想い出に変わるまで

篠原 皐月

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(7)ちょっとした追及

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 土曜の夜、自宅の固定電話に着信があったものの、その発信者番号に見覚えが無かった春日は、怪訝な顔で受話器を取り上げた。

「もしもし?」
 慎重に問いかけた彼に、相手が確認もせずに捲し立ててくる。
「長井陽菜、旧姓戸塚陽菜よ。まさか分からないとか言わないわよね? 春日優輝」
 それを聞いた春日は、大学時代に同じくワンダーフォーゲル部に所属していた人物の事を思い出し、相変わらずだと笑いながら応じた。

「いや、幸いそこまで耄碌してはいない。しかし電話をかける時は、先に相手を確認した方が良いぞ?」
「そうね。そっちの連絡先が変わっていなくて助かったわ。玲に聞いたら、絶対何事かと思われるだろうし」
 ここで玲の名前が出てきた事で春日は僅かに眉根を寄せたが、いつも通りの口調で続けた。

「ところで、悪い事は言わないから止めておけ」
「は? 何を止めろと?」
「離婚を考えていて、俺に代理人を頼むつもりだろう?」
 ちょっとふざけて言い返してみると、電話越しに陽菜の地を這うような声が伝わってくる。

「あらあら……。あんたの電話、買い替えた方が良いんじゃない?」
「ちょっとしたジョークだ。邪念を送るのは止めて貰えないか? ワンゲル部史上最凶電子機器クラッシャーのお前にかかったら、それだけで容易く破壊されそうだ」
「昔から、あんたの冗談は笑えないのが大半だったけどね……。他人の黒歴史を蒸し返すのは、止めてくれないかしら?」
 うんざりとした声で言われた春日は、それ以上からかうのは止めて話を元に戻した。

「それで? お前から連絡を貰うのは卒業以来初めてだし、本当に思い当たる節が無いが、用件は何だ?」
「玲の事よ」
「佐倉がどうかしたのか?」
「何よ、最近連絡を取り合ってないの?」
 そこで意外そうに問われた春日は、正直に告げた。

「今日は土曜日だから……、一昨日の木曜日、見舞いがてら様子を見に行った。風邪をひいて寝込んでいたからな」
「は? 一昨日、マンションに行ったわけ? 何をしに?」
「食べ物と飲み物持参で様子を見に行った。それが何か?」
 すると電話越しに溜め息を吐く気配が伝わり、重ねて問われる。

「あんたの事だから、本当にそれだけで行ったのよね……。もう少し、詳細を聞かせてくれるかしら。今、どれ位の頻度で玲と会っているの?」
「月一位か? パソコンが固まったとか、埋め込み式の照明のカバーの開け方を忘れたとか時々相談を持ちかけられるが、直に見た方が早いしな」
「大抵、玲から連絡が来るわけ?」
「半々かな? 俺の方から連絡する事はあるし」
「因みに、どんな用件で連絡するの?」
「先月は、兄の所に二人目が生まれたから、出産祝いに何か贈りたいから選ぶのを手伝って欲しいと頼んだ」
 何気ない口調で春日が告げると、陽菜が呻くように言ってくる。

「出産祝い……。あんた、何でそういう無神経な事を……」
「本人は十分楽しんでいたぞ? 基本的に可愛い物が好きだからな。『あれが良いこれが良い』と散々目移りして一日がかりになったから、昼食と夕食を奢った」
「その間、あんたは何をしていたのよ?」
「何を見ても同じにしか見えないから、黙って見ていた。因みに、出産祝い云々は嘘だ」
「え? どういう事?」
「その少し前に佐倉に電話した時、ちょっと仕事の事で滅入っていた様子だったから、気分転換に連れ出す為の口実だ。選んだ物は、俺の勤務先のパラリーガルに、簡単に事情を説明した上で譲った。だから佐倉には本当の事は言うなよ?」
 一応春日が釘を差すと、陽菜からは憤然とした声が返ってきた。

「だぁああぁっ! 本当にあんたって、昔からそうよね!」
「『そう』とは?」
「さりげなく企画、さりげなくフォロー。便利屋にはならないけど、周囲に妬まれるヘマもしない、変に目立つ最前列から一歩か二歩退いた、世渡り上手な三列目の男! 単なる三枚目だったら、指さして笑ってやるのに!」
「支離滅裂な事を言われているみたいだが、それは一応、誉め言葉だと思って良いのか?」
「一応ね! だけどあんた、玲に関してだけは昔からヘタレよね!? 一体玲の事を、どう思ってるのよ?」
 そんな事を断言されてしまった春日だが、怒り出したりはせず、寧ろ笑いを堪えながら答えた。
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