22 / 78
第2章 仲間編
11 暮れゆく空を見上げ途方に暮れる
しおりを挟む
エレレザレレ外門の壁に背をあずけ、腕を組むイェンと、地面に座り込んで膝を抱えているイヴンの姿があった。
空は徐々に暗くなり、門の側では街の中へ入ろうと駆け込む人々の姿。
そんな人たちを横目に見ながら、会話もなく黙り込む二人。
二人の間にはどこか重々しい雰囲気が流れる。
イヴンは抱えていた両膝をぎゅっと抱きしめた。
とにかく、いろいろあてが外れたという落胆は隠せない様子だった。
実は、通行券がなくても一時的にだが、エレレザレレに入国する方法があった。
それは、エレレザレレ国、国王五十歳誕生記念祭の警備員募集に申し込み、採用が通れば無条件に入国できたのだ。
そこで警備の仕事をしつつ、通行券が発行されるのを待つつもりであった。
リプリーとエーファが去った後、すぐに申し込みに行ったイヴンだが、しかし、すでに募集はいっぱいで打ち切られたとのこと。
ならば、せめて通行券だけでも申請しようと役所に向かったが、そこで、どこの誰ですかと係の人に訊ねられ、根が正直で嘘がつけないイヴンはしどろもどろになり、また出直します! と言い役所を飛び出してしまったのだ。
イヴンの行動は素早かった。
素早かったが、残念なことに、すべて空回りに終わったというわけである。
イヴンはしょんぼりと、抱えた膝の頭に顔をうずめる。
「まさか、あんなこと聞かれるとは思わなくて」
「まさかも何も、ふつう聞かれるに決まってんだろ。ほんと、世間知らずだな」
「そうだね。僕、何にも知らないんだね。だけど、どうしよう……僕がアイザカーン国の王子だなんて言えないよ」
言えば大変なことになることは目に見えている。
いや、それよりも信じてもらえるかどうか。
それどころか、アイザカーンの王子の名を騙った不届き者として捕らえられる可能性もある。いや、エレレザレレの〝灯〟に出向けばイェンの身元はきちんと保証されるからその問題はないとは思うが……。
何にせよ、いろいろ面倒くさいことになるであろうことは確かだ。
「だから俺はやめておけって言ったんだ」
イェンが頑なに、リプリーたちに通行券を渡すのを拒んだ理由はこれであった。
「イェンがあんなに渋っていた理由を僕はちゃんと考えるべきだった。なのに僕は……ごめんなさい」
どんよりと落ち込むイヴンの姿をイェンはちらりと見やる。
「それでもおまえは通行券をあいつらに渡した」
一拍おいて、イヴンはこくりとうなずく。
「ほんと、お人好しだよな。ま、そこがおまえのいいところでもあるけどな」
とはいえ、入国するにはやはり、日数をかけてでも新しい通行券を入手するしかない。
ただし、その分の滞在費も考えなければというのが現実問題だ。
この先の旅費だってまだまだかかるのに、ここで足止めをくらうのはかなりの痛手である。
「このことがヨアン義兄様に知られたらきっと、呆れられちゃうね。ううん……おまえは何をやっているのだと怒られるかも」
イヴンははあ、と重たいため息を落とす。
もう見ていられないくらいの落ち込みようだ。
「俺が何とかしてやってもいいぜ」
暮れゆく空を見上げ、イェンはぽつりとこぼす。
イヴンは首を横に振った。
「うん、ありがとう。だけど、通行券は手に入れる。僕、ちゃんと役所の人に説明するよ。なければこの先不便でしょう? だから、どんなことでもいいから仕事を見つけようと思う。うん働くよ!」
口に出したと同時に、前向きな気持ちに切りかわったのだろう。
いつまでも、落ち込んでなんかいられない、と立ち上がったイヴンに、イェンは露骨に顔をしかめた。
「働くだ? どんな仕事でもいい? おまえに何ができんだよ」
「やろうと思えば何だってできるよ!」
「働いたこともねえくせに、偉そうなこと言うな。おうちのお手伝いとはわけが違うんだぞ。どうせ仕事がキツいだの、人間関係が辛いだのって、泣き出すに決まっている」
「どうしてそう決めつけるわけ? ほんとは自分が働きたくないからそう言うんでしょう」
言ってイヴンはあっという顔をする。
今のは言い過ぎたかなと思ったようだ。
ごめんなさい、と口を開きかけたところに。
「とうぜんだ!」
と、返され、イヴンは呆気にとられてそのままあんぐりと口を開ける。
「イェンのばか!」
「ばかとは何だよ、ばかとは。だいたい、そう簡単に仕事がみつかりゃ、苦労しねえよ」
「探せばあるよ」
「そこが甘いんだよ!」
イェンはぎゅっとイヴンの頬をつねった。
「何するの!」
お返しとばかりに、イェンの首の後ろで一つに束ねられた髪を思いっきり引っ張る。
「やりやがったな! この俺にたてつきやがって。だいたい、何だよさっきの態度は。俺と口利いてやらないだと? どの口がそんなことを言いやがった。おまえ最近、生意気だぞ」
イェンの手がイヴンの両方の頬に伸び、つまんでびろんと引っ張っる。
「やめてよ!」
イヴンがぺちりとイェンの顔面を叩く。
「このやろう!」
そして、とうとう二人は低次元なつかみ合いの喧嘩を始めた。
空は徐々に暗くなり、門の側では街の中へ入ろうと駆け込む人々の姿。
そんな人たちを横目に見ながら、会話もなく黙り込む二人。
二人の間にはどこか重々しい雰囲気が流れる。
イヴンは抱えていた両膝をぎゅっと抱きしめた。
とにかく、いろいろあてが外れたという落胆は隠せない様子だった。
実は、通行券がなくても一時的にだが、エレレザレレに入国する方法があった。
それは、エレレザレレ国、国王五十歳誕生記念祭の警備員募集に申し込み、採用が通れば無条件に入国できたのだ。
そこで警備の仕事をしつつ、通行券が発行されるのを待つつもりであった。
リプリーとエーファが去った後、すぐに申し込みに行ったイヴンだが、しかし、すでに募集はいっぱいで打ち切られたとのこと。
ならば、せめて通行券だけでも申請しようと役所に向かったが、そこで、どこの誰ですかと係の人に訊ねられ、根が正直で嘘がつけないイヴンはしどろもどろになり、また出直します! と言い役所を飛び出してしまったのだ。
イヴンの行動は素早かった。
素早かったが、残念なことに、すべて空回りに終わったというわけである。
イヴンはしょんぼりと、抱えた膝の頭に顔をうずめる。
「まさか、あんなこと聞かれるとは思わなくて」
「まさかも何も、ふつう聞かれるに決まってんだろ。ほんと、世間知らずだな」
「そうだね。僕、何にも知らないんだね。だけど、どうしよう……僕がアイザカーン国の王子だなんて言えないよ」
言えば大変なことになることは目に見えている。
いや、それよりも信じてもらえるかどうか。
それどころか、アイザカーンの王子の名を騙った不届き者として捕らえられる可能性もある。いや、エレレザレレの〝灯〟に出向けばイェンの身元はきちんと保証されるからその問題はないとは思うが……。
何にせよ、いろいろ面倒くさいことになるであろうことは確かだ。
「だから俺はやめておけって言ったんだ」
イェンが頑なに、リプリーたちに通行券を渡すのを拒んだ理由はこれであった。
「イェンがあんなに渋っていた理由を僕はちゃんと考えるべきだった。なのに僕は……ごめんなさい」
どんよりと落ち込むイヴンの姿をイェンはちらりと見やる。
「それでもおまえは通行券をあいつらに渡した」
一拍おいて、イヴンはこくりとうなずく。
「ほんと、お人好しだよな。ま、そこがおまえのいいところでもあるけどな」
とはいえ、入国するにはやはり、日数をかけてでも新しい通行券を入手するしかない。
ただし、その分の滞在費も考えなければというのが現実問題だ。
この先の旅費だってまだまだかかるのに、ここで足止めをくらうのはかなりの痛手である。
「このことがヨアン義兄様に知られたらきっと、呆れられちゃうね。ううん……おまえは何をやっているのだと怒られるかも」
イヴンははあ、と重たいため息を落とす。
もう見ていられないくらいの落ち込みようだ。
「俺が何とかしてやってもいいぜ」
暮れゆく空を見上げ、イェンはぽつりとこぼす。
イヴンは首を横に振った。
「うん、ありがとう。だけど、通行券は手に入れる。僕、ちゃんと役所の人に説明するよ。なければこの先不便でしょう? だから、どんなことでもいいから仕事を見つけようと思う。うん働くよ!」
口に出したと同時に、前向きな気持ちに切りかわったのだろう。
いつまでも、落ち込んでなんかいられない、と立ち上がったイヴンに、イェンは露骨に顔をしかめた。
「働くだ? どんな仕事でもいい? おまえに何ができんだよ」
「やろうと思えば何だってできるよ!」
「働いたこともねえくせに、偉そうなこと言うな。おうちのお手伝いとはわけが違うんだぞ。どうせ仕事がキツいだの、人間関係が辛いだのって、泣き出すに決まっている」
「どうしてそう決めつけるわけ? ほんとは自分が働きたくないからそう言うんでしょう」
言ってイヴンはあっという顔をする。
今のは言い過ぎたかなと思ったようだ。
ごめんなさい、と口を開きかけたところに。
「とうぜんだ!」
と、返され、イヴンは呆気にとられてそのままあんぐりと口を開ける。
「イェンのばか!」
「ばかとは何だよ、ばかとは。だいたい、そう簡単に仕事がみつかりゃ、苦労しねえよ」
「探せばあるよ」
「そこが甘いんだよ!」
イェンはぎゅっとイヴンの頬をつねった。
「何するの!」
お返しとばかりに、イェンの首の後ろで一つに束ねられた髪を思いっきり引っ張る。
「やりやがったな! この俺にたてつきやがって。だいたい、何だよさっきの態度は。俺と口利いてやらないだと? どの口がそんなことを言いやがった。おまえ最近、生意気だぞ」
イェンの手がイヴンの両方の頬に伸び、つまんでびろんと引っ張っる。
「やめてよ!」
イヴンがぺちりとイェンの顔面を叩く。
「このやろう!」
そして、とうとう二人は低次元なつかみ合いの喧嘩を始めた。
1
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~
夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。
そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。
召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。
だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。
多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。
それを知ったユウリは逃亡。
しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。
そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。
【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。
チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。
その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。
※TS要素があります(主人公)
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる