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第2章 魔境への道程
(10)気まずい再会
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流石に領主の館があるザルベスらしく、道が石畳で舗装された街に入って少し馬車を走らせてから、静かに馬車が停められた。そのまま馬車の中でセレナと藍里がおとなしく待っていると、ウィルがドアを開けながら声をかけてくる。
「お疲れ様です、アイリ嬢、セレナ。デスナール子爵邸にようこそ」
一応笑顔を心がけたつもりらしいが、早くも憂鬱さと疲労感を滲ませたその様子に、藍里は気の毒そうに言葉を返した。
「そちらこそ、到着しただけでお疲れ様な顔をしているわよ? ウィルさん。せっかく久しぶりに実家に帰って来たってのに、災難ね」
「もう諦めていますし、色々と不快な思いをさせるかもしれないので、先に謝っておきます」
「分かってるから、気にしないで。じゃあ降りて良いのよね?」
「ええ、どうぞ」
彼に手を貸して貰いながら馬車を降り、次にセレナが降りている間に、藍里はぐるりと周囲を見回してみた。
目の前に二階建ての石造りの建物が存在し、自分達の乗った馬車が正面玄関前の開けた場所に、停められているのが分かる。更に開け放たれた玄関の前には、三十代前半と思われる一組の男女が、多くの使用人を左右に従えて佇んでいた。
「ウィルさん。あの人って……」
「私の同母兄で、デスナール子爵ジェラールと、義姉のレイチェルです」
「そうじゃないかな、とは思ったけど……」
ウィルに囁いた後、何か言いたげな表情で二人に顔を向けつつ黙り込んだ藍里に、ウィルは怪訝な顔になって問いかけた。
「どうかしましたか?」
その問いかけに、彼女は小さく首を振る。
「ううん、気のせいだと思う。じゃあルーカス達も揃ったし、まずはご挨拶しましょうか」
そこで傍目には全くいつも通りの藍里をガードする為、ウィルとセレナはさり気なく左右に付いて、ルーカスとジークと合流した。
「デスナール子爵、今回は世話になる」
「いえ、ルーカス殿下。そもそもこちらの不手際で、《ディル》の方に辺境まで出向いて頂く事になったのですから。私共と致しましても、できるだけの事をさせて頂きます」
「感謝する」
ルーカスと形式ばった挨拶を交わす男性を、彼等から数歩離れた場所で藍里は眺めていたが、ウィルと外見が良く似た彼が、藍里に視線を向けてきた。
「ようこそ、ザルベスへ。歓迎します。デスナール子爵ジェラールと、妻のレイチェルです」
「アイリ様、初めまして。央都と比べると色々とご不満な点がおありかと思いますが、精一杯おもてなしさせて頂きます」
ウィルを完全に無視しながら、ジェラールが冷たい表情で藍里に声をかけ、レイチェルが夫の様子を気にしながらも笑顔で挨拶してきた為、藍里も笑顔で言葉を返した。
「初めまして、藍里・ディル・ヒルシュです。こちらの領地については、ここまでに来る道すがら、ウィルさんから話を聞いて楽しみにしてたんです。緑が多くて、でも荒れたり鄙びた感じがしない素敵な所ですね」
「そう言って頂けると嬉しいです」
「それ程長居はしないとは思いますが、時間に余裕があったらウィルさんご自慢の風光明媚な所を観てから、帰ろうと思っているんです。ねえ、ウィルさん?」
にっこりと斜め後ろを振り返り、否応なしに藍里がウィルを会話に引きこんできた為、ジェラールは僅かに不快そうに眉を寄せ、ウィルは若干硬い表情で挨拶を交わした。
「……久方ぶりだな、ウィラード。元気そうで何よりだ」
「ご無沙汰しております、兄上。忙しさに紛れて便りも滞りがちで、申し訳ありません」
「それだけ央都で、重宝されているという事だろう。公爵閣下の覚えもめでたい様で、良い事だ」
内容だけならば久方ぶりに訪れた弟を気遣い、労っている様に感じる台詞だが、ジェラール冷ややかな表情と口調が、その場の空気を台無しにしていた。さすがに藍里とルーカスが顔を顰めて、その場を取りなそうとしたが、ここで果敢にレイチェルが会話に割り込む。
