上 下
100 / 100

職業選択の自由

しおりを挟む
 死霊に支配されたイバンス王国は解放された。
 死霊信仰教団により汚染された地下鉱脈も復活を果たしたゼロにより死霊の気脈を完全に遮断され、その後にセイラ達によって浄化された。

 国民の大半を失い、一度は国を奪われながらも生き延びた女王シンシア・イバンスはその責任を取るために王位を返上することを表明したが、それを認めなかったのは他ならぬイバンスの国民だった。
 小国であるイバンスを経済力で国力を高め、公平で安定した治世を布いてきた若き女王を慕う国民が多く、その国民の求めに応じて女王の座に再び座ることとなった。
 それでも国として失ったものはあまりにも大きく、自国の力だけでの復興は不可能に近い。
 そこでシンシアは未だ豊富な鉱物資源を対価として連合軍に参加した各国の支援の下で国の立て直しを進めることにした。
 その復興支援の中心となるのが真っ先に軍や冒険者を派遣し、その功績も一番大きいアイラス王国だ。
 アイラス国王からの信任を受けた貴族エルフォード家が介入して経済の盤石化を図り、復興が進められた。

 それでも如何ともし難いのは人口の激減である。
 国民の大半を失ったイバンス王国では幾つもの都市を立て直すことは敵わず、王都と鉱山の街、草原の都市を優先して復興し、他の都市は放置されたままだ。
 国の治安を維持する兵力も破綻しているが、これは支援各国の治安維持連合部隊に頼ることになる。
 アイラス王国が中心となり、軍事的緊張が発生しないように調整されながら部隊の配備が行われた。

 しかし、深刻なのは国内の面倒事を請け負う冒険者の不足であった。
 チェスターとカミーラを中心に鉱山の街の冒険者や他の都市の冒険者の生き残りもいるが、とてもではないが手が足りない。
 そこで、各国の冒険者ギルドが協力し、冒険者の人材交流の名目で一時的に国の垣根を越えた冒険者の行き来が行われることになり、チェスターとカミーラが中心となって冒険者の増強が図られている。
 その中にはアイラス王国冒険者ギルドから派遣されたリックスの姿もあり、新人冒険者の育成に当たっていた。

 こうしてイバンス王国は再起の道を進み始めたのだが、この国を解放するために最大の功績を挙げた冒険者の名を知るイバンス国民は少ない。
 それは例によってゼロが功績から逃れたわけではなく、イバンス王国解放のために力を尽くした全ての者が救国の英雄と称えられたらからである。
 数多の英雄の名が語り継がれる中でゼロの名はひっそりと埋もれていった。
 
 ゼロの仲間達もアイラス王国に戻ったが、イバンス王国解放の功績を認められ、重戦士オックス、弓士リリス、精霊騎士ライズはそれぞれ金等級へ昇格し、勇者として認められた。
 今ではアイラス王国やイバンス王国だけでなく、他国からの依頼を受けて世界中を駆け回っている。

 セイラは再びシーグル教の聖女としての信託を受け、アイリアも再び直近護衛士としての任に就くことになった。
 ただ、2人は相変わらず風の都市の冒険者として活動しているが、銀等級になった今もパーティーには恵まれていないようだ。

 サイノスとの戦いで片腕を失ったグレイだが、国に戻った彼は非常に厳しい立場に立たされることになった。
 それは片腕を失ったことによる軍務への支障ではない。
 現に片腕となっても槍や剣の腕に衰えは認められず、中隊の誰もが片腕のグレイに勝つことが出来ないほどで、グレイの希望もあり、聖監察兵団特務中隊の中隊長として変わらずに任務に就いている。

 そんなグレイを追い詰めているのはイザベラとエミリアだ。
 アイラス王国に帰還したグレイが同じく帰還したイザベラに対して言った一言がイザベラの逆鱗に触れたのである。
 それはグレイにしてみれば、何気ない、他意のない言葉だったが、グレイにとっては致命傷となった。

「乙女の祈りリザレクション?イザベラさんも乙女だったんですね」

 この言葉を聞いたイザベラは激怒すると共に敵の首級を挙げたとばかりの勢いで

「乙女の純情を踏みにじられました!責任を取りなさい」

とグレイに迫ったのである。
 挙げ句、イザベラはグレイの承諾無しのまま実家のリングルンド家にグレイの婿入りを宣言しようとしたのだが、リングルンド家は孤児であり家名を持たぬグレイの婿入りを認めなかった。
 しかし、その程度で引き下がるイザベラではない。
 グレイの婿入りが叶わぬというならば、あっさりとリングルンドの名を捨て、出奔してしまったのである。

 ここまではグレイの預かり知らぬ話しであったが、ここからが大変だった。

「グレイのせいでリングルンドの家名を捨てた責任を取りなさい!」

と無茶なことを言い出し、リングルンドの家名を正式に捨てる直前の間隙を突いて、貴族と聖騎士の権限を乱用し、半ば強引にグレイに「イフルード」の家名を負わせてしまったのである。

