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第4章 御前試合開催
(2)前哨戦
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藍里を乗せた馬車は、暫くして央都の端に位置している、ほぼ円形の競技場に到着した。そして開けられた扉から地面に降り立った瞬間から、藍里達は以前と同様に様々な思惑が入り交じった視線を受ける事となった。
「競技場で試合をするとは聞いていたけど、想像していた物より随分立派ね。……突き刺さる視線が、心地良いし」
入口から中に入り、競技場の廊下を進みながら藍里がボソッと皮肉っぽく呟いた言葉に、ルーカスが苛立たしげに反応する。
「お前が、珍妙な格好をしているからだ!」
「失礼ね。振袖と比べたら、立派な戦闘衣装よ?」
「あのな……」
盛大に怒鳴りつけようとしたルーカスだったが、ここでウィルが若干慌てながら会話に割り込んだ。
「まあまあ、アイリ嬢が緊張していないみたいで、良いじゃありませんか。『突き刺さる視線が心地良い』なんて、なかなか言える物ではありませんよ?」
「そう? 針治療みたいで、偶には良いかと思うわ」
「…………」
平然と藍里がそんな事を言った為、流石にウィルも絶句した。それからは無言のまま進み、対戦者双方に予め与えられている控室に辿り着く。
「ここが控え室だが……。試合開始まであと三十分位あるな。セレナ、お茶でも淹れてくれないか?」
「はい、畏まりました」
控室に入るなり、ワゴンにお茶の支度が整えられているのを見たルーカスはセレナに頼んだが、彼女がそれに応じて動き出そうとした所で、藍里がのんびりと声をかける。
「私は要らないわ。カップとか茶葉とかお湯とかに、変な物が仕込んであるかもしれないし。屋敷一つ丸ごと潰す様な人間だったら、それ位しかねないわよね?」
ソファーの一つに腰かけながら、藍里がのほほんとそんな事を言ってのけた為、セレナは瞬時に動きを止めて固まり、ルーカスも目つきを険しくしてワゴンを睨んだ。そして双方とも溜め息を吐いて、藍里の主張を認める。
「そうですね……、止めておきましょう」
「随分、徹底しているな」
呆れ半分、感心半分で口にしたルーカスだったが、彼女は当然の如く答えた。
「色々伯父さんに言われていてね。要するに、周りは全部敵って事でしょう? 観客とか審判も含めて」
それを聞いたルーカスは、怪訝な顔になった。
「は? 審判?」
その反応に、藍里も変な顔になる。
「え? 仮にも試合だし、勝敗の判定をするのに審判とか居ないの?」
「勿論居る。一応戦闘になるわけだから、観客席とかに被害が出ない様に、防御する役目も兼ねているしな」
そこで藍里は、冷静に尋ねてきた。
「それって、どういう人がなるの?」
「基本的に、試合をする階級より上の聖騎士が、二人以上で担当する。勿論公平を期す為に、対戦者の身内や親族は除かれるが」
「じゃあ最高位のディルの場合は?」
「それは、ディルが三人以上……」
「どうしたの?」
何かを言いかけて、急に口を閉ざしたルーカスに、藍里が不思議そうに尋ねた。するとルーカスは、徐々に険しい顔付きになりながら話を続ける。
「俺達に、審判就任要請は来ていない。ここ暫くお前の護衛に付いてリスベラントを離れていたから、当然と言えば当然だが。そしてお前の身内のマリーとユーリも、当然除外される」
「それはそうよね? 贔屓しちゃ拙いもの」
「だから総数15名のディルのうち、当事者のアンドリューとその6人が除外。お前の次に、カイルと試合をするガイヤードも省いた、残り7人の中に、対戦相手のアンドリューの三親等以内の親族は居ないが……」
「それなら別に問題は無いでしょう?」
再び黙り込んだルーカスを見て、藍里が話の先を促すと、彼は真剣な顔付きで言い出した。
「大ありだ。その中から仕事でリスベラントを離れている筈の者を除くと、オランデュー伯爵家の息のかかった家出身の者が、選出される可能性が高い」
しかしそれを聞いても、藍里は軽く首を傾げただけだった。
「もともと想定内だし。因みに、全員息のかかった人間にするとか、そこまであからさまな裏工作をするかしら?」
「さすがにそこまで、恥知らずな真似はしないとは思うが……」
自信無さ気にルーカスが応じ、他の者もその可能性に思い至って難しい顔になっていると、唐突にドアがノックされた。
「失礼します」
「何事だ?」
入室の許可を得る事もせずに、無遠慮に入って来た面々を見て、ルーカスはさすがに顔を顰めた。すると入って来た四人の男達の先頭の男が、ルーカスに向かって愛想笑いを振り撒く。
「これはこれは。こちらにいらっしゃいましたか、ルーカス殿下」
「カール、お前……」
三十代半ばの旧知の男を見て、おおよその来訪目的を瞬時に悟ったルーカスは、忌々しい気持ちを懸命に押さえ込んだ。そんな彼の目の前で、その男と後に続く三人が揃って恭しく頭を下げる。
「今回の、アンドリュー殿の御前試合の審判を務める事になりましたので、試合前のご挨拶に参りました」
「……白々しい」
対戦相手の藍里の名前に言及しない辺り、どちらに肩入れしているか明々白々であったが、小さく呟いたルーカスの横で藍里は無言を貫いた。そんな彼女に向かって、男が上辺だけは丁寧に挨拶をしてくる。
「初めまして、アイリ嬢。今回の審判を務めます、カール・ディル・ナーデスと申します。以後、お見知り置き下さい」
そう言ってカールは右手を差し出してきたが、藍里はそれを綺麗に無視して口上を述べて頭を下げた。
「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。アイリ・ヒルシュです。今日は宜しくお願いします」
カールを初め、その一行は明らかに藍里が握手を無視したのを見てムッとした顔付きになったが、ここで藍里は無邪気とも言える顔つきでカールに問いを発した。
「ところで、こちらの伝統に関して無知なものでお伺いしたいのですが、御前試合ではどうなったら勝敗が判定されるですか?」
ここでそんな初歩的な質問が出るとは思っていなかったカールは、一瞬唖然とした表情になったが、すぐに何食わぬ顔で答えた。
「当人が降参の意思を明らかにした時、もしくは審判が明らかに試合続行不可能と判断した時です」
「なるほど。それではもう一つお伺いします。この競技場は石造りみたいですが、試合は一応戦闘になるわけですし、攻撃の余波で壊れたりしませんか? 観客もいるみたいなので、周りに被害が出たら危ないと思いますが」
心配そうにそんな事を尋ねた藍里に、カールが若干せせら笑う様な顔つきで応じる。
「ご心配なく。その為に審判が配置されていますので。審判は試合の内容に責任を持つと同時に、競技場の外に被害が及ばない様に、防御する役割も担っております。今回は聖紋持ちのアイリ様が参戦されると言う事で万全を期しまして、我らディル保持者四人が対応する事になりました。どうぞご安心下さい」
それを聞いた藍里は、満面の笑みを浮かべてカールに礼を述べた。
「そうでしたか。皆様が責任を持って防いでくれると聞いて、安心できました。今日は宜しくお願いします」
「はい、お任せ下さい。それでは失礼します」
双方笑顔で会談を終わらせ、四人はどこか馬鹿にした表情でその場を後にした。そしてドアが閉まると同時に、ルーカスが藍里に向き直って、勢い良く頭を下げる。
「すまん、アイリ。事前に確認しておくのを怠った」
「いきなり何? 審判が四人とも、相手方の息がかかった人間になったのは、ルーカスのせいじゃ無いわよね?」
「それはそうだが……、そこまで性根が腐っているとは思わなかった。父上に言われている様に、俺はまだまだ甘いらしい」
「十代の若造が、あんな老獪熟年に敵うわけ無いでしょ? 気にするだけ無駄よ」
心底悔しがっているルーカスを藍里が苦笑しながら宥めるという、いつもの二人の関係からするとかなり珍しい光景になったが、他の者達はそれを微笑ましく眺める心境にはなれなかった。
「ですが、アイリ様……。あの者達が、試合中に何か仕掛けるつもりでは……」
「それは考えられるけど、公衆の面前で試合をするわけだし……。そんな大っぴらには裏工作できないわよね?」
「だと思いますが……」
それでもまだ不安を隠せないセレナに、藍里は着物の合わせ目から小型のICレコーダーを取り出しながら言ってのけた。
「まあ、何か問題が起きたら、あの人達の責任を問えば良いわ。周りに被害が出ないように万全を期す為に審判をやると宣言していたし、実際そうなのよね?」
「録音していたんですか?」
呆れ気味にジークが呟くと、藍里は彼に向かって楽しげに微笑む。
「ちゃんと責任を、取って貰おうじゃない」
