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一月

4.捕獲

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(最低最低最低! 係長まで完璧に課長代理とグルだなんて!! もう、こんな会社、辞めてやるぅっ!!)
 人目もはばからず泣いている美幸は、どう考えても普通の状態とは言えず、エレベーターに乗り込んだ時から周囲にドン引きされていたが、一階に着いてからもロビーのあちこちから視線を集めていた。そして何も考えずに自社ビルを飛び出した直後、大きな壁にぶつかる。

「うおっ、と」
「きゃっ!」
 前方不注意でまともに誰かにぶつかった美幸は、まだ足が本調子では無かった為、踏ん張りきれずに見事に転がって尻餅を付いた。するとぶつかった相手が、慌てて身体を屈めて手を伸ばしてくる。

「悪い、大丈……って、お嬢ちゃん? どうした。今日は凄いブスメイクだが、ひょっとして縦縞模様が今の流行か?」
「鶴田係長! それ、セクハラですっ!!」
 立たせて貰いながら憤然と抗議すると、鶴田は困った様に美幸を見下ろしながら尋ねてきた。

「う~ん、だけどなぁ、マジでそう言われても仕方ない顔だぞ? どうした。もうじき終業時刻だが手ぶらだし、これから外回りじゃ無いよな?」
 困惑顔で見下ろしてくる鶴田に、美幸は盛大にそっぽを向いて横をすり抜けようとした。
「ほっといて下さい! 失礼します、って、ちょっと! 何するんですか!?」
 しかしすかさず腕を掴んできた鶴田に、あっさり捕獲された。

「ブス顔のお嬢ちゃん、一匹ゲット」
「は? だからブス顔って、しかも一匹って何ですか!? 本当に柏木産業の管理職って、ろくでなし揃いですよねっ!!」
「あ~、分かった分かった。あの胡散臭い課長代理か城崎が、何かヘマしやがったんだな。じゃあ取り敢えず俺に付き合え」
 散々抵抗したものの、見た目に似合わない流暢なトークで鶴田に丸め込まれてしまった美幸は、あれよあれよと言う間に開店早々の居酒屋で、彼とテーブルを挟んで向かい合う事になっていた。

「飲む前に一言言っておくが、会社を飛び出すのは止めないが、せめて財布と携帯位は持って飛び出そうな? 帰宅する為の交通費が無いってそんな顔で交番に飛び込んでお金を借りたりしたら、柏木産業の名前に傷が付きかねん」
「……反省しています」
「今日は俺が飲むのに付き合ってくれたら、ちゃんと家に電話して迎えに来て貰うか、タクシー代を貸すから。部外者の俺に愚痴零して、少しはすっきりして帰れ」
 鶴田の小言に全く反論できずに項垂れてから、美幸はある事実に気が付いた。

「あの……、鶴田さんは、外回りから帰社した所では……。社に戻らなくても、良いんですか?」
「さっき課長には、急用ができたから直帰したいと電話して、了解を貰った。報告は明日で良い事になったから」
 事も無げに言われた内容に、美幸はさすがに申し訳なさで一杯になる。

「本当にすみません。思わぬ所でご迷惑を」
「別に迷惑じゃないさ。あんな大泣きしてるお嬢ちゃんを放り出したら、心配で仕事が手に付かないからな」
「……鶴田係長って、見かけによらずフェミニストですね」
「良くそう言われるぞ?」
 鶴田がおかしそうに笑ったところで、店員がビールを満たしたジョッキを運んできた為、二人はそれを軽く合わせて乾杯し、静かに飲み始めた。そして一口飲んだ美幸が、ぼそりと告げる。

「本当に……、うちの屑野郎どもは……」
 心底忌々しげに悪態を吐いた美幸に、鶴田が呆れた様に溜め息を吐く。
「一体、何があった?」
「鶴田さん、聞いて下さい!」
 そして美幸は今日の午後からのあれこれを、順序立てて包み隠さず語って聞かせた。

「……そういう訳なんです。全く、ろくでもない連中だと思いません!?」
「へえ……。そういう事か。なるほど、良く分かった」
 自分に同意して清人達に対して怒ってくれるかと思いきや、鶴田の反応が予想とは違っていた為、美幸は眉根を寄せた。

「鶴田さん。笑ってませんか?」
「うん? 笑ってるぞ?」
 片手で口元を覆い、何やら笑いを堪えている風情の鶴田を問い質してみれば、肯定の答えが返ってきた為、美幸は再び怒り出した。

「鶴田さんまで、私を笑いものにする気ですか!?」
「落ち着け。俺はお嬢ちゃんを笑ったんじゃなくて、あいつがちゃんと任期が満了したら、柏木に課長職を譲り渡す気でいるのが確信できたから、嬉しくてつい笑っちまったんだ」
「は? あいつって、課長代理の事ですよね? それに今の話と、課長の復帰がどう関係あるんですか?」
 いきなり話が飛んだと思った美幸は、意表を衝かれて目を丸くしたが、鶴田は真剣な顔つきで話を続けた。

「今、社内の上層部では『柏木課長代理がこのまま社内に留まって、柏木課長が退職するんじゃないか』と、密かに噂になっている」
「どうしてそんな噂が!?」
「大方の予想に反して、課長代理が柏木が居た頃より業績を上げているし、社長夫妻と養子縁組までしているからな。柏木、うちの課長に続く、第三の次期社長候補と目されてるって事だ」
 淡々と説明された美幸だったが、それを聞いて困惑の色を深めた。

「でも私が見た感じ、課長代理は課長にべた惚れで、絶対服従っぽいですよ?」
「それは直属の部下だから分かる事であって、他部署の人間にそこまではな」
 美幸の話に苦笑いしてから、鶴田は顔付きを改めて、また話を変えた。

「ここで今回のお嬢ちゃんの件だ。一つ質問だが、あの男は無駄な事に時間と手間暇をかけるタイプか?」
「いえ、無駄と判断した事柄に関しては、一秒一円たりとも浪費しないタイプです」
「即答か。じゃあ次の質問。さっきの入札話は、本来二課に持ち込まれるべき案件じゃない。それなのに、どうして二課で取り扱う事になったのか分かるか?」
「それは……、お金にならない仕事だから、本来担当するべき部署から押し付けられた? ……違うか。そんな仕事、理由もなくあの男が引き受けるわけないものね。そうすると……、やっぱり私に嫌がらせする為に、わざわざ引き受けたって事ですか!?」
 自問自答してそんな推測を導き出した美幸だったが、鶴田は小さく首を振った。

「惜しいな。確かにわざわざ引き受けた話だろうが、お嬢ちゃんに嫌がらせする為じゃない。あいつ流の、お嬢ちゃんの超促成栽培の為だ」
「はあ?」
 全くわけが分からなかった美幸は怪訝な顔になったが、そこで鶴田がテーブル越しに僅かに身を乗り出し、低めの声で念を押してくる。

「お嬢ちゃん。ここからの話は、マジで他言無用だが」
「大丈夫です。怒りマックスで、全然酔いが回ってませんから」
 美幸も同様に身を乗り出して頷くと、鶴田は真顔で語り始めた。
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