召喚体質、返上希望

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
5 / 51

(4)先輩としての気配り

しおりを挟む
 集中してデータを作成しているうちに周囲は昼食を済ませており、仕事に区切りをつけた天輝は13時を過ぎてから自分の机の引き出しに鍵をかけた。そしてキーホルダーと財布をスーツのポケットに入れ、周囲に休憩を取る旨を告げて歩き出すと、ファンドマネージャーの一人である進藤由佳が鞄を提げて近寄りながら声をかけてくる。

「高梨さん、今からお昼? 私、今から出るから、一緒に食べない?」
「構いませんよ? 明日から長期出張ですから、今日はもう上がりですね」
「ええ、そうなの」
「じゃあ、お蕎麦とかお寿司にしましょうか?」
「そうしてくれると嬉しいわ。向こうでもあることはあるけど、当たり外れがあってね」
 入社直後の指導役である由佳と、天輝はすこぶる友好な関係を築いていると同時に、尊敬する先輩でもあった。それで素直に誘いに応じたのだが、二人だけでエレベーターに乗った途端尋ねられた内容に、思わず項垂れてしまう。

「高梨さん、午前中に社長から呼び出しを受けていたでしょう? 何か深刻な問題でも発生したの? 今現在あなたが手掛けている案件で、そんな大事になる物は無かったと思ったけど」
 真顔でそう問われた天輝は、まさか今現在ポケットに入っているしょうもない物を渡されただけとも言えず、曖昧に誤魔化した。

「ええと……、すみません。仕事上の話ではなくて、極めて個人的な話でした。どうやら父が、電話で済ませたくなかったらしくて……」
「そうなの? でも入社以来、社長が高梨さんを呼びつけた事なんて皆無よね? だからてっきり仕事上の問題かと思って、少し気になっていたの」
「お騒がせしてすみません。本当に大丈夫ですから」
「別に、問題が無ければそれで良いのよ。でも、個人的な事ね……」
 そこで由佳は考え込んだが、エレベーターが1階に着いて扉が開くと同時に嬉々として言い出す。

「あ、そうか! 高梨さんが社内の誰かと付き合い始めたって噂が流れていて、娘ラブの社長が帰宅するまで我慢できずにその噂の真偽を問い質したとか!?」
「どうしてそうなるんですか!?」
「違うの? それが1番、信憑性があるかと思ったんだけど。でも確かに社内だと、あの桐生が睨みを利かせているから、よほどの猛者じゃないと太刀打ちできないか……。そのくせに色々な意味で不甲斐ない後輩に、そろそろ先輩として活を入れてあげるべきかしらね……」
 由佳は三十半ばのベテランであり、今年三十の悠真も入社当時に世話になった事は知っていたが、どうして今更、しかも何に対して指導される必要があるのかと天輝は疑問に思い、並んで歩き出しながら問い返した。

「兄、いえ、桐生マネージャーがどうかしたんですか?」
「高梨さんが入社以来、桐生が社内の男性社員を牽制していたのは知っているでしょう?」
 急に話題が変わったように感じた天輝は戸惑ったが、当時の事を思い返し、溜め息を吐いてから素直に答える。

「はい……。そのお陰で、私が兄の恋人だとか根も葉もない噂が社内に蔓延していて、それを進藤さんに教えて貰うまで全然気が付いていなかったんですよね……。その節は、本当にお世話になりました」
「名字が違うし、社長も身内だと公言していなかったから仕方がないわよ。私も詳しい事情を聞くまで、完全に誤解していたし。それにしても最初は『桐生マネージャーの恋人』とあなたを敵視していたと思ったら、それが誤解だと判明後は『社長の義理の娘でコネ入社』なんて陰口を叩くんだから、あの連中ときたら本当に始末に負えないわ」
 該当する社員達を脳裏に浮かべながら、心底忌々しげに口にする由佳を、天輝は困り顔で宥める。

「あの人達が兄狙いだって事は以前から知っていますし、私が目障りだと感じるのも良く分かりますから。でもその事で、何か進藤さんにご迷惑をおかけしましたか?」
「迷惑はかけられていないわよ? かけられていないけど……。見ていてイライラすると言うか、腹が立つと言うか」
「私がですか?」
「安心して。桐生の方よ」
「兄がですか? どうしてでしょう?」
「…………」
 益々訳が分からなくなった天輝が不思議そうに尋ねると、そこで足を止めた由佳は、しげしげと天輝の顔を見下ろした。同様に立ち止まった天輝は怪訝な顔のまま相手の反応を待ったが、結局由佳は小さく首を振って話を終わらせる。

「あれの立場もあるでしょうし、直接言うから。あなたからは特に何も言わなくて良いわ」
「そうですか。分かりました」
 そこで目的の蕎麦屋に到着した事もあり、二人は一旦話を中断して店内へと入った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

あの日の後悔と懺悔とそれと

ばってんがー森
ライト文芸
普通の高校生「二木 真人(にき まこと)」が母親の病気により、日常生活が180°変わってしまう。そんな中、家に座敷童子と思われる女の子が現れる。名は「ザシコ」。彼女を中心に様々な人の心の闇を強制的に解決することになる。「介護への苦悩」、「自分の無力さ」、それらを経て「マコ」は成長していく。そして、「ザシコ」の秘密とは……?実体験と妄想を掛け合わせたごちゃ混ぜストーリーです!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

処理中です...