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第3章 陰謀
(2)魔獣との遭遇
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ジェラールが付けてくれた騎士の指揮者であるライドが、予め部下に聞き込みをさせていた情報を元に、最近魔獣に遭遇したらしい猟師を尋ねて道案内させると、彼は顔面蒼白になりながらも承諾し、一行を辺境域の森の一角に案内した。
「皆様、一番最近魔獣が現れたのが分かっているのは、この辺りです」
「そうか。道案内ご苦労だった。後は良いから、気を付けて帰ってくれ」
「はっ、はい! それでは失礼します!」
森の入口から少し入った所で、彼が奥の方を震える手で差し示した為、流石にライドも気の毒になったのか帰宅を許した。その途端、彼は一目散に今来た道を逃げ帰り、ルーカス達が溜め息を吐く。
「よほど怖いらしいな」
「それはそうでしょうね。遠目に目撃しただけとはいえ、体長二メートル超の虎擬きに遭遇したら」
「何人も死者が出ていますしね。行方不明者も増える一方だとか」
「さて、どこから来るか……。臨戦態勢を保ちながら、少しまっすぐ進んでみるか」
まだ昼過ぎの時間帯で行動するのに余裕はあるものの、このまま闇雲に進むわけにもいかず、取り敢えず明るいうちに安全な野営の場所を確保して今後の捜索の足掛かりにしようかと、ジークやライド達が今後の方針を検討していた為、微妙に手持ちぶたさになった藍里は、同様のルーカスに話しかけた。
「ねえ、今回の話題になってる魔獣って、人為的に発生させている可能性があるのよね。それなら出てきた魔獣を片っ端から殺して回っても、キリが無いんじゃない?」
当然の疑問に、ルーカスは軽く眉根を寄せながら応じる。
「確かにそうだが、俺達をおびき寄せる為にこの騒ぎを引き起こしたと仮定するなら、遅かれ早かれ向こうから、俺達の所に出向いて来るんじゃないか?」
「それもそうね。じゃあ派手に退治すればする程、向こうさんにも私達の居場所が分かり易いわけだ」
「目立ち過ぎたり、騒ぎがこれ以上大きくなるのは勘弁して欲しいがな」
そんな心からの要望をルーカスが口にした途端、鋭い警告の言葉が聞こえた。
「お二人とも、来ました」
「早速か」
「どっち? 魔獣? 刺客?」
セレナの声に二人は咄嗟に彼女の方に視線を向け、次いで彼女の視線を追うと、その場に見慣れない生物を認め、驚くのを通り越して呆気に取られた。
「魔獣だったか……」
「元は馬と牛、どっちかしら?」
体高は二メートル近く、正面から見る限り正確な体長は分からないながらも三メートル程はありそうな、馬にしては全体が膨れて気味の、牛にしては角が見えなくて顔が長めのそれは、初めて聞く不気味な唸り声と共に真っ黒な全身を振るわせてから、藍里達に向かって一直線に突進して来た。
「そんな事、一々気にしてる場合か! 来るぞ!」
「随分、せっかちさんね!」
互いに悪態を吐きながら、ルーカスが剣を抜き、藍里が紅蓮から藍華を取り出して構える。しかしその前に、ウィルが呪文を唱えて攻撃に移った。
「ラーン、ガゥ、ル、チャリエ!」
取り敢えず突進するのを止めさせようと、地面の小石を巻き上げて目つぶし代わりにその魔獣の両眼にお見舞いしようとしたウィルだったが、その小さな竜巻は何故か魔獣の直前で霧散してしまい、当然突進は止まらなかった。
「何だと!? 攻撃魔法が効かない!?」
「殿下、アイリ様、回避して下さい!」
「ジア、ラステ、ホー、バーン、イェン!」
セレナが思わず悲鳴を上げた横で、ジークがかなり焦った様子で呪文を唱えると、その魔獣と藍里の間の地面が、突如として陥没した。当然その魔獣は、勢い余ってその穴に落ち込む。
「……え?」
「はい?」
頭の働きが追いつかないまま、無意識に直径五メートル程の円い穴を覗き込むと、駆け寄って来たジークがそのままの勢いで穴に飛び込み、そこで横倒しになっていた魔獣の頭に向かって勢い良く剣を突き立てた。その容赦のなさに藍里は一瞬顔を顰めたものの、助けて貰った立場としては文句を言うつもりは無く、黙って見守る。
魔獣は一声、この世の物とは思えないような叫びを上げたが、すぐに沈黙し、尚もジークが何やら呪文を唱えてそれが息絶えたのを確認してから、飛び上がって地表に戻って来た。
「ジーク殿、大丈夫ですか!?」
「はい、支障ありません。しかし面倒な事になりました」
ジークが難しい顔をしている横で、ライドが蒼白な顔で頷く。この間に同行している騎士達も周囲に集まって険しい顔で黙り込んでいる為、藍里は根本的な疑問を口にした。
「さっきの魔獣に、ウィルさんの魔術が効かなかったのはどうして? それにジークさんの魔術は効いたのは、理由があるの?」
その問いに対して、セレナが真顔で解説を始めた。
「これは、あくまでも推測に過ぎませんが……。先程の魔獣は、元々魔力が強い辺境域に生息していた為か、何らかの理由で魔術に対する耐性と言うか、自身に行使された魔術を跳ね返す様な体質になってしまったのでは無いでしょうか?」
「それは何となく見て感じたけど……、本当にそんなの有りなの?」
「これまでの報告にはありません。ですがなまじそれなりの魔力保持者で魔術にも長けている者は、敵に相対する時にはまず魔術での攻撃を試みた後に、武芸と組み合わせて攻撃するのがセオリーです。その最初の一撃が、予想外に弾かれてしまったら……」
そこで口を閉ざしたセレナの言いたい事が十分理解できた為、藍里は渋面になりながら話を続けた。
「さっきみたいに突進してくる所だったら、ふいを衝かれてそのまま踏みつぶされたり、飛び掛かられたりするわけね」
「恐らく、そのまま抵抗できずに亡くなってしまえば、上に報告する事もできません」
「そういう事か。でもさっきのジークさんの攻撃は効いたんじゃない?」
頷きながらも矛盾点を指摘した藍里に、セレナが落ち着き払って答える。
「先程のあれは、魔獣本体に魔術を行使したのではなく、地面に対しての魔術でしたから。穴に落として身動き取れない様にしてから、剣で止めを刺すには問題は無かった筈です」
「なるほどね。だけど良く咄嗟に、そう言う事を思いつけるわね」
心底感心した様に藍里がジークに顔を向けると、ウィルも若干動揺を隠せない顔付きで、彼に礼を述べた。
「すまん、助かったジーク。俺が考え無しで、危うく殿下やアイリ嬢を危険に晒す所だった」
しかしジークは難しい顔のまま首を振って、ウィルを宥めた。
「そんな事は気にするな。俺だって普通なら、最初に魔術で攻撃して反応を見る。こんな情報は上がっていなかったしな」
「本当に前代未聞の事態です。取り敢えず部下を二人ほどザルベスの屋敷に帰して、ご領主様に報告させます。当面森には単独で入らない事と、魔獣に対して直接的な魔術攻撃ができない事を周知徹底させれば、今後の犠牲者も少なくなると思いますし」
「そうですね。その様に取り計らって下さい」
ライドがそう提案し、この地域の危険回避の為派遣されてきたルーカス達も異論を挟むつもりは無く、早速騎士の中から二人が選ばれて、これまでの道を逆走し始めた。しかしここで、更に予想外の事態が起きる。
「……ぎゃあぁぁぁっ!!」
「何だ?」
「今の声は、まさかさっき屋敷に帰した者達か!?」
改めてこれからの方針を立てようと、全員が集まって議論しようとした所で、木立の向こうから微かに悲鳴が伝わってきた。それを耳にした面々が動揺しながら彼らが消えて行った方角を振り返ると、太い幹の陰から凶暴な目つきと尋常ではない唸り声を上げながら、無数の獣達が彼等を取り囲む様に歩み寄って来る。
「ひぃぃぃっ!!」
「なっ、何だこいつら! いつの間に!?」
「落ち着け。遅かれ早かれ、魔獣に相対する事になるとは分かっていた筈だろう。それにこんなに一気に出て来るとあれば、その原因の事象や発生源が、程近くにあるという事だ」
「それはそうかもしれませんが!?」
「魔術が効かないだなんて、どうしたら!!」
険しい顔をしながらも、流石に指揮官らしくライドが落ち着き払って剣を抜いたが、彼の部下達は動揺著しかった。それを冷静に眺め、自身も再び剣を構えながら、ルーカスがジークに囁く。
「やれやれ。逆に連中を守ってやらないといけないみたいだな」
「彼らがそこまで足手まといになるとは思いませんが……。十分気を付けて下さい」
「そうだな。つい癖で、魔術を使いそうだ。あまり頼らずに始末するやり方を考えよう」
そんなやり取りを耳にしながら、藍里も正面の魔獣達を睨み付けつつ、真剣にこの場を切り抜ける方法を模索し始めた。
「皆様、一番最近魔獣が現れたのが分かっているのは、この辺りです」
「そうか。道案内ご苦労だった。後は良いから、気を付けて帰ってくれ」
「はっ、はい! それでは失礼します!」
森の入口から少し入った所で、彼が奥の方を震える手で差し示した為、流石にライドも気の毒になったのか帰宅を許した。その途端、彼は一目散に今来た道を逃げ帰り、ルーカス達が溜め息を吐く。
「よほど怖いらしいな」
「それはそうでしょうね。遠目に目撃しただけとはいえ、体長二メートル超の虎擬きに遭遇したら」
「何人も死者が出ていますしね。行方不明者も増える一方だとか」
「さて、どこから来るか……。臨戦態勢を保ちながら、少しまっすぐ進んでみるか」
まだ昼過ぎの時間帯で行動するのに余裕はあるものの、このまま闇雲に進むわけにもいかず、取り敢えず明るいうちに安全な野営の場所を確保して今後の捜索の足掛かりにしようかと、ジークやライド達が今後の方針を検討していた為、微妙に手持ちぶたさになった藍里は、同様のルーカスに話しかけた。
「ねえ、今回の話題になってる魔獣って、人為的に発生させている可能性があるのよね。それなら出てきた魔獣を片っ端から殺して回っても、キリが無いんじゃない?」
当然の疑問に、ルーカスは軽く眉根を寄せながら応じる。
「確かにそうだが、俺達をおびき寄せる為にこの騒ぎを引き起こしたと仮定するなら、遅かれ早かれ向こうから、俺達の所に出向いて来るんじゃないか?」
「それもそうね。じゃあ派手に退治すればする程、向こうさんにも私達の居場所が分かり易いわけだ」
「目立ち過ぎたり、騒ぎがこれ以上大きくなるのは勘弁して欲しいがな」
そんな心からの要望をルーカスが口にした途端、鋭い警告の言葉が聞こえた。
「お二人とも、来ました」
「早速か」
「どっち? 魔獣? 刺客?」
セレナの声に二人は咄嗟に彼女の方に視線を向け、次いで彼女の視線を追うと、その場に見慣れない生物を認め、驚くのを通り越して呆気に取られた。
「魔獣だったか……」
「元は馬と牛、どっちかしら?」
体高は二メートル近く、正面から見る限り正確な体長は分からないながらも三メートル程はありそうな、馬にしては全体が膨れて気味の、牛にしては角が見えなくて顔が長めのそれは、初めて聞く不気味な唸り声と共に真っ黒な全身を振るわせてから、藍里達に向かって一直線に突進して来た。
「そんな事、一々気にしてる場合か! 来るぞ!」
「随分、せっかちさんね!」
互いに悪態を吐きながら、ルーカスが剣を抜き、藍里が紅蓮から藍華を取り出して構える。しかしその前に、ウィルが呪文を唱えて攻撃に移った。
「ラーン、ガゥ、ル、チャリエ!」
取り敢えず突進するのを止めさせようと、地面の小石を巻き上げて目つぶし代わりにその魔獣の両眼にお見舞いしようとしたウィルだったが、その小さな竜巻は何故か魔獣の直前で霧散してしまい、当然突進は止まらなかった。
「何だと!? 攻撃魔法が効かない!?」
「殿下、アイリ様、回避して下さい!」
「ジア、ラステ、ホー、バーン、イェン!」
セレナが思わず悲鳴を上げた横で、ジークがかなり焦った様子で呪文を唱えると、その魔獣と藍里の間の地面が、突如として陥没した。当然その魔獣は、勢い余ってその穴に落ち込む。
「……え?」
「はい?」
頭の働きが追いつかないまま、無意識に直径五メートル程の円い穴を覗き込むと、駆け寄って来たジークがそのままの勢いで穴に飛び込み、そこで横倒しになっていた魔獣の頭に向かって勢い良く剣を突き立てた。その容赦のなさに藍里は一瞬顔を顰めたものの、助けて貰った立場としては文句を言うつもりは無く、黙って見守る。
魔獣は一声、この世の物とは思えないような叫びを上げたが、すぐに沈黙し、尚もジークが何やら呪文を唱えてそれが息絶えたのを確認してから、飛び上がって地表に戻って来た。
「ジーク殿、大丈夫ですか!?」
「はい、支障ありません。しかし面倒な事になりました」
ジークが難しい顔をしている横で、ライドが蒼白な顔で頷く。この間に同行している騎士達も周囲に集まって険しい顔で黙り込んでいる為、藍里は根本的な疑問を口にした。
「さっきの魔獣に、ウィルさんの魔術が効かなかったのはどうして? それにジークさんの魔術は効いたのは、理由があるの?」
その問いに対して、セレナが真顔で解説を始めた。
「これは、あくまでも推測に過ぎませんが……。先程の魔獣は、元々魔力が強い辺境域に生息していた為か、何らかの理由で魔術に対する耐性と言うか、自身に行使された魔術を跳ね返す様な体質になってしまったのでは無いでしょうか?」
「それは何となく見て感じたけど……、本当にそんなの有りなの?」
「これまでの報告にはありません。ですがなまじそれなりの魔力保持者で魔術にも長けている者は、敵に相対する時にはまず魔術での攻撃を試みた後に、武芸と組み合わせて攻撃するのがセオリーです。その最初の一撃が、予想外に弾かれてしまったら……」
そこで口を閉ざしたセレナの言いたい事が十分理解できた為、藍里は渋面になりながら話を続けた。
「さっきみたいに突進してくる所だったら、ふいを衝かれてそのまま踏みつぶされたり、飛び掛かられたりするわけね」
「恐らく、そのまま抵抗できずに亡くなってしまえば、上に報告する事もできません」
「そういう事か。でもさっきのジークさんの攻撃は効いたんじゃない?」
頷きながらも矛盾点を指摘した藍里に、セレナが落ち着き払って答える。
「先程のあれは、魔獣本体に魔術を行使したのではなく、地面に対しての魔術でしたから。穴に落として身動き取れない様にしてから、剣で止めを刺すには問題は無かった筈です」
「なるほどね。だけど良く咄嗟に、そう言う事を思いつけるわね」
心底感心した様に藍里がジークに顔を向けると、ウィルも若干動揺を隠せない顔付きで、彼に礼を述べた。
「すまん、助かったジーク。俺が考え無しで、危うく殿下やアイリ嬢を危険に晒す所だった」
しかしジークは難しい顔のまま首を振って、ウィルを宥めた。
「そんな事は気にするな。俺だって普通なら、最初に魔術で攻撃して反応を見る。こんな情報は上がっていなかったしな」
「本当に前代未聞の事態です。取り敢えず部下を二人ほどザルベスの屋敷に帰して、ご領主様に報告させます。当面森には単独で入らない事と、魔獣に対して直接的な魔術攻撃ができない事を周知徹底させれば、今後の犠牲者も少なくなると思いますし」
「そうですね。その様に取り計らって下さい」
ライドがそう提案し、この地域の危険回避の為派遣されてきたルーカス達も異論を挟むつもりは無く、早速騎士の中から二人が選ばれて、これまでの道を逆走し始めた。しかしここで、更に予想外の事態が起きる。
「……ぎゃあぁぁぁっ!!」
「何だ?」
「今の声は、まさかさっき屋敷に帰した者達か!?」
改めてこれからの方針を立てようと、全員が集まって議論しようとした所で、木立の向こうから微かに悲鳴が伝わってきた。それを耳にした面々が動揺しながら彼らが消えて行った方角を振り返ると、太い幹の陰から凶暴な目つきと尋常ではない唸り声を上げながら、無数の獣達が彼等を取り囲む様に歩み寄って来る。
「ひぃぃぃっ!!」
「なっ、何だこいつら! いつの間に!?」
「落ち着け。遅かれ早かれ、魔獣に相対する事になるとは分かっていた筈だろう。それにこんなに一気に出て来るとあれば、その原因の事象や発生源が、程近くにあるという事だ」
「それはそうかもしれませんが!?」
「魔術が効かないだなんて、どうしたら!!」
険しい顔をしながらも、流石に指揮官らしくライドが落ち着き払って剣を抜いたが、彼の部下達は動揺著しかった。それを冷静に眺め、自身も再び剣を構えながら、ルーカスがジークに囁く。
「やれやれ。逆に連中を守ってやらないといけないみたいだな」
「彼らがそこまで足手まといになるとは思いませんが……。十分気を付けて下さい」
「そうだな。つい癖で、魔術を使いそうだ。あまり頼らずに始末するやり方を考えよう」
そんなやり取りを耳にしながら、藍里も正面の魔獣達を睨み付けつつ、真剣にこの場を切り抜ける方法を模索し始めた。
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