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第2章 藍(ディル)を奪え
(4)聖騎士の証
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「だから、その『力を知らしめる』手段が、さっき言っていた『御前試合』とか『ディルを穫る』事だとは何となく分かるんだけど、それって何なのよ!?」
その藍里の訴えに、界琉は軽く顔を顰(しか)める。
「母さん……、まさかこの二日間、父さん共々、藍里に全く説明していなかったとか言わないよな?」
「ごめん、そう言えば今の今まで、すっかり忘れてたわ」
万里が悪びれずにそんな事を言ってのけた為、界琉は舌打ちを堪える表情をしながらルーカスに視線を向けた。
「……殿下?」
「あ、いや、しかしそれは、リスベラントの人間なら知っていて当然の常識……。すみません。こちらの配慮不足でした」
(だから、どうして単なる官僚の界琉が、公爵子息より偉そうなのよ?)
八つ当たりじみた眼差しを受けたルーカスが弁解しかけたが、界琉の目つきが更に物騒になってきたのを見た為、思わず非を認めて謝った。その微妙な力関係に、藍里が益々首を捻っていると、界琉が忌々しげに溜め息を吐く。
「仕方がない。一から説明するか」
そして若干藍里の座る位置を変えてから、界琉は至近距離から妹の顔を凝視しつつ、再び話し始めた。
「藍里。一口に『魔力持ちで魔術を使える』と言っても、その能力は人によって千差万別だ」
「うん、それは分かるわ。やっぱり個人差や個性があるでしょうね」
「しかし外敵の侵入を防いだりする事や、アルデインへの派兵、及びこちらの世界での工作活動の必要性を考えると、建国当初からリスベラントでは、攻撃能力が高い者程、権威が高くなっている」
そこまで聞いた藍里は、素朴な疑問を口にする。
「『権威が高い』って事は、ランク付けでもあるの?」
その問いに、界琉が「良くできました」的な笑みを浮かべつつ応じた。
「その通り。戦闘能力がある『騎士』の中でも、特に優れている者を『聖騎士』と呼び、更にそれは六段階に分類される。因みに最上級は『アル』で、これはリスベラント語で『赤』を意味する。名前にそれが尊称として加わる他、公式行事の時には赤のマントを身に着ける事になっているが、その資格を保持するのは、公爵閣下とその後継者と認められた者だけだ」
「つまり、二人だけ?」
「今現在、後継者は未定だから、公爵閣下お一人だ」
「どうして後継者が決まっていないの? 大事な事じゃない」
「色々事情があるからな」
素直に驚きながら疑問を呈した藍里に、界琉はチラリと向かい側にいるルーカス達に目を向けてから、話を続けた。
「『アル』の次が『ディル』で、それに応じてマントの色が藍色になる。そして聖騎士のそれぞれの階級には定数があって、ディルは15人だ。その次に上から順に『白』を表す『ファル』は20人、『緑』を表す『ルイ』は25人、『黄』を表す『ケイズ』は30人、『黒』を表す『ミュア』が35人と続く。因みに、向こうの四人と母さんと悠理は『ディル』だ」
「へえ~。じゃあ皆相当強……。ちょっと待って。今、母さんと悠理が『ディル』とか言わなかった? 聞き間違い?」
事も無げに言われた内容を聞き流しかけ、眉を寄せながら問い返した藍里の耳に、万里の落ち着き払った台詞が飛び込んで来た。
「言ったわよ? 私は七年前に生意気な若造から分捕って、悠理は五年前だったかしら」
「はぁあ!? 何、その『分捕った』って!?」
目を見張って母親を問い質した藍里の目の前で、何故かルーカス以下のリスベラント人達が、微妙に万里から視線を逸らす。そんな微妙な空気の中、界琉が冷静に解説した。
「言っただろう? それぞれの階級には定数があると。それが欲しければ、該当する階級を保持している者に試合を申し込み、公爵閣下の目の前で相手を打ち負かして、自分の力量を示す必要がある。そして挑まれた者が試合に負けた場合、その聖騎士位を剥奪され、代わりに挑戦者にそれが与えられる」
「何なのそれ……」
あまりにも前時代的な考え方に藍里が唖然としていると、ここでルーカスが言い難そうに口を開いた。
「正直に言うと、『聖紋持ちだから潜在能力が有ると判断して、どこの馬の骨ともしれない人間を、公爵後継者候補に推すのは反対だ』と喚いてる人間達が、お前に刺客を送っている筈なんだ。だからそんな連中に、お前が後継者候補に相応しい力量があると見せ付ければ、かなりの人間は納得すると思う」
それを聞いた藍里は、益々渋面になる。
「そして刺客を送り込むのを止める、と言うわけ?」
「上手くいけば」
「力量があっても、東洋の小娘などに任せられるかと、いきり立つ人間はいそうだがな」
「…………」
鋭く突っ込みを入れてきた界琉にルーカスが押し黙ったが、界琉は漸く自分の膝の上から藍里を下ろしてソファーに座らせながら、万里に声をかけた。
「要するに、小者は自分より上の者には楯突かないものだから、御前試合は敵を手っ取り早く減らす為の方策の一つという訳だ。じゃあ藍里、俺は帰る。母さん、基樹伯父さんに連絡して、訓練場所の確保と装備を揃えてやってくれ。あそこなら山ほどあるだろう」
「分かったわ。じゃあ、まだそれほど遅い時間じゃないから、今から電話しちゃいましょう」
「と言うわけだから藍里。1ヶ月は部活も適当な理由を付けて休んで、集中して訓練しろ。分かったな」
「え? ちょっと界琉!?」
言うだけ言って立ち上がり、慌てて立ち上がった藍里の額に素早くキスしてさっさとドアから出て行った長兄を、藍里はただ茫然と見送った。その様子を眺めながら、ルーカス達が頭を抱えて小声で囁き合う。
「1ヶ月後に、ディル相手の御前試合……。どう考えても、戦闘のド素人には無理だろう」
「ところで、対戦相手は誰でしょう? それが分からないと、対策の練りようが……」
「後から確認する」
「護衛もこなしながら、だよな。これ以上の増員は望めないだろうし……」
四人が心底うんざりしながら今後の事を考えていると、ふと我に返ったらしい藍里が、振り返って万里に確認を入れた。
その藍里の訴えに、界琉は軽く顔を顰(しか)める。
「母さん……、まさかこの二日間、父さん共々、藍里に全く説明していなかったとか言わないよな?」
「ごめん、そう言えば今の今まで、すっかり忘れてたわ」
万里が悪びれずにそんな事を言ってのけた為、界琉は舌打ちを堪える表情をしながらルーカスに視線を向けた。
「……殿下?」
「あ、いや、しかしそれは、リスベラントの人間なら知っていて当然の常識……。すみません。こちらの配慮不足でした」
(だから、どうして単なる官僚の界琉が、公爵子息より偉そうなのよ?)
八つ当たりじみた眼差しを受けたルーカスが弁解しかけたが、界琉の目つきが更に物騒になってきたのを見た為、思わず非を認めて謝った。その微妙な力関係に、藍里が益々首を捻っていると、界琉が忌々しげに溜め息を吐く。
「仕方がない。一から説明するか」
そして若干藍里の座る位置を変えてから、界琉は至近距離から妹の顔を凝視しつつ、再び話し始めた。
「藍里。一口に『魔力持ちで魔術を使える』と言っても、その能力は人によって千差万別だ」
「うん、それは分かるわ。やっぱり個人差や個性があるでしょうね」
「しかし外敵の侵入を防いだりする事や、アルデインへの派兵、及びこちらの世界での工作活動の必要性を考えると、建国当初からリスベラントでは、攻撃能力が高い者程、権威が高くなっている」
そこまで聞いた藍里は、素朴な疑問を口にする。
「『権威が高い』って事は、ランク付けでもあるの?」
その問いに、界琉が「良くできました」的な笑みを浮かべつつ応じた。
「その通り。戦闘能力がある『騎士』の中でも、特に優れている者を『聖騎士』と呼び、更にそれは六段階に分類される。因みに最上級は『アル』で、これはリスベラント語で『赤』を意味する。名前にそれが尊称として加わる他、公式行事の時には赤のマントを身に着ける事になっているが、その資格を保持するのは、公爵閣下とその後継者と認められた者だけだ」
「つまり、二人だけ?」
「今現在、後継者は未定だから、公爵閣下お一人だ」
「どうして後継者が決まっていないの? 大事な事じゃない」
「色々事情があるからな」
素直に驚きながら疑問を呈した藍里に、界琉はチラリと向かい側にいるルーカス達に目を向けてから、話を続けた。
「『アル』の次が『ディル』で、それに応じてマントの色が藍色になる。そして聖騎士のそれぞれの階級には定数があって、ディルは15人だ。その次に上から順に『白』を表す『ファル』は20人、『緑』を表す『ルイ』は25人、『黄』を表す『ケイズ』は30人、『黒』を表す『ミュア』が35人と続く。因みに、向こうの四人と母さんと悠理は『ディル』だ」
「へえ~。じゃあ皆相当強……。ちょっと待って。今、母さんと悠理が『ディル』とか言わなかった? 聞き間違い?」
事も無げに言われた内容を聞き流しかけ、眉を寄せながら問い返した藍里の耳に、万里の落ち着き払った台詞が飛び込んで来た。
「言ったわよ? 私は七年前に生意気な若造から分捕って、悠理は五年前だったかしら」
「はぁあ!? 何、その『分捕った』って!?」
目を見張って母親を問い質した藍里の目の前で、何故かルーカス以下のリスベラント人達が、微妙に万里から視線を逸らす。そんな微妙な空気の中、界琉が冷静に解説した。
「言っただろう? それぞれの階級には定数があると。それが欲しければ、該当する階級を保持している者に試合を申し込み、公爵閣下の目の前で相手を打ち負かして、自分の力量を示す必要がある。そして挑まれた者が試合に負けた場合、その聖騎士位を剥奪され、代わりに挑戦者にそれが与えられる」
「何なのそれ……」
あまりにも前時代的な考え方に藍里が唖然としていると、ここでルーカスが言い難そうに口を開いた。
「正直に言うと、『聖紋持ちだから潜在能力が有ると判断して、どこの馬の骨ともしれない人間を、公爵後継者候補に推すのは反対だ』と喚いてる人間達が、お前に刺客を送っている筈なんだ。だからそんな連中に、お前が後継者候補に相応しい力量があると見せ付ければ、かなりの人間は納得すると思う」
それを聞いた藍里は、益々渋面になる。
「そして刺客を送り込むのを止める、と言うわけ?」
「上手くいけば」
「力量があっても、東洋の小娘などに任せられるかと、いきり立つ人間はいそうだがな」
「…………」
鋭く突っ込みを入れてきた界琉にルーカスが押し黙ったが、界琉は漸く自分の膝の上から藍里を下ろしてソファーに座らせながら、万里に声をかけた。
「要するに、小者は自分より上の者には楯突かないものだから、御前試合は敵を手っ取り早く減らす為の方策の一つという訳だ。じゃあ藍里、俺は帰る。母さん、基樹伯父さんに連絡して、訓練場所の確保と装備を揃えてやってくれ。あそこなら山ほどあるだろう」
「分かったわ。じゃあ、まだそれほど遅い時間じゃないから、今から電話しちゃいましょう」
「と言うわけだから藍里。1ヶ月は部活も適当な理由を付けて休んで、集中して訓練しろ。分かったな」
「え? ちょっと界琉!?」
言うだけ言って立ち上がり、慌てて立ち上がった藍里の額に素早くキスしてさっさとドアから出て行った長兄を、藍里はただ茫然と見送った。その様子を眺めながら、ルーカス達が頭を抱えて小声で囁き合う。
「1ヶ月後に、ディル相手の御前試合……。どう考えても、戦闘のド素人には無理だろう」
「ところで、対戦相手は誰でしょう? それが分からないと、対策の練りようが……」
「後から確認する」
「護衛もこなしながら、だよな。これ以上の増員は望めないだろうし……」
四人が心底うんざりしながら今後の事を考えていると、ふと我に返ったらしい藍里が、振り返って万里に確認を入れた。
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