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第3章 思いがけない再会
8 愛した人はもうこの世にはいない
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「狭い部屋だけれど、居心地はそんなに悪くはないと思うんだ」
案内された部屋に入り、中を見渡した。
ベッドに文机、くまのぬいぐるみが置かれたソファーとテーブル。生活に必要な家具はほとんど揃っていた。
食器棚に目を向けると、そこには一枚の写真が置かれている。夫婦と子ども二人が映っている写真。
おそらく、ここに暮らしていた住人の家族写真だろう。だが、これらすべての物を残し、住人は家を出て行った。
「シャワーも使えるし、この部屋にあるものは自由に使ってかまわない。といっても、すべて前の住人が残していった物だけどね。後で食事とワインを持ってこよう。何かあったら僕を呼んで。僕は右隣の部屋にいる」
それじゃ、と部屋から出て行こうとするクレイの手を、ファンローゼは咄嗟に掴んだ。
掴んでから、気まずい表情を浮かべ、慌てて手を引っ込める。
クレイは首を傾げ、ファンローゼを見下ろした。
「ごめんなさい。一人になるのが怖くて」
ファンローゼはうつむき、視線を足元に落とす。
何もかもクレイに甘える自分が嫌だった。けれど、今、一人っきりになったら不安と寂しさで、どうにかなってしまいそうで怖かった。
クレイの手が肩にかけられた。
「あんなことがあったんだ。怖いと思うのは仕方がないさ。それに、お父さんのことは……まさか、エスツェリア軍が追ってくるとは予想もしていなくて。ファンローゼ、ごめん。僕の力が及ばなくて、君に辛い思いをさせた」
ファンローゼは顔をあげ、いいえ、と首を振る。
「クレイはとてもよくしてくれたわ。もう二度と会えないと思っていたお父様に会えたのも、記憶を取り戻せたのも、すべてクレイのおかげ。感謝しているの」
「そう言ってもらえて僕も安心した。実は君をエティカリアに連れてきたことを後悔していた」
クレイは沈痛な面持ちで唇の端を歪めた。
「いいえ、あのままスヴェリアにいたとしても、私はいずれ捕まっていた。私、クレイが側にいてくれてどんなに心強いと思ったか。だけど、ごめんなさい。何もかもクレイに頼ってばかりで私は何一つできない」
「いいんだ。君の力になれて僕は嬉しいから。これからも僕のことを頼って欲しい。君のためならどんなことでもする」
ファンローゼの揺れる瞳がクレイを見つめる。
肩にかけられたクレイの右手が頬に触れ、優しくなでられた。
腰をかがめてクレイが顔を傾け近づけてくる。
クレイのまぶたがゆっくりと落ちる。
「愛してる、ファンローゼ」
低く囁く甘い声に、胸がとくとくと音をたてて鳴る。まるで、クレイの碧い瞳に捕らわれたかのように。
クレイの唇が落ちてくる。
「だめ……」
ファンローゼは小さく首を振る。
「ごめん。君の心の隙につけ込もうとした……」
伏せていた目をゆっくりとあげ、真剣な顔でクレイはファンローゼの目を見つめ返した。
「だけど、これだけは信じて欲しい」
さらに、クレイの手が背に回され力強く抱きしめられる。
「君のことを心から愛している。初めて君に出会った時から、ずっと、君のことだけを見てきた。何者からも必ず君を守る。僕には君を守るだけの強さと力がある。だから、僕を愛して。大切にするよ、ファンローゼ」
それは心の奥にまで浸透していく言葉であった。
クレイの優しさに甘えてしまえば、どんなに楽になれるだろう。いや、心のどこかでクレイの思いを受け入れたいと思っている自分がいるのも事実。
クレイは優しくていい人。
自分のために危険も顧みず協力してくれた。それに、記憶のなかった自分を、気味悪がらず接してくれた。
そう、出会った時からずっと、変わらず。
クレイのことは好きだと思う。
けれどふと、頭のすみを横切っていく幼なじみの姿。
コンツェット……。
私を守るために自分を犠牲にして死んだコンツェット。
いいえ、コンツェットの死をこの目で確認したわけではない。だが、彼はエスツェリア軍の銃で胸を撃たれた。
あの状況では、おそらくコンツェットは生きてはいない。
彼はもう、この世にはいない。
コンツェットはもう私の側にいない。
本当は生きていると信じたい。
どうすればいいのか分からず、ファンローゼは涙をこぼす。そんなファンローゼの頭を優しくクレイの手がなでる。
「泣かないで、ファンローゼ。これからは僕がいるから。僕は君を一人にさせたりはしない。君に寂しい思いはさせない。約束する」
クレイの腕の中でファンローゼは身を震わせた。同じことを言ったコンツェットも、今はこの世にはいない。
「僕は絶対に死んだりはしない」
まるで、ファンローゼの心の不安を読み取ったかのように、クレイはさらに力強くつけ加えた。
クレイはずっと私を守ってくれた。
彼がいなかったら今の私はない。
クレイの優しさに惹かれ始める自分。一方で、心のどこかで奇跡的にもコンツェットは助かり、生きていると信じていたいと思う自分。
「僕を愛して、ファンローゼ」
揺れ動く思いに、ファンローゼは苦しげに息をつく。
どうすればいいのか、分からなかった。
案内された部屋に入り、中を見渡した。
ベッドに文机、くまのぬいぐるみが置かれたソファーとテーブル。生活に必要な家具はほとんど揃っていた。
食器棚に目を向けると、そこには一枚の写真が置かれている。夫婦と子ども二人が映っている写真。
おそらく、ここに暮らしていた住人の家族写真だろう。だが、これらすべての物を残し、住人は家を出て行った。
「シャワーも使えるし、この部屋にあるものは自由に使ってかまわない。といっても、すべて前の住人が残していった物だけどね。後で食事とワインを持ってこよう。何かあったら僕を呼んで。僕は右隣の部屋にいる」
それじゃ、と部屋から出て行こうとするクレイの手を、ファンローゼは咄嗟に掴んだ。
掴んでから、気まずい表情を浮かべ、慌てて手を引っ込める。
クレイは首を傾げ、ファンローゼを見下ろした。
「ごめんなさい。一人になるのが怖くて」
ファンローゼはうつむき、視線を足元に落とす。
何もかもクレイに甘える自分が嫌だった。けれど、今、一人っきりになったら不安と寂しさで、どうにかなってしまいそうで怖かった。
クレイの手が肩にかけられた。
「あんなことがあったんだ。怖いと思うのは仕方がないさ。それに、お父さんのことは……まさか、エスツェリア軍が追ってくるとは予想もしていなくて。ファンローゼ、ごめん。僕の力が及ばなくて、君に辛い思いをさせた」
ファンローゼは顔をあげ、いいえ、と首を振る。
「クレイはとてもよくしてくれたわ。もう二度と会えないと思っていたお父様に会えたのも、記憶を取り戻せたのも、すべてクレイのおかげ。感謝しているの」
「そう言ってもらえて僕も安心した。実は君をエティカリアに連れてきたことを後悔していた」
クレイは沈痛な面持ちで唇の端を歪めた。
「いいえ、あのままスヴェリアにいたとしても、私はいずれ捕まっていた。私、クレイが側にいてくれてどんなに心強いと思ったか。だけど、ごめんなさい。何もかもクレイに頼ってばかりで私は何一つできない」
「いいんだ。君の力になれて僕は嬉しいから。これからも僕のことを頼って欲しい。君のためならどんなことでもする」
ファンローゼの揺れる瞳がクレイを見つめる。
肩にかけられたクレイの右手が頬に触れ、優しくなでられた。
腰をかがめてクレイが顔を傾け近づけてくる。
クレイのまぶたがゆっくりと落ちる。
「愛してる、ファンローゼ」
低く囁く甘い声に、胸がとくとくと音をたてて鳴る。まるで、クレイの碧い瞳に捕らわれたかのように。
クレイの唇が落ちてくる。
「だめ……」
ファンローゼは小さく首を振る。
「ごめん。君の心の隙につけ込もうとした……」
伏せていた目をゆっくりとあげ、真剣な顔でクレイはファンローゼの目を見つめ返した。
「だけど、これだけは信じて欲しい」
さらに、クレイの手が背に回され力強く抱きしめられる。
「君のことを心から愛している。初めて君に出会った時から、ずっと、君のことだけを見てきた。何者からも必ず君を守る。僕には君を守るだけの強さと力がある。だから、僕を愛して。大切にするよ、ファンローゼ」
それは心の奥にまで浸透していく言葉であった。
クレイの優しさに甘えてしまえば、どんなに楽になれるだろう。いや、心のどこかでクレイの思いを受け入れたいと思っている自分がいるのも事実。
クレイは優しくていい人。
自分のために危険も顧みず協力してくれた。それに、記憶のなかった自分を、気味悪がらず接してくれた。
そう、出会った時からずっと、変わらず。
クレイのことは好きだと思う。
けれどふと、頭のすみを横切っていく幼なじみの姿。
コンツェット……。
私を守るために自分を犠牲にして死んだコンツェット。
いいえ、コンツェットの死をこの目で確認したわけではない。だが、彼はエスツェリア軍の銃で胸を撃たれた。
あの状況では、おそらくコンツェットは生きてはいない。
彼はもう、この世にはいない。
コンツェットはもう私の側にいない。
本当は生きていると信じたい。
どうすればいいのか分からず、ファンローゼは涙をこぼす。そんなファンローゼの頭を優しくクレイの手がなでる。
「泣かないで、ファンローゼ。これからは僕がいるから。僕は君を一人にさせたりはしない。君に寂しい思いはさせない。約束する」
クレイの腕の中でファンローゼは身を震わせた。同じことを言ったコンツェットも、今はこの世にはいない。
「僕は絶対に死んだりはしない」
まるで、ファンローゼの心の不安を読み取ったかのように、クレイはさらに力強くつけ加えた。
クレイはずっと私を守ってくれた。
彼がいなかったら今の私はない。
クレイの優しさに惹かれ始める自分。一方で、心のどこかで奇跡的にもコンツェットは助かり、生きていると信じていたいと思う自分。
「僕を愛して、ファンローゼ」
揺れ動く思いに、ファンローゼは苦しげに息をつく。
どうすればいいのか、分からなかった。
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