上 下
112 / 209

離れたくない

しおりを挟む
 言葉もなく抱き合った。
 互いの鼓動が重なる。
 気持ちは通じ合えた。
 昨日までのように、もしかしたらハルは会いに来てはくれないかもしれないという不安に怯えることもない。

 なのに、心がきゅっと締めつけられるように痛くて切ないのはなぜだろう。
 ハルの温もりが気持ちよくて、このままずっと抱きしめていたい、強く抱きしめて欲しい。
 このまま離れたくないと切実に願った。

「そろそろ、帰るよ。また夜が明けてしまったね」

 ハルの声にようやくサラは顔を上げ、首を傾けゆっくりと窓の外に視線をあてる。

「ほんとだわ」

 いつの間にか、東の空がぼんやりと白み始めていたことに気づく。
 やがて、一日の始まりを告げる暁の鐘が鳴り響き、世界を夜明け色に染めるだろう。それはきっと、サラにとってはいつもと違う新しい夜明け。

「そういえば、私ずっとハルの膝に乗っかったままだったわ。重くなかった?」
「重くはないよ。ただ」
「ただ?」
「何でもない」
「何でもないって気になるわ。言ってよ、何?」
「言わせるな」
「変なの!」
「だけど、そろそろ我慢の限界」

 あんた、おもいっきり抱きついてくるし、とハルはぽつりと声を落とすがサラには聞こえなかった。

「大変! 我慢するのはよくないと思うの」
「あんた……もしかして分かって言ってる?」
「え? だから、我慢って、あの……その……お手洗いのことでしょう……? 恥ずかしがらなくていいの」
「違うから!」
「違うの? じゃあ、何?」
「もういいよ」

 と、ため息交じりに言われ、サラはむうっと唇を尖らせる。
 腰のあたりに手を添えられ膝から降ろされそうになる。けれど、サラはいや、と首を小さく振りハルの腕をつかんだ。

「このまま連れていってくれるのかと思っていた」
「そうしたい気持ちはあるよ。だけど、今すぐ無理なのは分かっているだろう? そんなことをしたらあんたの両親が悲しむ」

 なら、いつ? と言いかけてサラは口をつぐんだ。
 確かに、ここで突然自分がいなくなってしまっては、お父様やお母様が驚いてしまう。そして、ハルの言うとおり間違いなく悲しむ。

「そうね。本当のこともお別れの言葉も言えないけれど、私、お父様やお母様に今まで愛してくれてありがとうって、きちんと伝えなければいけないわね」

 でもねハル、私にはあまり時間がないの。
 もうすぐ結婚させられてしまうから。
 あの男と。

 勝手に決められた婚約者の顔を思い浮かべた途端、サラの顔に嫌悪なものが過ぎった。
 婚約者がいることを、どうしてもハルには言えなかった。
 けれど、もしかしたらハルは知っているのかもしれない。おそらく、シンから聞かされて。

「明日も会いに来るよ」
「うん」
「心配するな。あんたを誰にも渡さないと言っただろう?」

 だから、そんな顔をするなとハルの手が優しく頭をなでてくれる。

「ハル、あのね、明日は私授業もないし自由な時間がたくさんあるの。お昼頃、お庭で待ってる」
「庭で? あんたの庭広すぎて迷う」
「お屋敷の東側。薔薇園で」

 来てくれる? と首を傾げて問いかけるサラに、ハルは分かったと答えるかわりに微笑んだ。
 それでも、離れるのがいやというように、サラはハルの腕を離さない。

「ハル、キスして」

 言って、恥ずかしくなったのかサラはうつむいてしまった。
 覚えたばかりのレザンの言葉でキスをしてとねだるサラの頭に手を置き、ハルはそっとひたいに口づけをする。

「ねえ、女の子からキスしてなんて言うのは、やっぱりはしたないと思う?」
「どうして? 俺は嬉しいよ。それに言って欲しいと思ったから一番最初に教えた」
「そうなの?」
「言わせたかった」

 サラはくすっと笑い、まぶたを半分落とす。

「まだ寂しいの?」
「うん……」

 しがみついていた手を解かれ、両手首をつかみ取られる。そして、薄い夜着から少しだけのぞく胸元にハルの唇が寄せられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻は従業員に含みません

夏菜しの
恋愛
 フリードリヒは貿易から金貸しまで様々な商売を手掛ける名うての商人だ。  ある時、彼はザカリアス子爵に金を貸した。  彼の見込みでは無事に借金を回収するはずだったが、子爵が病に倒れて帰らぬ人となりその目論見は見事に外れた。  だが返せる額を厳しく見極めたため、貸付金の被害は軽微。  取りっぱぐれは気に入らないが、こんなことに気を取られているよりは、他の商売に精を出して負債を補う方が建設的だと、フリードリヒは子爵の資産分配にも行かなかった。  しばらくして彼の元に届いたのは、ほんの少しの財と元子爵令嬢。  鮮やかな緑の瞳以外、まるで凡庸な元令嬢のリューディア。彼女は使用人でも従業員でも何でもするから、ここに置いて欲しいと懇願してきた。  置いているだけでも金を喰うからと一度は突っぱねたフリードリヒだが、昨今流行の厄介な風習を思い出して、彼女に一つの提案をした。 「俺の妻にならないか」 「は?」  金を貸した商人と、借金の形に身を売った元令嬢のお話。

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

処理中です...