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レイとサラ
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瞬間、わずかだがレイの翡翠色の瞳に冷たい光が過ぎる。そのことに気づいているのかいないのか、クランツは続けて言う。
「そうえいえばさっき、サラって子の名前を聞いてレイ一瞬、動揺したよね。誰も気づかなかったみたいだけど、僕はすぐ分かっちゃったよ。その娘、レイの知ってる子?」
クランツの問いかけに、レイは肯定も否定もしない。
ただうっすらと、その口元に微笑みを浮かべるだけ。しかし、クランツはレイの静かな笑みを肯定ととらえたようだ。
「そっか、レイの知り合いの子が今はハルの恋人か。何か運命的なものを感じるね。僕、サラって子に興味があるから会ってみようかな。ついでに、アイザカーンの暗殺者を雇ったその貴族の男を殺してくる。これ以上〝漆黒の疾風〟なんて騒がれたらハルが迷惑するだろうし」
「アルガリタの王宮に忍び込むつもりですか?」
クランツはそうだよ、と何でもないことのように言ってうなずく。
「あまり、無茶なことはなさらないように」
レイが自分の身を心配をしてくれている。そう思ったクランツの表情が嬉しそうにぱあっと輝く。
「レイが心配してくれるなんて嬉しいな。うん、安心して。アルガリタの王宮に忍び込むのも、そいつを片付けるのも難しいことじゃないけど、レイがそう言うなら無茶はしない。でも、僕のこと気遣いながら、レイ、僕を殺そうとしているね」
あたりでしょう? と、クランツはとくに警戒をするふうでもなく小首を傾げてレイを見上げる。クランツの石灰色の瞳が悲しげに揺れる。
「まさか、ご冗談を」
「いいよ、隠さなくて。だって、レイすごい殺気を放ってるよ」
と言って、クランツは手を伸ばし、レイの腰に下げられた二本の剣に手を添えた。
「さっき、僕がアルガリタに行くっていったから、レイは僕がハルをここへ連れ戻そうとしていると思っているんだよね。それで、僕を殺そうとしている」
いっさい、表情を変えることなく、レイは静かな眼差しでクランツを見下ろした。
「そして、レイは組織を抜けようとしてる。それもあたりでしょう? 心配なんだねハルが……というより、そのサラって子のことがかな? ねえ、その殺気を解いてくれないかな。僕がレイのこと大好きなの知ってるでしょう。僕はレイとは戦いたくなし、戦うつもりもない。それにハルを連れ戻そうなんてそんな考え、これっぽちもないから。ハルの好きな子にも危害を加えるつもりもないよ。本当だよ」
ね? とクランツはどうにかレイに信じてもらおうと、必死に言いつのる。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい? サラって子はレイにとってどういう存在なの?」
「彼女は昔……」
サラと出会った昔のことを思い出したのか、ふと、レイの眼差しが遠くなる。
「私がアルガリタへ仕事で行った時に危ないところを助けてもらいました……」
「へえ」
まさか本当にレイが答えてくれるとは思っていなかったクランツは、驚いた顔をする。
「もう、十年も前のことです」
そこでクランツは首を傾げた。
十年も前ということは、サラはまだ五歳の子どもだということに気づいたからだ。そんな小さな子どもがレイの危機を救ったとはどういう意味なのか。しかし、クランツがその疑問を口にして踏み込んでくることはなかった。
正直にサラのことをクランツに打ち明けたレイの真意は……。
昔の恩人である彼女に何かあったら、この私が許さないという意味が含まれていた。
うん、とクランツは何かを決意したように頷く。
「レイが組織を抜けるなら、僕も抜けるって決めた。レイまでいなくなっちゃうんじゃ、ここにいても意味がないからね。ねえ、一緒にアルガリタに行ってハルに会って驚かせてあげようよ」
「だめですよ」
「どうして?」
クランツはぷうと頬を膨らませた。
「違う意味でハルが驚いてしまいます」
それもそうであろう。
組織の長、それも二人が突然目の前に現れたら驚くのも無理はない。いや、驚くというよりも、怯えてしまうかも。
「じゃあ、ハルが元気でやっているかこっそり見に行くだけでもいいよね。ハルが好きになった娘も見てみたいし、ハルが助けたアイザカーンの暗殺者もどんな子か気になるし」
レイは困った人ですね、と静かに笑いようやく緊張を解く。
「安心しました」
「安心?」
「できることならあなたとは剣を交えたくはないと思っていましたから。本気であなたとやり合えば、おそらく私も無事ではなかったでしょう」
組織を抜けようとしていたことも、この少年に読まれてしまった。そして、これからそれを実行しようとする時に、クランツと戦い痛手を負うのはかなり厳しい。
敵にはしたくない相手だ。
「やだなあレイ、それこそ本気で言ってるの? だいいち、僕そんなつもり全然なかったし、大好きなレイに剣を向けるなんて、あるはずないじゃないか」
突然、クランツが両手を広げ抱きついてきた。
切実な目で訴えかけるようにレイを見上げる。
「僕はレイのことだけは裏切ったりはしないよ。本当だよ。信じてくれるよね?」
その目に嘘や偽りは見られなかった。
レイは静かに笑い、頷いた。
「そうえいえばさっき、サラって子の名前を聞いてレイ一瞬、動揺したよね。誰も気づかなかったみたいだけど、僕はすぐ分かっちゃったよ。その娘、レイの知ってる子?」
クランツの問いかけに、レイは肯定も否定もしない。
ただうっすらと、その口元に微笑みを浮かべるだけ。しかし、クランツはレイの静かな笑みを肯定ととらえたようだ。
「そっか、レイの知り合いの子が今はハルの恋人か。何か運命的なものを感じるね。僕、サラって子に興味があるから会ってみようかな。ついでに、アイザカーンの暗殺者を雇ったその貴族の男を殺してくる。これ以上〝漆黒の疾風〟なんて騒がれたらハルが迷惑するだろうし」
「アルガリタの王宮に忍び込むつもりですか?」
クランツはそうだよ、と何でもないことのように言ってうなずく。
「あまり、無茶なことはなさらないように」
レイが自分の身を心配をしてくれている。そう思ったクランツの表情が嬉しそうにぱあっと輝く。
「レイが心配してくれるなんて嬉しいな。うん、安心して。アルガリタの王宮に忍び込むのも、そいつを片付けるのも難しいことじゃないけど、レイがそう言うなら無茶はしない。でも、僕のこと気遣いながら、レイ、僕を殺そうとしているね」
あたりでしょう? と、クランツはとくに警戒をするふうでもなく小首を傾げてレイを見上げる。クランツの石灰色の瞳が悲しげに揺れる。
「まさか、ご冗談を」
「いいよ、隠さなくて。だって、レイすごい殺気を放ってるよ」
と言って、クランツは手を伸ばし、レイの腰に下げられた二本の剣に手を添えた。
「さっき、僕がアルガリタに行くっていったから、レイは僕がハルをここへ連れ戻そうとしていると思っているんだよね。それで、僕を殺そうとしている」
いっさい、表情を変えることなく、レイは静かな眼差しでクランツを見下ろした。
「そして、レイは組織を抜けようとしてる。それもあたりでしょう? 心配なんだねハルが……というより、そのサラって子のことがかな? ねえ、その殺気を解いてくれないかな。僕がレイのこと大好きなの知ってるでしょう。僕はレイとは戦いたくなし、戦うつもりもない。それにハルを連れ戻そうなんてそんな考え、これっぽちもないから。ハルの好きな子にも危害を加えるつもりもないよ。本当だよ」
ね? とクランツはどうにかレイに信じてもらおうと、必死に言いつのる。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい? サラって子はレイにとってどういう存在なの?」
「彼女は昔……」
サラと出会った昔のことを思い出したのか、ふと、レイの眼差しが遠くなる。
「私がアルガリタへ仕事で行った時に危ないところを助けてもらいました……」
「へえ」
まさか本当にレイが答えてくれるとは思っていなかったクランツは、驚いた顔をする。
「もう、十年も前のことです」
そこでクランツは首を傾げた。
十年も前ということは、サラはまだ五歳の子どもだということに気づいたからだ。そんな小さな子どもがレイの危機を救ったとはどういう意味なのか。しかし、クランツがその疑問を口にして踏み込んでくることはなかった。
正直にサラのことをクランツに打ち明けたレイの真意は……。
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うん、とクランツは何かを決意したように頷く。
「レイが組織を抜けるなら、僕も抜けるって決めた。レイまでいなくなっちゃうんじゃ、ここにいても意味がないからね。ねえ、一緒にアルガリタに行ってハルに会って驚かせてあげようよ」
「だめですよ」
「どうして?」
クランツはぷうと頬を膨らませた。
「違う意味でハルが驚いてしまいます」
それもそうであろう。
組織の長、それも二人が突然目の前に現れたら驚くのも無理はない。いや、驚くというよりも、怯えてしまうかも。
「じゃあ、ハルが元気でやっているかこっそり見に行くだけでもいいよね。ハルが好きになった娘も見てみたいし、ハルが助けたアイザカーンの暗殺者もどんな子か気になるし」
レイは困った人ですね、と静かに笑いようやく緊張を解く。
「安心しました」
「安心?」
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敵にはしたくない相手だ。
「やだなあレイ、それこそ本気で言ってるの? だいいち、僕そんなつもり全然なかったし、大好きなレイに剣を向けるなんて、あるはずないじゃないか」
突然、クランツが両手を広げ抱きついてきた。
切実な目で訴えかけるようにレイを見上げる。
「僕はレイのことだけは裏切ったりはしないよ。本当だよ。信じてくれるよね?」
その目に嘘や偽りは見られなかった。
レイは静かに笑い、頷いた。
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