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やっとハルに会える
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「ああ、止まって。そこだ」
それからしばらく無言で歩き続けていた二人であったが、突如、シンは立ち止まり、一軒の廃屋をあごで示した。
「たぶん、あいつはここにいる。あの診療所から戻ってきて以来、ずっとここに入り浸りだ」
サラは睨み据えるように、その古びた家の扉を見つめた。
「ここは?」
問いかけるサラに、シンは口元に意味ありげな笑いを刻むだけ。
はっと、はじかれたようにサラは辺りを見渡した。
見れば何人かの女たちが、あられもない格好で、ぼんやりと道の端に座り込んでいる。生気の感じられない彼女たちの目は虚ろで、そのせいか、みな同じ表情に見えた。
そこへ、ひとりの男が女たちの元に近寄っていく。
品定めをするように彼女たちを見下ろしていた男は、一番端に座っていた女を選び、近くの家へ入っていってしまった。
「まさか、ここって!」
サラはシンを振り仰ぐ。
けれど、相手は何も答えない。
つまり、それは自分の考えがあたっているということ。
ハルがこんなところにいるなんて……。
どうしよう、怖い。
でも、この扉の向こうに、会いたかったハルがいる。
「やめておくか? まあ、そのほうがあんたのためだ」
「いいえ……」
ここで引くわけにはいかないと、そろりと震える手で扉に手を伸ばそうとしたその時。
「あれ? 頭、そんなとこで何してんですか?」
「こんな真っ昼間に頭の姿を見かけるなんて、珍しいっすね」
緊張感の抜ける陽気な声が背後から響いた。振り返ると、二人の年若い少年たちが、こちらに向かって小走りでやって来る。
「かしら? かしらって何?」
サラはシンと現れた少年たちを交互に見て、何のこと? と首を傾げる。
「何でもない。気にするな」
「あれ? その女の子、頭の新しい女? にしては……」
少年たちは遠慮のない目でサラを頭から足下までざっと見下ろし、最後に胸元に視線を固定する。
「顔は可愛いけど……こう言っちゃなんですけど、それ以外はぜんぜん、足りないっすね……ぜんぜん……」
「頭、女の趣味変えたんですか?」
「そんなんじゃねえよ」
ですよねーと、少年たちは納得したように揃ってうなずく。
「あなたたち失礼じゃない。何なの!」
少年たちに食ってかかろうとするサラを、シンはまあまあ、と手で制してなだめる。
「しかし、頭の女じゃないとすると、そのお嬢ちゃん、そこで何してんすか?」
「ここにいる人物に」
シンは親指を立て、背後の家を差す。
少年たちは互いに目を見合わせ、そして、ぎょっとする。
「え? ええーっ! ち、ちょっと待って、そこはまずいって」
「まずいですよ!」
扉に手をかけようとしているサラを、慌てて少年たちはだめだと、引き止める。
「何で止めないんですか、頭! そこにあいつがいるんですよね?」
あいつと言って、少年たちは露骨に顔を歪める。
「ていうか、頭なんとかしてくださいよ。あいつがこの裏街にいるだけで、もう空気がぴりぴりしちゃって、居心地悪いったらありゃしない」
「しばらく見かけなかったから、どっか行っちまったんだとほっとしてたのに、またふらりと戻ってきやがったんすよ」
「かかわらなければ、害はねえだろ?」
「頭……そうは言いますけど、もう、存在自体が害ですよ、あいつは」
「そうそう、この間も我慢ならねえって、仲間のひとりがあいつに刃向かったら、反対に腕へし折られて泣きべそかきながら帰ってきたんすよ」
シンは、はははと愉快そうに声を上げて笑った。
「笑い事じゃないっすよ、頭」
「腕折られただけですんだんなら、そいつは幸運だと思っておけ。俺はあいつとやりあって、死にかけた」
え? という顔でサラはシンを見上げる。
「それはまあ……」
そうだけど……と少年たちは渋面顔を作る。
何とも重苦しい空気が落ちた。
「ほら、おまえらもう行け。いや……俺ももう少ししたらこの子を連れて帰る。それまでにおかしな奴らが通路にいたら追っ払っておけ」
「はい!」
「了解っす!」
シンの言いつけに嬉しそうに少年たちは応え、それぞれ散っていった。遠ざかっていく彼らの背中を見送り、シンは再びサラに向き直る。
「すっかり邪魔がはいったな」
「頭って?」
「そんなことはどうでもいいんだよ。で、どうする? 中を確かめるのか、それともやめるのか?」
「決まってるでしょう!」
おかげで迷いは振り切れた。
何を見たとしても、ハルに対する私の気持ちは変わらない。
それが答えだわ。
サラは扉に手をかけ、勢いよく開け放った。
「だけど、お子さまには刺激が強すぎるかもね」
汚れた壁に背中をあずけ、腕を組んでシンは皮肉めいた口調で呟いた。
それからしばらく無言で歩き続けていた二人であったが、突如、シンは立ち止まり、一軒の廃屋をあごで示した。
「たぶん、あいつはここにいる。あの診療所から戻ってきて以来、ずっとここに入り浸りだ」
サラは睨み据えるように、その古びた家の扉を見つめた。
「ここは?」
問いかけるサラに、シンは口元に意味ありげな笑いを刻むだけ。
はっと、はじかれたようにサラは辺りを見渡した。
見れば何人かの女たちが、あられもない格好で、ぼんやりと道の端に座り込んでいる。生気の感じられない彼女たちの目は虚ろで、そのせいか、みな同じ表情に見えた。
そこへ、ひとりの男が女たちの元に近寄っていく。
品定めをするように彼女たちを見下ろしていた男は、一番端に座っていた女を選び、近くの家へ入っていってしまった。
「まさか、ここって!」
サラはシンを振り仰ぐ。
けれど、相手は何も答えない。
つまり、それは自分の考えがあたっているということ。
ハルがこんなところにいるなんて……。
どうしよう、怖い。
でも、この扉の向こうに、会いたかったハルがいる。
「やめておくか? まあ、そのほうがあんたのためだ」
「いいえ……」
ここで引くわけにはいかないと、そろりと震える手で扉に手を伸ばそうとしたその時。
「あれ? 頭、そんなとこで何してんですか?」
「こんな真っ昼間に頭の姿を見かけるなんて、珍しいっすね」
緊張感の抜ける陽気な声が背後から響いた。振り返ると、二人の年若い少年たちが、こちらに向かって小走りでやって来る。
「かしら? かしらって何?」
サラはシンと現れた少年たちを交互に見て、何のこと? と首を傾げる。
「何でもない。気にするな」
「あれ? その女の子、頭の新しい女? にしては……」
少年たちは遠慮のない目でサラを頭から足下までざっと見下ろし、最後に胸元に視線を固定する。
「顔は可愛いけど……こう言っちゃなんですけど、それ以外はぜんぜん、足りないっすね……ぜんぜん……」
「頭、女の趣味変えたんですか?」
「そんなんじゃねえよ」
ですよねーと、少年たちは納得したように揃ってうなずく。
「あなたたち失礼じゃない。何なの!」
少年たちに食ってかかろうとするサラを、シンはまあまあ、と手で制してなだめる。
「しかし、頭の女じゃないとすると、そのお嬢ちゃん、そこで何してんすか?」
「ここにいる人物に」
シンは親指を立て、背後の家を差す。
少年たちは互いに目を見合わせ、そして、ぎょっとする。
「え? ええーっ! ち、ちょっと待って、そこはまずいって」
「まずいですよ!」
扉に手をかけようとしているサラを、慌てて少年たちはだめだと、引き止める。
「何で止めないんですか、頭! そこにあいつがいるんですよね?」
あいつと言って、少年たちは露骨に顔を歪める。
「ていうか、頭なんとかしてくださいよ。あいつがこの裏街にいるだけで、もう空気がぴりぴりしちゃって、居心地悪いったらありゃしない」
「しばらく見かけなかったから、どっか行っちまったんだとほっとしてたのに、またふらりと戻ってきやがったんすよ」
「かかわらなければ、害はねえだろ?」
「頭……そうは言いますけど、もう、存在自体が害ですよ、あいつは」
「そうそう、この間も我慢ならねえって、仲間のひとりがあいつに刃向かったら、反対に腕へし折られて泣きべそかきながら帰ってきたんすよ」
シンは、はははと愉快そうに声を上げて笑った。
「笑い事じゃないっすよ、頭」
「腕折られただけですんだんなら、そいつは幸運だと思っておけ。俺はあいつとやりあって、死にかけた」
え? という顔でサラはシンを見上げる。
「それはまあ……」
そうだけど……と少年たちは渋面顔を作る。
何とも重苦しい空気が落ちた。
「ほら、おまえらもう行け。いや……俺ももう少ししたらこの子を連れて帰る。それまでにおかしな奴らが通路にいたら追っ払っておけ」
「はい!」
「了解っす!」
シンの言いつけに嬉しそうに少年たちは応え、それぞれ散っていった。遠ざかっていく彼らの背中を見送り、シンは再びサラに向き直る。
「すっかり邪魔がはいったな」
「頭って?」
「そんなことはどうでもいいんだよ。で、どうする? 中を確かめるのか、それともやめるのか?」
「決まってるでしょう!」
おかげで迷いは振り切れた。
何を見たとしても、ハルに対する私の気持ちは変わらない。
それが答えだわ。
サラは扉に手をかけ、勢いよく開け放った。
「だけど、お子さまには刺激が強すぎるかもね」
汚れた壁に背中をあずけ、腕を組んでシンは皮肉めいた口調で呟いた。
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