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第36話 対策会議
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「そう言えば、榊さんはどうして、姉貴と腐れ親父の事を聞きたかったんですか?」
「それは……」
取りあえず落ち着いて座ってから、ふと孝司が漏らした根本的な疑問に、祐司も無言のまま隆也に視線を向けた。対する隆也が何故か言葉を濁して黙り込んでいると、隣から笑いを堪える口調で芳文が口を挟んでくる。
「俺にもはっきり言わなかったが、多分こいつ、互いに毛嫌いしていても、何かきっかけを作れたら、ひょっとしたら二人が和解できる可能性があるかもと考えていたんじゃないのか?」
「和解?」
「姉貴とあのろくでなしが?」
「…………」
まだ無言を貫いている隆也の前で、祐司と孝司は一瞬怪訝な顔を見合わせ、次の瞬間どちらも真顔で主張してきた。
「いやいやいやいや、榊さん、それ天地がひっくり返っても有り得ませんから!」
「榊さんがそんなに楽天的、かつ楽観的な考え方の持ち主だとは、夢にも思っていませんでした」
孝司に力一杯否定され、祐司から幾分憐れむ様な眼差しを受けて、隆也は溜め息を吐いて断言した。
「今回、二人のこれまでの暗闘ぶりが良く分かったから、その考えはきっぱり捨てる事にする」
「そうして下さい」
「いや~、今のは本気で驚いたな」
そんなやり取りをクスクス笑いながら眺めていた芳文だったが、会話が途切れた所で徐に言い出した。
「しかし、孝司君。さっきから君の話の内容を吟味しつつ言動を観察していたが、君が《料理研究家・宇田川貴子のオリジナル》だね?」
「はい?」
「オリジナル?」
「芳文、お前何を言ってる?」
他の三人が途端に怪訝な顔をする中、芳文は淡々と自論を展開した。
「隆也から話を聞いてから、メディアに出ている宇田川貴子のイメージと照らし合わせてみたんだが、どうにも一致しなくて、その理由を考えていたんだ。君は人見知りしないし、友達が多いだろう? 友達が多いと言うよりは天然の人タラシで、殆ど敵を作らないでいつの間にか自分の陣地に引きずり込むタイプ。そして話好きだが、本当に周囲が嫌がる事は口にしない。そして面倒見が良くて、困っている人間に恩をきせずにさり気なくフォローできる」
「さあ……、自分では良く分かりませんけど?」
本気で首を捻った孝司だったが、祐司には十分思い当る内容だったらしく、小さく頷いた。それを確認しながら話を続ける。
「君は直感が鋭いし、天然だから無意識にそれらをしているが、彼女は常に周りの視線を意識しながら、緻密な計算の上でそれをやってる。二人の違いはそこだな」
そう端的に断定されて、祐司は慌てて芳文に確認を入れた。
「え? そうすると、まさか姉貴は自分の行動パターンを、孝司を手本にしてるって事ですか!?」
「俺はそう思うが。彼女、本来は内向的で猜疑心が強くて、融通がつかない位生真面目で、周囲に気を遣い過ぎて損をするタイプだろう?」
「確かにそうかもしれませんが……。姉貴、手本にするなら、どうしてもっとマシな奴を選ばないんだ……」
「うわ、祐司ひでぇ! ……でも本当に、何で俺?」
驚愕の事実に本気で項垂れた祐司に文句を言ってから、孝司が真顔で尋ねた。その問いにも、芳文は平然と答える。
「彼女が観察してみたら、彼女の知り合いの中で君が一番周囲に好かれてて、友達も多かったからだろ?」
「確かにこいつ、無茶苦茶友達とか知り合いとか居て、家族も交遊関係のすべてを把握仕切れていませんが……」
何となく納得しかねる顔つきで応じた祐司を見ながら、芳文が淡々と続ける。
