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第2章 さまよう心
8 再び、エティカリアへ
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クレイの行動は早かった。
翌朝、友人から借りたと言い、クレイは一台の車を用意してきた。
心強いと思った。
もしかしたら、記憶をとり戻せる何かを掴めるかもしれない、そんな希望を抱いた。
だが、同時に彼を巻き込んでいいのかという、複雑な思いに胸が痛んだ。
荷物をまとめ、夜明けとともにクレイのアパートを出発した。
緊張した面持ちで、ファンローゼは助手席に座る。
「行こう」
クレイの声にファンローゼは頷くと、車が動き出す。
走って一時間ほどすると、スヴェリアとエティカリアの国境にたどり着く。
検問所前で車を停止する。
そこで待ち構えていた二人の兵士に命じられるまま、二人分の証明書を手渡すクレイを、ファンローゼは視界のすみにとらえる。
「どこへ行く」
「リンセンツです。彼女の実家に向かうところです」
「そちらのお嬢さんは?」
うつむくファンローゼの顔を確かめるように、兵士が身を乗り出し証明書と見比べる。
「僕の妻です」
ファンローゼの顔がみるみる青ざめていく。
クレイは何を考えているのだろう。
すぐにばれる嘘などついては、かえって状況が悪くなるばかりではないか。
案の定、兵士は目を細めた。
「ずいぶんと若い奥さんだな。それに、姓が違うようだが」
もう一度兵士はクレイとファンローゼの証明書を交互に見る。
「ええ、正式にはまだ籍を入れていないのですが、その……妻のお腹には子どもが。それで、子どもが産まれて落ち着くまで、妻の実家に身を寄せようと思って」
クレイは照れたように笑い、頭に手をあてる。
つられて兵士たちも苦笑いを浮かべ、それ以上詮索することもなく証明書をクレイに返す。
結婚前に恋人を孕ませた、手の早い男だと思われたのだ。
ファンローゼがうつむいているのも、恥ずかしさからだと思えば怪しまれることはない。
行け、というように、横柄な態度で兵士はクレイに合図する。
車のミラー越し、遠ざかっていく兵士の姿が見えなくなって、ようやくファンローゼはつめていた息を吐き出した。
最初の難関である国境を、危険な目にあうことなく、それどころかあっさりと切り抜け、二人が乗る車は無事、エティカリア国へと入国できた。
「大丈夫?」
「まだ心臓がどきどきしているわ」
ファンローゼは胸に手をあてた。
もっと執拗に入国理由を問いつめられるかと思っていたが、あまりにも簡単で拍子抜けであった。
「ここの国境は出て行く者には厳しいけど、入ってくる者には甘いってのをお店にやってきたエティカリア人から聞いたことがあったんだ。それと、いくらかのお金をね」
クレイは片目をつむってみせた。
証明書といっしょに、兵士にお金を握らせたらしい。
「まさか、あんな簡単に国境を通してくれるとは思わなかったわ」
「そう? 堂々としていれば、意外に何でもないものさ。夫婦ならいっそう怪しまれる可能性も低い。君のお腹に子どもがいると聞いたら、なおさらね」
そういうものなのだろうか。
あっさりと言うクレイを、ファンローゼは不思議そうに見つめた。
クレイはこんな人だったのか?
見かけによらず、剛胆な性格にファンローゼは驚きを隠せないでいた。
「それに、私の証明書をどこで?」
ファンローゼは証明書を持っていない。
亡命するときに、列車に現れた兵士に奪われたのだ。
ああ……とクレイは苦笑いを刻む。
「君の証明書は偽造なんだ」
「偽造?」
「知り合いに、そういうことに精通する友人がいて、ちょっとね」
クレイにそんな知り合いがいるというのも意外だった。
翌朝、友人から借りたと言い、クレイは一台の車を用意してきた。
心強いと思った。
もしかしたら、記憶をとり戻せる何かを掴めるかもしれない、そんな希望を抱いた。
だが、同時に彼を巻き込んでいいのかという、複雑な思いに胸が痛んだ。
荷物をまとめ、夜明けとともにクレイのアパートを出発した。
緊張した面持ちで、ファンローゼは助手席に座る。
「行こう」
クレイの声にファンローゼは頷くと、車が動き出す。
走って一時間ほどすると、スヴェリアとエティカリアの国境にたどり着く。
検問所前で車を停止する。
そこで待ち構えていた二人の兵士に命じられるまま、二人分の証明書を手渡すクレイを、ファンローゼは視界のすみにとらえる。
「どこへ行く」
「リンセンツです。彼女の実家に向かうところです」
「そちらのお嬢さんは?」
うつむくファンローゼの顔を確かめるように、兵士が身を乗り出し証明書と見比べる。
「僕の妻です」
ファンローゼの顔がみるみる青ざめていく。
クレイは何を考えているのだろう。
すぐにばれる嘘などついては、かえって状況が悪くなるばかりではないか。
案の定、兵士は目を細めた。
「ずいぶんと若い奥さんだな。それに、姓が違うようだが」
もう一度兵士はクレイとファンローゼの証明書を交互に見る。
「ええ、正式にはまだ籍を入れていないのですが、その……妻のお腹には子どもが。それで、子どもが産まれて落ち着くまで、妻の実家に身を寄せようと思って」
クレイは照れたように笑い、頭に手をあてる。
つられて兵士たちも苦笑いを浮かべ、それ以上詮索することもなく証明書をクレイに返す。
結婚前に恋人を孕ませた、手の早い男だと思われたのだ。
ファンローゼがうつむいているのも、恥ずかしさからだと思えば怪しまれることはない。
行け、というように、横柄な態度で兵士はクレイに合図する。
車のミラー越し、遠ざかっていく兵士の姿が見えなくなって、ようやくファンローゼはつめていた息を吐き出した。
最初の難関である国境を、危険な目にあうことなく、それどころかあっさりと切り抜け、二人が乗る車は無事、エティカリア国へと入国できた。
「大丈夫?」
「まだ心臓がどきどきしているわ」
ファンローゼは胸に手をあてた。
もっと執拗に入国理由を問いつめられるかと思っていたが、あまりにも簡単で拍子抜けであった。
「ここの国境は出て行く者には厳しいけど、入ってくる者には甘いってのをお店にやってきたエティカリア人から聞いたことがあったんだ。それと、いくらかのお金をね」
クレイは片目をつむってみせた。
証明書といっしょに、兵士にお金を握らせたらしい。
「まさか、あんな簡単に国境を通してくれるとは思わなかったわ」
「そう? 堂々としていれば、意外に何でもないものさ。夫婦ならいっそう怪しまれる可能性も低い。君のお腹に子どもがいると聞いたら、なおさらね」
そういうものなのだろうか。
あっさりと言うクレイを、ファンローゼは不思議そうに見つめた。
クレイはこんな人だったのか?
見かけによらず、剛胆な性格にファンローゼは驚きを隠せないでいた。
「それに、私の証明書をどこで?」
ファンローゼは証明書を持っていない。
亡命するときに、列車に現れた兵士に奪われたのだ。
ああ……とクレイは苦笑いを刻む。
「君の証明書は偽造なんだ」
「偽造?」
「知り合いに、そういうことに精通する友人がいて、ちょっとね」
クレイにそんな知り合いがいるというのも意外だった。
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