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美須々、子育ての失敗を悟る
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「あの、でも今度は孝則も居ますので、問題が起きる筈ありませんし」
電話越しに、幾分恐縮気味に語られた内容に、私は思わず眉根を寄せた。
「本当に?」
「はい。沙織ももう四年生でしっかりしていますし、それほど心配しなくて大丈夫ですから」
勿論、それを声に出すような真似はしなかったし、扱いが面倒な姑だなんて思われたくないから、この場はあっさりと引き下がる事にする。
「そう? それなら今回は行かないわ。偶にはこっちに顔を見せにいらっしゃい」
「はい。出張から戻ったら、休みの時にお伺いします。それでは失礼します」
向こうも明らかに、ほっとした口調だったけどね。やっぱりここは私の出番でしょう?
押しかけてしまえば、無理に追い返す様な真似はしないでしょうからね。
そんな事を考えながら受話器を戻すと、背後から声がかけられた。
「美須々。美和子さんは何だって?」
電話の間余計な口を挟まずに黙ってお茶を飲んでいた夫が、さり気なく聞いてきた為、一応説明してあげる事にする。
「今回は孝則が帰国したばかりで、それほど出張や残業が入る事は無いし、来なくても大丈夫ですって」
「それなら良かったじゃないか」
あっさりと頷いたこの人に、瞬時に怒りが沸き上がった。
「全然、良くありません! 学会発表と研究所の分室の視察が重なったとか言ってたけど、小学生の娘を一人残して、十日も留守にするのよ!?」
「だから、孝則が居るんだろう?」
「あの子に沙織を任せるのが、不安でしょうがないのよ! 寧ろ沙織が一人で留守番って言われた方が、安心できるわっ!!」
この人には、どうしてそれが分からないのかしら?
確かに育児には殆ど関わった事がないから仕方が無いかと思うけど、根本的な所でデリカシーに欠けるのよね!
「お前……、いい年の自分の息子を、少しは信用できないのか?」
「全くできないから言ってるんじゃない!」
「……そうか。じゃあ行って来い。俺の事は気にするな」
「勿論、そうさせて貰うわ」
呆れ気味に言われたけど、とにかくこれで言質は取ったわ。沙織ちゃん、おばあちゃんが行くから待っててね?
そんな風にウキウキしながら数日を過ごし、美和子さんが出張に出かけたその日、私は手土産持参で息子夫婦の家に押しかけたのだった。
「沙織ちゃ~ん! こんにちは~! おばあちゃん、美和子さんが出張って聞いて、また来ちゃったわ~! お土産にケーキを買って来たから、一緒にたべな」
「あ、おばあちゃん、いらっしゃい」
「……ども」
合鍵を貰っている為、勝手知ったる息子の家に上がり込んだ私の目に映り込んだのは、得体の知れない物体だった。
……喋って動いて、子供と一緒にテレビゲームをするクマ? じゃなくてクマのぬいぐるみ?
ええと……、今時はテレビゲームとかじゃなくて、「うぃー」とか「ぷれすて」とかって言うんだったかしら?
沙織は優しい子だから、何か変な事を言っても聞き流してくれるけど、他の孫は「おばあちゃん、遅れてる」とか、すぐに馬鹿にするのよね。全く、どういう躾をしてるのかしら。
いえいえ、そうじゃなくて!!
「こら、ゴンザレス! ちゃんと挨拶しなさい! 失礼でしょうが!」
固まっている私の目の前で、沙織が申し訳程度に頭を下げただけのクマもどきを、盛大にどついた。
ああ、やっぱり沙織は良い子だわ……。
思わず涙が出そうになった私の前で、二人(というより、一人と一匹と言うべきかしら?)の言い合いが続く。
「いやいやいや、まず知らない人がいきなり現れたら、動揺するだろ!?」
「私のおばあちゃんだし。知ってるわよ」
「沙織ちゃんは知ってても、俺は知らないよ!」
「例えそうだとしても、挨拶は基本中の基本でしょう? やっぱり人類の常識が理解できない宇宙人ね」
「やるよ! やってやろうじゃないか!」
何やら沙織に鼻で笑われて、ムキになったクマもどきが、勢い良く立ち上がった。
口が開かないのにどうやって声を出しているのかと、思わず興味津々で観察していると、聞き捨てならない台詞が耳に届く。
「いらっしゃい、沙織ちゃんのババさん。俺はゴンザレス、よろしくな!!」
…………誰が『ババさん』ですって?
思わず耳を疑って黙り込んだ私の前で、沙織が再び盛大にクマをどついて叱り付けた。
「あんた何か生意気! 何なのよ、その『よろしくな』って! しかも頭を下げないし!」
「何だよ、だって十分フレンドリーだろ?」
「どこが『フレンドリー』なのよっ! 単なる上から目線じゃない!」
「はあ? そんなの、ぐふゅっ」
「おばあちゃん!?」
あら、見た目と同じく、踏んだ感触もまるでぬいぐるみね。
……沙織ちゃん。誤解しないでね?
踏み慣れている様に見えるけど、亭主も息子達もぬいぐるみも、踏んだ事は無いわよ?
そんな疑惑に満ちた目で見られたら、おばあちゃんちょっと悲しいわ……。
「ぬぶぅっ! むへぇっ! うばぬは!」
私の足の下で必死に手足をばたつかせているクマが、何やら必死に訴えているのに気が付いた。
往生際が悪いわね……。
まあ今回は、この家の序列を教え込むだけで良しとしましょうか。
「これから私の事は『グランマ』と呼びなさい。クマ公」
「あへぇ?」
「返事は?」
「……い、いえひゅ、ぐっ、ぐりゃんま~」
「宜しい」
必死に頭を上げて、何とか聞き取れる言葉を発した奴に免じて、踏みつけていた足を退けた。
すると両手で顔を挟む様にして形を整えているクマに向かって、沙織ちゃんが容赦なく指摘する。
「バッカね~。少しは空気読みなさいよ。女性は幾つになっても、自分の年齢には敏感なのよ? それなのに『ババさん』なんて、面と向かって言うなんてあり得ないわ」
「だって『ママさん』と『パパさん』ときたら、『ババさん』だろ?」
「臨機応変って言葉、宇宙人は知らないんだ……」
「知ってるよ! 機械の最新機種は、すぐに入れ替わるって事だろ? だけどそれが今、なんの関係があるんだよ!」
「……やっぱりあんた、あたしより馬鹿だわ」
「何だよ、その蔑むのを通り越して、憐れむような目はっ!!」
ええ、私も沙織ちゃんの言うとおり、ちょっと頭の足らないクマだと思うわ。
でもさっき、とても聞き捨てならない単語が、聞こえてきたと思うんだけど……。
「宇宙人ですって?」
「そうじゃなくて、俺は」
「沙織ちゃん! 今すぐ離れて! 未知の物質が付着しているかも知れないわっ!」
何て事かしら!
そんな物騒な物の前で、むざむざと十分近くも時間を浪費していたなんて!
「え?」
「あの、おばあちゃん?」
「ああ、全く! 和則も美知子さんも、何をしてるのよ! こんな得体の知れない病原菌を放置しているなんて!」
本当にあの子達は!
さっさとあれを排除しないと! ここに何度も出入りしていて良かったわ! 大体の物の置き場所は分かっているもの!
台所に飛び込んで、ある物を探し始めた私の背後から、沙織ちゃんと病原菌の会話が聞こえてきた。
「……病原菌。何か酷い言われよう」
「おばあちゃん、落ち着いて。確かにゴンザレスは変で頭も悪いけど、病原菌とかは持ってないし、病原菌そのものでもないから大丈夫よ?」
「なんかビミョーなフォロー! それ、本気でフォローする気ある!?」
こんな異常事態でも、淡々と説明してくる沙織ちゃん。
ひょっとしたら手遅れかもしれない……、でも、まだ間に合うかも知れないわ! おばあちゃんは全力で、あなたを守ってみせるから!!
「沙織ちゃん……、もう既に脳細胞が侵されて、洗脳されてるのね? 大丈夫よ、安心して!! 今おばあちゃんが助けてあげるわ! 大元を焼却処分すれば、回復するわよね!?」
こぼれ落ちそうになる涙を堪えながら、病原菌に向かって食用油のボトルとチャッカマンを突き出すと、奴は表情を変えないまま狼狽した声を出すという、なかなかの高等技術を披露してきた。
侮れない……、さすが未知の病原体。
「グッ、グランマ様っ! お気を確かにっ!」
「おばあちゃん、落ち着いて! 油は駄目えぇっ! 部屋ごと燃えちゃうから! やるんだったら外でしてぇっ!」
「沙織ちゃんって、パニクってても冷たいよね!?」
「それに、元々家にあった私のぬいぐるみの中に、何か変な物が入っただけだから!」
わたわたと両手を振って訴えてきた沙織ちゃんが口にした内容を聞いて、思わず考え込んだ。
「……本体は、元々あったぬいぐるみ?」
「そう。見覚え無い? ……と言うか、たった今思い出したけど、これ、おばあちゃんからの四歳の時の誕生日プレゼント……」
「…………」
もの凄く言いにくそうに、教えてくれる沙織ちゃん。
ええ、そんな物が変な物の筈、無いわよね?
だけどこの居たたまれなさは、どうすれば良いのかしら……。
その静まり返った室内に、突如として聞き覚えのある声が響いた。
「沙織~。お父さん直帰して来ちゃったぞ~。今日から美和子が出張だし、お父さんが気合い入れて、ご馳走作って」
「もっと早く帰って来なさい! この馬鹿息子っ!!」
「うお!? 何でお袋がここに居るんだよ! 親父は?」
「置いてきたのに決まってるでしょう!」
「もうちょっと構ってやれよ……。今は二人暮らしなんだからさ」
「何でも良いから、これは一体何なの!?」
「何って……、居候」
今までも色々挫折感を味わった事があったけど、今回が一番だと思う。
不思議そうにサラッと答えた息子を見て、私は子育てに失敗した事を悟ったわ……。
電話越しに、幾分恐縮気味に語られた内容に、私は思わず眉根を寄せた。
「本当に?」
「はい。沙織ももう四年生でしっかりしていますし、それほど心配しなくて大丈夫ですから」
勿論、それを声に出すような真似はしなかったし、扱いが面倒な姑だなんて思われたくないから、この場はあっさりと引き下がる事にする。
「そう? それなら今回は行かないわ。偶にはこっちに顔を見せにいらっしゃい」
「はい。出張から戻ったら、休みの時にお伺いします。それでは失礼します」
向こうも明らかに、ほっとした口調だったけどね。やっぱりここは私の出番でしょう?
押しかけてしまえば、無理に追い返す様な真似はしないでしょうからね。
そんな事を考えながら受話器を戻すと、背後から声がかけられた。
「美須々。美和子さんは何だって?」
電話の間余計な口を挟まずに黙ってお茶を飲んでいた夫が、さり気なく聞いてきた為、一応説明してあげる事にする。
「今回は孝則が帰国したばかりで、それほど出張や残業が入る事は無いし、来なくても大丈夫ですって」
「それなら良かったじゃないか」
あっさりと頷いたこの人に、瞬時に怒りが沸き上がった。
「全然、良くありません! 学会発表と研究所の分室の視察が重なったとか言ってたけど、小学生の娘を一人残して、十日も留守にするのよ!?」
「だから、孝則が居るんだろう?」
「あの子に沙織を任せるのが、不安でしょうがないのよ! 寧ろ沙織が一人で留守番って言われた方が、安心できるわっ!!」
この人には、どうしてそれが分からないのかしら?
確かに育児には殆ど関わった事がないから仕方が無いかと思うけど、根本的な所でデリカシーに欠けるのよね!
「お前……、いい年の自分の息子を、少しは信用できないのか?」
「全くできないから言ってるんじゃない!」
「……そうか。じゃあ行って来い。俺の事は気にするな」
「勿論、そうさせて貰うわ」
呆れ気味に言われたけど、とにかくこれで言質は取ったわ。沙織ちゃん、おばあちゃんが行くから待っててね?
そんな風にウキウキしながら数日を過ごし、美和子さんが出張に出かけたその日、私は手土産持参で息子夫婦の家に押しかけたのだった。
「沙織ちゃ~ん! こんにちは~! おばあちゃん、美和子さんが出張って聞いて、また来ちゃったわ~! お土産にケーキを買って来たから、一緒にたべな」
「あ、おばあちゃん、いらっしゃい」
「……ども」
合鍵を貰っている為、勝手知ったる息子の家に上がり込んだ私の目に映り込んだのは、得体の知れない物体だった。
……喋って動いて、子供と一緒にテレビゲームをするクマ? じゃなくてクマのぬいぐるみ?
ええと……、今時はテレビゲームとかじゃなくて、「うぃー」とか「ぷれすて」とかって言うんだったかしら?
沙織は優しい子だから、何か変な事を言っても聞き流してくれるけど、他の孫は「おばあちゃん、遅れてる」とか、すぐに馬鹿にするのよね。全く、どういう躾をしてるのかしら。
いえいえ、そうじゃなくて!!
「こら、ゴンザレス! ちゃんと挨拶しなさい! 失礼でしょうが!」
固まっている私の目の前で、沙織が申し訳程度に頭を下げただけのクマもどきを、盛大にどついた。
ああ、やっぱり沙織は良い子だわ……。
思わず涙が出そうになった私の前で、二人(というより、一人と一匹と言うべきかしら?)の言い合いが続く。
「いやいやいや、まず知らない人がいきなり現れたら、動揺するだろ!?」
「私のおばあちゃんだし。知ってるわよ」
「沙織ちゃんは知ってても、俺は知らないよ!」
「例えそうだとしても、挨拶は基本中の基本でしょう? やっぱり人類の常識が理解できない宇宙人ね」
「やるよ! やってやろうじゃないか!」
何やら沙織に鼻で笑われて、ムキになったクマもどきが、勢い良く立ち上がった。
口が開かないのにどうやって声を出しているのかと、思わず興味津々で観察していると、聞き捨てならない台詞が耳に届く。
「いらっしゃい、沙織ちゃんのババさん。俺はゴンザレス、よろしくな!!」
…………誰が『ババさん』ですって?
思わず耳を疑って黙り込んだ私の前で、沙織が再び盛大にクマをどついて叱り付けた。
「あんた何か生意気! 何なのよ、その『よろしくな』って! しかも頭を下げないし!」
「何だよ、だって十分フレンドリーだろ?」
「どこが『フレンドリー』なのよっ! 単なる上から目線じゃない!」
「はあ? そんなの、ぐふゅっ」
「おばあちゃん!?」
あら、見た目と同じく、踏んだ感触もまるでぬいぐるみね。
……沙織ちゃん。誤解しないでね?
踏み慣れている様に見えるけど、亭主も息子達もぬいぐるみも、踏んだ事は無いわよ?
そんな疑惑に満ちた目で見られたら、おばあちゃんちょっと悲しいわ……。
「ぬぶぅっ! むへぇっ! うばぬは!」
私の足の下で必死に手足をばたつかせているクマが、何やら必死に訴えているのに気が付いた。
往生際が悪いわね……。
まあ今回は、この家の序列を教え込むだけで良しとしましょうか。
「これから私の事は『グランマ』と呼びなさい。クマ公」
「あへぇ?」
「返事は?」
「……い、いえひゅ、ぐっ、ぐりゃんま~」
「宜しい」
必死に頭を上げて、何とか聞き取れる言葉を発した奴に免じて、踏みつけていた足を退けた。
すると両手で顔を挟む様にして形を整えているクマに向かって、沙織ちゃんが容赦なく指摘する。
「バッカね~。少しは空気読みなさいよ。女性は幾つになっても、自分の年齢には敏感なのよ? それなのに『ババさん』なんて、面と向かって言うなんてあり得ないわ」
「だって『ママさん』と『パパさん』ときたら、『ババさん』だろ?」
「臨機応変って言葉、宇宙人は知らないんだ……」
「知ってるよ! 機械の最新機種は、すぐに入れ替わるって事だろ? だけどそれが今、なんの関係があるんだよ!」
「……やっぱりあんた、あたしより馬鹿だわ」
「何だよ、その蔑むのを通り越して、憐れむような目はっ!!」
ええ、私も沙織ちゃんの言うとおり、ちょっと頭の足らないクマだと思うわ。
でもさっき、とても聞き捨てならない単語が、聞こえてきたと思うんだけど……。
「宇宙人ですって?」
「そうじゃなくて、俺は」
「沙織ちゃん! 今すぐ離れて! 未知の物質が付着しているかも知れないわっ!」
何て事かしら!
そんな物騒な物の前で、むざむざと十分近くも時間を浪費していたなんて!
「え?」
「あの、おばあちゃん?」
「ああ、全く! 和則も美知子さんも、何をしてるのよ! こんな得体の知れない病原菌を放置しているなんて!」
本当にあの子達は!
さっさとあれを排除しないと! ここに何度も出入りしていて良かったわ! 大体の物の置き場所は分かっているもの!
台所に飛び込んで、ある物を探し始めた私の背後から、沙織ちゃんと病原菌の会話が聞こえてきた。
「……病原菌。何か酷い言われよう」
「おばあちゃん、落ち着いて。確かにゴンザレスは変で頭も悪いけど、病原菌とかは持ってないし、病原菌そのものでもないから大丈夫よ?」
「なんかビミョーなフォロー! それ、本気でフォローする気ある!?」
こんな異常事態でも、淡々と説明してくる沙織ちゃん。
ひょっとしたら手遅れかもしれない……、でも、まだ間に合うかも知れないわ! おばあちゃんは全力で、あなたを守ってみせるから!!
「沙織ちゃん……、もう既に脳細胞が侵されて、洗脳されてるのね? 大丈夫よ、安心して!! 今おばあちゃんが助けてあげるわ! 大元を焼却処分すれば、回復するわよね!?」
こぼれ落ちそうになる涙を堪えながら、病原菌に向かって食用油のボトルとチャッカマンを突き出すと、奴は表情を変えないまま狼狽した声を出すという、なかなかの高等技術を披露してきた。
侮れない……、さすが未知の病原体。
「グッ、グランマ様っ! お気を確かにっ!」
「おばあちゃん、落ち着いて! 油は駄目えぇっ! 部屋ごと燃えちゃうから! やるんだったら外でしてぇっ!」
「沙織ちゃんって、パニクってても冷たいよね!?」
「それに、元々家にあった私のぬいぐるみの中に、何か変な物が入っただけだから!」
わたわたと両手を振って訴えてきた沙織ちゃんが口にした内容を聞いて、思わず考え込んだ。
「……本体は、元々あったぬいぐるみ?」
「そう。見覚え無い? ……と言うか、たった今思い出したけど、これ、おばあちゃんからの四歳の時の誕生日プレゼント……」
「…………」
もの凄く言いにくそうに、教えてくれる沙織ちゃん。
ええ、そんな物が変な物の筈、無いわよね?
だけどこの居たたまれなさは、どうすれば良いのかしら……。
その静まり返った室内に、突如として聞き覚えのある声が響いた。
「沙織~。お父さん直帰して来ちゃったぞ~。今日から美和子が出張だし、お父さんが気合い入れて、ご馳走作って」
「もっと早く帰って来なさい! この馬鹿息子っ!!」
「うお!? 何でお袋がここに居るんだよ! 親父は?」
「置いてきたのに決まってるでしょう!」
「もうちょっと構ってやれよ……。今は二人暮らしなんだからさ」
「何でも良いから、これは一体何なの!?」
「何って……、居候」
今までも色々挫折感を味わった事があったけど、今回が一番だと思う。
不思議そうにサラッと答えた息子を見て、私は子育てに失敗した事を悟ったわ……。
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