「家で孤立していて、父親を見返す為だけに勉強してた様な学校生活送ってれば、友好な人間関係を築くスキルなんて、皆無だろうと思っただけだ。だが彼女、君を手本に選んで正解だったと思うぞ? 余計に歪む事が無かったみたいだからな。ある意味突き抜けた言動と、余計な行動力を身に付けたかもしれないが」
「……どうも」
「微妙過ぎる誉め言葉ですね」
素直に喜べない様な表情で孝司が頷いてから、芳文はあっさり話題を変えた。
「さて、それで彼女のオリジナルの君に聞きたい。彼女はこれからどうすると思う?」
そう問いかけらえて、孝司は流石に驚いた顔になった。
「それを俺に聞くんですか?」
「現に聞いている。難しく考えないで、直感で答えて欲しいんだが」
「う~ん、俺だったらやられたらやり返すのが信条なんですが、この場合はな~。直接手を出された訳じゃないし……。取り敢えず憂さ晴らし?」
取り敢えず口に出してみた孝司に、芳文は更に問いを重ねる。
「憂さ晴らしねぇ……、因みに彼女だとショッピング、ギャンブル、酒、男、どれに走るタイプ?」
それを耳にした隆也は無言で僅かに顔を顰めたが、孝司はさらっと答えた。
「料理しまくって、作った料理をやけ食いかな?」
「彼女の職業を、すっかり忘れていたな。意外に健全過ぎる予測をありがとう」
迷わずの即答された想定外の内容に、芳文はややたじろいだ。その為孝司が、弁解する様に付け加える。
「姉貴は無駄遣いはしないし、基本真面目だからギャンブルはしないし、ザルだから際限なく飲んだら身体壊すだけだって分かってるし、男の話は今のところしていないし」
「ちょっと待て、孝司。何だ最後の『男の話はしていない』って言うのは。まるで姉貴が付き合ってる男を変える度、お前に教えてたみたいな言い方だが」
「大体、教えて貰ってるから」
「何で!?」
「何でって、提案した以上は、やっぱり心配だから教えてくれって頼んだら、あれから姉貴、毎回律儀に報告してくれてるからな」
「提案って……。お前、まさか姉貴に関して、まだ何か話してない事が有るのか!?」
孝司の台詞に引っ掛かりを覚えた祐司が横から盛大に突っ込みを入れたが、孝司は事もなげに答えた。
「さっき話した、姉貴が彼氏と友達に騙された話。あれを打ち明けた姉貴が報復行為を誓ってから、最後にボソッと『もう男なんかこりごりだわ』って愚痴ったから、『何言ってんだよ、姉ちゃんまだ二十歳だろ!? 今からそんな枯れた事言ってどうすんだ! この失敗を活かして、男を手玉に取る位じゃないと、この世知辛い世の中生き残れないぞ!』って慰めたんだ」
「慰めてるのか? それ」
ぼそっと芳文が呟いたが、それは孝司の耳には届かなかった様だった。
「それでもまだ鬱々してるから、アドバイスしたんだ。『姉貴、男を顔で選んだから失敗したんだよ。あの宇田川の親父思い出して見ろ。一応東成大卒で頭はそこそこ、顔も何とか見られる、体格も貧相じゃない、親の遺産でそこそこ小金持ち。だけど性格の悪さで全部台無しだろ? 男の価値って性格の良し悪しに尽きるぞ?』って言ったら納得してた」
「あれは意外に頭も悪いし、如何にも陰険な顔付きだし、チビじゃないが格闘技なんてしてないだろうし、親から譲り受けた不動産も切り売りしてそろそろ手元不如意だろ?」
心底嫌そうに顔を歪めながら祐司が細かく訂正を入れたが、それも綺麗に無視して孝司が主張を続けた。
「だから『これから男を見る目を養う為に、性格が良い事をベースに、頭が良い奴、顔が良い奴、身体が良い奴、金を持ってる奴のサイクルで選んで付き合ってみろよ。数をこなせばそのうち当たるから!』ってアドバイスしたんだ」
(二十歳の女が、男子中学生に恋愛指導を受けるってどうなんだ?)
