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第4章 裏切りと愛憎
6 任務失敗か
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突然、背後から声をかけられ、ファンローゼは悲鳴を上げた。
まさか、人がいるとは思わなかった。
部屋に鍵がかかっていたのだから誰もいるはずがないと思い込んでいたし、気配すら感じなかった。
振り返る間もなく、背後の人物の手によって目元を隠される。
「……っ!」
「声をださないで」
頭上に落ちてきたその声に、ファンローゼは身を強張らせた。
耳元でしゅっと布がこすれる音を聞く。
背後の人物がネクタイを外したのだと気づき、目を見開く。
解いたネクタイで、後から首を絞められると恐れたからだ。
真っ先に思い浮かんだのは死。
一言も声を発せられなかった。
男の手を振り払い逃げることも。
まるで全身を見えない鎖で絡めとられたかのように、身動き一つとれない。
目元を押さえられた手が離れた。
首に回ると思ったネクタイで目隠しをされる。
「素敵な歌声だったよ、歌姫さん。ところで、もう一度聞くけれど、こんなところで何をしている?」
問いかける声は穏やかで優しい。けれど、それがよけい恐怖を煽りたてた。
「何も……いえ、少し気分が悪くて化粧室を探していました……」
声に怯えがでないよう気をつけたつもりだが、多分無理だったと思う。それに、あまりにも苦しすぎる言い訳だ。通用するわけがない。
「大佐の自室を化粧室と間違えて入った? まさかだよね。それに、化粧室は一階にもあるのに、なぜわざわざ二階にあがってきたのかな?」
男の声が耳元で息を吹きかけるように囁かれた。背筋がぞくりと震えた。悲鳴を殺すのが精一杯であった。
「混んでいたので……」
相手がくつりと笑った気がした。
嘘をついていることはまるでお見通しだとでもいうように。
「そう。気分が悪いのなら、医務室にお連れしましょうか?」
「いえ、すぐによくなると……」
「ねえ」
再び耳元で声をかけられ、ファンローゼはびくりと肩を震わせた。その肩に男の手がかかり掴まれる。
この男は危険。
早くこの場から立ち去ったほうがいいと、心の中でけたたましく警鐘が鳴る。
男の手を振り切って逃げるべきか。否、それは無駄であろう。落ちてくる声の距離と背中を圧迫するほどの相手の存在感。
自分のような小娘など、捕らえて捻り潰すなどわけもないはず。
「あやしいなあ。君、本当に招待客? 確かシュミット侯爵の代理だよね」
「そうです」
「その侯爵は、もともとこのパーティーに来る予定ではなかったと言ったら、君はどうする?」
「そ……」
そんなはずはない。
クレイは招待客のリストを軍内部の協力者から手に入れ、シュミット侯爵本人が欠席することも事前に調べていた。そして、シュミット候が大佐に向けて送った欠席を知らせる旨の手紙を先周りして手に入れ、代理をたてることで出席すると伝えた。
仲間を助け出すために必死になって動き回っていたクレイが、そんなミスをするはずがない。
「うそ」
「え?」
「だから、嘘だよ。どうしたの? 何を慌てているの?」
ファンローゼは唇を嚙んだ。
クレイに何を言われても落ち着いて行動をするようにと、何度も言い含められたというのに動揺した。
自分が招待客ではないということが、ばれたのだろうか。いや、電話のひとつでもかけてシュミット侯に問い合わせれば、即自分が偽者であることは見破られてしまう。
「震えているね」
肩にかけられた手によって身体の向きをかえられ、目の前の男と向き合う状態となる。目隠しをされていて相手の顔は分からない。さらに、男の手がファンローゼの身体を背後の窓に押しつける。
ひやりとした、ガラスの冷たい感触が背中に伝わる。
男の両手がガラス窓につき、逃げ道をふさがれる。
まさか、人がいるとは思わなかった。
部屋に鍵がかかっていたのだから誰もいるはずがないと思い込んでいたし、気配すら感じなかった。
振り返る間もなく、背後の人物の手によって目元を隠される。
「……っ!」
「声をださないで」
頭上に落ちてきたその声に、ファンローゼは身を強張らせた。
耳元でしゅっと布がこすれる音を聞く。
背後の人物がネクタイを外したのだと気づき、目を見開く。
解いたネクタイで、後から首を絞められると恐れたからだ。
真っ先に思い浮かんだのは死。
一言も声を発せられなかった。
男の手を振り払い逃げることも。
まるで全身を見えない鎖で絡めとられたかのように、身動き一つとれない。
目元を押さえられた手が離れた。
首に回ると思ったネクタイで目隠しをされる。
「素敵な歌声だったよ、歌姫さん。ところで、もう一度聞くけれど、こんなところで何をしている?」
問いかける声は穏やかで優しい。けれど、それがよけい恐怖を煽りたてた。
「何も……いえ、少し気分が悪くて化粧室を探していました……」
声に怯えがでないよう気をつけたつもりだが、多分無理だったと思う。それに、あまりにも苦しすぎる言い訳だ。通用するわけがない。
「大佐の自室を化粧室と間違えて入った? まさかだよね。それに、化粧室は一階にもあるのに、なぜわざわざ二階にあがってきたのかな?」
男の声が耳元で息を吹きかけるように囁かれた。背筋がぞくりと震えた。悲鳴を殺すのが精一杯であった。
「混んでいたので……」
相手がくつりと笑った気がした。
嘘をついていることはまるでお見通しだとでもいうように。
「そう。気分が悪いのなら、医務室にお連れしましょうか?」
「いえ、すぐによくなると……」
「ねえ」
再び耳元で声をかけられ、ファンローゼはびくりと肩を震わせた。その肩に男の手がかかり掴まれる。
この男は危険。
早くこの場から立ち去ったほうがいいと、心の中でけたたましく警鐘が鳴る。
男の手を振り切って逃げるべきか。否、それは無駄であろう。落ちてくる声の距離と背中を圧迫するほどの相手の存在感。
自分のような小娘など、捕らえて捻り潰すなどわけもないはず。
「あやしいなあ。君、本当に招待客? 確かシュミット侯爵の代理だよね」
「そうです」
「その侯爵は、もともとこのパーティーに来る予定ではなかったと言ったら、君はどうする?」
「そ……」
そんなはずはない。
クレイは招待客のリストを軍内部の協力者から手に入れ、シュミット侯爵本人が欠席することも事前に調べていた。そして、シュミット候が大佐に向けて送った欠席を知らせる旨の手紙を先周りして手に入れ、代理をたてることで出席すると伝えた。
仲間を助け出すために必死になって動き回っていたクレイが、そんなミスをするはずがない。
「うそ」
「え?」
「だから、嘘だよ。どうしたの? 何を慌てているの?」
ファンローゼは唇を嚙んだ。
クレイに何を言われても落ち着いて行動をするようにと、何度も言い含められたというのに動揺した。
自分が招待客ではないということが、ばれたのだろうか。いや、電話のひとつでもかけてシュミット侯に問い合わせれば、即自分が偽者であることは見破られてしまう。
「震えているね」
肩にかけられた手によって身体の向きをかえられ、目の前の男と向き合う状態となる。目隠しをされていて相手の顔は分からない。さらに、男の手がファンローゼの身体を背後の窓に押しつける。
ひやりとした、ガラスの冷たい感触が背中に伝わる。
男の両手がガラス窓につき、逃げ道をふさがれる。
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