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戦いの火蓋は切られた

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 魔王軍を出し抜いて捕らわれた人々を救出したことにより砦の士気は一気に高まった。
 しかも1人の犠牲者も出していないのだからその興奮もひとしおだ。
 その功労者であるレオンは英雄と称えられた。

「また大したことしてないのに英雄扱いされた・・・」

 1人肩を落とすレオンを囲む彼の仲間達も複雑な表情だ。

「確かに、英雄と呼ばれても中身が伴っていないな」
「でも、これからよ。これから成長すれば・・・ね」
「英雄の名と実力に差がありすぎるわ・・・」

 カイル、ルシア、マッキの言葉を聞いたレオンは一層暗くなる。
 その様子を見ていたレナ達が笑いながら声を掛けた。

「今回の貴方は間違いなく英雄よ。英雄とはなにも戦って勝つだけじゃないの。戦わずして多くの人々の命を救う方がよほど難しいのよ」

 レナの言葉にイザベラとアランも同意する。

「確かに、あの時の貴方は少し頼りないけど英雄だったわよ」
「あれだけの軍勢の前にして見事に英雄を演じた。これは本物の資質がなければ成し得ないことだ」

 それらの言葉を聞いてレオンが顔を上げる。

「そう・・・かな。俺でも少しは英雄に近づけたのかな?」

 表情が少しだけ晴れたレオンだが、カイルとルシアが追い打ちをかける。

「ダメですよ皆さん。レオンが図に乗ります」
「そうですよ。レオンはお調子者だからこういうときは誉めずに厳しくした方がいいんです」

 レオンは再び涙目になり、それを見た皆が笑った。
 魔王軍を前に危機的状況の中、ほんの少しだけ皆の心が和んだ。

 一方で魔王軍の指揮官の1人、魔人タリクは怒りに震えていた。
 レオンを追って損害を受けたタリクの軍団は一旦後退して体勢を立て直している。

「虚仮にしやがって!」

 運悪くタリクのそばにいたオークがタリクに殴られて頭部が粉砕されて倒れた。
 その様子を見た他の兵がタリクを恐れて距離を取る。

「やめろ、貴重な兵を無駄に減らすな」

 ゴルグがタリクを諌めるが、タリクは聞く耳を持たない。
 もはやゴルグですらタリクを止めることはできなくなってきている。

「ここまで虚仮にされて黙っていられるか!俺の軍団だけであの砦を落としてやる!皆殺しだ!」
「待て、先走るな!」
「うるせえっ!落としちまえば魔王様だって何も言わねえよ!」

 言いながらタリクは指揮下の軍団に総攻撃を命令した。
 タリクが指揮する軍団約1万が進軍を開始したとなるとゴルグの軍団も動かざるを得ない。

「やむを得ん!我が軍団も前進しろ!」

 タリクに続いてゴルグの軍団も動き、2万の軍勢が砦に向かって前進を開始した。

 砦の見張り台の兵が早鐘を打ち鳴らしながら叫ぶ。

「敵軍に動きあり!敵全軍が進軍を開始!こちらに向かっている!」

 砦内の守備隊が一斉に臨戦態勢を取る。

「弓部隊、魔法部隊、その他に遠距離攻撃が可能な者は防壁の上に上がれ!」

 国境警備隊長が号令を掛ける。
 現在この砦には第1騎士団、第2軍団、聖騎士団、国境警備隊等いくつもの部隊が集合していてそれぞれに指揮官がいる。
 しかし、指揮系統が一本化していないと混乱が生じてそこに隙ができる可能性があるため、砦の守備戦闘に関しては国境警備隊長が指揮を取ることになっているのだ。

「第2軍団の剣士大隊と冒険者の前衛職も防壁の上に上がり防壁に取り付いた敵の対処に当たれ!槍大隊と第1騎士団は砦内で待機!万が一敵が砦内に侵入した時に備えよ!聖騎士団、冒険者の後衛職は避難民の護衛だ!」

 国境警備隊長が次々と指示を出し、各隊が配置に付く。

「敵、更に接近!攻城兵器は見られないが、トロルを前面に押し出している!力業で扉を破るつもりだ!他に防壁を登るための梯子が多数!」
「扉を目指す敵と梯子を持つ敵に狙いをつけろ!防壁に取り付かせるな!」

 見張り兵の報告を受けた国境警備隊長の指示に防壁上の各員が目標に狙いを定める。
 レナは先頭を走るトロルの部隊に狙いを定める。
 リリスやリズ、アイリアは防壁に取り付こうと梯子を持つオークや帝国兵だった者を狙う。

「引きつけろ!射程に入ったら一斉攻撃だ!・・・放てっ!」

 隊長の声を合図にレナは敵トロルの先頭集団目掛けて雷撃の雨を降らせた。

バチッ!!バリバリッ!

 激しい雷鳴と共に先頭を走っていたトロル数体に稲妻が直撃、更にその稲妻が周囲のオークに飛び移って黒こげにする。
 リリスの放った矢がオークの頭を吹き飛ばせば、その隣のリズの矢は帝国兵だった者を貫通して後ろを走る別の兵に突き刺さる。
 国境警備隊の弓隊は集団を生かして矢の雨を敵先頭部隊に降らせてその足を鈍らせる。
 その他に魔術師や精霊使い達が炎や真空波を浴びせかけた。
 高低差のある防壁からの攻撃は進撃してくる魔王軍に対して一方的な打撃を与え、魔王軍の兵が次々と倒れた。

「怯むな、数で押し切れ!砦に取り付け!下がる奴は俺が殺してやる!」

 恐怖で支配する魔王軍は立ち止まることも許されず、狂気に満ちて進み続ける。
 やがて魔王軍からの攻撃も届く距離まで接近し、反撃が始まった。
 魔物の強靭な筋力から放たれる矢は下から打ち上げるにもかかわらず防壁の上にいる兵に容易く届き、その犠牲になる者が増え始めた。

「盾を持つ者は防壁の上に並んで敵の攻撃を受け止めろ!攻撃は盾の隙間から行え!犠牲を増やすな!」

 隊長は冷静に指示を出し続けるが、魔王軍は徐々に砦に接近してくる。
 レナも正面扉に向かう敵の前に炎の壁を出現させるも、殺到してくる後続に押されて立ち止まることも許されない敵は炎の壁に次々と突入して火だるまになる。
 それでも止まることのない敵軍は倒れた仲間を踏み越えて徐々に炎の壁を突破し、いよいよ正面扉にトロルが取り付き、巨大なハンマー等で扉に打撃を加え始めた。
 取り付いたトロルに防壁の上から煮えた油が振り撒かれ、更に魔術師の炎撃魔法を受けてトロル達は炎に包まれるが、それでも力尽きるまで扉に攻撃をし続ける。

「狂ってるわ・・・」

 その様子を目の当たりにしたレナは背筋が寒くなったが、それでも攻撃の手は緩めず、得意の雷撃魔法、炎撃魔法を撃ち込み続け、着実に敵を撃ち減らしていった。
 しかし、レナ達の猛攻撃も虚しく、正面扉だけでなく防壁にまで敵が到達、壁に梯子を掛けて外壁を登り始めた。

「敵が防壁に取り付いた!梯子を壊せ!敵を叩き落とせ!」

 隊長の声が響き渡る。
 戦いはまだ始まったばかりであった。
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