第三者の芳文と隆也は心の中でそんな突っ込みを入れたが、ここで祐司が、怒りを抑え込んでいる声音で質問を繰り出す。
「孝司……、まさか姉貴、それを真に受けたりしなかったよな?」
「真面目に頷いて実行してたから、きちんと報告してくれたんじゃないか。因みに『性格の良い人って何を基準に判断すれば良いと思う?』とも聞かれたから、『別れても友人付き合いがしたいと思う人って考えたら?』と説明したら、早速実践して別れた元カレ全員と、今でも仲良く友達付き合い続けてるみたいだな」
「みたいだな、じゃねぇぇぇっ!! それじゃ何か? 陰でお袋がこっそり泣いてて、親父が本気で心配してた、顔を合わせる度話をする度男の名前が違ってた、姉貴の超高速サイクルの男遍歴は、お前の考え無しの発言のせいだったのか!?」
再び怒りが振り切れたらしい祐司が弟に掴みかかって怒鳴りつけたが、孝司は気分を害した様に言い返した。
「俺なりに、ちゃんと考えた上でのアドバイスだったんだぞ? 姉貴、付き合い出してから何となく違うなと思った人にはすぐ『恋人じゃなくて友達の方が楽しく過ごせそうだわ』って断りを入れて、超高速サイクル故に身体の関係有った男は、付き合った男の総数の一割以下だし。変な病気も貰ってないからな」
「何でそんな事まで、根掘り葉掘り聞くんだ!?」
「黙ってても姉貴が、懇切丁寧に教えてくれた。お陰で高校の頃から耳年増だったよな~、俺」
「と言うか、そもそもそんな事、榊さんが居る場で口にするな!」
思わず遠い目をしながら言った孝司を、祐司が顔を引き攣らせながら叱り付けた。しかし孝司は喉元を掴み上げられながら、隆也に向かって笑顔で確認を入れてくる。
「だって榊さん、大人だし。祐司と違って心広いし、別に気にしませんよね?」
「……ああ、別に」
「ほら! 榊さんだってこう言ってるだろ?」
「お前と本当に血が繋がってるのか、疑いたくなってきた……」
他に言いようが無い為隆也が曖昧に頷くと、孝司は満面の笑みで兄に自慢げに言い聞かせ、その表情を見た祐司は、疲れた様に孝司の服を掴んでいた手を離し、畳に両手を付いて項垂れた。そして再び服の乱れを直して一息ついた孝司が、しみじみと言い出す。
「さっき言った様な訳で、街で偶然榊さんと出くわした時、凄く驚いたんです。榊さんと付き合ってるって姉貴から全然聞いて無かった上、毛嫌いしている警視庁のキャリアで、見た目良くて頭良さそうでいい身体してたので」
その台詞に、隆也は僅かに眉を寄せて問い返した。
「そんなに意外だったのか?」
「はい、それにちょっと性格が悪そうで、これまでのパターンに当てはまりませんでしたし。……あ、だから姉貴からすると、本当に単なるセフレで付き合ってるつもりは皆無だったのかな? よくよく考えたら一方的に決裂して音信不通なんて、これまでの男との対応とも違うし……」
「…………」
何やらぶつぶつと呟きながら考え込んだ孝司を見て隆也は無表情になり、祐司は頭痛を覚えながら芳文に話しかけた。
「葛西さん……、さっきこいつは他人を不愉快にする言動をしないとか何とか言ってましたが、撤回する気はありませんか?」
「ちょっとしたくなってきた。……まあ、何はともあれ、今の彼女の精神状態を確認したいんだが。いきなり無関係な俺が押しかける訳にもいかないし、どうしたものかな……」
そして芳文も自問自答してから、祐司達に尋ねた。
「君達、どちらか近いうちに、彼女と会う約束とか無いかな? ちょうど連休に入るし」
「いえ、俺はちょっと予定が立て込んでまして」
「連休と言わず、今日『飲み過ぎて家まで帰れないから泊めてくれ』って頼んじゃ駄目ですか? これまでも時々、突発的に姉貴のマンションに泊めて貰ってましたし」
「勿論、それで構わないよ?」
申し訳なさそうに祐司が断りを入れたが、孝司はあっさりと了承した上で提案してきた。それに芳文が頷いた為、孝司は早速話を進める。
