114 / 211
うわさ話
しおりを挟む
暖かく穏やかな昼下がり。
トランティア家の広大な庭園の一角に設置された東屋で、数人の年若い侍女たちが輪になってお喋りに興じていた。
今日この日の彼女たちの話題はサラのことであった。
「ほんとに、サラ様の部屋から話し声が聞こえたの?」
「ほんとうよ。相手はきっと男ね」
「男! そんなのあり得ないわよ、サラ様が男の人を部屋に、それも夜中にこっそり呼ぶなんて」
そうそう、と侍女たちがうなずき、そんなことがあるわけがない、あり得ないと口々に否定する。
「嘘じゃないわ! 確かに相手の声はぜんぜん聞こえなかったけど」
「じゃあ、男の人かどうかなんて分からないじゃない」
「でも! 会話の内容からして絶対、男よ。間違いないわ。私この耳でちゃんと聞いたのよ。時々サラ様がはしゃいだ声をあげて……」
「それは、ほんとにひとりではしゃいでいたんじゃないの?」
「でも、この間の夜会の時、すっごく美形で長身のいい男を連れていたって話を聞いたわよ」
侍女たちの会話はさらに続く。
「それ、私も聞いた! 回りの女性たちがサラ様のお連れを狙っていたとか」
「バルコニーで、抱き合って、そのまま夜の薔薇園に消えたって」
「その後、会場に戻らなかったって聞いたわ」
「結局、その男の人もどこの誰だか分からなかったみたいだけどね」
「確かに言われてみると最近のサラ様ったらご機嫌だし、少しおきれいになったような気がするし」
「本当に誰かいい男性ができたのかも」
「ええ! あんな立派で素敵な婚約者がいらっしゃるのに!」
そんな彼女たちの目に、小走りで薔薇園の方へ走っていくサラの姿が目に入った。
侍女たちは慌ててサラの元へと走り寄る。
「サラ様、どちらへ行かれるのですか?」
侍女たちに呼び止められ、サラは足をとめて振り返った。
「お天気もいいし、お庭でのんびり本でも読もうかと思ったの」
「それでしたら、私たちもぜひご一緒させて……」
「い、いいの。ひとりで考えたいこともあるし」
サラはにっこりと侍女たちに微笑みを浮かべ、次の瞬間、さっと身をひるがえし、その場から逃げるように走り去ってしまった。
それも全速力で。
「サラ様お待ち……を、って……」
「行ってしまわれたわ」
「それにしても、本を読むですって? サラ様の手に本なんかなかったわ」
「よしましょう。詮索はするのは……」
追いかけることをやめ、そうね、と侍女たちはため息混じりにこぼし、遠ざかって行くサラの背中を見送るのであった。
トランティア家の広大な庭園の一角に設置された東屋で、数人の年若い侍女たちが輪になってお喋りに興じていた。
今日この日の彼女たちの話題はサラのことであった。
「ほんとに、サラ様の部屋から話し声が聞こえたの?」
「ほんとうよ。相手はきっと男ね」
「男! そんなのあり得ないわよ、サラ様が男の人を部屋に、それも夜中にこっそり呼ぶなんて」
そうそう、と侍女たちがうなずき、そんなことがあるわけがない、あり得ないと口々に否定する。
「嘘じゃないわ! 確かに相手の声はぜんぜん聞こえなかったけど」
「じゃあ、男の人かどうかなんて分からないじゃない」
「でも! 会話の内容からして絶対、男よ。間違いないわ。私この耳でちゃんと聞いたのよ。時々サラ様がはしゃいだ声をあげて……」
「それは、ほんとにひとりではしゃいでいたんじゃないの?」
「でも、この間の夜会の時、すっごく美形で長身のいい男を連れていたって話を聞いたわよ」
侍女たちの会話はさらに続く。
「それ、私も聞いた! 回りの女性たちがサラ様のお連れを狙っていたとか」
「バルコニーで、抱き合って、そのまま夜の薔薇園に消えたって」
「その後、会場に戻らなかったって聞いたわ」
「結局、その男の人もどこの誰だか分からなかったみたいだけどね」
「確かに言われてみると最近のサラ様ったらご機嫌だし、少しおきれいになったような気がするし」
「本当に誰かいい男性ができたのかも」
「ええ! あんな立派で素敵な婚約者がいらっしゃるのに!」
そんな彼女たちの目に、小走りで薔薇園の方へ走っていくサラの姿が目に入った。
侍女たちは慌ててサラの元へと走り寄る。
「サラ様、どちらへ行かれるのですか?」
侍女たちに呼び止められ、サラは足をとめて振り返った。
「お天気もいいし、お庭でのんびり本でも読もうかと思ったの」
「それでしたら、私たちもぜひご一緒させて……」
「い、いいの。ひとりで考えたいこともあるし」
サラはにっこりと侍女たちに微笑みを浮かべ、次の瞬間、さっと身をひるがえし、その場から逃げるように走り去ってしまった。
それも全速力で。
「サラ様お待ち……を、って……」
「行ってしまわれたわ」
「それにしても、本を読むですって? サラ様の手に本なんかなかったわ」
「よしましょう。詮索はするのは……」
追いかけることをやめ、そうね、と侍女たちはため息混じりにこぼし、遠ざかって行くサラの背中を見送るのであった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
妻は従業員に含みません
夏菜しの
恋愛
フリードリヒは貿易から金貸しまで様々な商売を手掛ける名うての商人だ。
ある時、彼はザカリアス子爵に金を貸した。
彼の見込みでは無事に借金を回収するはずだったが、子爵が病に倒れて帰らぬ人となりその目論見は見事に外れた。
だが返せる額を厳しく見極めたため、貸付金の被害は軽微。
取りっぱぐれは気に入らないが、こんなことに気を取られているよりは、他の商売に精を出して負債を補う方が建設的だと、フリードリヒは子爵の資産分配にも行かなかった。
しばらくして彼の元に届いたのは、ほんの少しの財と元子爵令嬢。
鮮やかな緑の瞳以外、まるで凡庸な元令嬢のリューディア。彼女は使用人でも従業員でも何でもするから、ここに置いて欲しいと懇願してきた。
置いているだけでも金を喰うからと一度は突っぱねたフリードリヒだが、昨今流行の厄介な風習を思い出して、彼女に一つの提案をした。
「俺の妻にならないか」
「は?」
金を貸した商人と、借金の形に身を売った元令嬢のお話。
拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる