59 / 94
58.あちらもこちらもロック・オン
しおりを挟む
※※※
和真に伴われて加積邸を訪ねる事になった美実だったが、まず門構えの立派さに驚き、次に屋敷そのものの広さと作りに度肝を抜かれ、かなり動揺しながら奥へと進んだ。その様子を見て和真は笑いを堪えながら、そして時折美実を宥めながら並んで歩いて行った。
「美実さん、こちらが当主の加積康二郎氏、そちらが桜夫人です。お二人とも、こちらが藤宮美実さんです」
「初めまして、藤宮美実と申します。本日は年末のお忙しい時に押しかける形になってしまって、申し訳ありません」
使用人らしき人物に案内されて、広い座敷に通された美実は、緊張がピークに達していたが、辛うじて残っていた平常心をかき集め、座卓の向こうに座っている男女に挨拶して頭を下げた。すると厳めしい顔つきの老人が、若干顔を綻ばせて鷹揚に頷く。
「いや、それは気にしないでくれ。最近は若い人が訪ねてくる回数がめっきり減っているから、可愛らしいお嬢さんが顔を見せてくれるだけで、嬉しいからな」
「お正月になったらお客が山ほど来るのだけど、年末はする事が無くて暇なの。忙しいのは掃除や正月の支度で忙しい使用人だけだから、気にしないでね?」
「はぁ……」
横からにこにこと笑いながら老婦人も会話に加わってきて、美実は漸く緊張が解れて、冷静に相手を観察し始める事が出来た。
(何か印象が定まらない不思議なご主人と、お年の割に可愛らしいけど豪快な奥様だわ。一体美子姉さんは、この人達とどこでどんな風に知り合ったのかしら? あ、そういえば)
ここで美実はここに来た本来の目的を思い出し、手提げ袋から菓子折りを出して、向かい側の二人に恭しく差し出す。
「あの、先日は姉夫婦が喧嘩した折に二人を諫めて頂きまして、誠にありがとうございました。一応お電話でお礼を申し上げましたが、機会があれば直にお礼を言いたかったもので、今回小野塚さんにお願いした次第です。こちらは些少ですが、宜しかったらお納め下さい」
それを聞いた加積は苦笑いし、桜が嬉しそうに応じる。
「それはご丁寧に、ありがとうございます。そこまで恐縮される事もありませんが、せっかくだから頂きましょう」
「あれ位で美味しい物が頂けるなら、美子さん達には週に一回位は派手な喧嘩をして欲しいわね」
「桜、止めろ。美実さんが本気にするぞ?」
「あら、私は本気よ?」
「全く、困った奴だ」
(うぅ~ん、益々不思議。美子姉さんとどういう知り合い?)
夫婦のやり取りを困惑しながら眺めていた美実に、ここで加積から声がかけられる。
「美実さんは、何やら私達に尋ねたい事が有るのではないかな?」
「分かりますか?」
「それはまあ、美実さんよりかなり長く、生きているので」
「あの……、不躾な問いでしたら申し訳ありません。お二人は美子姉さんと、どの様に知り合ったのかなと……」
「ああ、それですか。それは……」
納得したように加積が何か言いかけたが、それを遮って桜が説明してきた。
「それはね? 私が道を歩きながらソフトクリームを食べていて、美子さんの横を通り抜けようとした時に、偶々よろけて彼女の着物にソフトクリームをべったり付けてしまってね。そのお詫びに、着物を新調する事になってからのお付き合いなの」
「そういう事でしたか」
(あれ? その話って、以前確か、どこかで聞き覚えが……)
桜の話に素直に頷いた美実だったが、何やら頭の片隅に引っかかった。そして少し考えてから、該当する記憶に行き当たる。
「あああぁっ!! 思い出しました! そういえば住所が三田の、華菱で『棚のここからここまでを全部頂戴』をマジでやらかした、豪快セレブおばあさん! ……じゃなくて! 誠に失礼致しました!!」
絶叫しながら思いっきり相手を指さすと言う暴挙をやらかしてしまった美実は、それに気づいた瞬間即座に腕を下げて勢い良く頭を下げて謝罪した。そして座敷の隅に控えていた給仕役の女性が真っ青になる中、桜がころころと楽しそうに笑う声が響く。
「あらあら、構わないのよ? 美実さんから見たらおばあさんなのは確かだし、人から良く豪快だと言われるし、セレブなのは本当だしね」
「はぁ……、恐縮です」
