長期休暇で魔境制覇

篠原 皐月

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第4章 燻る火種

(4)悪女退場

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 クラリーサが殺風景な部屋に通され、強化アクリル板の前に設置された椅子に座ってから一分程で、その透明な壁で仕切られた向こう側が騒々しくなった。

「無礼な! 私が手を離しなさいと言っているのよ!?」
「静かにしなさい。さあ、入室して」
「ここが何だって言うのよ! ……クラリーサ!?」
 薄鼠色の作業着を着たアメーリアが、壁の向こうにいる異母妹の姿を認めた途端、彼女は刑務官を振り切って壁に突進した。

「クラリーサ!! さっさと私をここから出しなさい! どうして私が、こんな罪人みたいな扱いを、受けなくてはいけないのよ!」
「落ち着きなさい! エリーゼ・オブライエン!」
「ここの連中、皆、頭がおかしいわ! 私の名前を知らない無学者が、私をこんな変な名前で呼ぶのよ!!」
 拳で叩きながら訴えたアメーリアを、引率して来た女性刑務官が、険しい表情で壁から引き剥がす。更にかなり強引に椅子に座らせるのを見ながら、クラリーサは淡々と壁の向こう側に告げた。

「エリーゼ・オブライエン。それがあなたの名前である事に、間違いはありません」
「クラリーサ、あなた何を言っているの?」
 愕然とした表情になった異母姉に向かって、クラリーサは溜め息を吐いてから話し出した。

「あなたの境遇には、些か同情しますが、事実は一つだけです。これを見て、きちんと理解して頂きたいと思うのですが」
「は? 一体何を見せようって言うのよ? そんな事は良いから、ここから出しなさい!」
 喚くアメーリアを刑務官が押さえつけ、クラリーサはそれを横目で見ながらバッグからiPadを取り出した。そしてそれを操作して、保存してある動画を呼び出す。

「さあ、ご覧下さい」
「……え? 何を見るのよ?」
 不審そうに、そのニュース映像に目を向けたアメーリアの顔は、すぐに驚愕と困惑に包まれた。

「こんな事、あり得ないわ。どうして私が……」
 身に覚えの無い映像を見て、当惑した様に呟く彼女に向かって、クラリーサが冷静に説明を加える。

「今見て頂いた通り、半月前、父が議会で難民受け入れ枠拡大政策に関する演説をする為に議場入りする直前、その政策に反対する国粋主義者が警備の隙を突いて乱入し、父を狙撃しました。その時同行していた姉のアメーリアが、身を挺して父を庇って亡くなったのです」
「嘘よ! 私はちゃんとこうして生きているわ! 第一、議会に臨席なんてしていないわよ! 央都の屋敷に居た筈なのに、目が覚めたら何故だか分からないけど、ここに居たんだから!」
 途端に血相を変えて喚き出したアメーリアを見て、クラリーサは沈痛な面持ちで一つ溜め息を吐いてから、話を続けた。

「その狙撃事件の直後の捜査で、主犯組織の本部に使用していた邸宅が割り出され、犯人グループは一網打尽になりました。その中にあなたも居たわけです」
「嘘よ! そんな組織なんて知らないわ!!」
「静かにしなさい!」
 自分達を隔てている壁にすがりつく様に訴え始めたアメーリアを、同行してきた刑務官が引き剥がす。それをクラリーサは、冷めた目で見やった。

「残されていた資料から、公爵暗殺計画に加えて、その直後のアメーリア公女すり替え計画も判明しました。公爵が暗殺されて混乱した公宮内で、政治的影響力を保持して自分達に有利な政策を推し進める予定だったらしいですね。その為にあなたは整形手術を受けさせられて、元の顔とは似ても似つかない、姉に瓜二つのその顔になったとか……」
「何を言ってるの! 私は生まれてからずっとこの顔よ!!」
「すり替わっても怪しまれない様に、アメーリアとしての知識を叩き込まれた上で、催眠術をかけてアメーリア本人だと思い込ませたとか。そして必要な時だけ、暗示が解けるキーワードを告げて、エリーゼの意識に戻る様にしたと。……非人道的ですね。あなたのその姿を目の当たりにして、余計にそう思う様になりました」
「私は誰にも、催眠術なんかかけられていないわ!! 私はアメーリア・ディアルドよ!!」
 アメーリアの絶叫にも、その場に居合わせた者全員が彼女の主張に耳を傾ける素振りは皆無の上、困った物を見る様な目つきで眺めるのみだった。そんな中クラリーサは、再度あるニュース映像を呼び出し、アメーリアの方に差し出してみせる。

「残念ですが、父を庇って姉が死んでしまっては、そう主張しても、もうどうにもなりませんね。ご覧下さい。国中の皆が、健気な姉の死を惜しんで下さって、国葬にこれだけの方が参列して下さいました」
 自らの葬儀の映像を見せられ、むせび泣く父の前に置かれた棺の中に、自分の姿を認めたアメーリアは、愕然としてから再度絶叫した。

「そんな……。違う! あれは私じゃない!! 私はちゃんと、ここで生きているのよ!?」
「ええ、エリーゼ・オブライエンは、ここで生きています」
「だから私は、そんな名前ではないと言っているでしょう!?」
「ここまできちんとご説明したのに、やはりご理解頂けないみたいですね……。残念です」
 如何にも気落ちした風情でクラリーサが溜め息を吐いたが、ここでアメーリアが憤怒の形相で罵声を浴びせた。

