25 / 74
第3章 思いがけない再会
5 取り戻した記憶
しおりを挟む
エティカリア国を出る決意をした三人は、翌朝、まだ早い時間にアパートを出た。
「さあ、行こう」
クレイの車に乗ろうとしたその時、路地裏から数名の男たちが行く手を遮るようにざっと現れた。
彼らは全員、エスツェリアの軍服を着ていた。
「なぜ、エスツェリア軍が!」
クルトは悲鳴をあげた。
「クルト・ウェンデルだな?」
「ずっと探していたぞ。こんなところに隠れていたとはな」
父は苦い表情で、唇を噛みしめる。
「なぜここが分かったの……」
ファンローゼの呟きに、軍の男たちはにやりと笑う。
「善良なエティカリアの国民が教えてくれたんだよ。大作家であり、反エスツェリア組織の一員であるクルト・ウェンデルが、このアパートに潜んでいるとな」
「そんな……」
「ファンローゼ、クレイ君と一緒に逃げなさい」
クルトが小声で呟く。
「いや!」
クルトにしがみつこうとするファンローゼの肩をクレイが掴む。
「クレイ君! どうかファンローゼを頼む」
クルトは懐に手を入れ、取り出した銃を男たちに向ける。が……クルトが銃を撃つよりも早く、軍の男の撃った銃弾がクルトの心臓を貫いた。
「お父様!」
ファンローゼの叫び声が、余韻を轟かせる銃弾の音と重なる。
「ファンローゼ、来るんだ!」
泣き叫ぶファンローゼの手を引き、クレイは走った。
「追え! 逃がすな!」
背後で数人の男たちが駆けてくる。
「お父様っ!」
あの時と同じ。
あの時、スヴェリアへ逃れようと列車に乗ったあの日。
母がエスツェリア軍に撃たれ、私はコンツェットの手に引かれながら暗闇の中を走って逃げた。
ああ、コンツェット。
ようやく、思いだしたわ。
大好きだったコンツェット。
いつも私の側にいてくれた人。
でもあの時、アルザスの山でコンツェットは私を助けようとして、エスツェリア軍に撃たれた。
必ず後を追うと約束してくれたが、彼が来ることはなかった。
それはつまり、コンツェットはもうこの世にはいないということ。
「コンツェット……迎えに来てくれるって言ったのに」
ファンローゼの呟きに、クレイは眉をひそめた。
大通りを出たところで、一台の車が目の前で止まった。
「クレイ! 早く乗れ」
「助かった」
車の扉を開け大急ぎで乗り込む。
乗ったと同時に、路地の角から追ってきたエスツェリア軍が現れた。
「あの車に乗ったぞ」
「追え!」
車は勢いよく走り出す。
背後を振り返ると、男たちの姿がみるみる遠のいていく。
「助かったよ」
「いや、偶然さ。やつらが路地に入っていくのを見て、何かが起こると思って見張っていたんだ。まさか、おまえがかかわっていたというのは予想外だったがな」
運転席の男は、ちらりとミラーごしに後部座席を見る。
「その子は」
「ああ、詳しい話は戻ってからだ」
「ははん、つまりわけありってことだね。まあいい。それと、リンセンツの町の出版社の男が昨夜殺された。理由は分からない」
ファンローゼは勢いよく顔をあげた。
「その人って、まさか」
「昨日僕たちが尋ねた出版社の男だろう。そして、おそらく彼を殺したのは、エスツェリア軍の黒い制服。そこからたどって、クルトさんの存在をつきとめたに違いない。あの黒い悪魔どもめが!」
「黒い悪魔?」
「ああ、特務部隊といって、エスツェリア軍の中でも選りすぐりの黒い制服を着た精鋭部隊だ。今はエスツェリア軍に逆らう民衆の抑圧に勤しんでいる。それにしても!」
クレイが苦い顔でこぶしを自分の膝に叩きつけた。
「まさか奴らにばれるとは!」
ファンローゼは唇を震わせた。
そういえば、昨日二人組の黒い軍服を着た男が、目の前を通り過ぎていったことを思い出す。
彼らが出版社の男を殺したのか。
「ファンローゼ、大丈夫?」
がたがたと震えるファンローゼの肩を、クレイは抱き寄せた。
「私のせいだわ。私がお父様のところにいかなければ。私が出版社を訪ねなければ。お父様もあの出版社の人も殺されることはなかった。すべて、私のせい……私のせいだわ」
「なるほど。出版社の男が殺された理由は、その子がかかわっていたってことか」
車を運転する男が苦い嗤いを浮かべて言う。
やっかいごとに巻き込まれたな、という顔であった。
泣き崩れるファンローゼの頭を引き寄せ、クレイは優しく撫でた。
「こんなことになって、何て言えばいいのか言葉がみつからないけれど……でも、君のせいではない。だから自分を責めてはいけない」
ファンローゼは激しく首を振る。
優しい言葉をかけられると、堪えきれずに涙があふれた。
とうとう、ファンローゼは声をあげて泣いた。
「ファンローゼ……」
ファンローゼはクレイにしがみつく。
最初は戸惑いをみせたクレイだが、ファンローゼを抱きしめ返した。
