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第1章 父の故郷は魔女の国

(11)取り敢えず現状維持

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「それなら今日、暗殺者は撃退できたから、無事解決って事よね。アルデインから遠路はるばるお越し頂いて、ありがとうございました」
 当然の如く口にして笑顔で頭を下げた藍里に、他の者は虚を衝かれた表情になってから、ルーカスが呆れかえった口調で言い返した。

「はぁ? 何を馬鹿な事を言っている。何も解決なんか、してないだろうが?」
「どうしてよ? 襲撃の実行犯は、捕まえたのよね? 犯人の口を割らせれば、依頼人に繋がるじゃない。立派な証拠でしょう?」
 怪訝な顔になった藍里に、他の三人が如何にも申し訳なさそうに言い出す。

「捕まえた事は、捕まえましたが……。所謂、ヤクザの下っ端です」
「勿論、どこの組織の構成員かは分かっていますが、本国の誰がどういう依頼をしたのかまでは……」
「加えて、意識操作ができるリスベラントの人間か、またはその類の者を介して依頼したとなると、証拠を掴むまでは極めて困難でして……」
 そこまで聞いて、藍里ははっきりと顔色を変えた。

「ちょっと待って! それじゃあ何? 私、下手したらこれから一生、護衛に纏わり付かれて過ごす必要があるわけ!? 冗談じゃないわよ!!」
「冗談じゃないのはこっちだ!! 一体誰のせいで極東まで来て、女装して生活する羽目になっていると思ってる!?」
 勢い良く拳でテーブルを叩きながら怒鳴ったルーカスに、藍里はさすがに多少の罪悪感を覚える。

「うん、まあ……、責任の一端はあるとは思うけど。でも私、女装してくれなんて頼んでないわよ?」
「……校内で襲われたら、どうするつもりだ」
 相手を叱り付けてもどうなるものでもないと分かっていたルーカスは、何とか平常心を保ちながら指摘してみたが、ここで能天気過ぎる答えが返ってきた。

「そこはそれ、まさか女子高にロケットランチャー持参で、特攻かけてくる馬鹿は居ないと思うし、何とか逃げ切れるでしょ。女は度胸よね」
「やっぱり馬鹿だ……」
 一人納得して頷いた藍里を見て、ルーカスは両手で顔を覆って呻いた。それに藍里が盛大に噛みつく。

「何ですって!? 言っておきますけどね、世界ではあんた達みたいな力を使えない人間の方が、圧倒的多数なのよ!? 変態改め奇人変人に、馬鹿呼ばわりされる覚えはないわっ!!」
「誰が奇人変人だ!! それにあのヒットマンを、どこぞに飛ばしたのはお前なんだぞ? 俺が奇人変人なら、お前だってそうだろうが!?」
「そんな事を言われても、あの人がどこに行ったかなんて、知らないわよ! 案外、あんた達がどこかに隠しているんじゃないの!?」
「どこまで往生際が悪いんだ、お前はっ!!」
 そこで二人は本格的な舌戦に突入してしまい、慌てて年長者三人が二人を引き剥がして双方を宥めつつ説教し、当面の方針と注意事項を確認しているうちに夜の時間帯となった事で、三人は来住家を辞去する事となった。

「あの、ところで皆さんは、これからどちらに?」
 玄関先でルーカスと一緒に三人を見送りながら、藍里が素朴な疑問を口にすると、ジークが淡々と答えた。
「殿下と同時に来日して、それ以降ここの近所に一軒家を借りて生活していますので、お気遣いなく」
「そうでしたか。お気をつけて」
「それでは失礼します」
 色々問い詰めたい事はあったものの、相手の取り付く島も無い態度と、色々な事が有り過ぎて疲労感満載だった為に、藍里は余計な事は言わずに見送った。そしてリビングに戻ってソファーに座るなり、気だるげな声を出す。

「はあ、何だかどっと疲れが……。悪いけど、夕飯を作る気力が無いわ。何か出前を頼んでも良い?」
「今日は色々あったからな。構わない。任せる」
「了解。じゃあ、何にしようかな……」
 そうしてのろのろと自分のスマホを取り上げた藍里は、少し悩んだ末にピザの注文を済ませてから台所に行き、二人分の紅茶を淹れてリビングに戻った。そしてその最中に思い出した事を、ルーカスに尋ねてみる。

「そう言えば、悠理に応急処置をして貰った筈だけど、病院を受診しなくて良いの?」
 すると短く礼を言ってマグカップを受け取ったルーカスは、苦笑いの表情で答えた。

「ああ。ユーリ殿には魔術で、弾丸の摘出だけでは無くて、止血と患部組織の再生までして貰ったからな。痛みも無い。多少むず痒い感じはするが」
 そう言って治療と藍里への説明を優先した為、着替え損ねていた制服の襟をずらしてルーカスは左肩を見せ、次に右の脛を軽く前に出して見せると、確かにそこには若干ピンク色が濃い部分があったものの、怪我らしい怪我は存在しなかった。その事実を目の当たりにした藍里は、感心しきった声を出す。

「へぇぇ、便利ねぇ。悠理ったら、こんな特技もあったのか。だから難しい手術とかこなせるのね」
 それを聞いたルーカスは、僅かに顔を顰めた。
「言っておくが、治療に魔術を使うのは非常手段だ。魔術による治療は、怪我や病巣を無かったものにするのではなく、身体が本来保持している免疫力や回復力を最大限まで引き上げる事だからな。頻繁に魔術を行使していたらそれに頼って、却って患者の身体が弱る事になる」
「え? そうなの?」
 意外そうに目を見開いた藍里に、ルーカスが重々しく頷く。

「ああ、だから病巣の発見や治療薬の開発段階では、魔術を使っているとは思うが、手術時は己の腕だけで施術しているんだ。本当にユーリ殿は、天才外科医だぞ? 執刀して欲しいと周辺国から患者が殺到していて、アルデイン国立総合病院で彼が執刀する手術の予定は、一年先まで詰まっている。貴重な外貨獲得の、手段になっている位だ」
「悠理って、思った以上に売れっ子だったのね。知らなかったわ」
「俺に言わせれば、どうして実の妹が知らないのかが、疑問だがな」
「…………」
 思わず呆然となりながら声を発した藍里に、すかさずルーカスが突っ込みを入れる。それで空気が悪くなりかけたところで、聞き慣れた電子音のメロディが鳴り響いた。

「うん? メール?」
「あ、俺もだ」
 二人は慌てて自分のスマホを操作し、送信されてきたメールの中身を確認した。しかしその内容に問題が有り過ぎた為、思わずそれを口に出し、呻き声を上げる。

「『お茶会が盛り上がって晩餐もご一緒にと誘われたから、今夜は帰らないので殿下のお世話を宜しく』って、何よこれ……」
「確かに、派手な襲撃事件になってしまったが、『後始末と各方面への根回しで、朝まで帰れませんので娘に宜しく伝えて下さい』って。何だ、これは……」
 そして互いの発言を耳にした二人は、盛大に引き攣った顔を見合わせて黙り込んだ。

(年頃の男女を二人きりにして、構わないのかあの夫婦は!?)
 非常識極まりない夫婦に対して、二人は心の中で盛大に文句を言ったが、それ以降は何事も無く、静かに夜は更けていった。
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