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第1章 竜の国、人間の国
(8)事情
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エマリールが子ども達と共に城に移って数日後。ザルシュは城内の一室に、それぞれの分野の第一人者である三人を招集した。
「タウラス、リドヴァーン、ユーシア。今日集まって貰ったのは他でもない。お前逹に、アメリアの教育を担って貰おうと考えているのだ」
国王であるザルシュにそう切り出されて、騎士と薬師と司書である三人は揃って怪訝な顔になる。
「それはまた……、どういう事でしょうか?」
「私達に、ですか?」
「アメリアと仰るのは、最近城に来られたエマリール様の、人間の養い子だと聞いておりますが……」
「事情はサラザールから説明する」
そこで祖父に目線で促されたサラザールは、母と祖父と共に円卓を囲んでいる三人に対して、軽く頭を下げてから話し出した。
「三人とも、すまない。実はアメリアは成長した後はこの国を出て、人間社会で生活するのを希望している。だからそれまでに、あらゆる危険に対する回避能力を身に付けさせつつ、人間社会でも十分身の立つように教育して貰いたいんだ」
それを聞いたユーシアは、穏やかな老婆である城内図書室司書長の顔から諜報部総責任者の年齢を感じさせない険しい表情に切り替つつ、鋭く切り込んでくる。
「確かに、この国でこちらの常識や価値観の中でのみ育てられれば、人間社会で周囲から不審な目を向けられることもございましょう。しかしサラザール様のご懸念は、それだけではないようにも推察されますが?」
王族の教育係を歴任してきたユーシアにはサラザールも幼少時に指導を受けており、観察眼は相変わらずだなと感心し、加えて、まだ耄碌してはいないらしいと安堵しながら言葉を継いだ。
「さすがだな、ユーシア。これはアメリアの素性にも関わることだ。これから話すことは、当面他言無用で頼む」
「承知いたしました」
ユーシアは勿論、他の二人も硬い表情で頷いたのを認めてから、サラザールは話し始めた。
「城を出て、母上と共に辺境暮らしを始めてから、俺は暇つぶしに時々崖の向こうの、人間の生活圏に行っていたんだ。そこである日、人間同士の争いに遭遇した。一人の魔術師を、十二人の男逹が取り囲んで殺害しようとしていたんだ。全員旅装だったが統率は取れていたし、騎士だったと思う」
それを聞いたタウラスが、如何にも嘆かわしいといった感じで口を挟む。
「騎士がよってたかって、一人の魔術師を? これだから人間は度し難いな」
「それにしても、魔術師の方も無抵抗だったわけではありませんよね?」
「少し様子を見ていたが、確かに魔術師は魔術で抵抗していた。しかし本気で追っ手を殺傷するつもりはなかったらしく、追い詰められたらしい」
「甘いな」
「一体、どういう事情で……」
タウラスが呆れ果て、リドヴァーンが困惑を深める中、ユーシアは眉根を寄せながらも無言で話に聞き入る。
「正直に言うと人間同士の争いなどに興味はないし、勝手に殺し合ってさっさと立ち去れと、森の中で少し離れた場所から一部始終を傍観していた。魔術師が複数の騎士逹から矢で射ぬかれ、剣で切りつけられて地面に倒れたところまではな。そうしたら騎士の奴らが魔術師の外套を剥がし、彼が腕に抱えていたアメリアを取り上げたんだ」
そこで男二人は、思わず声を荒らげて問い返した。
「はぁ? まさかその魔術師、子連れで逃げていたのか!?」
「え? お待ちください。先程、四年ほど前の話だとお伺いしましたが、そうすると当時アメリア嬢は赤子ではございませんか!?」
「その直前に一歳になったそうだ。母親は、出産の際に亡くなったそうでな。父親と名乗ったその魔術師が、死ぬ間際にそう言っていた」
「…………」
予想外の展開に二人が唖然として口を閉ざし、そんな重苦しい空気の中、サラザールは話を続ける。
「あろうことかその騎士どもは、その騎士とアメリアを殺すだけでは飽きたらず『二人の首を切り落として国に持ち帰って凱旋する』などと声高に話していてな。状況が分かる筈もないアメリアを、笑いながら短剣で刺し殺そうとしていた。さすがにそれを見過ごせなくてその場に乱入し、騎士逹を全員殺してアメリアを保護したんだ」
ここで盛大な舌打ちの音に続いて、エマリールの不機嫌極まりない声が室内に響いた。
「全く、この考えなしが……。それだけの人数を、あっさり殺してしまうとは……。向こうの人間の国でも辺境に当たる地域でも、周囲に暮らす人間逹に不審がられないように後始末するのが、どれだけ大変だったと思っている」
「その節は、申し訳ありませんでした」
「…………」
どうやら対処に困ったサラザールが母親に報告し、当時相当絞られたのが分かってしまった面々は、
揃って口を噤んだ。そこでユーシアが、冷静に指摘してくる。
「サラザール様。魔術師の話を聞いたのであれば、サラザール様が騎士逹を皆殺しにしてから少しの間は、魔術師の息はあったのですね?」
「ああ。アメリアを保護して魔術師のところに戻ると、彼が簡単に事情を説明してくれた。彼と妻は結婚を約束した間柄だったが、彼女の両親が彼女を他の男と結婚させようとした為、二人で国を出奔したそうだ。しかし両親が追っ手を出し、魔術師は妻を連れて各地を転々とするうちに、出産時に妻が命を落とした。その後は娘を連れて逃避行を続けていたらしい。そして魔術師はアメリアの名前と年を告げ、俺に娘の養育を依頼して息を引き取った。それでこれは、アメリアの母の形見だそうだ」
そう言ったサラザールが服のどこからか取り出したペンダントを、ユーシア鋭い視線で眺めた。そしてサラザールに断りを入れる。
「サラザール様、それを拝見してもよろしいですか?」
「ああ、構わない」
そして円卓越しに受け渡されたそれを手にし、表裏の細部まで確認したユーシアは、少しの間考え込んでから苦々しい表情で言い出した。
「今のサラザール様のお話ですが……。なんとなく、もう少し詳細な事情が分かった気がいたします」
「本当か? ユーニア」
「はい、陛下」
驚いて問い返したザルシュに、ユーシアが深く頷いてみせる。そして軽く目を閉じて何かを思い返すような素振りを見せてから、再びゆっくりと目を空けて語り出した。
「タウラス、リドヴァーン、ユーシア。今日集まって貰ったのは他でもない。お前逹に、アメリアの教育を担って貰おうと考えているのだ」
国王であるザルシュにそう切り出されて、騎士と薬師と司書である三人は揃って怪訝な顔になる。
「それはまた……、どういう事でしょうか?」
「私達に、ですか?」
「アメリアと仰るのは、最近城に来られたエマリール様の、人間の養い子だと聞いておりますが……」
「事情はサラザールから説明する」
そこで祖父に目線で促されたサラザールは、母と祖父と共に円卓を囲んでいる三人に対して、軽く頭を下げてから話し出した。
「三人とも、すまない。実はアメリアは成長した後はこの国を出て、人間社会で生活するのを希望している。だからそれまでに、あらゆる危険に対する回避能力を身に付けさせつつ、人間社会でも十分身の立つように教育して貰いたいんだ」
それを聞いたユーシアは、穏やかな老婆である城内図書室司書長の顔から諜報部総責任者の年齢を感じさせない険しい表情に切り替つつ、鋭く切り込んでくる。
「確かに、この国でこちらの常識や価値観の中でのみ育てられれば、人間社会で周囲から不審な目を向けられることもございましょう。しかしサラザール様のご懸念は、それだけではないようにも推察されますが?」
王族の教育係を歴任してきたユーシアにはサラザールも幼少時に指導を受けており、観察眼は相変わらずだなと感心し、加えて、まだ耄碌してはいないらしいと安堵しながら言葉を継いだ。
「さすがだな、ユーシア。これはアメリアの素性にも関わることだ。これから話すことは、当面他言無用で頼む」
「承知いたしました」
ユーシアは勿論、他の二人も硬い表情で頷いたのを認めてから、サラザールは話し始めた。
「城を出て、母上と共に辺境暮らしを始めてから、俺は暇つぶしに時々崖の向こうの、人間の生活圏に行っていたんだ。そこである日、人間同士の争いに遭遇した。一人の魔術師を、十二人の男逹が取り囲んで殺害しようとしていたんだ。全員旅装だったが統率は取れていたし、騎士だったと思う」
