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第6章 もう君を離さない
10 エリスの怒り
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「どういうこと!」
エリスはヒステリックに叫び、窓際に置いてある花瓶を掴み、床に投げつけた。
派手な音をたてて花瓶が割れ、粉々に砕けたガラスの破片が床に散らばる。
エリスのもう片方の手には、一通の手紙が握りしめられていた。
「どうなさったのですか? エリスお嬢様」
彼女の身辺を警護する軍の男が、エリスの逆上ぶりに狼狽する。
エリスは握りしめた手紙を床に叩きつけた。
男はおそるおそる手紙を拾い、無礼とは承知しながらも手紙に目を通す。
男の表情が変わった。
そこに書かれていた内容は、エリスの婚約者であるコンツェットが彼女を裏切り、ファンローゼという娘と一緒にいるという内容であった。
誰がこんな手紙をエリスお嬢様に送りつけたのだと差出人を確認し、さらに男は表情を強ばらせる。
差出人は〝キャリー〟だった。
キャリーは軍諜報部の極秘任務で動く人物。
一部の者しかその正体を知らず、キャリーに目をつけられた者はもはや、地獄の底に堕ちるしかないとまでいわれ、恐れられているほどだ。
そのキャリーが、コンツェットの不義を容赦なくエリスに密告した。おそらく、このことはヨシア大佐の耳にも入るだろう。
「なぜこんな手紙が」
「知らないわよ!」
「きっと、たちの悪い嫌がらせです」
エリスをなだめようとそんな言葉を口にするが、それは気休めだ。
キャリーの名前を騙ってまで、こんなことをする者など軍内部にいるはずがない。
「お嬢様……」
エリスのおさまらない怒りに、男はかける言葉も見あたらずという様子であった。いや、それ以上に、この場でキャリーの名前が出てきたことに恐れ慄いていた。
「コンツェットが私を裏切った。絶対に許さないわ。おまけに軍に追われている女をかばうなんて。その女はコンツェットの幼なじみで、二人は愛し合っているだなんて!」
エリスは側に控える男に指を突きつけた。
「必ずコンツェットを私の元に連れ戻して! 殺しちゃだめよ。多少傷つけても、必ず生かして私の元に連れてきなさい! 私を裏切ったことを、後悔させてやるわ」
エリスの双眸が憎悪に揺れる。
「それから、ファンローゼという女もよ。私からコンツェットを奪ったことを思い知らせてやるわ」
それから三日が過ぎた。
コンツェットはいつもと変わらず軍本部に出かけているが、ファンローゼを匿っていることはまだばれていない。
〝キャリー〟の一件もどうなったのか、コンツェットは何も言わない。
外出することもなく、ファンローゼはアパートで息をひそめるように過ごしていた。
頃合いをみて、二人でこの国から抜け出そうとコンツェットは言った。
窓から差し込む光が橙色に染まり始めた頃、扉を叩く音に気づきファンローゼは椅子から立ち上がり扉へと歩み寄る。
コンツェットが帰ってきたと思ったからだ。
しかし、扉を開けようとして思いとどまる。
再びノックの音。
それはいつもと変わらない。だが、コンツェットは自分が帰ってきたことを小声でファンローゼに知らせてくれた。けれど、扉の向こうの人物は無言のまま。
ファンローゼは息を飲む。
嫌な予感がする。
扉一枚隔てた向こうで動く人の気配。
一人ではない、数人。
もし、自分以外の者が訪ねてきても、それがたとえ誰であっても、コンツェットから絶対に鍵は開けてはならないと言われていた。
誰?
次の瞬間、扉が蹴破られた。押し入ってきた数人のエスツェリア軍によって押さえ込まれる。
助けを呼ぼうと口を開くも、男の手によってふさがれる。
鼻の奥を刺激するつんとした刺激臭。
やがて、視界がかすみ、ファンローゼは意識を手放した。
エリスはヒステリックに叫び、窓際に置いてある花瓶を掴み、床に投げつけた。
派手な音をたてて花瓶が割れ、粉々に砕けたガラスの破片が床に散らばる。
エリスのもう片方の手には、一通の手紙が握りしめられていた。
「どうなさったのですか? エリスお嬢様」
彼女の身辺を警護する軍の男が、エリスの逆上ぶりに狼狽する。
エリスは握りしめた手紙を床に叩きつけた。
男はおそるおそる手紙を拾い、無礼とは承知しながらも手紙に目を通す。
男の表情が変わった。
そこに書かれていた内容は、エリスの婚約者であるコンツェットが彼女を裏切り、ファンローゼという娘と一緒にいるという内容であった。
誰がこんな手紙をエリスお嬢様に送りつけたのだと差出人を確認し、さらに男は表情を強ばらせる。
差出人は〝キャリー〟だった。
キャリーは軍諜報部の極秘任務で動く人物。
一部の者しかその正体を知らず、キャリーに目をつけられた者はもはや、地獄の底に堕ちるしかないとまでいわれ、恐れられているほどだ。
そのキャリーが、コンツェットの不義を容赦なくエリスに密告した。おそらく、このことはヨシア大佐の耳にも入るだろう。
「なぜこんな手紙が」
「知らないわよ!」
「きっと、たちの悪い嫌がらせです」
エリスをなだめようとそんな言葉を口にするが、それは気休めだ。
キャリーの名前を騙ってまで、こんなことをする者など軍内部にいるはずがない。
「お嬢様……」
エリスのおさまらない怒りに、男はかける言葉も見あたらずという様子であった。いや、それ以上に、この場でキャリーの名前が出てきたことに恐れ慄いていた。
「コンツェットが私を裏切った。絶対に許さないわ。おまけに軍に追われている女をかばうなんて。その女はコンツェットの幼なじみで、二人は愛し合っているだなんて!」
エリスは側に控える男に指を突きつけた。
「必ずコンツェットを私の元に連れ戻して! 殺しちゃだめよ。多少傷つけても、必ず生かして私の元に連れてきなさい! 私を裏切ったことを、後悔させてやるわ」
エリスの双眸が憎悪に揺れる。
「それから、ファンローゼという女もよ。私からコンツェットを奪ったことを思い知らせてやるわ」
それから三日が過ぎた。
コンツェットはいつもと変わらず軍本部に出かけているが、ファンローゼを匿っていることはまだばれていない。
〝キャリー〟の一件もどうなったのか、コンツェットは何も言わない。
外出することもなく、ファンローゼはアパートで息をひそめるように過ごしていた。
頃合いをみて、二人でこの国から抜け出そうとコンツェットは言った。
窓から差し込む光が橙色に染まり始めた頃、扉を叩く音に気づきファンローゼは椅子から立ち上がり扉へと歩み寄る。
コンツェットが帰ってきたと思ったからだ。
しかし、扉を開けようとして思いとどまる。
再びノックの音。
それはいつもと変わらない。だが、コンツェットは自分が帰ってきたことを小声でファンローゼに知らせてくれた。けれど、扉の向こうの人物は無言のまま。
ファンローゼは息を飲む。
嫌な予感がする。
扉一枚隔てた向こうで動く人の気配。
一人ではない、数人。
もし、自分以外の者が訪ねてきても、それがたとえ誰であっても、コンツェットから絶対に鍵は開けてはならないと言われていた。
誰?
次の瞬間、扉が蹴破られた。押し入ってきた数人のエスツェリア軍によって押さえ込まれる。
助けを呼ぼうと口を開くも、男の手によってふさがれる。
鼻の奥を刺激するつんとした刺激臭。
やがて、視界がかすみ、ファンローゼは意識を手放した。
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