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七月

番外編 美幸の探偵日記~見守りの視線

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「藤宮さん」
「はい」
 何事かと姿勢を正した美幸に、友子は淡々と、しかし力強く言葉を継いだ。

「私は優治を信じています。ですからあの子が選んだ女性なら、どんな女性であろうが一切反対するつもりはありません。今後とも宜しくお願いします。ご家族の皆様にも宜しくお伝え下さい」
「……はい、承りました」
 そこで静かに頭を下げた友子に、美幸も礼を返した。そして(中小企業とはいえ、流石に社長なだけあってなかなかの迫力。先程までの頼りない感じが一切しなかったわ……)と密かに感心していると、一気に明るい声が湧き起こる。

「いや、めでたい! ここ何年かの疑念も払拭できたし、優治が嫁さんを貰うのも近いぞ!!」
「そうね、今日はお赤飯炊かなきゃ!!」
「あら、いっその事、今日はすき焼きにしない? 淳君、お肉屋さんに行って良いお肉を買って来てくれる?」
「任せて下さい!! ひとっ走り行って来ます!」
「あの、ちょっと待って下さい! くれぐれも今日私達がここに来た事は内密にお願いします。下手に騒がれたら嫌がられると思いますので」
 慌てて美幸が注意事項を口にすると、三人は笑って請け負った。

「勿論大丈夫です」
「心得てますから」
「温かく見守っていきますわ」
「……宜しくお願いします」
 一抹の不安を覚えつつ、城崎からは半ば呆れた視線を受けながら、美幸は高須家を後にしたのだった。


 その日、美幸が帰宅してからの藤宮家での会話。

「……というわけで、高須さんのお家の方は全員《年上だろうがバツイチだろうが優治が選んだ女性なら変な人間な訳ないから大歓迎》的なノリで、大盛り上がりでした」
 美幸がそう話を締めくくった途端、その場全員から素直な感想が漏れる。

「やった。じゃあ心配要らないよね。またフラワーガールやりたいなぁ」
「まかせて、ぼくもゆびわはこぶ!」
「早速、式場と披露宴会場の物色をしておかないとな」
「お父さん。そんな仏頂面しないで。先方が挨拶に来てくれる時までに、もっと心を広くしておいて下さいね?」
「…………」
 そんな思い思いの事を口にしている家族に、美幸は一応釘を刺した。

「あの……、美野姉さんは私達が高須さんとの事を知ってるとは思ってないんですから、本人から口にするまで囃し立てたりしないで下さいね?」
「分かってるよ」
「心配性ね」
 余裕で微笑む姉夫婦から、美幸は姪と甥に顔を向ける。

「美樹ちゃんも美久君も大丈夫?」
「任せて」
「おくちにチャック、だよね?」
「……うん、宜しく」
 いい笑顔で力一杯頷いた子供たちに美幸が曖昧に笑った所で、外出先から美野が帰って来た為、その話は終わりになった。


 それから数日後の、柏木産業内での会話。

「ねえ、美幸…、最近家の皆、変じゃない?」
「変って、何が?」
 揃って出社し、エレベーターホールで並んで待っていた時に、美野が思い出した様に美幸に囁いた。それに美幸が首を傾げつつ小声で応じると、美野が困惑した表情で告げてくる。

「美子姉さんと秀明お義兄さんは、なんて言うか……、その、生温かい視線で見てくるし。『何か用ですか?』って聞いても、その都度『何でも無いから』って言われるのよ」
「そうなんだ……」
「かと思えば、お父さんは急に泣き出すし。何だか情緒不安定みたい」
「……痴呆症でも始まったかな?」
 奇行の理由を正確に察した美幸が惚けようとすると、美野が真顔で叱責した。

「馬鹿な事言わないの! おかしいと言えば……、昨日美久君が『ぼく、もうしっかりあるけるから。にもつはこびもバッチリだよ?』って廊下でいきなり胸を張ってるし。それは見ていれば分かるんだけど……」
「ほら、子供だから、無性に自分の成長ぶりをアピールしたい時ってあるんじゃない?」
「成長と言えば美樹ちゃんも『お気に入りのフォーマルドレスが、来年になったら着られなくなっちゃうな~』って言われても、私に美樹ちゃんの成長を止められる筈がないし、どうしようも無いんだけど……」
「そうだよね……」
 困惑しきりの美野に、美幸は子供達の秘密にしつつの精一杯のアピールに内心頭を抱えたが、ここでやってきたエレベーターに乗り込んだ為、その話はそこで終わりになった。
 そして法務部のあるフロアで美野が降り、美幸は安堵して自分の職場に向かった。

「おはようございます」
「ああ、おはよう、藤宮」
 先程の話題の隠れた主役である高須に挨拶された美幸だったが、いつも通りの挨拶を交わした。そして鞄を片づけて仕事の準備を進めていると、隣の席で何もない机上を凝視しながら、高須が考え込んでいるのが目に入る。

「高須さん、何か仕事上で問題でもあったんですか? でもそれにしては、資料とかありませんね」
 怪訝に思った美幸が尋ねてみると、高須は笑って手を振った。
「いや、仕事じゃなくて、プライベートなんだ。最近家族の様子が何となくおかしくてな。ちょっと考え込んでただけだから」
 それに思い当る節があり過ぎる美幸は、僅かに顔を引き攣らせながら尚も尋ねてみた。

「因みに……、どこがどう変だと?」
 その問いかけに、高須は考えながら具体例を挙げてきた。
「そうだなぁ……、まず母親がしきりに一人暮らしを勧めてきて。『通勤も大変だし、家にいると始終家の事を手伝って、休日でも休めないだろうから、思い切って独立してみたらどう』って。確かにこれまでも色々言われてきたけど、最近妙に熱心っていうか、俺に断りなしに物件を漁ってるんだ。しかも『大は小を兼ねるって言うし、最初から広めの物を』って2LDK以上の物件データを勧めてきて。一人暮らしには無駄だと思うだろ?」
 そう同意を求められた美幸は、ぎこちなく頷いた。

「はあ……、確かに独り暮らしなら無駄、ですね」
「おまけに義理の兄が『金の事以外なら、人生の先輩として何でも相談に乗るから』って、妙に熱くてな。何なんだろう、あのテンションの高さ……」
「……明るそうな方ですね」
「うん、元から陽気なんだけどな。それと姉が、最近妙に俺だけご飯の量やおかずの数を多くよそうんだ」
「…………弟さん想いの、良いお姉さんですね」
「確かに昔から面倒見が良いタイプだったが。細かい事は他にも色々あるし。どうなってるんだろう……。良く考えてみたら、三日前の晩、理由が分からないまますき焼きを食べてから変なんだよな。あれに何か変な物でも入ってたんだろうか?」
 そう言って眉間に皺を寄せつつ再び無言で考え込み始めた高須から視線を外した美幸は、二人の様子を窺いつつその会話も聞いていたらしい城崎と目が合い、その瞬間溜め息を吐かれたのが分かって一人項垂れたのだった。
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