それを聞いたタウラスが、如何にも嘆かわしいといった感じで口を挟む。
「騎士がよってたかって、一人の魔術師を? これだから人間は度し難いな」
「それにしても、魔術師の方も無抵抗だったわけではありませんよね?」
「少し様子を見ていたが、確かに魔術師は魔術で抵抗していた。しかし本気で追っ手を殺傷するつもりはなかったらしく、追い詰められたらしい」
「甘いな」
「一体、どういう事情で……」
タウラスが呆れ果て、リドヴァーンが困惑を深める中、ユーシアは眉根を寄せながらも無言で話に聞き入る。
「正直に言うと人間同士の争いなどに興味はないし、勝手に殺し合ってさっさと立ち去れと、森の中で少し離れた場所から一部始終を傍観していた。魔術師が複数の騎士逹から矢で射ぬかれ、剣で切りつけられて地面に倒れたところまではな。そうしたら騎士の奴らが魔術師の外套を剥がし、彼が腕に抱えていたアメリアを取り上げたんだ」
そこで男二人は、思わず声を荒らげて問い返した。
「はぁ? まさかその魔術師、子連れで逃げていたのか!?」
「え? お待ちください。先程、四年ほど前の話だとお伺いしましたが、そうすると当時アメリア嬢は赤子ではございませんか!?」
「その直前に一歳になったそうだ。母親は、出産の際に亡くなったそうでな。父親と名乗ったその魔術師が、死ぬ間際にそう言っていた」
「…………」
予想外の展開に二人が唖然として口を閉ざし、そんな重苦しい空気の中、サラザールは話を続ける。
「あろうことかその騎士どもは、その騎士とアメリアを殺すだけでは飽きたらず『二人の首を切り落として国に持ち帰って凱旋する』などと声高に話していてな。状況が分かる筈もないアメリアを、笑いながら短剣で刺し殺そうとしていた。さすがにそれを見過ごせなくてその場に乱入し、騎士逹を全員殺してアメリアを保護したんだ」
ここで盛大な舌打ちの音に続いて、エマリールの不機嫌極まりない声が室内に響いた。
「全く、この考えなしが……。それだけの人数を、あっさり殺してしまうとは……。向こうの人間の国でも辺境に当たる地域でも、周囲に暮らす人間逹に不審がられないように後始末するのが、どれだけ大変だったと思っている」
「その節は、申し訳ありませんでした」
「…………」
どうやら対処に困ったサラザールが母親に報告し、当時相当絞られたのが分かってしまった面々は、
揃って口を噤んだ。そこでユーシアが、冷静に指摘してくる。
「サラザール様。魔術師の話を聞いたのであれば、サラザール様が騎士逹を皆殺しにしてから少しの間は、魔術師の息はあったのですね?」
「ああ。アメリアを保護して魔術師のところに戻ると、彼が簡単に事情を説明してくれた。彼と妻は結婚を約束した間柄だったが、彼女の両親が彼女を他の男と結婚させようとした為、二人で国を出奔したそうだ。しかし両親が追っ手を出し、魔術師は妻を連れて各地を転々とするうちに、出産時に妻が命を落とした。その後は娘を連れて逃避行を続けていたらしい。そして魔術師はアメリアの名前と年を告げ、俺に娘の養育を依頼して息を引き取った。それでこれは、アメリアの母の形見だそうだ」
そう言ったサラザールが服のどこからか取り出したペンダントを、ユーシア鋭い視線で眺めた。そしてサラザールに断りを入れる。
「サラザール様、それを拝見してもよろしいですか?」
「ああ、構わない」
そして円卓越しに受け渡されたそれを手にし、表裏の細部まで確認したユーシアは、少しの間考え込んでから苦々しい表情で言い出した。
「今のサラザール様のお話ですが……。なんとなく、もう少し詳細な事情が分かった気がいたします」
「本当か? ユーニア」
「はい、陛下」
驚いて問い返したザルシュに、ユーシアが深く頷いてみせる。そして軽く目を閉じて何かを思い返すような素振りを見せてから、再びゆっくりと目を空けて語り出した。
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