 抵抗の余地なくグレイ・イフルードとされたグレイ。
 最後のとどめとばかりにイフルード家に嫁入りしようとしたイザベラだったが、最後の最後でその計画をエミリアに阻止されてしまう。

「グレイ隊長は私の隊長です!」

と負けじと宣言したエミリアに対して

「私は愛人の1人や2人くらいは黙認する度量がありますの。だから貴女は愛人1号に収まりなさい!」

と言い放ち、何時かの宣言どおりエミリアに宣戦布告をしたのである。

「愛人というならば、その立場は貴女でもいい筈です!それにイザベラさんは強引なのですから、私が正妻、イザベラさんが愛人だとしてもグレイ隊長を振り回すでしょう?だったらその方が公平なのではありませんか?」

とエミリアも譲らない。
 グレイの意見は全く聞き入れられない中で喧々囂々と続く2人の舌戦だったが、やがて2人ともに

「結局のところグレイと一緒にいられるのならば、正妻だろうが愛人だろうがどちらでもいいのでは?」

という雰囲気になりつつあり、当事者でありながら発言権の無いグレイはその様子を見て逃げ道が無くなりつつあることに気づいたのだった。
 因みに、そんな3人の様子を窺っていたシルファは乙女の戦いに参戦することなく愛人2号の地位を確保すべく画策していたことをグレイは知る由もなかった。
 神を信じない神官戦士グレイの苦労は尽きることはない。

 そのような戦いが繰り広げられているとはいざ知らず、アイラス王国風の都市の外れの森の中の一軒家。
 言わずと知れたゼロの家では家の外に出したテーブルで無事に生還したゼロがレナとシーナの3人でお茶を飲みながら優雅な午後の一時を過ごしていた。
 傍らではイズとリズの兄妹がオメガ達アンデッドを相手に訓練を行っている。

 無事に生還したとはいえ、ゼロが受けた身体のダメージは大きく、右足が不自由になり、歩くのに杖が必要になった。
 それもこれも死霊と化した際に人間の範疇を越えた戦いをした結果だ。
 冒険者としては致命的なのだが、それでもゼロは冒険者を辞めることはせず、今でも高位冒険者でありながら余りものの依頼を請け負う、のんびりとした冒険者生活を送っていた。

「たまにはこうして何もない日常もいいですね。私もこうなっては無理はできませんし、暫くはのんびりしますよ」

 お茶を飲みながらしみじみと語るゼロ。

「イバンス王国も解放され、ゼロさんも無事だった。障害は残りましたが、私はゼロさんが無事ならばそれだけで十分です。ゼロさんの生活を支えて一緒に過ごせるだけで幸せです」

 しみじみとシーナが話せば、レナも

「ホント、ゼロももう無理が出来る身体ではないから一安心だわ。それに、私の身体もゼロに傷ものにされたのだから責任を取ってもらわなくちゃいけないしね」

と話しながらローブをはだけてゼロに噛まれた肩口の傷を見せつければシーナも

「レナさん抜け駆けはズルいですよ。その傷だけでなく、ゼロさんには色々として貰ったのでしょう?」

と見てもいない事実を的確に突いてくる。
 挙げ句に

「ゼロさんの挙動を見ればお見通しです。なんなら私にも傷をつけてもいいんですよ?むしろ大歓迎です」

と悪戯っぽく笑いながら肩を見せてくる始末だ。
 そんな2人から目を逸らしてリズ達の訓練を指導しながらお茶を飲むゼロだが、レナとシーナの会話をリズも聞き逃しておらず、訓練をしながらゼロの様子を窺っている。

 目のやり場に困って背後を振り向けば、そこには赤い瞳でありながらゼロを白い目で見下ろしているアルファが控えている。
 何故だろう、ゼロは自宅でありながら居心地が悪い。

「主様!そろそろ誰を選ぶか決断してください。私は主様の娘として輪廻転生することを決めたのです。早く誰をお母様にしたら良いのか決めてください。お・と・う・さ・ま!」

 アルファの破壊的発言にレナ、シーナ、リズの目の色が変わった。
 ゼロとアルファを狙う捕食者の視線だ。
 イズですら

「リズ、この機会を逃すな」
「はい、お兄様」

リズに耳打ちをしている。

 レナが立ち上がってアルファを見た。

「アルファ、私ならば強力な魔力を継承出来るわよ」
「いえ、私の事務処理能力や家事能力も現実的でいいですよ。むしろ今のゼロさんに必要なのはそういうバックアップです」
「私には死霊術の能力もあります。きっとアルファやゼロ様との相性も抜群です」

 ゼロにだけでなく、アルファにまでアピールを始める3人。
 心身共に危険を感じたゼロが杖を手に立ち上がる。

「さて、明日も仕事・・」
「ゼロさんには暫く仕事はありませんよ!」

 最早どこにも逃げ場の無いゼロ。
 死霊術師の冒険者ゼロの気苦労もまた果てしない・・・・。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

季節
2020.11.28 季節

upお疲れ様です( ΦωΦ )

新米少尉
2020.11.28 新米少尉

ありがとうございます。
物語も佳境に入ってきました。
最後まで見届けていただけると嬉しく思います。

解除

あなたにおすすめの小説

職業選択の自由~とある死霊術師の旅路~

新米少尉
ファンタジー
これは職業「死霊術師」として生きた男の歩んだ道。 既投稿作品の「職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~」「職業選択の自由~死霊に支配された王国~」の結末の短編です。 申し訳ありませんが、本編だけでは成立せず、前記作品(少なくともネクロマンサーを選択した男)を読んでくれた方にしか分からない内容です。

職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~

新米少尉
ファンタジー
「私は私の評価を他人に委ねるつもりはありません」 多くの者達が英雄を目指す中、彼はそんなことは望んでいなかった。 ただ一つ、自ら選択した道を黙々と歩むだけを目指した。 その道が他者からは忌み嫌われるものであろうとも彼には誇りと信念があった。 彼が自ら選んだのはネクロマンサーとしての生き方。 これは職業「死霊術師」を自ら選んだ男の物語。 ~他のサイトで投稿していた小説の転載です。完結済の作品ですが、若干の修正をしながらきりのよい部分で一括投稿していきますので試しに覗いていただけると嬉しく思います~

職業選択の自由~神を信じない神官戦士~

新米少尉
ファンタジー
 その男は神を信じていない。この世界に神が存在していることは事実であり、彼もその事実は知っている。しかし、彼にとって神が実在している事実など興味のないことだった。そもそも彼は神の救いを求めたり、神の加護を受けようなどという考えがない。神に縋るのではなく、自分の人生は自分で切り開いていこうと心に決め、軍隊に入り戦いの日々に明け暮れていた。そんな彼が突然の転属命令で配属されたのは国民の信仰を守るべき部隊であった。これは神を信じていない神官戦士の物語。 職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~の外伝です。

「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※シファルルート

ハル*
ファンタジー
コミュ障気味で、中学校では友達なんか出来なくて。 胸が苦しくなるようなこともあったけれど、今度こそ友達を作りたい! って思ってた。 いよいよ明日は高校の入学式だ! と校則がゆるめの高校ということで、思いきって金髪にカラコンデビューを果たしたばかりだったのに。 ――――気づけば異世界?  金髪&淡いピンクの瞳が、聖女の色だなんて知らないよ……。 自前じゃない髪の色に、カラコンゆえの瞳の色。 本当は聖女の色じゃないってバレたら、どうなるの? 勝手に聖女だからって持ち上げておいて、聖女のあたしを護ってくれる誰かはいないの? どこにも誰にも甘えられない環境で、くじけてしまいそうだよ。 まだ、たった15才なんだから。 ここに来てから支えてくれようとしているのか、困らせようとしているのかわかりにくい男の子もいるけれど、ひとまず聖女としてやれることやりつつ、髪色とカラコンについては後で……(ごにょごにょ)。 ――なんて思っていたら、頭頂部の髪が黒くなってきたのは、脱色後の髪が伸びたから…が理由じゃなくて、問題は別にあったなんて。 浄化の瞬間は、そう遠くはない。その時あたしは、どんな表情でどんな気持ちで浄化が出来るだろう。 召喚から浄化までの約3か月のこと。 見た目はニセモノな聖女と5人の(彼女に王子だと伝えられない)王子や王子じゃない彼らのお話です。 ※残酷と思われるシーンには、タイトルに※をつけてあります。 29話以降が、シファルルートの分岐になります。 29話までは、本編・ジークムントと同じ内容になりますことをご了承ください。 本編・ジークムントルートも連載中です。

プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~

笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。 鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。 自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。 傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。 炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

パーティーを追放された落ちこぼれ死霊術士だけど、五百年前に死んだ最強の女勇者(18)に憑依されて最強になった件

九葉ユーキ
ファンタジー
クラウス・アイゼンシュタイン、二十五歳、C級冒険者。滅んだとされる死霊術士の末裔だ。 勇者パーティーに「荷物持ち」として雇われていた彼は、突然パーティーを追放されてしまう。 S級モンスターがうろつく危険な場所に取り残され、途方に暮れるクラウス。 そんな彼に救いの手を差しのべたのは、五百年前の勇者親子の霊魂だった。 五百年前に不慮の死を遂げたという勇者親子の霊は、その地で自分たちの意志を継いでくれる死霊術士を待ち続けていたのだった。 魔王討伐を手伝うという条件で、クラウスは最強の女勇者リリスをその身に憑依させることになる。 S級モンスターを瞬殺できるほどの強さを手に入れたクラウスはどうなってしまうのか!? 「凄いのは俺じゃなくて、リリスなんだけどなぁ」 落ちこぼれ死霊術士と最強の美少女勇者(幽霊)のコンビが織りなす「死霊術」ファンタジー、開幕!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。