「クラリーサ!! お前が私を嵌めたのね!? この恥知らず! 地獄へ落ちろ!!」
「公女様に何て暴言を! 止めなさい!」
 再び刑務官に拘束されて罵詈雑言を浴びせる異母姉を見ながら、クラリーサはゆっくりと椅子から立ち上がった。

「エリーゼ・オブライエン。あなたは今回の事件の実行犯ではありませんが、国内を混乱に陥れようとした、争乱罪の共犯者です。ですが安心して下さい。実行犯では無いので、収監期間は五年で済みましたし、模範囚であれば二・三年で仮釈放になるそうです。その間に本来の自分の記憶を取り戻し、自らの立場をきちんと認識される事を祈っています」
 そう言って踵を返したクラリーサに、アメーリアが憤慨しながら言い返す。

「何を馬鹿な事を! アルデインは法治国家なのよ!? 私は取り調べも裁判も受けていないわ! 刑が確定する筈が無いでしょう!?」
 それを聞いたクラリーサは足を止めて振り返り、僅かに同情する気配を醸し出しながら告げた。

「確かに我が国は法治国家ですが、国家元首たる公爵だけには、超法規的措置を講じる事ができるのを、ご存知ないみたいですね」
「……お父様が?」
 呆然と口にしたアメーリアに、クラリーサがしみじみとした口調で告げる。

「今回姉を失った事で激怒して、普段、公私混同しない父がこの措置を取ったのです。ですが怒りに任せて全員死刑などにせず、妥当な量刑を選択したので、周囲の者達は皆安堵しました。そんな事が表沙汰になったら、アルデインが国際社会で後ろ指をさされる事になるのは確実ですから」
「お父様が、承知の上……」
「さあ、時間です。部屋に戻りますよ?」
 事ここに至って、アメーリアは漸く己の企みが完全に露呈し、父親が激怒しているのだと理解して青ざめた。しかし彼女が何か言う前に、刑務官が彼女の腕を取って移動を開始する。

「嫌よ! どうして私が、こんな所で生活しなきゃいけないの!? 離しなさい! 私はここを出るのよ!」
「早く応援を呼んで!」
「はい!」
「クラリーサ!!」
 いきなり暴れ出したアメーリアを持て余し、壁の向こうで刑務官が応援を呼んだ為、近くに控えて居たらしい他の刑務官が駆け付け、アメーリアを引きずる様にして面会室から出て行った。その悲鳴じみた叫びに背を向け、クラリーサも反対側のドアから廊下へと出る。

「お世話様でした。それでは失礼します」
 自分を案内した後は、そのまま部屋の外で待機していたらしい刑務官にクラリーサが軽く頭を下げると、彼女も恐縮気味に頭を下げた。

「いえ、お見苦しい物をお見せしました」
 どうやら室内の騒ぎは、廊下で待機していた彼女にも聞こえたらしいと察したクラリーサは、正面玄関に向かって歩き出しながら、控え目に申し出てみた。

「職員の皆さんの気持ちと立場は分かりますが、なるべく彼女に優しく接してあげて下さい。あれだけ姉に似ていると、他人の気がしなくて……」
 そう彼女が口にすると、並んで歩き出した刑務官は厳しい表情を僅かに緩めた。

「クラリーサ様はお優しいのですね。しかし、彼女にその様な配慮は無用です。私達が既に何度も言い聞かせた後なのですが、頑として説明を受け入れず、あれだけ我が儘で傍若無人な囚人は他に居ません。大抵の人間は、どんな凶悪犯でもこういう所に入れば表面上だけでも大人しくなると言うのに……。己の身を投げ打って公爵を庇われたアメーリア様とは、見た目が似ているだけの紛い物に過ぎません」
「そうですか」
 如何にも忌々しげに言われた内容に、クラリーサは反論をせずに相槌を打った。そして建物の正面玄関に到達し、改めて面会させてくれた礼を述べたクラリーサに、案内役を務めた刑務官が真顔で申し出る。

「アメーリア様に外見が酷似している者が錯乱しているらしいと耳にされて、わざわざ気にかけて足をお運び頂いたクラリーサ様には申し訳ありませんが、あの女の事は一刻も早くお忘れになる事をお勧めします」
「そうですね……、そうします。それでは失礼致します」
「気をつけてお帰り下さい」
 神妙に応じたクラリーサは職員達に恭しく送り出され、傍らの駐車スペースに向かって歩き出した。そして、誰に言うともなく呟く。

「本当に、馬鹿な事をしたものね。お父様の言う通り、最初から大人しくカイルと結婚しておけば、何もかも失う事は無かったでしょうに……」
 異母姉を心底哀れむ口調でそんな事を口にしたクラリーサだったが、ここで足を止めて自分の足下を凝視した。

「結婚しても、特に得る物は無かったでしょうけど……」
 愚痴と言うよりは諦めに近い呟きを漏らした彼女は、すぐに気を取り直して再び歩き出し、待たせていた車に乗り込んで公宮へと戻って行った。


(完)
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