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総力戦1

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「思ったよりも少ない。やはり虚勢だったようね」

 ベルベットは正面の丘の麓に布陣した敵軍を見渡した。
 アンデッド故に一糸乱れぬ動きで陣形を組んでいるが、敵の数はせいぜい3千、自軍の2万に比べて問題にもならない戦力差だ。
 しかし、冷静なベルベットはネクロマンサーの厄介さを知っているし、甘く見てもいない。
 3千の敵を全滅させても術者を倒さないことにはアンデッドは際限なく湧き出してくる。
 戦いが長引けば結果的に3千以上の敵を相手に戦う必要があるのだ。
 しかも、アンデッドには補給も休息も不要だ、少数だからといって侮ることはできない。

「元々は陽動部隊、陽動に乗せられて時間を掛ける必要はないわ。あの程度の敵ならば一気に押しつぶせる。歩兵1番隊から5番までの5千と騎兵3、4番隊の2千は前進!敵部隊を殲滅して後方に潜んでいるネクロマンサーを殺しなさい」

 ベルベットの指令を受けて魔王軍7千が前進を開始した。
 2千の騎兵隊が突撃して敵の陣形を崩し、後続する5千の軍勢で蹂躙する、基本的でありながら効果的な策だ。
 ケンタウロスがランスを構え、その後方に剣を抜いたダークエルフの騎兵が続く。
 並みの兵隊ならばその矢面に立たされれば恐怖を感じ、場合によっては背走し、陣形を崩してしまうこともあるだろう。
 しかし、魔王軍騎兵に対峙しているのは感情の無いアンデッド、一分の乱れも生じることがない。
 そして、その槍先が大盾を並べるスケルトンの防御壁に激突する瞬間、突如としてスケルトン達が姿を消した。
 虚を突かれたケンタウロスの足並みが乱れて先頭の数騎が転倒、更に後続が巻き込まれて微々たる損害が生じる。

「ふふっ、これも欺瞞?随分とバカにされたものね」

 ベルベットは余裕の様子で混乱した部隊の立て直しを命じた。
 前進した部隊は新たな敵がどこから出現しても対応できるように周囲を警戒する。
 そんな彼等の正面に位置する丘の上に立つ人影があった。
 燃えるような赤い髪の男、ヴァンパイアのオメガだった。
 オメガは魔王軍に対して恭しく一礼する。

「魔王軍の方々、私めの戯れ遊びにまんまとお付き合い頂きましてありがとうございます。これにて前座は幕とさせて頂き、ここから先は我が主の悪巧み、骨の髄までお楽しみください」

 まるで舞台の口上のように告げたオメガは再び一礼すると霧と化して姿を消した。

 ベルベットが先行部隊に索敵を命じ、更に後方に待機している部隊にも警戒を命じたその時

「攻撃開始!」

戦場に響き渡った声と共に予想外の方向からの猛攻を受けた。

 ゼロの号令の下、スケルトンナイト、デュラハン、ジャック・オー・ランタンが突撃を仕掛けた。
 彼等が襲いかかったのはベルベットの指揮する魔王軍部隊の後方に待機していた魔導部隊だった。

「後方からっ?まさか!」

 ベルベットが振り返って目にしたのは背後の国境に連なる山の入口、その岩の上からこちらを見下ろしている漆黒の戦士と彼を守る8人の戦士達。
 そして、その下の山の入口に展開している数百のアンデッドだった。
 アンデッドの一部は奇襲を受けて混乱の最中にある魔導部隊と補給部隊に襲いかかっている。

「後背に陣地転換!魔導部隊は混乱を収拾して反撃。歩兵8番隊と11番隊は魔導部隊と補給隊を援護しつつ敵を押し戻しなさい!」

 ベルベットの表情から余裕の笑みが消えた。

 アンデッドを指揮するゼロの眼下では混乱に包まれた魔王軍の後方部隊に多大なる損害を与えているが、魔王軍の反応も早く、混乱も収まりつつある。

「5、6百程度の損害を与えましたが、そろそろ潮時ですね」

 ゼロは突撃した部隊に後退を命じ、山の入口に防御線を張った。
 ベルベットも直ぐには反撃に出ず、部隊の陣形を整えることを優先する。

「やってくれたわね。こんな単純で馬鹿げた策を講じてくるとは思わなかったわ」

 ベルベットは忌々しげにゼロを睨んだ。

 大それた宣戦布告の後、ゼロ達はベルベットの軍が到着する前に戦場にたどり着き、国境の山に潜んで魔王軍の後方から奇襲する機会を狙っていた。
 ゼロは魔王軍を相手に最初から正面から戦おうとは考えていなかったのである。
 ハッタリをかまして魔王軍に正面決戦だと誤解させ、オメガに指揮させた数千のスケルトン等の下位アンデッドを見せつけてその誤解を信じ込ませる。
 しかし、その実はゼロ達は後方の山に潜んで奇襲攻撃を目論んでいたのだ。
 単純故に利口な敵である程陥り易い、これが仲間達からも呆れられたゼロの悪巧みだったのである。

「本当に上手くいったな。策に嵌まった敵の顔を拝むことができたぞ。ありゃあ相当怒ってるな」

 オックスが呆れながらため息をついた。

「魔族をペテンにかけるなんて、やはり私が真っ当に矯正して差し上げないと」

 リズが相変わらず物騒なことを呟いているが聞かなかったことにする。

「ゼロ、ここからどうするの?軽く見積もっても戦力差は20倍以上よ。勝算はあるの?」

 傍らに立つレナがゼロを見上げた。

「勝算?そんなものありませんよ。できることならこのまま2日程睨み合いをして役割を果たしたら一目散に逃げ出したいものです」
「そんなこと考えていたの?」
「はい、私は勇者でも英雄でもありませんので、能力以上の奇跡の力なんてありませんからね。自分の責務を果たすだけで精一杯ですよ」

 ゼロは眼下に広がる魔王軍を見渡した。
 陣形を立て直した魔王軍は直ぐにでも攻撃に転じてくるだろう。
 ゼロは背後に立つ皆を振り返った。

「まあ、期待どおりにはいきませんね。さあ、ここからは地の利を生かした戦いで時間を稼ぎましょう。自らに課した責務だけはなんとしても全うしなければなりません、総力戦です!」
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