「それで、姉貴と会ったらどうすれば良いんですか?」
「そうだな……、最近はどれ位前に泊めて貰った?」
「ええと、2ヶ月位前ですね」
「その位の期間なら好都合だ。室内でその時と変わった事が無いかどうか、確認して欲しいんだ。何かずっと使っていた物が無くなってたり、逆にこれまでだったら選択しえない物が増えたりしてないか」
「はあ、分かりました」
素直に頷き、以前に訪れた時の部屋の様子を軽く思い返し始めた孝司に、芳文が質問を続ける。
「それから彼女はピアスをしているか?」
「いえ、してません。何か『穴を開けるのが怖いから』とか、冗談みたいな事を言ってて」
「じゃあピアスを付け始めていないかどうかの確認と……、できれば身体に傷ができていないかも、確認したいんだが」
「え?」
「それって……」
「おい! まさかあいつが、自傷行為に走ってるとか言わないよな!?」
祐司達は怪訝な顔付きになったが、芳文が何を言いたいのかを悟った隆也は、瞬時に顔色を変えて芳文に迫った。対する芳文は、ちょっと肩を竦めただけで冷静に答える。
「適度にストレス発散してれば、問題ないんだがな。やり場の無い怒りが、どこに向くタイプか分からんし、一応念の為だ。あ、後冷蔵庫の中身とかのチェックも宜しく。摂食障害とかで外で仕事で調理してても、自宅で作らなくなるって事もあり得るし」
「洒落になりませんよ……」
思わず溜め息を吐いた祐司だったが、孝司は素早く気持ちを切り替えたらしく、芳文に確認を入れてきた。
「じゃあとにかく、姉貴に泊めて貰う様に頼んで、今葛西さんに言われた内容を、確認すれば良いんですね?」
「ああ、頼む。あと実際に知り合うきっかけを作りたいが、その方法はまた考えるから、後日協力して欲しい」
「分かりました。じゃあ早速電話っと」
そして自分の携帯を取り出した孝司は、他の人間にもやり取りが聞こえる様に、ハンズフリー設定にして貴子に電話をかけ始めた。そして相手が電話に出たのを確認した途端、意識的にこれまで喋っていた時よりも大声、かつ陽気な声で、掌の中の携帯に向かって喋り出した。
「それは……」
取りあえず落ち着いて座ってから、ふと孝司が漏らした根本的な疑問に、祐司も無言のまま隆也に視線を向けた。対する隆也が何故か言葉を濁して黙り込んでいると、隣から笑いを堪える口調で芳文が口を挟んでくる。
「俺にもはっきり言わなかったが、多分こいつ、互いに毛嫌いしていても、何かきっかけを作れたら、ひょっとしたら二人が和解できる可能性があるかもと考えていたんじゃないのか?」
「和解?」
「姉貴とあのろくでなしが?」
「…………」
まだ無言を貫いている隆也の前で、祐司と孝司は一瞬怪訝な顔を見合わせ、次の瞬間どちらも真顔で主張してきた。
「いやいやいやいや、榊さん、それ天地がひっくり返っても有り得ませんから!」
「榊さんがそんなに楽天的、かつ楽観的な考え方の持ち主だとは、夢にも思っていませんでした」
孝司に力一杯否定され、祐司から幾分憐れむ様な眼差しを受けて、隆也は溜め息を吐いて断言した。
「今回、二人のこれまでの暗闘ぶりが良く分かったから、その考えはきっぱり捨てる事にする」
「そうして下さい」
「いや~、今のは本気で驚いたな」
そんなやり取りをクスクス笑いながら眺めていた芳文だったが、会話が途切れた所で徐に言い出した。
「しかし、孝司君。さっきから君の話の内容を吟味しつつ言動を観察していたが、君が《料理研究家・宇田川貴子のオリジナル》だね?」
「はい?」
「オリジナル?」
「芳文、お前何を言ってる?」
他の三人が途端に怪訝な顔をする中、芳文は淡々と自論を展開した。
「隆也から話を聞いてから、メディアに出ている宇田川貴子のイメージと照らし合わせてみたんだが、どうにも一致しなくて、その理由を考えていたんだ。君は人見知りしないし、友達が多いだろう? 友達が多いと言うよりは天然の人タラシで、殆ど敵を作らないでいつの間にか自分の陣地に引きずり込むタイプ。そして話好きだが、本当に周囲が嫌がる事は口にしない。そして面倒見が良くて、困っている人間に恩をきせずにさり気なくフォローできる」
