ハリネズミのジレンマ

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
79 / 98

第78話 一年の計は元旦にあり

しおりを挟む
 そして迎えた元日。余裕を持って起床した高木家の面々は、出向いた食事処での朝の膳を眺めて、全員感嘆の声を上げた。

「うわ~、やっぱり正月だから、お節だよな」
「こういうのは初めてね」
「偶にはこんなのも良いだろう」
 傍目には平気に見える男達だったが、昨日の飲みっぷりを間近で見ている貴子は、一応確認を入れてみた。

「ところで、お義父さん達は体調とか大丈夫? 昨日随分飲んでいたみたいだし」
「見ての通り平気だから」
 代表して孝司が胸を張って答えた為、貴子は溜め息を吐いて感想を述べた。

「良かったわね、酒に強い家系で。元旦から二日酔いなんて、洒落にもならないわ」
 さすがに酒抜きで祝い膳に箸を付けつつ、食べ始めた一家だったが、ここで誰かの携帯の着メロが響いた。それが聞き慣れないものだった為、蓉子が貴子に声をかける。

「あら、貴子の着信じゃない?」
「うん、ちょっと出てみるから」
 そして小さなトートバッグに入れておいた携帯を引っ張り出し、発信者名をディスプレイで確認して、小さく首を捻った。
(隆也? 朝から何かしら?)
 そして個室の隅に寄って、電話に出てみる。

「もしもし? どうしたの」
「ここは、新年明けましておめでとうじゃないのか?」
 開口一番、笑い声での突っ込みに、貴子は反論する気も失せてやる気がなさそうに言葉を返した。

「はいはい。新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「一つ報告がある」
「何? 帰ってからじゃ駄目なわけ?」
 唐突に本題に入った隆也に(相変わらずの俺様ね)と半ば呆れながら尋ねると、隆也は淡々ととんでもない事を口にした。

「二分程前に、婚姻届を提出した。お前はもう榊貴子になっているから、そのつもりでいろ」
「はい?」
「自動車免許に調理師免許、年金手帳に預金通帳、その他諸々申請書類や変更届を、書いたり出したりする事になるぞ? 今月から講師の仕事も再開するし、駆けずり回るのを覚悟で帰って来い。報告は以上だ。切るぞ」
 そこであっさり通話を終わらせる気配を察知したのと、漸く頭が回転した為我に返った貴子は、盛大に電話の向こうの隆也を怒鳴りつけた。

「ちょっと待って!! 何? 人に断り無くどういう事!? 提出するのは私に任せるとか言ってたわよね!? この大嘘つき!!」
 その糾弾に、些か気分を害した様な声が返ってきた。

「お前、夜の電話で『結婚しても良い』と、言っていただろうが」
「それは、確かにそう言ったけど!」
「だからマンションに記入してあった用紙を取りに行って、区役所に提出しただけだ。それのどこが悪い」
「どこもかしこもよ! どうして婚姻届をしまっておいた場所を知ってるわけ?」
「捜査は俺の仕事だ」
 すこぶる平然と言い返されて、思わず挫けそうになった貴子だったが、気力を振り絞って話を続けた。

「しれっと言わないでよ! 第一、今日は元日よ? 窓口は閉まっている筈でしょうが!?」
「知らないのか? 婚姻届を含む、出生、死亡、離婚届け等の戸籍に関する届け出は、一年中二十四時間受付可能だ。確かに事務手続きは窓口が開いてからの処理になるが、警備の当直担当者に渡して来たから今日受理された扱いになる。結婚記念日が元日というのもめでたいな」
「おめでたいのは、あんたの頭の中よっ!」
「そういう事だから、高木さん達に宜しく。今夜は高木さんの家に泊まって、明日マンションに戻るんだったな。俺も明日戻るから。それじゃあ今度こそ切るぞ」
「あ、ちょっと! それじゃあ、じゃ無いでしょうが!!」
 そして宣言通り通話が途切れ、文句を言おうと再度かけ直しても繋がらない状況に、貴子は携帯片手に壁に手を付いて項垂れた。

「やられた……」
 その光景を見て、この間不思議そうに彼女の様子を窺っていた祐司と孝司が話しかけてくる。

「姉貴、どうしたんだ? いきなり喚き出して」
「榊さんだろう? なにも新年早々、喧嘩しなくても……」
「喧嘩じゃなくて、呆れただけよ」
「榊さんが何をしたんだ?」
「記入しておいて、後は出すだけにしておいた婚姻届を、勝手に出しやがったわ」
 忌々しげに貴子がそう告げると、その場全員揃って目を丸くした。

「え?」
「マジ?」
「貴子、本当なの?」
「榊さんと、そういう話になってたのか?」
「ええと……、まあ、一応確かに、出しても良いかなって気には、なってはいたけど……」
 そこで微妙に視線を逸らしながら、蓉子と竜司に弁解がましく述べた貴子を半ば無視して、祐司と孝司は一気に盛り上がった。

「正月からめでたい! よし祝いだ、飲むぞ! 孝司、酒注文しろ!」
「おう、めでたさも二倍だな! じゃんじゃん頼もうぜ!」
「ちょっと祐司、孝司! あんた達、元旦から何を言ってるのよ! 昨夜も散々飲んだのに、止めなさい!」
 早速仲居の呼び出しボタンを押しつつ、嬉々として酒類のリストを手にした弟達を貴子は本気で叱り付け、そんな子供達の様子を親達は微笑ましく眺めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

同期の御曹司様は浮気がお嫌い

秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!? 不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。 「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」 強引に同居が始まって甘やかされています。 人生ボロボロOL × 財閥御曹司 甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。 「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」 表紙イラスト ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

処理中です...