教科書通りの恋を教えて

山鳩由真

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後日談ーもう一度あの時をー 双子の義弟12

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「あ……ノア?」

 二、三揺さぶると、郁は気だるげにうっすらと潤んだ瞳を開いた。意識があることに安心したノアは、郁に腹を立てていたことを思い出してさっと手を引く。

「大丈夫だよ。心配してくれたの?」

「ちがう……えっと……」

 郁は嬉しそうに微笑んだ。柔らかい笑みは、今まで出会った誰のものよりも綺麗だ。ノアの顔はみるみる赤くなった。さらには音が聞こえそうなくらい、心臓が跳ねている。

 なんだ……? 何で、またドキドキしてるんだ? Damn it! こいつは、敵なのに……っ!

 自分の変化に精一杯のノアの様子に気づかない郁は、座り込んだまま穏やかな声で告白した。

「ありがとう。ごめんね。ちょっとだけ、だるくて……。二人はまだ、性別検査を受ける前だとは聞いていたけど、念のため、落ち着いてから部屋に戻ろうと思って……」

「だるい? 具合が悪いの? 風邪ひいた?」

 胸のドキドキをごまかすように矢継ぎ早に聞くノアに、郁はゆるく首を振った。

「あのね……俺は、オメガなんだ。抑制剤を飲んでいるから、普段は周りにフェロモンを振りまくことはないけど、さっきヒートになる感じがあって、薬を追加で飲んだんだ。ちゃんと効いてから部屋に戻らないと、二人に嫌な思いをさせてしまうかもしれないと思って、何も言わずにバスルームにこもってしまって……。ごめんね」

「えっ……。オメガ……」

「病気じゃないから、大丈夫だよ」

 母親も祖母たちもアルファかベータしかいないノアにとって、郁は初めて出会ったオメガだった。
 いや、人口比で考えると同じクラスにいなくても学校内には数人いるのだろうが、まだ自分の性別が確定していなかったので、それまで意識したことがなかった。だから、正確には初めて性別を意識したオメガ、という表現が正しい。
 オメガ性の特性などはすでに学校の授業でも習っていた。大昔にはオメガ種の人間を性奴隷のように扱っていた時代があったと歴史で習った。現代ではそんな差別をする人間の方がダメなことも知っている。オメガ種を軽々しくビッチなどと呼んだりしたら、急進的なオメガ種の人権団体に刺殺される可能性だってあるくらいだ。ただ、地域によってはいまだオメガ種を蔑視する風潮も残っている。さっき自分が思ったように、オメガ種はなよなよしいとか、普通の男型より非力な傾向があることを揶揄するのは、近くにオメガ種がいないからこそ言えることだった。まさか、この目の前の人間がそのオメガだとは。
 弱々しく壁に凭れて潤んだ瞳で見上げてくる、この、可憐なひとが。

「……どうした? ノア?」

 不思議そうに小首をかしげる郁に、咄嗟に言葉が出てこない。
 なんでドキドキが止まらない? なんか、いい匂いもする気がするし、フェロモンは出ないって言ってるけど、こいつ、嘘ついてるんじゃ……?
 だって、おかしいじゃないか、こんなにドキドキするなんて?!
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