「本当に、久しぶりにウィラードの顔が見られて嬉しいわ。任務中でゆっくり滞在するつもりは無いのは分かっているけど、あなたの好きなこちらの郷土料理を色々準備しておいたから、味わって頂戴ね? アイリ様、この辺りは央都みたいに洗練された料理をお出しするのは難しいのですが、食材の宝庫なのです。それを活かしたお料理をお出ししますので、堪能して頂ければ嬉しいです」
そう笑顔で話し掛けつつ、自分に目線で懇願してきたのを察した藍里は、笑顔で話を合わせた。
「郷土料理。結構じゃないですか。私はリスベラントをまともに見て回った事が無いので、今回の任務を楽しみにしていたんです。勿論、その土地ごとのお料理を堪能するのも、外すつもりはありませんでしたら」
「それは良かったです。それでは館の中にどうぞ。道中、色々と不自由でしたでしょう。今夜はゆっくりお休みください」
そして安堵した表情を見せたレイチェルが、背後の使用人を振り返り、流石の貫録で次々と矢継ぎ早に指示を出す。
「ダレス、カレーダ。皆様のお荷物をお運びして。それとミネア、まず皆様にお茶の用意をね」
「畏まりました」
「それでは皆様、ご案内致します」
そして兄弟の久しぶりの体面は、なし崩しに的に終了となり、レイチェルの案内で藍里達は与えられた部屋へと向かった。
「申し訳ありません、義姉上。お気遣い頂きまして」
先頭を歩くレイチェルに、ウィルが恐縮気味に声をかけると、彼女は軽く振り返りながら何でも無い様に笑った。
「謝らなければならないのはこちらの方だから、ウィラードは気にしないで。あの人も、もう少し素直になれば良いのに。それに……、今日の晩餐には、皆さんがいらっしゃる事になっていて……」
彼女が話すに従って笑顔が消えた為、ウィルはその事情を悟った。
「兄貴達が押しかけて来ると?」
「ええ。ルーカス殿下にご挨拶しなければと仰って……」
それから黙って再び歩き出した彼女の後に続きながら、ウィルはルーカス達に補足説明した。
「兄上と俺の間にいる、三人の異母兄の事です」
「……なるほど」
「なかなか賑やかな晩餐になりそうね」
その説明で事情を悟った面々は、今夜の食事の味は分かるだろうかと、少々うんざりしながら足を進めた。
「お疲れ様です、アイリ嬢、セレナ。デスナール子爵邸にようこそ」
一応笑顔を心がけたつもりらしいが、早くも憂鬱さと疲労感を滲ませたその様子に、藍里は気の毒そうに言葉を返した。
「そちらこそ、到着しただけでお疲れ様な顔をしているわよ? ウィルさん。せっかく久しぶりに実家に帰って来たってのに、災難ね」
「もう諦めていますし、色々と不快な思いをさせるかもしれないので、先に謝っておきます」
「分かってるから、気にしないで。じゃあ降りて良いのよね?」
「ええ、どうぞ」
彼に手を貸して貰いながら馬車を降り、次にセレナが降りている間に、藍里はぐるりと周囲を見回してみた。
目の前に二階建ての石造りの建物が存在し、自分達の乗った馬車が正面玄関前の開けた場所に、停められているのが分かる。更に開け放たれた玄関の前には、三十代前半と思われる一組の男女が、多くの使用人を左右に従えて佇んでいた。
「ウィルさん。あの人って……」
「私の同母兄で、デスナール子爵ジェラールと、義姉のレイチェルです」
「そうじゃないかな、とは思ったけど……」
ウィルに囁いた後、何か言いたげな表情で二人に顔を向けつつ黙り込んだ藍里に、ウィルは怪訝な顔になって問いかけた。
「どうかしましたか?」
その問いかけに、彼女は小さく首を振る。
「ううん、気のせいだと思う。じゃあルーカス達も揃ったし、まずはご挨拶しましょうか」
そこで傍目には全くいつも通りの藍里をガードする為、ウィルとセレナはさり気なく左右に付いて、ルーカスとジークと合流した。
「デスナール子爵、今回は世話になる」
「いえ、ルーカス殿下。そもそもこちらの不手際で、《ディル》の方に辺境まで出向いて頂く事になったのですから。私共と致しましても、できるだけの事をさせて頂きます」
「感謝する」
