん中であの三人が睨み合ったまま動かないけど、他の人達は全然ちょっかいを出さないのよね。どうしてなのか分かる?」
 その桜の素朴な疑問に、美樹が溜め息を吐いてから答える。

「皆、危険と隣り合わせの第一線で活躍している人達ばかりだから、生存本能に従っているのよ。『あの三人に迂闊に手を出したら拙い』って、戦わなくても分かっているのね」
「でも、あのままだったら勝負がつかなくなって、困るのじゃない?」
「大丈夫。こんな事になる予想は付いていたから、予め強制終了させる手段は考えてあるから」
「さすがは美樹ね。何を準備しているか、楽しみだわ」
 落ち着き払って答えた美樹に、桜が満足そうに微笑んだが、それを耳にした警備担当者は気が気ではなかった。

(美樹様、何を考えてるんだ? 本当に何か、物騒な事じゃ無いよな!?)
 しかし全く美樹の考えが読めないまま、様々な思惑を孕んだ乱闘が、中央に陣取っている三人抜きであちこちで繰り返され、事態は終幕に向かって進んでいった。

「ぐはっ……」
「そこまで! 飯島、続行不可能!」
「……っ、ふう。危なかった」
 ちょっとした隙に、美久が繰り出した回し蹴りを脇腹に受けた飯島がうずくまり、慌てて審判の一人が声をかけ、飯島に手を貸して場外へと出る。そして連戦している美久が、相変わらず睨み合っている三人を横目で見ながら乱れた息を整えていると、茂野の場違いに明るい声が響き渡った。

「さあ、防犯警備部門飯島さんが倒れて、ここで残ったのが四人になった! さあ、勝利者は誰だ!?」
 そんな無責任な煽り文句を耳にした美久は、心底うんざりしながら問題の三人を凝視した。
(本当に、あのバミューダトライアングルには近付きたくないが……。やらないと終わらないんだよな)
 そして一つ溜め息を吐いてから、考えを巡らせる。

(姉さんに続いて俺まで父さんを叩きのめしたら、さすがに父さんを今度こそ再起不能に追い込みかねない。加積さんは一応義兄だし、消去法で、まず寺島さんを沈めるしかないよな?)
 そう決心した美久は、気配を消しながら慎重に寺島の背後に移動し、素早い動きで彼の右膝裏を蹴り込んだ。

「すみません、寺島さん!!」
「黙れ、ガキ」
「ぐあっ!」
 しかしその蹴りは、無表情の寺島が素早く振り返りつつ、右足を上げて踏みつけて防いだ。

「うあっ!」
 そして畳に押さえつけられた体勢になった美久の足から右足を離すと同時に、側面に回り込んで彼の脇腹を手加減無しに蹴りつける。反射的に転がって威力を幾らか殺しつつ、体勢を立て直そうと片膝を立てて起き上がった美久だったが、すかさず正面から寺島の蹴りが入った。

「ぐぁっ!」
 殆ど条件反射で美久が体幹部を腕でガードしたが、一声呻いたきりその場にうずくまった。それを見た杉本が蒼白になり、慌てて二人の間に割って入る。

「ス、ストップ! そこまで!」
 その宣言を受けて、寺島は相変わらずつまらなさそうに美久に背を向けて、他の二人に向き直った。それを見送った杉本が、肝を冷やしながら美久に尋ねる。

「美久さん、大丈夫ですか!?」
「なんとか……、急所は庇ったけど、腕が折れたかも……。足は大丈夫ですが、歩くのは……」
 呻きながらも美久は冷静に状況判断したが、杉本は血相を変えて叫んだ。

「担架! 早く搬送しろ!」
「はっ、はいっ!」
「急げ!」
 慌ただしく人が行き来するのを、残っている三人は横目で見ながら、それぞれ考えを巡らせていた。

(お前が、何を考えたのかは分かるが……。まだまだ甘いぞ、美久)
(一応、気を遣ってくれたのは分かるんだがな。寺島なら勝てると思ったなら、軽率だったな)
(場数踏んでない、馬鹿餓鬼が。断りを入れて襲ってくる賊がいるわけ無いだろうが。鍛え直しだな)
 そんな微動だにしない三人に向かってそそのかすように、茂野が声を張り上げる。

「さあ、残り三人! 奇しくも賭けでのオッズは、高倍率の方ばかり! この三人に賭けている人間は、ボロ儲けの大チャーンス!」
「…………」
 それを聞いた三人は、全員がチラッと茂野に視線を向けたが、彼の余計なアナウンスは止まらなかった。

「因みに俺は、この三人に一万円ずつ賭けているので、誰が買ってもボロ儲け確実! もう誰でも良いんでちゃっちゃと勝って、俺を儲けさせてください! レディー、ファイッ!」
「…………」
 あまりにも能天気すぎる台詞に、三人から紛れもない殺気が茂野に向けられたが、彼は変わらず満面の笑みを浮かべていた。それを見た観客達の方が、肝を冷やす。

「茂野主任、勇者だ……」
「それ以前に、変人だろ。普通アラフィフの三人に賭けるか?」
「でも、実際に残ってしまっているからな」
「他にあの三人に賭けた人間、居るのか?」
 試合の行方を見守る社員達がぼそぼそと囁き合う中、試合会場の中央では、秀明が薄笑いを浮かべながら他の二人に声をかけた。

「お前達。さっきからピクリとも動かないで、どうした。かかって来ないのか?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。しかし、おとなしいじゃないか、寺島。お前は上司だからと手加減や躊躇するタイプでは無いと思ったが?」
 和真も皮肉っぽく笑いながら寺島に矛先を向けると、彼も不敵に笑いながら応じる。

「勿論、幾ら上司だからと言って、そんな事をするつもりはありません。如何にこちらのダメージが少ない攻撃ができるかを、考えているだけです」
「物は言いようだな」
「お前も今では、扶養家族がいるしな」
 そんなせせら笑いをしながら、油断無く他の二人の隙を狙っている三人を見て、美樹は呆れ気味に溜め息を吐いた。

「はぁ……、単なる睨み合いでつまらないわね。そろそろ、二人の出番かな? この均衡を崩して貰わないとね」
 そう独り言を呟いた美樹は、近くに居た陸斗に歩み寄り、笑顔で声をかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。 でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う) はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか? それとも聖女として辛い道を選ぶのか? ※筆者注※ 基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。 (たまにシリアスが入ります) 勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗

転生悪役令嬢は200回目のループで近衛師団長に恋をする

矢作九月
ファンタジー
「|幸福な結末≪ハッピーエンド≫に辿り着けたら、元の世界に戻してあげるよ」―…そんな条件つきで転生したのは、いわゆる「悪役令嬢」だった。宰相令嬢かつ王太子の婚約者でありながら、必ず18歳の誕生日に婚約破棄され、|破滅の結末≪バッドエンド≫を迎えるティナ。|幸福な結末≪ハッピーエンド≫を迎えるまで延々と繰り返される、地獄の無限ループ。過酷な運命を切り拓くため奮闘する悪役令嬢の、恋と成長の物語。

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで〜年越し話〜

恋愛
「秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで」の年越し話です。 第一章と第二章の間の出来事になります。

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

救国の大聖女は生まれ変わって【薬剤師】になりました ~聖女の力には限界があるけど、万能薬ならもっとたくさんの人を救えますよね?~

日之影ソラ
恋愛
千年前、大聖女として多くの人々を救った一人の女性がいた。国を蝕む病と一人で戦った彼女は、僅かニ十歳でその生涯を終えてしまう。その原因は、聖女の力を使い過ぎたこと。聖女の力には、使うことで自身の命を削るというリスクがあった。それを知ってからも、彼女は聖女としての使命を果たすべく、人々のために祈り続けた。そして、命が終わる瞬間、彼女は後悔した。もっと多くの人を救えたはずなのに……と。 そんな彼女は、ユリアとして千年後の世界で新たな生を受ける。今度こそ、より多くの人を救いたい。その一心で、彼女は薬剤師になった。万能薬を作ることで、かつて救えなかった人たちの笑顔を守ろうとした。 優しい王子に、元気で真面目な後輩。宮廷での環境にも恵まれ、一歩ずつ万能薬という目標に進んでいく。 しかし、新たな聖女が誕生してしまったことで、彼女の人生は大きく変化する。

婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ

秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」  ワタクシ、フラれてしまいました。  でも、これで良かったのです。  どのみち、結婚は無理でしたもの。  だってー。  実はワタクシ…男なんだわ。  だからオレは逃げ出した。  貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。  なのにー。 「ずっと、君の事が好きだったんだ」  数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?  この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。  幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。

運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~

日之影ソラ
恋愛
第六王女として生を受けたアイリスには運命の選択肢が見える。選んだ選択肢で未来が大きく変わり、最悪の場合は死へ繋がってしまうのだが……彼女は何度も選択を間違え、死んではやり直してを繰り返していた。 女神様曰く、彼女の先祖が大罪を犯したせいで末代まで呪われてしまっているらしい。その呪いによって彼女の未来は、99.99%がバッドエンドに設定されていた。 婚約破棄、暗殺、病気、仲たがい。 あらゆる不幸が彼女を襲う。 果たしてアイリスは幸福な未来にたどり着けるのか? 選択肢を見る力を駆使して運命を切り開け!

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

処理中です...