「一体、何をする気ですか!?」
「試合よ、試合。決まっているでしょう?」
何やら不穏な物を感じてしまったジークが慌てて問い質したが、藍里は平然と切り返した後は黙して語らず、そうこうしているうちに試合開始時間五分前となった。
「競技場で試合をするとは聞いていたけど、想像していた物より随分立派ね。……突き刺さる視線が、心地良いし」
入口から中に入り、競技場の廊下を進みながら藍里がボソッと皮肉っぽく呟いた言葉に、ルーカスが苛立たしげに反応する。
「お前が、珍妙な格好をしているからだ!」
「失礼ね。振袖と比べたら、立派な戦闘衣装よ?」
「あのな……」
盛大に怒鳴りつけようとしたルーカスだったが、ここでウィルが若干慌てながら会話に割り込んだ。
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「そう? 針治療みたいで、偶には良いかと思うわ」
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「ここが控え室だが……。試合開始まであと三十分位あるな。セレナ、お茶でも淹れてくれないか?」
「はい、畏まりました」
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「私は要らないわ。カップとか茶葉とかお湯とかに、変な物が仕込んであるかもしれないし。屋敷一つ丸ごと潰す様な人間だったら、それ位しかねないわよね?」
ソファーの一つに腰かけながら、藍里がのほほんとそんな事を言ってのけた為、セレナは瞬時に動きを止めて固まり、ルーカスも目つきを険しくしてワゴンを睨んだ。そして双方とも溜め息を吐いて、藍里の主張を認める。
「そうですね……、止めておきましょう」
「随分、徹底しているな」
呆れ半分、感心半分で口にしたルーカスだったが、彼女は当然の如く答えた。
「色々伯父さんに言われていてね。要するに、周りは全部敵って事でしょう? 観客とか審判も含めて」
それを聞いたルーカスは、怪訝な顔になった。
「は? 審判?」
その反応に、藍里も変な顔になる。
「え? 仮にも試合だし、勝敗の判定をするのに審判とか居ないの?」
「勿論居る。一応戦闘になるわけだから、観客席とかに被害が出ない様に、防御する役目も兼ねているしな」
そこで藍里は、冷静に尋ねてきた。
「それって、どういう人がなるの?」
「基本的に、試合をする階級より上の聖騎士が、二人以上で担当する。勿論公平を期す為に、対戦者の身内や親族は除かれるが」
「じゃあ最高位のディルの場合は?」
「それは、ディルが三人以上……」
「どうしたの?」
何かを言いかけて、急に口を閉ざしたルーカスに、藍里が不思議そうに尋ねた。するとルーカスは、徐々に険しい顔付きになりながら話を続ける。
「俺達に、審判就任要請は来ていない。ここ暫くお前の護衛に付いてリスベラントを離れていたから、当然と言えば当然だが。そしてお前の身内のマリーとユーリも、当然除外される」
「それはそうよね? 贔屓しちゃ拙いもの」
「だから総数15名のディルのうち、当事者のアンドリューとその6人が除外。お前の次に、カイルと試合をするガイヤードも省いた、残り7人の中に、対戦相手のアンドリューの三親等以内の親族は居ないが……」
「それなら別に問題は無いでしょう?」
再び黙り込んだルーカスを見て、藍里が話の先を促すと、彼は真剣な顔付きで言い出した。
「大ありだ。その中から仕事でリスベラントを離れている筈の者を除くと、オランデュー伯爵家の息のかかった家出身の者が、選出される可能性が高い」
しかしそれを聞いても、藍里は軽く首を傾げただけだった。
「もともと想定内だし。因みに、全員息のかかった人間にするとか、そこまであからさまな裏工作をするかしら?」
「さすがにそこまで、恥知らずな真似はしないとは思うが……」
自信無さ気にルーカスが応じ、他の者もその可能性に思い至って難しい顔になっていると、唐突にドアがノックされた。
「失礼します」
「何事だ?」
入室の許可を得る事もせずに、無遠慮に入って来た面々を見て、ルーカスはさすがに顔を顰めた。すると入って来た四人の男達の先頭の男が、ルーカスに向かって愛想笑いを振り撒く。
「これはこれは。こちらにいらっしゃいましたか、ルーカス殿下」
「カール、お前……」
三十代半ばの旧知の男を見て、おおよその来訪目的を瞬時に悟ったルーカスは、忌々しい気持ちを懸命に押さえ込んだ。そんな彼の目の前で、その男と後に続く三人が揃って恭しく頭を下げる。
「今回の、アンドリュー殿の御前試合の審判を務める事になりましたので、試合前のご挨拶に参りました」
「……白々しい」
対戦相手の藍里の名前に言及しない辺り、どちらに肩入れしているか明々白々であったが、小さく呟いたルーカスの横で藍里は無言を貫いた。そんな彼女に向かって、男が上辺だけは丁寧に挨拶をしてくる。
「初めまして、アイリ嬢。今回の審判を務めます、カール・ディル・ナーデスと申します。以後、お見知り置き下さい」
そう言ってカールは右手を差し出してきたが、藍里はそれを綺麗に無視して口上を述べて頭を下げた。
「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。アイリ・ヒルシュです。今日は宜しくお願いします」
カールを初め、その一行は明らかに藍里が握手を無視したのを見てムッとした顔付きになったが、ここで藍里は無邪気とも言える顔つきでカールに問いを発した。
「ところで、こちらの伝統に関して無知なものでお伺いしたいのですが、御前試合ではどうなったら勝敗が判定されるですか?」
ここでそんな初歩的な質問が出るとは思っていなかったカールは、一瞬唖然とした表情になったが、すぐに何食わぬ顔で答えた。
「当人が降参の意思を明らかにした時、もしくは審判が明らかに試合続行不可能と判断した時です」
「なるほど。それではもう一つお伺いします。この競技場は石造りみたいですが、試合は一応戦闘になるわけですし、攻撃の余波で壊れたりしませんか? 観客もいるみたいなので、周りに被害が出たら危ないと思いますが」
心配そうにそんな事を尋ねた藍里に、カールが若干せせら笑う様な顔つきで応じる。
「ご心配なく。その為に審判が配置されていますので。審判は試合の内容に責任を持つと同時に、競技場の外に被害が及ばない様に、防御する役割も担っております。今回は聖紋持ちのアイリ様が参戦されると言う事で万全を期しまして、我らディル保持者四人が対応する事になりました。どうぞご安心下さい」
それを聞いた藍里は、満面の笑みを浮かべてカールに礼を述べた。
「そうでしたか。皆様が責任を持って防いでくれると聞いて、安心できました。今日は宜しくお願いします」
「はい、お任せ下さい。それでは失礼します」
双方笑顔で会談を終わらせ、四人はどこか馬鹿にした表情でその場を後にした。そしてドアが閉まると同時に、ルーカスが藍里に向き直って、勢い良く頭を下げる。
「すまん、アイリ。事前に確認しておくのを怠った」
「いきなり何? 審判が四人とも、相手方の息がかかった人間になったのは、ルーカスのせいじゃ無いわよね?」
「それはそうだが……、そこまで性根が腐っているとは思わなかった。父上に言われている様に、俺はまだまだ甘いらしい」
「十代の若造が、あんな老獪熟年に敵うわけ無いでしょ? 気にするだけ無駄よ」
心底悔しがっているルーカスを藍里が苦笑しながら宥めるという、いつもの二人の関係からするとかなり珍しい光景になったが、他の者達はそれを微笑ましく眺める心境にはなれなかった。
「ですが、アイリ様……。あの者達が、試合中に何か仕掛けるつもりでは……」
「それは考えられるけど、公衆の面前で試合をするわけだし……。そんな大っぴらには裏工作できないわよね?」
「だと思いますが……」
それでもまだ不安を隠せないセレナに、藍里は着物の合わせ目から小型のICレコーダーを取り出しながら言ってのけた。
「まあ、何か問題が起きたら、あの人達の責任を問えば良いわ。周りに被害が出ないように万全を期す為に審判をやると宣言していたし、実際そうなのよね?」
「録音していたんですか?」
呆れ気味にジークが呟くと、藍里は彼に向かって楽しげに微笑む。
「ちゃんと責任を、取って貰おうじゃない」
「一体、何をする気ですか!?」
「試合よ、試合。決まっているでしょう?」
何やら不穏な物を感じてしまったジークが慌てて問い質したが、藍里は平然と切り返した後は黙して語らず、そうこうしているうちに試合開始時間五分前となった。
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