「さあ、行こう」
クレイの車に乗ろうとしたその時、路地裏から数名の男たちが行く手を遮るようにざっと現れた。
彼らは全員、エスツェリアの軍服を着ていた。
「なぜ、エスツェリア軍が!」
クルトは悲鳴をあげた。
「クルト・ウェンデルだな?」
「ずっと探していたぞ。こんなところに隠れていたとはな」
父は苦い表情で、唇を噛みしめる。
「なぜここが分かったの……」
ファンローゼの呟きに、軍の男たちはにやりと笑う。
「善良なエティカリアの国民が教えてくれたんだよ。大作家であり、反エスツェリア組織の一員であるクルト・ウェンデルが、このアパートに潜んでいるとな」
「そんな……」
「ファンローゼ、クレイ君と一緒に逃げなさい」
クルトが小声で呟く。
「いや!」
クルトにしがみつこうとするファンローゼの肩をクレイが掴む。
「クレイ君! どうかファンローゼを頼む」
クルトは懐に手を入れ、取り出した銃を男たちに向ける。が……クルトが銃を撃つよりも早く、軍の男の撃った銃弾がクルトの心臓を貫いた。
「お父様!」
ファンローゼの叫び声が、余韻を轟かせる銃弾の音と重なる。
「ファンローゼ、来るんだ!」
泣き叫ぶファンローゼの手を引き、クレイは走った。
「追え! 逃がすな!」
背後で数人の男たちが駆けてくる。
「お父様っ!」
あの時と同じ。
あの時、スヴェリアへ逃れようと列車に乗ったあの日。
母がエスツェリア軍に撃たれ、私はコンツェットの手に引かれながら暗闇の中を走って逃げた。
ああ、コンツェット。
ようやく、思いだしたわ。
大好きだったコンツェット。
いつも私の側にいてくれた人。
でもあの時、アルザスの山でコンツェットは私を助けようとして、エスツェリア軍に撃たれた。
必ず後を追うと約束してくれたが、彼が来ることはなかった。
それはつまり、コンツェットはもうこの世にはいないということ。
「コンツェット……迎えに来てくれるって言ったのに」
ファンローゼの呟きに、クレイは眉をひそめた。
大通りを出たところで、一台の車が目の前で止まった。
「クレイ! 早く乗れ」
「助かった」
車の扉を開け大急ぎで乗り込む。
乗ったと同時に、路地の角から追ってきたエスツェリア軍が現れた。
「あの車に乗ったぞ」
「追え!」
車は勢いよく走り出す。
背後を振り返ると、男たちの姿がみるみる遠のいていく。
「助かったよ」
「いや、偶然さ。やつらが路地に入っていくのを見て、何かが起こると思って見張っていたんだ。まさか、おまえがかかわっていたというのは予想外だったがな」
運転席の男は、ちらりとミラーごしに後部座席を見る。
「その子は」
「ああ、詳しい話は戻ってからだ」
「ははん、つまりわけありってことだね。まあいい。それと、リンセンツの町の出版社の男が昨夜殺された。理由は分からない」
ファンローゼは勢いよく顔をあげた。
「その人って、まさか」
「昨日僕たちが尋ねた出版社の男だろう。そして、おそらく彼を殺したのは、エスツェリア軍の黒い制服。そこからたどって、クルトさんの存在をつきとめたに違いない。あの黒い悪魔どもめが!」
「黒い悪魔?」
「ああ、特務部隊といって、エスツェリア軍の中でも選りすぐりの黒い制服を着た精鋭部隊だ。今はエスツェリア軍に逆らう民衆の抑圧に勤しんでいる。それにしても!」
クレイが苦い顔でこぶしを自分の膝に叩きつけた。
「まさか奴らにばれるとは!」
ファンローゼは唇を震わせた。
そういえば、昨日二人組の黒い軍服を着た男が、目の前を通り過ぎていったことを思い出す。
彼らが出版社の男を殺したのか。
「ファンローゼ、大丈夫?」
がたがたと震えるファンローゼの肩を、クレイは抱き寄せた。
「私のせいだわ。私がお父様のところにいかなければ。私が出版社を訪ねなければ。お父様もあの出版社の人も殺されることはなかった。すべて、私のせい……私のせいだわ」
「なるほど。出版社の男が殺された理由は、その子がかかわっていたってことか」
車を運転する男が苦い嗤いを浮かべて言う。
やっかいごとに巻き込まれたな、という顔であった。
泣き崩れるファンローゼの頭を引き寄せ、クレイは優しく撫でた。
「こんなことになって、何て言えばいいのか言葉がみつからないけれど……でも、君のせいではない。だから自分を責めてはいけない」
ファンローゼは激しく首を振る。
優しい言葉をかけられると、堪えきれずに涙があふれた。
とうとう、ファンローゼは声をあげて泣いた。
「ファンローゼ……」
ファンローゼはクレイにしがみつく。
最初は戸惑いをみせたクレイだが、ファンローゼを抱きしめ返した。
10
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる