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(2)独り者の宿命
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玲が玄関のドアを開けると、襟に弁護士記章を付けたスーツ姿であった事から、春日が仕事帰りなのは明白だった。しかし玲が口を開く前に、春日がパジャマの上にカーディガンを着た状態の彼女を見て謝ってくる。
「思ったより元気そうだな。寝ていたところ悪い」
そんな事を言われて、玲は益々申し訳なく思いながら首を振った。
「ちょうど起きたところだったし、それは良いのよ。こっちこそ、こんな格好で悪いわね」
「それこそ今更だ。取り敢えず消化が良さそうな物と、経口補水液を買ってきた」
「ありがとう。まだ外に出るのは面倒くさいし、助かったわ。測ってみたら熱は下がっていたし、明日は出勤するけどね」
独り身の気楽さで、これまでお互いに訪問し合っている仲である春日はビニール袋片手に勧められるまま上がり込んだが、リビングに入りながら懸念を伝る。
「仕事だが……。もう一日位、休んだ方が良はないか?」
相手が心配してくれているのは十分理解できたものの、玲は小さく肩を竦めながら言葉を返した。
「定休日を挟んで三日休んでしまったから、さすがにこれ以上はね。それにしても……、三十過ぎてから、急に色々ガタがきたなぁ。年かしら?」
「俺と同い年なのに、嫌な事を言うな」
「それは失礼。でも春日君は寝込んだりしないの?」
「今のところはな」
そこで互いに苦笑しながらビニール袋を受け取った玲はキッチンへ、春日はオープンカウンターのリビング側に座った。そして玲は、お湯を沸かしながら話しかける。
「体調管理も仕事のうちって事ね……。今回は素直に反省して、今度春日君が寝込んだ時は様子を見に行ってあげるわ。お互いに、実家が都内じゃないんだし」
「それはどうも。ところで実家と言えば、今回の事を実家には連絡したのか?」
「え? たかが風邪で寝込んだ位で、一々言わないわよ。うっかりそんな事を知らせようものなら、『仕事を辞めてさっさと戻ってこい』と言われるのがオチだもの」
「一人娘だから、心配しているんだろうが」
相変わらず真顔で耳が痛い事を言ってくれると思いながら、玲は言い訳がましく言い返した。
「分かってるわよ、それ位……。だけど電話がかかってくる度、縁談だ見合いだと言われる身にもなってよ」
「それはお互い様だ。……いい加減、諦めれば良いのにな」
「あら、ちゃんと話は持ち込まれているんじゃない。どうして結婚しないの?」
予想外に愚痴っぽい呟きを聞かされた玲は、少々興味をそそられながら尋ねた。しかし春日は、相変わらず飄々とした物言いで、あっさりと話を終わらせる。
「タイミングが合わないとか、条件が合わないとか、感性が合わないとか……、まあ、色々だな」
「じゃあ諸々が、ピッタリ合う女性がいれば良いわね」
「そうだな」
内心では(大学時代でも、春日君に言い寄ってる子はいた筈なのに。女性の趣味が、そんなに面倒くさいのかしら?)などと少々失礼な事を考えながら、玲は彼の前に珈琲入りのカップを置いた。
それから数分の間、二人はカウンターに並んで座りながら簡単な近況や世間話などをしていたが、珈琲を飲み終わった春日が立ち上がった。
「ご馳走さま。それじゃあ俺は帰るから……」
そう言いながら床に置いておいた鞄を取ろうと、背中を向けていた壁側を振り返った春日は、座る時には見落としていた物を認めて口を閉ざした。そして遅れて玲も、カウンターの端に広げてあるそれを思い出し、無言で額を押さえる。
(失敗した。そう言えば、カウンターの隅に置きっ放しだったわ)
これから目の前の人物に言われる内容に見当が付いてしまった玲が困り顔になっていると、春日は振り返りながら予想通りの事を言ってきた。
「思ったより元気そうだな。寝ていたところ悪い」
そんな事を言われて、玲は益々申し訳なく思いながら首を振った。
「ちょうど起きたところだったし、それは良いのよ。こっちこそ、こんな格好で悪いわね」
「それこそ今更だ。取り敢えず消化が良さそうな物と、経口補水液を買ってきた」
「ありがとう。まだ外に出るのは面倒くさいし、助かったわ。測ってみたら熱は下がっていたし、明日は出勤するけどね」
独り身の気楽さで、これまでお互いに訪問し合っている仲である春日はビニール袋片手に勧められるまま上がり込んだが、リビングに入りながら懸念を伝る。
「仕事だが……。もう一日位、休んだ方が良はないか?」
相手が心配してくれているのは十分理解できたものの、玲は小さく肩を竦めながら言葉を返した。
「定休日を挟んで三日休んでしまったから、さすがにこれ以上はね。それにしても……、三十過ぎてから、急に色々ガタがきたなぁ。年かしら?」
「俺と同い年なのに、嫌な事を言うな」
「それは失礼。でも春日君は寝込んだりしないの?」
「今のところはな」
そこで互いに苦笑しながらビニール袋を受け取った玲はキッチンへ、春日はオープンカウンターのリビング側に座った。そして玲は、お湯を沸かしながら話しかける。
「体調管理も仕事のうちって事ね……。今回は素直に反省して、今度春日君が寝込んだ時は様子を見に行ってあげるわ。お互いに、実家が都内じゃないんだし」
「それはどうも。ところで実家と言えば、今回の事を実家には連絡したのか?」
「え? たかが風邪で寝込んだ位で、一々言わないわよ。うっかりそんな事を知らせようものなら、『仕事を辞めてさっさと戻ってこい』と言われるのがオチだもの」
「一人娘だから、心配しているんだろうが」
相変わらず真顔で耳が痛い事を言ってくれると思いながら、玲は言い訳がましく言い返した。
「分かってるわよ、それ位……。だけど電話がかかってくる度、縁談だ見合いだと言われる身にもなってよ」
「それはお互い様だ。……いい加減、諦めれば良いのにな」
「あら、ちゃんと話は持ち込まれているんじゃない。どうして結婚しないの?」
予想外に愚痴っぽい呟きを聞かされた玲は、少々興味をそそられながら尋ねた。しかし春日は、相変わらず飄々とした物言いで、あっさりと話を終わらせる。
「タイミングが合わないとか、条件が合わないとか、感性が合わないとか……、まあ、色々だな」
「じゃあ諸々が、ピッタリ合う女性がいれば良いわね」
「そうだな」
内心では(大学時代でも、春日君に言い寄ってる子はいた筈なのに。女性の趣味が、そんなに面倒くさいのかしら?)などと少々失礼な事を考えながら、玲は彼の前に珈琲入りのカップを置いた。
それから数分の間、二人はカウンターに並んで座りながら簡単な近況や世間話などをしていたが、珈琲を飲み終わった春日が立ち上がった。
「ご馳走さま。それじゃあ俺は帰るから……」
そう言いながら床に置いておいた鞄を取ろうと、背中を向けていた壁側を振り返った春日は、座る時には見落としていた物を認めて口を閉ざした。そして遅れて玲も、カウンターの端に広げてあるそれを思い出し、無言で額を押さえる。
(失敗した。そう言えば、カウンターの隅に置きっ放しだったわ)
これから目の前の人物に言われる内容に見当が付いてしまった玲が困り顔になっていると、春日は振り返りながら予想通りの事を言ってきた。
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