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繰り返すたいくつな日々
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たいくつ……。
柔らかい午後の陽射しが暖かい。
思わず眠りを誘う、そんな心地よさであった。
窓に面した場所に置かれた文机の上で、サラは頬杖をつき、鵞ペンを鼻の下と上唇の間に挟んで外の景色に虚ろな視線を向けた。
広い空はどこまでも続く青。
新緑の匂いを運ぶ風は爽やかに。
愛らしい小鳥たちがさえずりをよせて。
「はあ……」
なぜ、こんな日に部屋に閉じこもって勉強をしなければならないのかと思うと、いっそう憂鬱さを増すばかりであった。
これでは、本当に監禁状態だわ。
しかし、こっそり抜け出そうにもここは三階。
部屋の外では、侍女たちがサラの行動に逐一目を光らせ、おまけに自分が何かをするたび、いちいち過敏に反応するのだ。
こんな状態がもう何日も続いている。
サラは大きなあくびをした。
途端、上唇の上に乗っけていた鵞ペンが机へと落ち、黒いインクがやりかけの宿題の上に飛び散った。と同時に、なけなしのやる気さえ、完全に失った。
もうやめたわ!
勢いよく椅子から立ち上がり、ベッドの上へと飛び込んで横になる。
部屋着の裾がふわりと舞い、シーツの上に落ちた。
「どこかに行ってしまいたい」
両手両足を広げた恰好で、サラは独り言を呟く。
とても由緒ある貴族の娘とは思えない、はしたない姿であった。
こんな姿を誰かに見られでもしたら、それこそ何を言われるかわからない。だが、そういう時に限って、その誰かがやってくるのだ。
それも一番厄介で苦手な人物が。
扉の向こうで侍女が遠慮がちに声をかけてきた。が、サラの返答も待たず扉が開かれる。
彼女たちの無遠慮さをなじるわけでもなく、サラは首だけを傾けて戸口の方を見る。が、その表情が強張り、サラは血相を変えて慌ててベッドから跳ね起きた。
そこに立っていた人物は──
「お祖母様……」
祖母が三人の側仕えの侍女を背後に従え、厳しい面持ちで立っていた。
かなりの年ではあるが、老齢をまったく感じさせない凛とした雰囲気が彼女から漂っている。
粛とした威厳を身にまとい、他者を威圧する迫力さえも放つ毅然とした姿。
身だしなみにも乱れはなく、着こなしている衣装や結い上げた髪さえ、彼女の潔癖な性格を如実にあらわしているようであった。
しわの刻まれたその顔には、サラの不行儀を咎めるものが明白に浮かんでいる。
やがて、祖母は嘆息し、こめかみの辺りを指先で押さえ、呆れたように首を緩く横に振った。
「屋敷へ戻ってきたと思えば、このありさま……これが、アルガリタでもっとも由緒あるトランティア家の跡継ぎとなる娘とは……」
信じがたい、とぽつりと嫌みをこぼし、冷たい石灰色の瞳を持つ祖母の眼差しが、容赦なくサラを射抜く。
彼女はトランティア家のただひとりの跡継ぎであるサラの、家風に合わない奔放さがどうやらお気に召さないらしい。
祖母の背後に従っている侍女たちでさえ、侮蔑を込めた眼差しをサラに送っていた。それどころか口元に手をあて、今にも笑い出しかねない様子であった。
さぞ、自分に対する陰口が仲間内ではずみ、おおいに花が咲くであろう。
厳しい視線をサラに据えたまま、祖母は背後の侍女に命じた。
「あの下賤な女……フェリアを今すぐここに、わたくしの元に呼んできなさい。いったい、自分の娘にどういう躾をしているのか」
「お祖母様、待って! お母様を悪く言わないで! お願いです」
サラは慌てて祖母を引き止める。
自分のせいで母が、怒られなければならないのかと思うと心が痛んだ。
柔らかい午後の陽射しが暖かい。
思わず眠りを誘う、そんな心地よさであった。
窓に面した場所に置かれた文机の上で、サラは頬杖をつき、鵞ペンを鼻の下と上唇の間に挟んで外の景色に虚ろな視線を向けた。
広い空はどこまでも続く青。
新緑の匂いを運ぶ風は爽やかに。
愛らしい小鳥たちがさえずりをよせて。
「はあ……」
なぜ、こんな日に部屋に閉じこもって勉強をしなければならないのかと思うと、いっそう憂鬱さを増すばかりであった。
これでは、本当に監禁状態だわ。
しかし、こっそり抜け出そうにもここは三階。
部屋の外では、侍女たちがサラの行動に逐一目を光らせ、おまけに自分が何かをするたび、いちいち過敏に反応するのだ。
こんな状態がもう何日も続いている。
サラは大きなあくびをした。
途端、上唇の上に乗っけていた鵞ペンが机へと落ち、黒いインクがやりかけの宿題の上に飛び散った。と同時に、なけなしのやる気さえ、完全に失った。
もうやめたわ!
勢いよく椅子から立ち上がり、ベッドの上へと飛び込んで横になる。
部屋着の裾がふわりと舞い、シーツの上に落ちた。
「どこかに行ってしまいたい」
両手両足を広げた恰好で、サラは独り言を呟く。
とても由緒ある貴族の娘とは思えない、はしたない姿であった。
こんな姿を誰かに見られでもしたら、それこそ何を言われるかわからない。だが、そういう時に限って、その誰かがやってくるのだ。
それも一番厄介で苦手な人物が。
扉の向こうで侍女が遠慮がちに声をかけてきた。が、サラの返答も待たず扉が開かれる。
彼女たちの無遠慮さをなじるわけでもなく、サラは首だけを傾けて戸口の方を見る。が、その表情が強張り、サラは血相を変えて慌ててベッドから跳ね起きた。
そこに立っていた人物は──
「お祖母様……」
祖母が三人の側仕えの侍女を背後に従え、厳しい面持ちで立っていた。
かなりの年ではあるが、老齢をまったく感じさせない凛とした雰囲気が彼女から漂っている。
粛とした威厳を身にまとい、他者を威圧する迫力さえも放つ毅然とした姿。
身だしなみにも乱れはなく、着こなしている衣装や結い上げた髪さえ、彼女の潔癖な性格を如実にあらわしているようであった。
しわの刻まれたその顔には、サラの不行儀を咎めるものが明白に浮かんでいる。
やがて、祖母は嘆息し、こめかみの辺りを指先で押さえ、呆れたように首を緩く横に振った。
「屋敷へ戻ってきたと思えば、このありさま……これが、アルガリタでもっとも由緒あるトランティア家の跡継ぎとなる娘とは……」
信じがたい、とぽつりと嫌みをこぼし、冷たい石灰色の瞳を持つ祖母の眼差しが、容赦なくサラを射抜く。
彼女はトランティア家のただひとりの跡継ぎであるサラの、家風に合わない奔放さがどうやらお気に召さないらしい。
祖母の背後に従っている侍女たちでさえ、侮蔑を込めた眼差しをサラに送っていた。それどころか口元に手をあて、今にも笑い出しかねない様子であった。
さぞ、自分に対する陰口が仲間内ではずみ、おおいに花が咲くであろう。
厳しい視線をサラに据えたまま、祖母は背後の侍女に命じた。
「あの下賤な女……フェリアを今すぐここに、わたくしの元に呼んできなさい。いったい、自分の娘にどういう躾をしているのか」
「お祖母様、待って! お母様を悪く言わないで! お願いです」
サラは慌てて祖母を引き止める。
自分のせいで母が、怒られなければならないのかと思うと心が痛んだ。
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