冷や汗を流しながら(こんな事が美子姉さんにばれたら、どんな制裁を受けるか)と恐れおののいていると、加積が「今のは美子さんには内緒にな」と笑いながら妻に言い聞かせる声が聞こえる。それで心底安堵したものの、美実は益々加積の事が良く分からなくなった。
(桜さんの方は何となく分かったかも。年は違うけど、何となく美子姉さんと馬が合いそうだし。でも加積さんって……)
美実が恐る恐る顔を上げながら加積の様子を窺うと、彼とばっちり目が合ってしまった。その瞬間、美実の顔が強張ったが、加積は益々面白そうな顔つきになりながら尋ねてくる。
「美実さんは、隠し事ができないタイプだと言われないかな?」
「あ、はい。その通りです。どうしてですか?」
「まだ何か、聞きたそうな顔をしているからな」
「そんなに分かり易い顔をしてますか?」
「ああ」
「まあ! 若い人が遠慮なんかしちゃ駄目よ? 何でも聞いて頂戴」
「はぁ……」
夫婦揃って笑顔で促された美実は、先程から気になっていた内容を、思い切って尋ねてみる事にした。
「それなら、差し支えなければ教えて頂きたいのですが、加積さんのご職業は何ですか?」
「美実さんにはどう見えるのかな?」
「それは……」
すかさず面白そうに問い返されて、美実はちょっとだけ迷ってから口を開く。
「ちょっと失礼な事を申し上げても、宜しいでしょうか?」
「勿論、構わない」
「それなら遠慮無く、言わせて貰います。私、実は初対面の方の職業や職種を当てるのが、割と得意なのですが、どうも加積さんのイメージが定まらないもので……」
「ほう? 私はそんなに得体がしれないかな?」
おかしそうに問いかけてきた加積に、美実は素直に頷いてみせた。
「はっきり言わせて頂ければそうです。明らかに会社勤めのサラリーマンの定年退職後って風情ではないですし、芸術家関係でもありません。このお屋敷を見れば相当な資産をお持ちだとは分かりますが、動産不動産の投資や転売だけで財を成したという感じもしませんし」
「ほう? そうかな?」
明らかに面白がっている加積から、美実は徐々に視線を逸らし、俯き加減になりながら自問自答気味に語り続ける。
「そういう儲け方もされているかもしれませんが、ほんの一部じゃないかと。本業は……、投資顧問? うーん、違うな。なんかそんなチマチマした事をする様な人には見えないし。お顔が怖いし、実家が暴力団関係の小野塚さんの遠縁だから、一瞬ヤクザさんかとも思ったけど、それもなんか違う感じだし。一番お金に関わるのは金融関係だろうけど、なんかお金は持ってるけど、そんなにお金そのものが好きって感じがしないんだよね……。もっと色々広範囲に影響を及ぼすような……、でも政治家とかじゃないよね? うーん、後は……」
ぶつぶつと呟きながら自分の思考に嵌まり込んだ美実を見て、和真は呆気に取られ、部屋の隅で控えていた使用人は、ヤクザ云々の所で顔色を変えたが、加積は特に気にする事もなく問いを重ねた。
「そんなに難しいかな?」
その声に、美実は顔を上げた。
「はい。良く分かりません」
「それでは、こんなじいさんの相手をするのはつまらないだろう?」
「いえ、大変興味深いです」
「ほう? そうか?」
「私、あなたの様な底知れない人についての、本を書きたいです」
「はあ?」
真顔で見据えながら、唐突に言われた台詞に、加積は本気で面食らった。しかし美実は彼の戸惑いなど物ともせずに、思った事を正直に告げる。
「でも残念ですが、きっと今の私の実力では、あなたのこれまでの人生を、余す事無く書き切れないと思います。ですから書くとしても、かなり先の事になると思いますが」
そんな事を如何にも悔しそうに述べた美実をしげしげと眺めてから、加積は含み笑いで尋ねた。
「そうか……。俺の様な人間の事を、そんなに書きたいか」
「はい」
真正面から視線がぶつかっても恐れる事無く、真剣に見返してくる美実を見て、加積は軽く膝を打って楽しそうに笑った。
「さすがは美子さんの妹だ。これまで何人もの有名無名の作家に会った事はあるが、俺に面と向かって俺についての本を書きたいと言ったのは、美実さんが初めてだ。気に入った」
「そうですか? 加積さん位、興味をそそる素材はそうそういないと思いますが。それに物書き崩れの私にこんな事を言われたら、気分を害すると思ったのですが……」
「『物書き崩れ』とは謙遜が過ぎるな。確かに美子さんから聞いて、美実さんが今現在どんな本を書いているかは知っているが、決してそれ以外の本が書けないと言うわけではあるまい」
「はぁ……」
「寧ろ他の分野で、もっと才能を開花させそうな気がするな。まだ若いんだ、色々やってみると良い。頑張りなさい」
「ありがとうございます」
滅多に見られない程の上機嫌な笑顔で加積が励ましの言葉を口にすると、それに美実は心から感謝したが、桜や和真は思わず自分の目を疑った。
(うん、やっぱり顔は怖いけど、物分かりの良い、良い人っぽいよね? 小野塚さんはあの善人面で実家を継げなかったけど、加積さんは悪人面で誤解されて、人生損しているタイプだわ)
そして周囲の者達の驚愕になど全く気付く事なく、美実は加積に見当違いの同情をしながら世間話に花を咲かせ、結局最後まで巧妙に加積の正体についてはうやむやにされて、再び和真に伴われて屋敷を辞去した。
「あなた。美子さんの時と同様に、珍しくあの子の事が気に入ったみたいね」
「お前もな」
わざわざ屋敷の玄関まで出て美実達を見送ってから、桜が茶化す様に夫に声をかけると、笑いを含んだ声が返ってきた。それを受けて、桜がちょっとした願望を漏らす。
「このまま首尾良く、和真があの子をお嫁さんにしないかしらね? そうしたら一応親戚になるし、色々面倒を見てあげられるもの。……あら、それに美子さんとは姉妹なんだから、美子さんとも遠縁になるんだわ」
「親戚と言うには随分遠い、義理の縁だがな。しかし……、そう上手くいくかな?」
ウキウキとし始めた桜を横目で見ながら、加積はそう苦笑気味に呟き、屋敷の奥へと戻って行った。
和真に伴われて加積邸を訪ねる事になった美実だったが、まず門構えの立派さに驚き、次に屋敷そのものの広さと作りに度肝を抜かれ、かなり動揺しながら奥へと進んだ。その様子を見て和真は笑いを堪えながら、そして時折美実を宥めながら並んで歩いて行った。
「美実さん、こちらが当主の加積康二郎氏、そちらが桜夫人です。お二人とも、こちらが藤宮美実さんです」
「初めまして、藤宮美実と申します。本日は年末のお忙しい時に押しかける形になってしまって、申し訳ありません」
使用人らしき人物に案内されて、広い座敷に通された美実は、緊張がピークに達していたが、辛うじて残っていた平常心をかき集め、座卓の向こうに座っている男女に挨拶して頭を下げた。すると厳めしい顔つきの老人が、若干顔を綻ばせて鷹揚に頷く。
「いや、それは気にしないでくれ。最近は若い人が訪ねてくる回数がめっきり減っているから、可愛らしいお嬢さんが顔を見せてくれるだけで、嬉しいからな」
「お正月になったらお客が山ほど来るのだけど、年末はする事が無くて暇なの。忙しいのは掃除や正月の支度で忙しい使用人だけだから、気にしないでね?」
「はぁ……」
横からにこにこと笑いながら老婦人も会話に加わってきて、美実は漸く緊張が解れて、冷静に相手を観察し始める事が出来た。
(何か印象が定まらない不思議なご主人と、お年の割に可愛らしいけど豪快な奥様だわ。一体美子姉さんは、この人達とどこでどんな風に知り合ったのかしら? あ、そういえば)
ここで美実はここに来た本来の目的を思い出し、手提げ袋から菓子折りを出して、向かい側の二人に恭しく差し出す。
「あの、先日は姉夫婦が喧嘩した折に二人を諫めて頂きまして、誠にありがとうございました。一応お電話でお礼を申し上げましたが、機会があれば直にお礼を言いたかったもので、今回小野塚さんにお願いした次第です。こちらは些少ですが、宜しかったらお納め下さい」
それを聞いた加積は苦笑いし、桜が嬉しそうに応じる。
「それはご丁寧に、ありがとうございます。そこまで恐縮される事もありませんが、せっかくだから頂きましょう」
「あれ位で美味しい物が頂けるなら、美子さん達には週に一回位は派手な喧嘩をして欲しいわね」
「桜、止めろ。美実さんが本気にするぞ?」
「あら、私は本気よ?」
「全く、困った奴だ」
(うぅ~ん、益々不思議。美子姉さんとどういう知り合い?)
夫婦のやり取りを困惑しながら眺めていた美実に、ここで加積から声がかけられる。
「美実さんは、何やら私達に尋ねたい事が有るのではないかな?」
「分かりますか?」
「それはまあ、美実さんよりかなり長く、生きているので」
「あの……、不躾な問いでしたら申し訳ありません。お二人は美子姉さんと、どの様に知り合ったのかなと……」
「ああ、それですか。それは……」
納得したように加積が何か言いかけたが、それを遮って桜が説明してきた。
「それはね? 私が道を歩きながらソフトクリームを食べていて、美子さんの横を通り抜けようとした時に、偶々よろけて彼女の着物にソフトクリームをべったり付けてしまってね。そのお詫びに、着物を新調する事になってからのお付き合いなの」
「そういう事でしたか」
(あれ? その話って、以前確か、どこかで聞き覚えが……)
桜の話に素直に頷いた美実だったが、何やら頭の片隅に引っかかった。そして少し考えてから、該当する記憶に行き当たる。
「あああぁっ!! 思い出しました! そういえば住所が三田の、華菱で『棚のここからここまでを全部頂戴』をマジでやらかした、豪快セレブおばあさん! ……じゃなくて! 誠に失礼致しました!!」
絶叫しながら思いっきり相手を指さすと言う暴挙をやらかしてしまった美実は、それに気づいた瞬間即座に腕を下げて勢い良く頭を下げて謝罪した。そして座敷の隅に控えていた給仕役の女性が真っ青になる中、桜がころころと楽しそうに笑う声が響く。
「あらあら、構わないのよ? 美実さんから見たらおばあさんなのは確かだし、人から良く豪快だと言われるし、セレブなのは本当だしね」
「はぁ……、恐縮です」
冷や汗を流しながら(こんな事が美子姉さんにばれたら、どんな制裁を受けるか)と恐れおののいていると、加積が「今のは美子さんには内緒にな」と笑いながら妻に言い聞かせる声が聞こえる。それで心底安堵したものの、美実は益々加積の事が良く分からなくなった。
(桜さんの方は何となく分かったかも。年は違うけど、何となく美子姉さんと馬が合いそうだし。でも加積さんって……)
美実が恐る恐る顔を上げながら加積の様子を窺うと、彼とばっちり目が合ってしまった。その瞬間、美実の顔が強張ったが、加積は益々面白そうな顔つきになりながら尋ねてくる。
「美実さんは、隠し事ができないタイプだと言われないかな?」
「あ、はい。その通りです。どうしてですか?」
「まだ何か、聞きたそうな顔をしているからな」
「そんなに分かり易い顔をしてますか?」
「ああ」
「まあ! 若い人が遠慮なんかしちゃ駄目よ? 何でも聞いて頂戴」
「はぁ……」
夫婦揃って笑顔で促された美実は、先程から気になっていた内容を、思い切って尋ねてみる事にした。
「それなら、差し支えなければ教えて頂きたいのですが、加積さんのご職業は何ですか?」
「美実さんにはどう見えるのかな?」
「それは……」
すかさず面白そうに問い返されて、美実はちょっとだけ迷ってから口を開く。
「ちょっと失礼な事を申し上げても、宜しいでしょうか?」
「勿論、構わない」
「それなら遠慮無く、言わせて貰います。私、実は初対面の方の職業や職種を当てるのが、割と得意なのですが、どうも加積さんのイメージが定まらないもので……」
「ほう? 私はそんなに得体がしれないかな?」
おかしそうに問いかけてきた加積に、美実は素直に頷いてみせた。
「はっきり言わせて頂ければそうです。明らかに会社勤めのサラリーマンの定年退職後って風情ではないですし、芸術家関係でもありません。このお屋敷を見れば相当な資産をお持ちだとは分かりますが、動産不動産の投資や転売だけで財を成したという感じもしませんし」
「ほう? そうかな?」
明らかに面白がっている加積から、美実は徐々に視線を逸らし、俯き加減になりながら自問自答気味に語り続ける。
「そういう儲け方もされているかもしれませんが、ほんの一部じゃないかと。本業は……、投資顧問? うーん、違うな。なんかそんなチマチマした事をする様な人には見えないし。お顔が怖いし、実家が暴力団関係の小野塚さんの遠縁だから、一瞬ヤクザさんかとも思ったけど、それもなんか違う感じだし。一番お金に関わるのは金融関係だろうけど、なんかお金は持ってるけど、そんなにお金そのものが好きって感じがしないんだよね……。もっと色々広範囲に影響を及ぼすような……、でも政治家とかじゃないよね? うーん、後は……」
ぶつぶつと呟きながら自分の思考に嵌まり込んだ美実を見て、和真は呆気に取られ、部屋の隅で控えていた使用人は、ヤクザ云々の所で顔色を変えたが、加積は特に気にする事もなく問いを重ねた。