「さあ……、自分では良く分かりませんけど?」
本気で首を捻った孝司だったが、祐司には十分思い当る内容だったらしく、小さく頷いた。それを確認しながら話を続ける。
「君は直感が鋭いし、天然だから無意識にそれらをしているが、彼女は常に周りの視線を意識しながら、緻密な計算の上でそれをやってる。二人の違いはそこだな」
そう端的に断定されて、祐司は慌てて芳文に確認を入れた。
「え? そうすると、まさか姉貴は自分の行動パターンを、孝司を手本にしてるって事ですか!?」
「俺はそう思うが。彼女、本来は内向的で猜疑心が強くて、融通がつかない位生真面目で、周囲に気を遣い過ぎて損をするタイプだろう?」
「確かにそうかもしれませんが……。姉貴、手本にするなら、どうしてもっとマシな奴を選ばないんだ……」
「うわ、祐司ひでぇ! ……でも本当に、何で俺?」
驚愕の事実に本気で項垂れた祐司に文句を言ってから、孝司が真顔で尋ねた。その問いにも、芳文は平然と答える。
「彼女が観察してみたら、彼女の知り合いの中で君が一番周囲に好かれてて、友達も多かったからだろ?」
「確かにこいつ、無茶苦茶友達とか知り合いとか居て、家族も交遊関係のすべてを把握仕切れていませんが……」
何となく納得しかねる顔つきで応じた祐司を見ながら、芳文が淡々と続ける。
「家で孤立していて、父親を見返す為だけに勉強してた様な学校生活送ってれば、友好な人間関係を築くスキルなんて、皆無だろうと思っただけだ。だが彼女、君を手本に選んで正解だったと思うぞ? 余計に歪む事が無かったみたいだからな。ある意味突き抜けた言動と、余計な行動力を身に付けたかもしれないが」
「……どうも」
「微妙過ぎる誉め言葉ですね」
素直に喜べない様な表情で孝司が頷いてから、芳文はあっさり話題を変えた。
「さて、それで彼女のオリジナルの君に聞きたい。彼女はこれからどうすると思う?」
そう問いかけらえて、孝司は流石に驚いた顔になった。
「それを俺に聞くんですか?」
「現に聞いている。難しく考えないで、直感で答えて欲しいんだが」
「う~ん、俺だったらやられたらやり返すのが信条なんですが、この場合はな~。直接手を出された訳じゃないし……。取り敢えず憂さ晴らし?」
取り敢えず口に出してみた孝司に、芳文は更に問いを重ねる。
「憂さ晴らしねぇ……、因みに彼女だとショッピング、ギャンブル、酒、男、どれに走るタイプ?」
それを耳にした隆也は無言で僅かに顔を顰めたが、孝司はさらっと答えた。
「料理しまくって、作った料理をやけ食いかな?」
「彼女の職業を、すっかり忘れていたな。意外に健全過ぎる予測をありがとう」
迷わずの即答された想定外の内容に、芳文はややたじろいだ。その為孝司が、弁解する様に付け加える。
「姉貴は無駄遣いはしないし、基本真面目だからギャンブルはしないし、ザルだから際限なく飲んだら身体壊すだけだって分かってるし、男の話は今のところしていないし」
「ちょっと待て、孝司。何だ最後の『男の話はしていない』って言うのは。まるで姉貴が付き合ってる男を変える度、お前に教えてたみたいな言い方だが」
「大体、教えて貰ってるから」
「何で!?」
「何でって、提案した以上は、やっぱり心配だから教えてくれって頼んだら、あれから姉貴、毎回律儀に報告してくれてるからな」
「提案って……。お前、まさか姉貴に関して、まだ何か話してない事が有るのか!?」
孝司の台詞に引っ掛かりを覚えた祐司が横から盛大に突っ込みを入れたが、孝司は事もなげに答えた。
「さっき話した、姉貴が彼氏と友達に騙された話。あれを打ち明けた姉貴が報復行為を誓ってから、最後にボソッと『もう男なんかこりごりだわ』って愚痴ったから、『何言ってんだよ、姉ちゃんまだ二十歳だろ!? 今からそんな枯れた事言ってどうすんだ! この失敗を活かして、男を手玉に取る位じゃないと、この世知辛い世の中生き残れないぞ!』って慰めたんだ」
「慰めてるのか? それ」
ぼそっと芳文が呟いたが、それは孝司の耳には届かなかった様だった。
「それでもまだ鬱々してるから、アドバイスしたんだ。『姉貴、男を顔で選んだから失敗したんだよ。あの宇田川の親父思い出して見ろ。一応東成大卒で頭はそこそこ、顔も何とか見られる、体格も貧相じゃない、親の遺産でそこそこ小金持ち。だけど性格の悪さで全部台無しだろ? 男の価値って性格の良し悪しに尽きるぞ?』って言ったら納得してた」
「あれは意外に頭も悪いし、如何にも陰険な顔付きだし、チビじゃないが格闘技なんてしてないだろうし、親から譲り受けた不動産も切り売りしてそろそろ手元不如意だろ?」
心底嫌そうに顔を歪めながら祐司が細かく訂正を入れたが、それも綺麗に無視して孝司が主張を続けた。
「だから『これから男を見る目を養う為に、性格が良い事をベースに、頭が良い奴、顔が良い奴、身体が良い奴、金を持ってる奴のサイクルで選んで付き合ってみろよ。数をこなせばそのうち当たるから!』ってアドバイスしたんだ」
(二十歳の女が、男子中学生に恋愛指導を受けるってどうなんだ?)
第三者の芳文と隆也は心の中でそんな突っ込みを入れたが、ここで祐司が、怒りを抑え込んでいる声音で質問を繰り出す。
「孝司……、まさか姉貴、それを真に受けたりしなかったよな?」
「真面目に頷いて実行してたから、きちんと報告してくれたんじゃないか。因みに『性格の良い人って何を基準に判断すれば良いと思う?』とも聞かれたから、『別れても友人付き合いがしたいと思う人って考えたら?』と説明したら、早速実践して別れた元カレ全員と、今でも仲良く友達付き合い続けてるみたいだな」
「みたいだな、じゃねぇぇぇっ!! それじゃ何か? 陰でお袋がこっそり泣いてて、親父が本気で心配してた、顔を合わせる度話をする度男の名前が違ってた、姉貴の超高速サイクルの男遍歴は、お前の考え無しの発言のせいだったのか!?」
再び怒りが振り切れたらしい祐司が弟に掴みかかって怒鳴りつけたが、孝司は気分を害した様に言い返した。
「俺なりに、ちゃんと考えた上でのアドバイスだったんだぞ? 姉貴、付き合い出してから何となく違うなと思った人にはすぐ『恋人じゃなくて友達の方が楽しく過ごせそうだわ』って断りを入れて、超高速サイクル故に身体の関係有った男は、付き合った男の総数の一割以下だし。変な病気も貰ってないからな」
「何でそんな事まで、根掘り葉掘り聞くんだ!?」
「黙ってても姉貴が、懇切丁寧に教えてくれた。お陰で高校の頃から耳年増だったよな~、俺」
「と言うか、そもそもそんな事、榊さんが居る場で口にするな!」
思わず遠い目をしながら言った孝司を、祐司が顔を引き攣らせながら叱り付けた。しかし孝司は喉元を掴み上げられながら、隆也に向かって笑顔で確認を入れてくる。
「だって榊さん、大人だし。祐司と違って心広いし、別に気にしませんよね?」
「……ああ、別に」
「ほら! 榊さんだってこう言ってるだろ?」
「お前と本当に血が繋がってるのか、疑いたくなってきた……」
他に言いようが無い為隆也が曖昧に頷くと、孝司は満面の笑みで兄に自慢げに言い聞かせ、その表情を見た祐司は、疲れた様に孝司の服を掴んでいた手を離し、畳に両手を付いて項垂れた。そして再び服の乱れを直して一息ついた孝司が、しみじみと言い出す。
「さっき言った様な訳で、街で偶然榊さんと出くわした時、凄く驚いたんです。榊さんと付き合ってるって姉貴から全然聞いて無かった上、毛嫌いしている警視庁のキャリアで、見た目良くて頭良さそうでいい身体してたので」
その台詞に、隆也は僅かに眉を寄せて問い返した。
「そんなに意外だったのか?」
「はい、それにちょっと性格が悪そうで、これまでのパターンに当てはまりませんでしたし。……あ、だから姉貴からすると、本当に単なるセフレで付き合ってるつもりは皆無だったのかな? よくよく考えたら一方的に決裂して音信不通なんて、これまでの男との対応とも違うし……」
「…………」
何やらぶつぶつと呟きながら考え込んだ孝司を見て隆也は無表情になり、祐司は頭痛を覚えながら芳文に話しかけた。
「葛西さん……、さっきこいつは他人を不愉快にする言動をしないとか何とか言ってましたが、撤回する気はありませんか?」
「ちょっとしたくなってきた。……まあ、何はともあれ、今の彼女の精神状態を確認したいんだが。いきなり無関係な俺が押しかける訳にもいかないし、どうしたものかな……」
そして芳文も自問自答してから、祐司達に尋ねた。
「君達、どちらか近いうちに、彼女と会う約束とか無いかな? ちょうど連休に入るし」
「いえ、俺はちょっと予定が立て込んでまして」
「連休と言わず、今日『飲み過ぎて家まで帰れないから泊めてくれ』って頼んじゃ駄目ですか? これまでも時々、突発的に姉貴のマンションに泊めて貰ってましたし」
「勿論、それで構わないよ?」
申し訳なさそうに祐司が断りを入れたが、孝司はあっさりと了承した上で提案してきた。それに芳文が頷いた為、孝司は早速話を進める。
「それで、姉貴と会ったらどうすれば良いんですか?」
「そうだな……、最近はどれ位前に泊めて貰った?」
「ええと、2ヶ月位前ですね」
「その位の期間なら好都合だ。室内でその時と変わった事が無いかどうか、確認して欲しいんだ。何かずっと使っていた物が無くなってたり、逆にこれまでだったら選択しえない物が増えたりしてないか」
「はあ、分かりました」
素直に頷き、以前に訪れた時の部屋の様子を軽く思い返し始めた孝司に、芳文が質問を続ける。
「それから彼女はピアスをしているか?」
「いえ、してません。何か『穴を開けるのが怖いから』とか、冗談みたいな事を言ってて」
「じゃあピアスを付け始めていないかどうかの確認と……、できれば身体に傷ができていないかも、確認したいんだが」
「え?」
「それって……」
「おい! まさかあいつが、自傷行為に走ってるとか言わないよな!?」
祐司達は怪訝な顔付きになったが、芳文が何を言いたいのかを悟った隆也は、瞬時に顔色を変えて芳文に迫った。対する芳文は、ちょっと肩を竦めただけで冷静に答える。
「適度にストレス発散してれば、問題ないんだがな。やり場の無い怒りが、どこに向くタイプか分からんし、一応念の為だ。あ、後冷蔵庫の中身とかのチェックも宜しく。摂食障害とかで外で仕事で調理してても、自宅で作らなくなるって事もあり得るし」
「洒落になりませんよ……」
思わず溜め息を吐いた祐司だったが、孝司は素早く気持ちを切り替えたらしく、芳文に確認を入れてきた。
「じゃあとにかく、姉貴に泊めて貰う様に頼んで、今葛西さんに言われた内容を、確認すれば良いんですね?」
「ああ、頼む。あと実際に知り合うきっかけを作りたいが、その方法はまた考えるから、後日協力して欲しい」
「分かりました。じゃあ早速電話っと」
そして自分の携帯を取り出した孝司は、他の人間にもやり取りが聞こえる様に、ハンズフリー設定にして貴子に電話をかけ始めた。そして相手が電話に出たのを確認した途端、意識的にこれまで喋っていた時よりも大声、かつ陽気な声で、掌の中の携帯に向かって喋り出した。
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専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
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