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第6章 救出編

3 時間厳守! 正午の鐘が鳴る前に

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 時刻は午前十一時過ぎ。
 イヴンとイェンをのぞくみなは食堂に集まり、早めの昼食を終えていた。
 いつでも出立ができるよう、支度も整え荷物は足下に置いてある。
 深夜まで続いた宴会のせいであろう、イヴンはまだ姿を見せていない。
 イェンがいないのはいつものことだ。

 食後のコーヒーを飲み、デザートの苺のロールケーキに手をつけようとしたリプリーの手からフォークが落ちた。
 戸口に視線を向けぎょっとした顔をする。
 リプリーの様子に気づき、皆もつられて戸口を見る。
 そこに、身体を折りまげ、入り口の扉にもたれかかって立つイェンの姿があった。

 眉間にしわを寄せ、苦しげに呻き声をもらしている。
 束ねていた髪は解けて乱れ、シャツの前は全開にはだけ、半分肩から落ちていた。
 ズボンも腰からずり下がっている。

「イェンさん!」
「どうしたのだ! まさか、敵の魔道士にやられたのか!」

 エーファとリプリーが駆け寄り、四人組も続いてやって来た。
 イェンは胸を押さえ、その場に膝をつき崩れ落ちる。
 足下ではヤンがせわしなく羽を広げて鳴いていた。

「何てひどい……しっかりしろ!」

 力の抜けたイェンの身体をエーファは支え、強く揺さぶった。

「おい! 戦うつもりはないが、勝つ自信はあるとこの間豪語したばかりではないか。なのに、貴様、このざまは何だ! 立て!」

 しかし、顔を青ざめさせて慌てるエーファに対し、側に寄ってきた四人組は白々とした目でイェンを見下ろしている。

「うう……っ」
「大丈夫かっ!」
「強すぎた……」
「敵はそれほど強かったのか!」
「さすがの俺も……」
「貴様でもかなわなかったと!」
「もう無理……」
「無理? そう簡単にあきらめるというのか!」
「死にそう……」
「死ぬなっ!」

 イェンの両肩をがしりと掴み、エーファはさらに激しく揺らす。

「お願い、ゆら……揺らさないで……」
「どこを痛めたのだ!」
「違……うっ……」
「うっ?」
「気持ちわる……」
「何だと!」
「一気飲みしたヴァシュヴィシュ酒が強すぎて、さすがの俺も二日酔いだ。今日はもう無理。まじ頭痛いし、気持ち悪いしで死にそう。動けないぜ」

 側にいた四人組はほらね、と言わんばかりに肩をすくめている。

「貴様どういうつもりだ! 今日が大事な日だということは分かっていたであろう!」

 エーファの怒鳴り声が頭に響くのか、イェンはこめかみを指で押さえ顔を歪める。

「耳元で怒鳴らないでくれる。そういうわけで、今日のアイザカーン行きは中止な」
「何をいまさら勝手なことを。前にも似たようなことがあったな」
「お腹こわした時よ」

 すかさずリプリーが答える。

「そうそう、腹の調子も悪くなりそうな予感なんだ」

 エーファは握ったこぶしを震わせた。

「仕方ねえだろ。この状態じゃ術に集中できなくて変なとこ飛んじゃいそうだし」

 ま、一日延びたところでたいして状況は変わんねえよ、と無責任なことを言う。

「とりあえず、モエモエ草を」

 リプリーが、万能薬であるモエモエ草を取り出そうと荷物に手をかける。

「い、いらねえよ!」
「モエモエ草は、二日酔いにも効くのよ」
「だから、いらねえって! ……ぅっ」
「わ、分かったわ。別な薬をもらってくるから」

 ついでにイヴンを起こしてくると、リプリーは食堂から去っていった。

「兄きかなり飲んでたからな」
「けっこう飲んでましたです」
「調子に乗って飲むからっス」
「飲み過ぎ……」
「飲ませたのは誰だよ……うっ」

 口元を押さえるイェンから、エーファは顔色を変え咄嗟に離れる。

「どうぞこれを使ってくださいっス」

 でぶが咄嗟に近くにあったバケツをイェンにかかえさせる。

「ちょっと! それは宿のもんだよ、やめとくれ!」

 宿の女将が血相をかえ、バケツを取り返そうとすっ飛んできた。

「大兄きの一大事なんっス!」

 でぶが女将の手からバケツを取り戻し、そのバケツの中にイェンの顔をぐいぐいと押しつける。

「大兄き。どうぞこれに思う存分やっちゃってくださいっス!」
「いや、ここでそれはちょっと、常識的にどうかと思うが……」
「ここは食堂です……周りのお客さんたちに迷惑がかかるです」
「最悪……」

 食事をとっていた回りの客たちが、なかば中腰になり逃げ出す準備をしていた。
 その目は、昨日のあの連中がまた騒ぎを起こしているという非難の目だ。

「おまえら、大惨事になる前に、早くそいつを外に放り出せ!」

 エーファの指示で、四人組が力の抜けたイェンの身体をずるずると廊下まで引きずっていく。
 そのせいで、イェンのズボンがずり下がっていく。

「うー」

 絶対我慢してください、とバケツがあるからそれにやっちゃえばいいじゃん、と四人組が交互に言い合っていた時、廊下の向こうから慌てた様子でリプリーが駈け寄ってきた。

「大変よ!」
「もう、大変なのはこっちっスよ」
「面倒みきれないですよ」

 バケツをかかえさせられたまま、四人組に引きずられ、イェンは廊下に連れ出された。

「ほんとに大変なのよ! イヴンを起こしにいったら姿がなくて、そうしたら」

 リプリーは一枚の紙を突き出した。
 騒ぎを聞きつけてエーファもやってくる。
 何だろう? と、皆、リプリーの手にした紙を覗き込む。

『アイザカーンへ来なさい
 正午の鐘が鳴る前に』

 四人組が声を揃えて内容を読み上げた。
 咄嗟にイェンはその紙切れを奪い取る。

「忘れてた……」
「何がだ?」
「昨日は飲み過ぎて、うっかり術をかけ忘れたんだよ。あいつの身に何かあったらすぐに俺にわかる術をな! っていうか何? アイザカーンに来なさいって命令的な言い方。それも時間指定? 何様のつもりだ!」

 おまけに、この達筆な文字が気にくわない、とイェンは足を踏みならして怒りまくる。

「兄貴のお怒りはそっちですか?」

 イェンは宿の柱時計を見上げた。
 時刻は十一時二十五分。

「くそっ!」

 いまいましげに吐き捨て、イェンは手にしていた紙を握りつぶす。
 ひょいとヤンがイェンの頭に乗った。
 ふわりと空気が歪み、紙を握りしめた手から風がおこり、イェンの髪を揺らす。

「え! 兄貴、もしかして、まさか今から空間移動?」
「連れ去られたのなら、連れ返せばいい。それだけだ」
「ちょ、ちょっと待て貴様、また自分勝手なことを!」
「いきなりすぎです」

 ちびが慌てて食堂に置いてあった、ぱんぱんに膨らんだ荷物を取りに行って戻ってくる。

「お、お世話になりました。ここに宿代置いておきますから!」

 リプリーは急いで財布から紙幣を多めに取り出し、食堂のテーブルに置いた。
 みな置いて行かれまいと、慌ててイェンの側に駆け寄ったその直後、宿からこつぜんと一行の姿が消えた。

「ちょいと、うちのバケツ!」
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