「そんなに難しいかな?」
その声に、美実は顔を上げた。
「はい。良く分かりません」
「それでは、こんなじいさんの相手をするのはつまらないだろう?」
「いえ、大変興味深いです」
「ほう? そうか?」
「私、あなたの様な底知れない人についての、本を書きたいです」
「はあ?」
真顔で見据えながら、唐突に言われた台詞に、加積は本気で面食らった。しかし美実は彼の戸惑いなど物ともせずに、思った事を正直に告げる。
「でも残念ですが、きっと今の私の実力では、あなたのこれまでの人生を、余す事無く書き切れないと思います。ですから書くとしても、かなり先の事になると思いますが」
そんな事を如何にも悔しそうに述べた美実をしげしげと眺めてから、加積は含み笑いで尋ねた。
「そうか……。俺の様な人間の事を、そんなに書きたいか」
「はい」
真正面から視線がぶつかっても恐れる事無く、真剣に見返してくる美実を見て、加積は軽く膝を打って楽しそうに笑った。
「さすがは美子さんの妹だ。これまで何人もの有名無名の作家に会った事はあるが、俺に面と向かって俺についての本を書きたいと言ったのは、美実さんが初めてだ。気に入った」
「そうですか? 加積さん位、興味をそそる素材はそうそういないと思いますが。それに物書き崩れの私にこんな事を言われたら、気分を害すると思ったのですが……」
「『物書き崩れ』とは謙遜が過ぎるな。確かに美子さんから聞いて、美実さんが今現在どんな本を書いているかは知っているが、決してそれ以外の本が書けないと言うわけではあるまい」
「はぁ……」
「寧ろ他の分野で、もっと才能を開花させそうな気がするな。まだ若いんだ、色々やってみると良い。頑張りなさい」
「ありがとうございます」
滅多に見られない程の上機嫌な笑顔で加積が励ましの言葉を口にすると、それに美実は心から感謝したが、桜や和真は思わず自分の目を疑った。
(うん、やっぱり顔は怖いけど、物分かりの良い、良い人っぽいよね? 小野塚さんはあの善人面で実家を継げなかったけど、加積さんは悪人面で誤解されて、人生損しているタイプだわ)
そして周囲の者達の驚愕になど全く気付く事なく、美実は加積に見当違いの同情をしながら世間話に花を咲かせ、結局最後まで巧妙に加積の正体についてはうやむやにされて、再び和真に伴われて屋敷を辞去した。
「あなた。美子さんの時と同様に、珍しくあの子の事が気に入ったみたいね」
「お前もな」
わざわざ屋敷の玄関まで出て美実達を見送ってから、桜が茶化す様に夫に声をかけると、笑いを含んだ声が返ってきた。それを受けて、桜がちょっとした願望を漏らす。
「このまま首尾良く、和真があの子をお嫁さんにしないかしらね? そうしたら一応親戚になるし、色々面倒を見てあげられるもの。……あら、それに美子さんとは姉妹なんだから、美子さんとも遠縁になるんだわ」
「親戚と言うには随分遠い、義理の縁だがな。しかし……、そう上手くいくかな?」
ウキウキとし始めた桜を横目で見ながら、加積はそう苦笑気味に呟き、屋敷の奥へと戻って行った。
0
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
【完結】指輪はまるで首輪のよう〜夫ではない男の子供を身籠もってしまいました〜
ひかり芽衣
恋愛
男爵令嬢のソフィアは、父親の命令で伯爵家へ嫁ぐこととなった。
父親からは高位貴族との繋がりを作る道具、嫁ぎ先の義母からは子供を産む道具、夫からは性欲処理の道具……
とにかく道具としか思われていない結婚にソフィアは絶望を抱くも、亡き母との約束を果たすために嫁ぐ覚悟を決める。
しかし最後のわがままで、ソフィアは嫁入りまでの2週間を家出することにする。
そして偶然知り合ったジャックに初恋をし、夢のように幸せな2週間を過ごしたのだった......
その幸せな思い出を胸に嫁いだソフィアだったが、ニヶ月後に妊娠が発覚する。
夫ジェームズとジャック、どちらの子かわからないままソフィアは出産するも、産まれて来た子はジャックと同じ珍しい赤い瞳の色をしていた。
そしてソフィアは、意外なところでジャックと再会を果たすのだった……ーーー
ソフィアと息子の人生、ソフィアとジャックの恋はいったいどうなるのか……!?
※毎朝6時更新
※毎日投稿&完結目指して頑張りますので、よろしくお願いします^ ^
※2024.1.31完結
浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。
Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる