長期休暇で魔境制覇

篠原 皐月

文字の大きさ
上 下
24 / 49
第2章 魔境への道程

(9)白虹の用途

しおりを挟む
 襲撃を受けつつも、旅程には大した問題は無く西部地方を進んでいた藍里達は、森の中の細い道から再び人が行き交う街道に入り、畑を抜けて徐々に集落の中に入って来ていた。何気なく馬車の窓にかかっているカーテンを引き開け、外の風景を確認した藍里は、率直な感想を漏らす。 

「随分、周りの様子が賑やかになってきたわね」
「そうですね。デスナール子爵領内でも、子爵家の館があるザルベスの近郊に入りましたから」
「ふぅん……」
 セレナの説明を聞いて、そのまま興味深そうに外を眺めていた藍里に、向かい側に座るセレナから、控えめに声がかけられる。

「あの、アイリ様? その白虹の事ですが……」
「これがどうかした?」
 ただ座っている手持ち無沙汰を紛らわせる様に、藍里が少し前に紅蓮から袋ごと取り出し、三個だけ取り出して左手の中で握って転がしていた白虹について、セレナが問いかけると、藍里が不思議そうに掌を開いてみせた。そこにある三個のビー玉状の物を改めて眺めながら、セレナがこの間抱えていた疑問を口にする。

「その……、それをこれまで通って来た道に置いてきたり、昨日は捕らえて放置してきた襲撃者の懐き入れておきましたよね? ルーカス殿下も尋ねておられましたが、それは来住家から武器として頂いて来たのでは無いのですか?」
 それに藍里は苦笑いで答えた。

「確かに武器なんだけどね。このままだと別に危なく無いのよ。ほら、持ってみて?」
「はぁ……」
 確かにこれまで見ても不審な所は無かった代物であり、セレナは恐れる事無く一つ受け取って、窓から差し込む日の光にかざしてみる。それは光を受けてキラキラと輝き、セレナは思わず感嘆の溜め息を漏らした。

「本当に綺麗ですね」
「やっぱりこういうのって、アルデインはともかく、リスベラントでは出回って無い?」
 その問いに、セレナは白虹を藍里に返しながら、真顔で頷いた。

「そうですね。全体的に濃い色を付けたガラス玉の類はありますが、こういう輝くラメを封入したり、光を受けて虹色に光る物は、お目にかかれないと思います」
「でしょうね。そこら辺を踏まえて準備した一成さんって、界琉に負けず劣らず底意地が悪いかも……」
 そこで何やらぶつぶつと独り言を言い出した藍里を、セレナが怪訝な顔で見やった。

「アイリ様?」
「ううん、何でもない。取り敢えず今の状態だったら安全だから」
「それはそれで宜しいのですが……」
「あれ? 何か他に気になる事でも?」
 急に沈んだ表情になったセレナを見て藍里が尋ねると、彼女は気落ちした様子のまま話を続けた。

「いえ、大した事では無いのですが……。例の御前試合の時も、アイリ様は弓をお持ちになっていた事を、お話になっておられませんでしたし。私達は、それほど信用されていないのかと……」
 確かに「敵を欺くには、まず味方から」と伯父達に主張され、御前試合でセレナ達に結構気を揉ませる結果になった事は認識していた藍里は、申し訳無さそうに言い出した。

「ああ、うん。紫焔の事か……。まあ、それを言われるとね。返す言葉が無いんだけど……。今回のこれに関しては、不必要に心配させない為って言うか、何て言うか。セレナさん。ちょっと外に声が漏れない様にして貰って良い?」
「はい。それは構いませんが……」
 怪訝な顔をしながらも、セレナはすぐさま呪文を唱え、馬車の中の音が外に漏れない様にした。

「お待たせしました。どうぞ」
「本当の事を言うと、これって強いて言えば、爆弾みたいな物で」
「ばっ、爆弾!? そんな物騒な物を、紅蓮に封じて持ち歩いていらっしゃったんですか!?」
 あまりにもサラッと言われた内容に、セレナが声を荒げて藍里の手元を凝視したが、その反応が十分予想できていた藍里は、困った様に肩を竦めた。

