裏腹なリアリスト

篠原 皐月

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44.和真の暗躍

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「美実ちゃん、今、良いかな? ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「はい、構いませんよ?」
 自室のドアをノックして、ドア越しにお伺いを立ててきた秀明に、机に向かって仕事をしていた美実は、振り返って了承の返事をした。そして彼女が立ち上がると同時に、秀明がドアを開けて姿を見せる。

「どうかしたんですか?」
「淳から、あいつのマンションの合鍵を渡されていると思うんだけど、それはどうしたかな?」
「え? どうした、って……」
 完全に予想外の事を聞かれて、美実は目を丸くした。その戸惑いを予測していた秀明は、そのまま話を続ける。

「それをしまい込んでいるのか、捨てたかしたかなと思って。どうしたのか聞きたいんだが」
「あの……、そう言えば、キーホルダーに付けっぱなしでした。家の玄関や門の鍵と一緒に……」
「ああ、そうなんだ」
 戸惑いながらそう述べた義妹に、秀明は納得した様に頷いて微笑む。しかし頭の中では、素早く考えを巡らせていた。

(そうなると……、この前美実ちゃんと一緒に出掛けた時、あの野郎がバッグから抜き取って合鍵を作ってから、何食わぬ顔で元通り戻したってところか。誕生パーティーとか言っていたから、二・三時間はその場を動かなかった筈だし、複数人がグルだな。予めそれも込みで誘ったか。どこまでも抜け目が無い奴)
 そんな事を考えながら忌々しく思っていると、それが無意識に顔に出ていたのか、美実が尋ねてきた。

「お義兄さん……、やっぱりおかしいでしょうか?」
「え? 何が?」
 慌てて意識を美実に戻すと、彼女が幾分心配そうに言ってくる。

「だって、付き合ってもいない人の部屋の、合鍵を持ってるなんて……。お義兄さんも、今、変な顔をしていましたし」
 それを聞いた秀明は、素早く真実と嘘を巧みに織り交ぜて彼女に説明した。

「いや、そういう事じゃなくて……。実は今日、街中で偶然あいつに出くわした時に聞いたんだが、最近淳の部屋に不法侵入者が居たらしくて。帰宅時に出くわしたらしいんだ」
 それを聞いた美実は、瞬時に顔色を変えて秀明に迫った。

「それって泥棒ですか!?」
「……そうなのかな?」
 真実を知っている秀明は思わず遠い目をして惚けたが、美実は益々狼狽しながら問いかけた。

「それに出くわしたって、大丈夫だったんですか!? 居直り強盗とかだったら、大変じゃないですか!」
「大丈夫だよ。あいつがそうそう遅れを取る筈がないし、すぐさま叩き出して実質的な被害は無かったそうだから」
「そうですか……」
 明らかにホッとした様に表情を和らげた美実を微笑ましく見下ろしながら、秀明は話を続けた。

「その話を聞いて、ふと思い出してね。そう言えば美実ちゃんは、あそこの合鍵をどうしたのかなって。落としたり捨てたりしたのを誰かが拾って、それを使ったわけは無いとは思ったけど、心配になったから一応聞いてみたんだ」
「それは大丈夫です! 今でもちゃんと付いてますから!」
 勢い良く顔を上げて主張してきた義妹に、秀明は笑いを堪えながら頷く。

「そうか。それなら余計な心配だったな。今の話は気にしないでくれ。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
 そして元通りドアを閉めた美実は、机に戻って一番上の引き出しを開け、在宅中はそこが定位置となっている物を見下ろした。

「すっかり忘れてた……。もう、有るのが当たり前になってたから。迂闊過ぎるにも程があるわ」
 可愛い子犬のキーホルダーを持ち上げ、それに付いている複数の鍵の中から、美実は淳のマンションの鍵を摘み上げた。
 しかしキーホルダーからそれを外そうとしたものの、困惑顔で暫くの間逡巡し、溜め息を吐いてそのまま元通り戻した彼女は、引き出しを閉めて仕事を再開した。

 同じ頃加積邸では、当主の加積康二郎と差し向かいで、和真が夕食を食べていた。
「和真、最近どうだ?」
「いきなり屋敷に呼びつけたと思ったら、いきなり何ですか? それに何についてのお尋ねなのか、判断できかねますが」
「呼びつけたのは悪かったが、今夜は皆出払っていて暇でな」
 加積の話に、食べながら素っ気なく応じていた和真だったが、ここで箸の動きを止めておかしそうに笑った。

「おやおや、とうとう女性陣全員に愛想を尽かされましたか。これはもう、長い事はありませんね。主だったところは皆様に譲られましたし、この辺でぽっくり逝かれたらどうですか? 親戚の誼で、死に水位は取って差し上げますよ?」
「お前は相変わらずだな」
「ですから減らず口と言うんです」
 普通の人間が加積に向かって口にしたら、暴言と判断されて周囲からの制裁確実なやり取りも、この二人の間ではいつもの事であり、部屋の隅に控えている者達も無表情のままだった。

「さっきの質問だが。お前の体調についてなど、俺がわざわざ尋ねると思うのか?」
「全く思いません。取り敢えず彼女とは、友人として良好な関係を築いておりますが? 結婚を前提としてお付き合い云々に関しては、もう少ししてからでも構わないでしょう」
 淡々と報告してきた和真に、笑いを収めた加積は少々驚いた様に述べる。

「それはそれは……。お前が二重三重の意味で、宗旨替えをするとはな。長生きすると、予想外の事が起こるものだ」
「『二重三重』とは、どう言った意味ですか?」
「お前が『普通一般女性が相手』の、『結婚を前提に云々』の話を持ち出した上に、まず行儀良く『良好な友人関係を築く』様な、これまでのお前のやり口と人生を知っている者からしたら抱腹絶倒の内容を、傍目には真面目にやっている事が信じられなくてな」
「人生には、不測の事態がつきものです」
 全く口調を変えずに短く告げて食べ続ける和真を見て、加積はここで再びおかしそうに笑った。

「そうだな。精々頑張れ。首尾良く彼女を射止めたら、祝儀は弾んでやる」
「期待しています」
 そう口にした次の瞬間、和真は薄笑いしながら小さく「祝儀無しでも、やる気はあるがな」と呟き、聞こえなくとも何を口にしたのか察したらしい加積も、無言で目元と口元を緩めた。

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