ルーカスと形式ばった挨拶を交わす男性を、彼等から数歩離れた場所で藍里は眺めていたが、ウィルと外見が良く似た彼が、藍里に視線を向けてきた。
「ようこそ、ザルベスへ。歓迎します。デスナール子爵ジェラールと、妻のレイチェルです」
「アイリ様、初めまして。央都と比べると色々とご不満な点がおありかと思いますが、精一杯おもてなしさせて頂きます」
ウィルを完全に無視しながら、ジェラールが冷たい表情で藍里に声をかけ、レイチェルが夫の様子を気にしながらも笑顔で挨拶してきた為、藍里も笑顔で言葉を返した。
「初めまして、藍里・ディル・ヒルシュです。こちらの領地については、ここまでに来る道すがら、ウィルさんから話を聞いて楽しみにしてたんです。緑が多くて、でも荒れたり鄙びた感じがしない素敵な所ですね」
「そう言って頂けると嬉しいです」
「それ程長居はしないとは思いますが、時間に余裕があったらウィルさんご自慢の風光明媚な所を観てから、帰ろうと思っているんです。ねえ、ウィルさん?」
にっこりと斜め後ろを振り返り、否応なしに藍里がウィルを会話に引きこんできた為、ジェラールは僅かに不快そうに眉を寄せ、ウィルは若干硬い表情で挨拶を交わした。
「……久方ぶりだな、ウィラード。元気そうで何よりだ」
「ご無沙汰しております、兄上。忙しさに紛れて便りも滞りがちで、申し訳ありません」
「それだけ央都で、重宝されているという事だろう。公爵閣下の覚えもめでたい様で、良い事だ」
内容だけならば久方ぶりに訪れた弟を気遣い、労っている様に感じる台詞だが、ジェラール冷ややかな表情と口調が、その場の空気を台無しにしていた。さすがに藍里とルーカスが顔を顰めて、その場を取りなそうとしたが、ここで果敢にレイチェルが会話に割り込む。
「本当に、久しぶりにウィラードの顔が見られて嬉しいわ。任務中でゆっくり滞在するつもりは無いのは分かっているけど、あなたの好きなこちらの郷土料理を色々準備しておいたから、味わって頂戴ね? アイリ様、この辺りは央都みたいに洗練された料理をお出しするのは難しいのですが、食材の宝庫なのです。それを活かしたお料理をお出ししますので、堪能して頂ければ嬉しいです」
そう笑顔で話し掛けつつ、自分に目線で懇願してきたのを察した藍里は、笑顔で話を合わせた。
「郷土料理。結構じゃないですか。私はリスベラントをまともに見て回った事が無いので、今回の任務を楽しみにしていたんです。勿論、その土地ごとのお料理を堪能するのも、外すつもりはありませんでしたら」
「それは良かったです。それでは館の中にどうぞ。道中、色々と不自由でしたでしょう。今夜はゆっくりお休みください」
そして安堵した表情を見せたレイチェルが、背後の使用人を振り返り、流石の貫録で次々と矢継ぎ早に指示を出す。
「ダレス、カレーダ。皆様のお荷物をお運びして。それとミネア、まず皆様にお茶の用意をね」
「畏まりました」
「それでは皆様、ご案内致します」
そして兄弟の久しぶりの体面は、なし崩しに的に終了となり、レイチェルの案内で藍里達は与えられた部屋へと向かった。
「申し訳ありません、義姉上。お気遣い頂きまして」
先頭を歩くレイチェルに、ウィルが恐縮気味に声をかけると、彼女は軽く振り返りながら何でも無い様に笑った。
「謝らなければならないのはこちらの方だから、ウィラードは気にしないで。あの人も、もう少し素直になれば良いのに。それに……、今日の晩餐には、皆さんがいらっしゃる事になっていて……」
彼女が話すに従って笑顔が消えた為、ウィルはその事情を悟った。
「兄貴達が押しかけて来ると?」
「ええ。ルーカス殿下にご挨拶しなければと仰って……」
それから黙って再び歩き出した彼女の後に続きながら、ウィルはルーカス達に補足説明した。
「兄上と俺の間にいる、三人の異母兄の事です」
「……なるほど」
「なかなか賑やかな晩餐になりそうね」
その説明で事情を悟った面々は、今夜の食事の味は分かるだろうかと、少々うんざりしながら足を進めた。
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