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第6章 もう君を離さない
4 尋問
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軍特務部隊の本部に連れられたファンローゼは、そのまま小さな部屋へと押し込められた。
おそらく尋問室だろう。
小部屋の中には机と、向かい合うようにして置かれた二つの椅子。高い位置に取りつけられた窓には鉄格子がはめられている。
「やあ、また会ったね。ファリカ・シュミット嬢、いや、ファンローゼ・ウェンデル」
ほどなくして現れたのは、大佐のパーティーで踊りを申し込んできた若き将校であった。
「それにしても参ったな。まさか君が〝時の祈り〟の一員だったなんて、見事に僕は騙されたんだね。これでも勘は鋭いほうだと思っていたけど、可愛い女の子相手にはその勘も働かなかったようだ。あの時捕らえられた仲間を救いにパーティーに乗り込んできたんだって? 見かけによらず勇敢なお嬢さんだ」
彼は出会った時と同じ、人好きのする笑顔を浮かべ向かいの席に腰を下ろすと、手にした書類の束を机に広げた。
「正真正銘、貴族のお嬢様だったんだね。どうりで、ダンスがうまいわけだ」
男は笑いながら肩をすくめた。
一枚一枚手元の書類をめくり、続けて言う。
「でも、おかしなことに君の名前は組織のリストに載っていないんだ。どういうことなんだろうね。まあ、そのことも含めて、いろいろ教えて貰おうかな」
屈託のない笑みと親しみのある口調。けれど、この男もエスツェリアに逆らうエティカリア人を追いつめ、時には惨殺する敵国の軍人、それも黒い制服を着た悪魔なのだ。
「素直に喋ってくれると助かるよ。手荒なことはしたくないからね。それも、君のような愛らしいお嬢さんを痛めつけたくはない」
それまでにこやかな笑みを浮かべていた男の表情が一転して厳しいものとなる。
身にまとう雰囲気さえ冷えたものに変わった。
「まだ捕らえていない者が数名いるんだよね。いろいろ教えてくれると助かるな」
男はまだ見つかっていない、反組織のメンバーの写真をファンローゼの目の前に一枚ずつ並べていく。
その中に、カリナの顔があった。
クローゼットの中のカリナはどうしただろうか。
無事逃げ出せただろうか。
ここに写真が並べられたということは、まだ捕らえられていないと思っていいのか。
どうか逃げ切って欲しい。
「彼らの居場所を知ってる?」
男の問いにファンローゼは沈黙を貫く。たとえ、知っていても口を開くつもりはない。
「それともう一つ。これはとても重要な質問なんだ。組織のリーダーは誰? この写真の中にその人物はいる?」
ファンローゼは口を堅く引き結び、あえて写真を見ないよう視線を斜めにそらす。
「そうだよね。そう簡単には喋らないよね。だけど、パーティーの時のように僕も簡単には引かないよ」
男の手があごにかかり、正面を向かされる。
「実はね。すでに何人かの君の仲間からリーダーの名前を引き出しているんだ。なのに、リストにその名前がない。写真の中にもいないと言うんだ。おかしな話だろう? かといって、嘘を言っているようにも思えない。君は本当のことを知らないかな?」
この人は何も知らないのか。
リーダーはクレイ。
だが、彼は反エスツェリア組織にいながら、エスツェリア軍に情報を流している裏切り者。
リストに名前がないということは、そういうことなのだろう。
ふと、先ほどのクレイの言葉が過ぎる。
『僕のことは遠慮なく敵にばらしていい。その方が君のためでもある』
あの時の言葉の意味は、こういうことを予測してのことだったのか。
やれやれというように、男はため息をつくと、さらに優しい声音で諭してくる。
「素直に何もかも喋った方が君のためだよ。拷問っていう手段もあるのだから。僕はそういうのは嫌いだから、君に痛いことはしないけど、拷問が得意な上官がいてね。彼は女性や子どもにも容赦しないんだ。僕だって、君が痛い目にあうのは見たくないし。ね? 素直に喋って。君の仲間たちだって口を割ったのだから、気に病むことなんて一つもないんだよ」
それでも、何度問いつめられてもファンローゼは口を開こうとはしなかった。だが、男も苛立ちを見せることなく根気よく尋問を繰り返す。
そんな平坦なやりとりが長時間続いた。
それだけで、気力も体力も奪われていく。
まさに根比べであった。
まぶたを半分落とし、うとうとするファンローゼのあごに男の手がかけられた。
「困ったなあ。大丈夫? 疲れたよね。僕はこういうことには慣れているから全然平気だけど。君はそろそろ限界でしょう。顔色が悪いよ。お腹だって空いたんじゃない?」
そこへ、突如扉が開く。
「いつまで時間をかけている」
よく知るその声に、ここへ来て初めてファンローゼの表情に動揺が走る。
やってきたのはエスツェリア軍の黒い制服を身にまとったコンツェットだった。
おそらく尋問室だろう。
小部屋の中には机と、向かい合うようにして置かれた二つの椅子。高い位置に取りつけられた窓には鉄格子がはめられている。
「やあ、また会ったね。ファリカ・シュミット嬢、いや、ファンローゼ・ウェンデル」
ほどなくして現れたのは、大佐のパーティーで踊りを申し込んできた若き将校であった。
「それにしても参ったな。まさか君が〝時の祈り〟の一員だったなんて、見事に僕は騙されたんだね。これでも勘は鋭いほうだと思っていたけど、可愛い女の子相手にはその勘も働かなかったようだ。あの時捕らえられた仲間を救いにパーティーに乗り込んできたんだって? 見かけによらず勇敢なお嬢さんだ」
彼は出会った時と同じ、人好きのする笑顔を浮かべ向かいの席に腰を下ろすと、手にした書類の束を机に広げた。
「正真正銘、貴族のお嬢様だったんだね。どうりで、ダンスがうまいわけだ」
男は笑いながら肩をすくめた。
一枚一枚手元の書類をめくり、続けて言う。
「でも、おかしなことに君の名前は組織のリストに載っていないんだ。どういうことなんだろうね。まあ、そのことも含めて、いろいろ教えて貰おうかな」
屈託のない笑みと親しみのある口調。けれど、この男もエスツェリアに逆らうエティカリア人を追いつめ、時には惨殺する敵国の軍人、それも黒い制服を着た悪魔なのだ。
「素直に喋ってくれると助かるよ。手荒なことはしたくないからね。それも、君のような愛らしいお嬢さんを痛めつけたくはない」
それまでにこやかな笑みを浮かべていた男の表情が一転して厳しいものとなる。
身にまとう雰囲気さえ冷えたものに変わった。
「まだ捕らえていない者が数名いるんだよね。いろいろ教えてくれると助かるな」
男はまだ見つかっていない、反組織のメンバーの写真をファンローゼの目の前に一枚ずつ並べていく。
その中に、カリナの顔があった。
クローゼットの中のカリナはどうしただろうか。
無事逃げ出せただろうか。
ここに写真が並べられたということは、まだ捕らえられていないと思っていいのか。
どうか逃げ切って欲しい。
「彼らの居場所を知ってる?」
男の問いにファンローゼは沈黙を貫く。たとえ、知っていても口を開くつもりはない。
「それともう一つ。これはとても重要な質問なんだ。組織のリーダーは誰? この写真の中にその人物はいる?」
ファンローゼは口を堅く引き結び、あえて写真を見ないよう視線を斜めにそらす。
「そうだよね。そう簡単には喋らないよね。だけど、パーティーの時のように僕も簡単には引かないよ」
男の手があごにかかり、正面を向かされる。
「実はね。すでに何人かの君の仲間からリーダーの名前を引き出しているんだ。なのに、リストにその名前がない。写真の中にもいないと言うんだ。おかしな話だろう? かといって、嘘を言っているようにも思えない。君は本当のことを知らないかな?」
この人は何も知らないのか。
リーダーはクレイ。
だが、彼は反エスツェリア組織にいながら、エスツェリア軍に情報を流している裏切り者。
リストに名前がないということは、そういうことなのだろう。
ふと、先ほどのクレイの言葉が過ぎる。
『僕のことは遠慮なく敵にばらしていい。その方が君のためでもある』
あの時の言葉の意味は、こういうことを予測してのことだったのか。
やれやれというように、男はため息をつくと、さらに優しい声音で諭してくる。
「素直に何もかも喋った方が君のためだよ。拷問っていう手段もあるのだから。僕はそういうのは嫌いだから、君に痛いことはしないけど、拷問が得意な上官がいてね。彼は女性や子どもにも容赦しないんだ。僕だって、君が痛い目にあうのは見たくないし。ね? 素直に喋って。君の仲間たちだって口を割ったのだから、気に病むことなんて一つもないんだよ」
それでも、何度問いつめられてもファンローゼは口を開こうとはしなかった。だが、男も苛立ちを見せることなく根気よく尋問を繰り返す。
そんな平坦なやりとりが長時間続いた。
それだけで、気力も体力も奪われていく。
まさに根比べであった。
まぶたを半分落とし、うとうとするファンローゼのあごに男の手がかけられた。
「困ったなあ。大丈夫? 疲れたよね。僕はこういうことには慣れているから全然平気だけど。君はそろそろ限界でしょう。顔色が悪いよ。お腹だって空いたんじゃない?」
そこへ、突如扉が開く。
「いつまで時間をかけている」
よく知るその声に、ここへ来て初めてファンローゼの表情に動揺が走る。
やってきたのはエスツェリア軍の黒い制服を身にまとったコンツェットだった。
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