上 下
25 / 57
第2章 藍(ディル)を奪え

(12)知られざる暗闘

しおりを挟む
 上質なインテリアが配置され、落ち着いた重厚な雰囲気を漂わせる室内で、豊かな明るい栗色の髪の美女が一人壁際に佇んでいたが、その優美な立ち姿とは裏腹に、その顔は怒りを露わにしつつ、電話の向こうの相手を口汚く罵っていた。

「また失敗したですって!? 小娘一人を片づけるのに、どれだけかかっているのよ! そこまで能無しだとは思わなかったわ!! 恥を知りなさい!!」
 彼女にしてみれば、度重なる失敗の報告に対する当然の叱責だったのだが、電話越しに弁解の言葉が帰って来た為、更に怒りをヒートアップさせる。

「言い訳なんか聞きたくないわ! あれから二週間以上経っている上、こちらからどれだけお金を回したと思っているの!? さっさと結果を出しなさい!!」
 苛々としながら相手を怒鳴りつけた彼女だったが、更にぐだぐだと釈明の言葉を聞かされる羽目になり、心底呆れ果てた口調になった。

「ジャパニーズ・マフィアが有能か無能かなんて、そんな極東の事情を私が知る筈ないでしょう? そもそも使えそうな人間を選べば良いだけの事であって、これまでの失敗は全て、あなたの力量の無さが原因よ。それに魔術を使ったら身元が明らかになる可能性があると言っても、そこをばれない様に片付ければ良いだけの話よね? 大体あなた、私の前ではいつもルーカス達の事を『取るに足らないクソガキ』呼ばわりしている癖に、いざとなったら手も足も出ないわけ? お笑いだわ」
 最後は嘲笑めいた口調になった彼女に、流石に腹に据えかねた様な返事が返ってきた。しかし彼女はそれに冷たく言い返す。

「そこまで言うなら、さっさと結果を出しなさい。今後は吉報以外の報告は、寄越さなくて結構よ」
 言うだけ言って相手の返答を待たずに乱暴に受話器を戻した彼女は、盛大に舌打ちしてから、電話が乗っている腰高の飾り棚を拳で叩きつつ、苛立たしげに吐き捨てた。

「全く、どいつもこいつも! そんな事だから卑しい平民上がりの奴らに、重要な地位を奪われ続けるのよ!」
「……随分と口汚く、罵っていらっしゃる事」
「誰!?」
 自分以外に人がいる筈の無い室内で、いきなり第三者の声が聞こえてきた事で、アルデイン公国現君主の長女であるアメーリア・ツー・ディアルドは、険しい顔のまま背後を振り返った。するといつの間に入室していたのか、ドアの前に立っている異母妹のクラリーサ・ルイ・ディアルドを認めて、表情を更に険悪な物に変える。

「お久しぶりですね、お姉様。直に顔を合わせるのは、二ヵ月ぶり位でしょうか?」
 国立大学の大学院に籍を置きながら、その優秀さが認められて既に公宮施政スタッフの一員としても活動しているクラリーサは、休憩時間の合間に仕事の資料を抱えて公宮内のプライベートスペースに戻って来たのだが、執務棟に戻ろうとした所で、常日頃問題の有り過ぎる異母姉の問題行動に遭遇し、正直うんざりしていた。しかし表情は変えずに一応挨拶してみたのだが、相手からは対抗心も露わな冷笑が返って来る。

「クラリーサ……。そんな所でこそこそ立ち聞きしているなんて、相変わらず品が無いわね」
 しかし幼少の頃から、この異母姉とその母親の悪意に晒されてきたクラリーサが、それ位の嫌味で動じる筈も無く、堂々と言い返した。

「確かにこのエリアはディアルド公爵家のプライベートスペースで、一応この部屋はお姉様に与えられている部屋ですが、そもそも公宮内で聞かれては拙い話をしている事自体、不用心だと言われても弁解できないかと。加えて場を弁えない、品の無いどなたかの怒鳴り声が廊下に響いて来た為に、何事かと思って自然と足が止まってしまった次第です。とんだところで時間を無駄にしてしまいました。失礼します」
「待ちなさい!! 私に向かって、なんて口をきくのよ!? この無礼者!!」
 申し訳程度に頭を下げて、ファイルの束を抱えたクラリーサがあっさり踵を返すと、アメーリアが憤怒の形相で言い放った。するとクラリーサは足を止めて振り返ったかと思ったら、思い出した様に落ち着き払って告げる。

「……ああ、そうそう。見たところ相当お暇そうですので、あと十分程でベルギー大使が表敬訪問にいらっしゃいますから、彼を正面玄関でお出迎えして頂けませんか? お姉様の唯一の取り柄の上品なお顔が、大使受けしそうですから」
「クラリーサ!!」
 不遜としか言いようがないその態度と物言いに、アメーリアは激昂したが、クラリーサはさっさとドアを開け閉めして再び廊下に出て歩き出した。それをなすすべなく見送ったアメーリアは、盛大に歯軋りする。

「お父様から寵愛を受けているのを笠に着て、何かにつけて人を馬鹿にして! 今に叩き出してやる!!」
 ヒステリックに叫びつつ、電話の横に飾ってあった花瓶に手を伸ばしたアメーリアは、それを掴んでドア目がけて勢い良く投げつけた。一直線に飛んで行ったそれは見事にドアにぶつかって砕け散り、活けてあった花と水と共に、幾つもの破片が床に散乱する。
 背後から微かに聞こえて来た、何かが派手に砕ける音と喚き声に、クラリーサは廊下を歩き続けながら小さく嘆息した。

「母方の勢力を笠に着て、横柄な振る舞いをしているのはそちらでしょう……。本当に、どこまで懲りない人なのかしら。お父様が提示したカイル殿との縁談が、最後の温情だった事にも未だに気が付いていないみたいだから、当然と言えば当然でしょうけど」
 そして廊下の窓から見える空を見上げ、その方角が東だった事を思い出した彼女は、思わず足を止めて小さく呟く。

「ルーカスは私以上に、苦労しているでしょうね。アイリ嬢と一緒に、無事に帰って来てね?」
 弟に良く似ている整った顔を、一瞬だけ物憂げな表情にしてから、クラリーサは何事も無かった様に公宮の執務棟に戻って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

処理中です...