「だから、そんな風に心配されたり怒られると思って、秘密にしていたのよね~」
「ですが!」
「大丈夫。スイッチを押さない限り、絶対爆発しないから。だからあちこちにバラまいて来たんだし。いわば保険代わりよ」
「スイッチ、ですか?」
 セレナは(そんな物が、それのどこに)と当惑しながら藍里の手の中の物を凝視したが、相手が落ち着き払っている為、いつまでも取り乱してはいられないと腹を括った。

「益々意味が分からなくなってきましたが……。取り敢えず、本当に安全なんですね?」
「それは大丈夫。心配しないで」
 笑顔で太鼓判を押した藍里をセレナは全面的に信用する事にしたが、まだ少し信じかねる様な顔付きで呟いた。

「分かりました。この事は、他の三人には黙っている事にします。どう考えても彼らは、問答無用で取り上げそうですし。それにしても、これが爆弾……」
 それに藍里も、苦笑いで応じる。

「伯父さん達の感性って、凄いわよね。使わないに越した事は無いんだけど。これって魔獣対策と言うよりは、対人間用だし」
「そうですね。本来の用途で使わない様に祈る事にします」
 そんな会話を交わしているうちに、藍里一行はデスナール子爵領のほぼ中央に位置するザルベスに入り、当初から予定されていた表敬訪問の為、デスナール子爵家の館へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

クズ聖王家から逃れて、自由に生きるぞ!

梨香
ファンタジー
 貧しい修道女見習いのサーシャは、実は聖王(クズ)の王女だったみたい。私は、何故かサーシャの中で眠っていたんだけど、クズの兄王子に犯されそうになったサーシャは半分凍った湖に転落して、天に登っちゃった。  凍える湖で覚醒した私は、そこでこの世界の|女神様《クレマンティア》に頼み事をされる。  つまり、サーシャ《聖女》の子孫を残して欲しいそうだ。冗談じゃないよ! 腹が立つけど、このままでは隣国の色欲王に嫁がされてしまう。こうなったら、何かチートな能力を貰って、クズ聖王家から逃れて、自由に生きよう! 子どもは……後々考えたら良いよね?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

思想で溢れたメモリー

やみくも
ファンタジー
 幼少期に親が亡くなり、とある組織に拾われ未成年時代を過ごした「威風曖人亅 約5000年前に起きた世界史に残る大きな出来事の真相を探る組織のトップの依頼を受け、時空の歪みを調査中に曖人は見知らぬ土地へと飛ばされてしまった。 ???「望む世界が違うから、争いは絶えないんだよ…。」  思想に正解なんて無い。  その想いは、個人の価値観なのだから…  思想=強さの譲れない正義のぶつかり合いが今、開戦する。 補足:設定がややこしくなるので年代は明かしませんが、遠い未来の話が舞台という事を頭の片隅に置いておいて下さい。 21世紀では無いです。 ※ダラダラやっていますが、進める意志はあります。

『聖女』の覚醒

いぬい たすく
ファンタジー
その国は聖女の結界に守られ、魔物の脅威とも戦火とも無縁だった。 安寧と繁栄の中で人々はそれを当然のことと思うようになる。 王太子ベルナルドは婚約者である聖女クロエを疎んじ、衆人環視の中で婚約破棄を宣言しようともくろんでいた。 ※序盤は主人公がほぼ不在。複数の人物の視点で物語が進行します。

【完結】モンスターに好かれるテイマーの僕は、チュトラリーになる!

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 15歳になった男子は、冒険者になる。それが当たり前の世界。だがクテュールは、冒険者になるつもりはなかった。男だけど裁縫が好きで、道具屋とかに勤めたいと思っていた。 クテュールは、15歳になる前日に、幼馴染のエジンに稽古すると連れ出され殺されかけた!いや、偶然魔物の上に落ち助かったのだ!それが『レッドアイの森』のボス、キュイだった!

処理中です...